【アマチュアアスリートの素顔】乗鞍新チャンピオン中村俊介の場合
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【aminoVITAL presents アマチュアアスリートの素顔】
強豪アマチュアサイクリストの素顔に迫り、その強さの秘密を探る新連載。第1回目は2018年のマウンテンサイクリングin乗鞍のチャンピオンクラスを制し、“日本一のクライマー”の称号を手に入れた中村俊介さん。自転車を始めたきっかけや乗鞍優勝までの道のり、今後の目標などについてうかがった。
小中学生のころはどちらかというとぽっちゃりしていた
——ヒルクライマーというと体重管理も重要だと思いますが、中村さんはどのようにされていますか?
うーん、僕の場合は他の強豪クライマーに比べるとそれほどストイックな食生活はしていないと思います。夕食のご飯は気持ち少なめにしていますが、毎食ご飯は食べますし、炭水化物を抜くような極端な食生活はしません。パフォーマンスに悪影響があると思うからです。
——あまり極端な食事制限をしないということは、年間を通じて体重の変動も少ないのですか?
そうですね。体脂肪率はずっと一桁をキープしています。でも、実は小学校時代や中学校時代はぽっちゃりしていたんです。おそらく当時の同級生が僕を見ても当時の面影がなく、誰か分からないと思いますよ。
——えっ、それは意外ですね! どうしてそんなにスリムになったのですか?
元々インドア派で小中学生のころは部活に入っていなかったですし、運動らしい運動はちょっとスイミングやテニスのスクールに通ったぐらいでしたから、今のように定期的に運動する習慣がなかったんです。でも、元々それほどhttps://www.cyclesports.jp太りやすい体質ではないようですし、間食もあまりしないのが理由かもしれませんね。
バイクに求めるのは軽さよりトータルバランスの良さ
——乗鞍のチャンピオンクラスを制して“日本一のクライマー”の称号を手に入れられたわけですが、いつ自転車に乗り始められたのですか?
23歳ごろですね。当時は大学の修士課程にいて、自宅と研究室を往復する毎日だったんです。家でもパソコンのプログラミングを1日中しているようなインドア派で、引きこもりのような生活をしていたんです。運動不足を感じていたところ、地元名古屋から同じ大学に通っていた友人が自転車で東京から実家のある名古屋まで2泊3日でツーリングをするという話を聞いて、自分もやってみようと。
——一緒に行かれたんですか?
いえ、友達が2泊3日で走った行程を、自分は1泊2日で走ることにしました(笑)。僕は愛知から東京を目指したのですが、箱根峠を走っている時にはあまりにつらくて死ぬかと思いました……。
——最初のバイクは?
スペシャライズドのクロスバイク・シラスです。その後、もっと速く走りたくなって、半年ぐらいでターマックコンプの完成車を型落ちで安く手に入れてロードバイクに乗り始めました。
——今は何台自転車をお持ちなんですか?
実走で使っているのが、乗鞍で優勝したときに乗っていたトレック・エモンダSLR、実業団レースのような重量制限があるレースで使っているメリダ・スクルトゥーラ、主に練習で使っているピナレロ・ドグマF10の3台ですね。それ以外にローラ台に古いバイクを1台常設しています。ローラー台での練習はあまり好きではないので、ほとんどしませんが……。
——中村さんがバイクに求めるものとは?
一言で言うと、「速く走れるバイク」なんですが、適度な剛性があって長時間のレースでもしっかりパワーを出せて、マヴィックのコスミックカーボンアルチメイトやコリマのMCCのようなカーボンスポークのホイールと相性がいいバイクが好みです。他の性能に悪影響が出るほど軽さを追求しているバイクより、トータルバランスがいいバイクがいいですね。
——乗鞍の優勝バイクもそういう観点で作られているのですか?
そうですね。スプリント勝負になったときに対応できるように、チェーンリングは50-36Tのフロントダブル仕様でスプロケットもトップ11Tですし、軽さと引き替えに運動性能や信頼性を犠牲にしたくないので極端な軽量パーツは使っていません。乗鞍の時も自分のペースで水分補給をしたかったので、ボトルケージも付けていますし、ボトルも持って行きます。ちなみに重量はボトルを付けた状態で5.66kgでしたから、これでも十分軽いですよね。
カンチェラーラに憧れて「平地で速く走りたい」と思っていた時期もあった
——最初はロングライド派だったというのは少し意外でしたが、その後速くなりたいと思ったきっかけはなんですか?
学生のころ、僕はスペシャライズドのバイクが好きで、当時スペシャのバイクを駆ってパリ=ルーベなどのクラシックレースやタイムトライアルで圧倒的な強さを見せていたファビアン・カンチェラーラの走りを見て感動したんです。「僕もこんなふうに平地を速く走れるようになりたい!」と思っていた時期もありました。
——それは意外な過去ですね!
でも、平地はあまり速く走れるようになれませんでしたけどね(笑)。
——そこからどうやってクライマーとして覚醒していったのですか?
スペシャライズドのバイクを駆っている憧れの選手がもうひとりいたんです。アルベルト・コンタドールです。山を彼のように速く登れたらいいなあとも思っていました。大学院の修士課程の2年生だった2011年の春に、大学の自転車競技部に入れてもらうことになって、練習で宮ヶ瀬とか雛鶴とか大弛あたりの山がちなコースを引きずり回されたんですが、平坦コースとは違って思いがけず走れたんです。そのときに「自分は上りが得意なのかも」と自覚しました。
——元々インドア派だったのに、どうしてそこまで自転車にはまったのですか?
入りたかった大学に入り、入りたかった研究室に入ったまでは順調だったのですが、研究室と自宅を往復するだけの日々に精神的にまいってしまいました。自転車は頑張ったらどんどん強くなっていくので、そのことに救われたのは大きいと思います。
練習もコンディションづくりもストレスをためないことを重視
——中村さんは日ごろどのような練習をして強くなったのか、とても興味があります。ぜひ教えてください。
ざっとしたスケジュールは次の通りですが、調子によって臨機応変に休んだりします。
月 休養
火 平地で実走トレーニング
水 体幹トレーニングor休養
木 近場で実走トレーニング
金 休養
土 峠TTなど距離短めで強度高めの実走トレーニング
日 ロングの実走トレーニング
——毎日乗るわけではないのですね。
そうですね。平日の練習も朝の出勤前にしていて、毎日電車で通勤しています。ローラー台を使ったインドアトレーニングもほとんどしませんし、月間走行距離は多い月でも1500kmぐらいですかね。ホビーレーサーで月3000km以上乗る人もいるようですが、ちょっと自分には信じられません。仕事をしながらどうやったらそんなに乗れるのか教えてほしいです(笑)。
——乗鞍のような目標レースの前は何か特別な調整をするのですか?
休養日に朝軽く乗って基礎代謝を高めて脂肪を燃やし、身体を絞ります。あと、ローラー台を使ったインドアトレーニングもこの時期だけはします。でも、あくまで乗鞍のような大きなレースの直前だけですね。でもレース前の1週間は疲労をためないように気をつけて、フレッシュな状態でレースに臨めるようにしています。
——トレーニングを行う上で何か気をつけていることはありますか?
具体的な目標を立てることと、ストイックな生活をしすぎないようにしてストレスをためないことですね。気持ちが乗っていないと練習効率も落ちると感じるので、「やるぞ!」という気持ちがみなぎっている状態をいかにキープするかを心がけています。
——パワーメーターは使いますか?
平日にひとりで走る時には使いますが、週末に誰かと一緒に走る時は見ませんね。
師匠とライバルのおかげで今の自分がある
——さきほどカンチェラーラとコンタドールがあこがれの選手だったとおっしゃっていましたが、他にサイクリストとして影響を受けた人物はいますか?
僕が自転車の師匠と思っている香川博さんと、乗鞍をはじめとするヒルクライムレースで一緒に戦っているライバルたち、中でも森本誠さんと田中裕士さんには影響を受けています。
——具体的にどのような影響を受けたのですか?
香川さんには練習の仕方とか目標の立て方、メンタルのコントロールの仕方とか、本当にいろいろ教えていただきました。森本さんは雲の上の存在でしたがいつかは勝ちたいという目標として、田中さんは最初は自分の方が速かったのに1年後にはレースでも完敗するようになり、僕に火を付けてくれたライバルという意味で、僕の自転車人生に影響を与えた人物ですね。田中さんはツイッターでよく練習中のパワーデータをアップしていて、その数字は「自分だってやればできる。そこに近づける」というイメージのブレークスルーにとても役立ちました。このお三方のおかげで今の自分があると言っても過言ではありません。
——最後に今後の目標を教えてください。
一番の目標は、乗鞍の連覇です。ディフェンディングチャンピオンとして気負って臨むのではなく、あくまで優勝を目指すひとりの挑戦者として臨みたいですね。もちろん美ヶ原ヒルクライムやMt.富士ヒルクライムもチャンスがあれば狙っていきたいです。
——ありがとうございました!
中村俊介(なかむら・しゅんすけ)
年齢:31歳
身長:175cm
体重:56kg〜61kg
主な戦績:マウンテンサイクリングin乗鞍2018年チャンピオンクラス優勝、2017年同3位、松本ヒルクライムシリーズ2018年優勝、JBCF伊吹山ヒルクライム2016年E1優勝、FUJI-ZONCOLANヒルクライム2018年総合2位ほか