安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.6

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安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.6

2015年、エアロロード戦争という名の集団から飛び出して一人逃げを打った先代マドン。集団も負けじとスピードを上げ、やっとこさマドンの背中が見えてきたと思ったら、集団内で牙を磨いていた新型ヴェンジが入れ替わるように飛び出した。この強烈なカウンターアタック。しばらく続くであろうこの鮮やかな単独エスケープ。それにまつわる現代エアロロード論。

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エアロロードは技術勝負

さらに、新型ヴェンジの開発では、独自に構築したソフトを用いてCFD解析を行ったのだという。「市販のソフトでは我々が望む解析が不可能だった」というのがその理由だ。それが本当に解析ソフトをいちから作ったのか、それとも既存のソフトに手を加えたのかは分からないが、トレックのエンジニアも「市販ソフトのままでは高精度な解析ができない。ロードバイクに合わせてパラメーターを変え、ソフトを最適化することがレベルの高いCFD解析のキモになる」と言っていた。
空力設計に不可欠な2つの要素(風洞実験とCFD)、スペシャライズドは双方とも独自のメソッドを用いたことになる。
 
かようにエアロロード開発は技術勝負である。ここまで読んでくれた人にはもう分かるだろう。軽く説明するだけでこんな文字数になってしまうほど、現代のエアロロードには技術の成果が凝縮されている。そして、技術は資金と人材があるところに集まる。
技術格差は小さくなっている?そんなわけがない。格差はむしろ絶望的なまでに広がっていると思う。エアロロードはこれからどんどん二極化していくだろう。開発力豊富な巨大メーカーと、それらをマネしながら後追いするしかないメーカーとに。
しかし、脚力自慢の先頭集団にスピードで劣る第二集団が追いつくはずがない。いくらマネをしたってロバはサラブレッドにはなれないのだ。悲しいことかもしれないけれど。
 
ヴェンジについて語るなら、エアロロードについて理解したいなら、空気抵抗とその解析方法について多少なりとも知っておかなければならない、という意味が分かっていただけただろうか。
 
というわけで、ここまでは主にカタチについての話をしてきた。
ここからは路上を走る自転車の話をしよう。
ロードバイクにとって本当に重要なのは、剛性感、ペダリングフィール、ハンドリングと高負荷下での挙動、要するに走りだ。走ってどうなのか、だ。
やっと試乗記である。

再び椅子から転げ落ちる

まずジオメトリを確認しておく。
新型ヴェンジには49~61の6サイズがあるが、端的に言うと瑕疵はなさそうだ。注意点は、最小サイズ(49)のリーチが378mmとやや長いくらい(シート角が75.5度とかなり立っているため)。リーチの逆転現象は見られないし(不誠実な一部のメーカーを除き、今やリーチ逆転ジオメトリは姿を消しつつあるのだが)、シート角もヘッド角も細かく調整されており、フォークオフセットは44mmと47mmの2種類ある。まぁフォークオフセットを3~4種類用意するブリヂストンアンカーを知っている身としては、たった2種類用意しただけで自慢されても……という気がしないでもないが。49サイズのトレイルが63mmと、適正値と言われている50mm後半よりやや大きいが、許容範囲だろう。
 
このジオメトリ、旧型と比べると大きく進化していることが分かる。ヴェンジ・ヴァイアスのジオメトリは、最小サイズのリーチが385mmとかなり大きく、しかも49と51で逆転しており、さらに54~59で1mmしか変わらないなど、今見れば目を覆わんばかりの悲惨なジオメトリだったのだ。
 
短身かつ短足の筆者のポジションにセッティングした新型ヴェンジを目の前にしてまず感じるのは、どうあがいてもダサくなってしかるべき条件(チューブ太い、フレームサイズ小さい、サドル低い)なのに、立ち姿が決して悪くないことである。
これはおそらく見た目のバランスを勘案した結果だと思う。54あたりで設計しておき、その他のサイズはそれを拡大/縮小コピーして作る、という安易な方法ではなく、各サイズで見た目も整えているのだろう。
近代ドグマも先代マドンもシステムシックスも、最小サイズはルックスが崩壊している。それらと比べると雲泥の差である。

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.6

読者の皆さんもそろそろしびれを切らしているだろうから、いいかげん走り出そう。
加速を始めて、再び椅子(サドル)から転げ落ちそうになった。今度はいい意味で。
前作のような固くて跳ね返されるような感じ、ペダリングがギクシャクする感じ、ピーキーにすぎる操縦性が、きれいさっぱり消えていたからだ。なんとも皮肉なことに、試乗で印象に残ったのは、コンセプトとしては挙げられていなかった快適性・安定感・剛性感の変化だった。

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.6

BB周辺はどちらかといえばしなやか。この横剛性はレーシングフレームとして絶妙で、非常にペダリングしやすい。加速性能そのものはかなり高いが(64mmハイトであることを考えれば驚異的といっていい)、カンカンではなくシュルシュルという感じでスピードを上げていく。クランク数回転めから一気に吹け上がるイメージだ。
結果、加速性能を犠牲にすることなく、脚当たりのよさを手に入れることに成功している。これほどスムーズに加速する自転車はかつて経験したことがないほどだ。

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.7に続く