安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.9

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安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.9

2015年、エアロロード戦争という名の集団から飛び出して一人逃げを打った先代マドン。集団も負けじとスピードを上げ、やっとこさマドンの背中が見えてきたと思ったら、集団内で牙を磨いていた新型ヴェンジが入れ替わるように飛び出した。この強烈なカウンターアタック。しばらく続くであろうこの鮮やかな単独エスケープ。それにまつわる現代エアロロード論。

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Sワークスとプロ、フレームの違いを暴く

本当にフレームの作りが違うのなら、一大スクープだ。今回はそれを暴いてやろうと、同サイズのSワークスヴェンジとヴェンジプロを借り、比較してみた。もちろんできるだけフレーム単体の違いを感取するため、ホイールとタイヤは統一した。
 
結論から先に言おう。
Sワークスヴェンジとヴェンジプロ、ホイールを統一しても、確かに走りは違う。
しかしフレームは同じだろう。
 
バイクに瞬間的に高負荷がかかり、かつ挙動が瞬間的に速くなるダンシングでの加速では、Sワークスのほうがわずかにシャープだ。踏み味がクリアになる。動きに雑味が混じらない。そんな印象。ただしその差はかなり小さい。巡航性能に違いは感じ取れないし、快適性にも変わりはない。おそらく大半の人は気づかないレベルだろう。
もしフレームの素材や積層が違うなら、ここまで似通った性能にはならないはずだ。この走りの微差は、コンポの重量差による運動性能の差、クランクとフレームの剛性バランスがペダリングフィールに与える差、おそらくそれらの差が積み重なって表出するものだろう。
 
もしかしたらサドルの重量差が影響したかもしれない。Sワークスにはカーボンベース・カーボンレールのSワークスパワーが、ヴェンジプロには樹脂ベース・チタンレールのパワー・エキスパートが付くのだが、重量はそれぞれ159g、233gと結構な差がある。これがダンシングの振りに影響を与えた可能性はある。本当はサドルを交換して乗り比べてみればよかったのだが、試乗車の返却時間が迫っておりできなかった。
 
念のためファイバースコープを突っ込んでフレーム内部も見比べてみたが、違いはまったくといっていいほど見られなかった。スペック表記の件は、単なるデザイン上の違いということらしい。

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.9

Sワークスのシートチューブ内部

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.9

プロのシートチューブ内部

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.9

Sワークスのトップチューブ内部

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.9

プロのトップチューブ内部

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.9

Sワークスのダウンチューブ内部

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.9

プロのダウンチューブ内部

クランクやその他コンポの違いでそんなに走りが変わるのか。
変わる。これが意外なほど変わるのだ。
ルック・785の回でも言及したが、クランクを変えるだけでガチガチでどうしようもなかった車体が驚くほど扱いやすくなる。ステムを変えるだけでダンシング時の自転車の剛性感が明らかに変わる。ハンドルもペダルもトータルの剛性感に少なからず影響を与えているのだ。
最近自分のバイクのクランクをR9100デュラから6800アルテに交換したのだが、踏み味が明らかにマイルドになった。また別のバイクのクランクを7800デュラから30mm軸のローターに交換してみたところ、加速感のキレが明らかに増した。ロードバイクはそれほどまでに繊細な剛性感の上に成り立っている乗り物なのである。

“Sワークス”の存在意義

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.9

そんなわけだから、トータルの剛性感を整えてからユーザーの手に渡したい、とメーカーが考えるのは自然な流れだ。どのフレームメーカーのエンジニアに聞いても、「動力伝達や操縦に関わるパーツ(クランク、ホイール、タイヤ、ハンドル、ステムなど)は、フレームと合わせてトータルで設計するのが理想だ」と異口同音に言う。
しかし、それができないのが現実である。コストや開発力の問題があり、「やりたくてもできない」のだ。「かなりの開発リソースをそこに割いて専用ホイールや専用クランクを作ったとしても、それによる性能向上代はごくわずかだし……」と自分に言い聞かせつつ諦めるしかない。
 
そのごくわずかな性能向上代を諦めずにトータルエンジニアリングを実現しているのは今のところ世界に数社のみだが、その点においてもスペシャライズドは強い。フレームとフォークのほか、ホイール、タイヤ、クランク、ハンドル、ステム、シートポストなど、コンポーネント以外のほぼ全てのパーツを自社(もしくは傘下のロヴァール)で開発しているからだ。空力を含めた性能をまとめるにあたってこれほど理想的な状況はないだろう。
 
そういう意味で、新型ヴェンジで最もエンジニアの理想に近いのは、間違いなくSワークスクランクを突っ込んだSワークスのデュラ完成車である。
買った状態からいじる余地がほとんどない(というかいじったらバランスが崩れる可能性が大きい)というのは、「パーツをあれやこれやと変えながらトータルバランスを探っていく」という行為に至上の喜びを見出してしまう自転車バカ的にはこの上なくつまんねぇとも言える。しかし新型ヴェンジのポテンシャルを余すところなく味わうにはSワークスしかなく、135万円には値段なりの価値はある。そう判断する。

安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.10に続く