新たな250mバンク、JKA250が果たす役割
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東京五輪開催まで1年を切り、トラック競技の会場となる静岡県伊豆市「日本サイクルスポーツセンター」にある木製250mバンク「伊豆ベロドローム」は改修工事が始まった。
これを受け隣接する日本競輪選手養成所は、昨年9月「もうひとつの250m屋内バンク」に着工していた。それが「JKA250」。今年7月17日に落成式が行われた。式典では、短距離ナショナルチームのメンバーとスペシャルゲストとしてジェイソン・ニブレットコーチがデモレースを披露した。
競輪選手養成所の施設として活用されるJKA250が果たす役割、そしてナショナルチームだけでなく日本自転車競技の未来について考える。
JKA250の誕生。伊豆ベロドロームとの違い
静岡県の伊豆市には距離が異なるバンクが密集していることをご存じだろうか。日本サイクルスポーツセンターの所有する伊豆ベロドローム(250m屋内バンク)のほか、400m屋外バンクが2つ、333mバンクが1つ。そして7月、日本競輪選手養成所(旧称:日本競輪学校)が所有する新たな屋内250mバンク、JKA250が新たに加わった。
JKA250は、カナダのUCIトラックデザイナー、ピーター・ジュネックが設計。ドイツのラルフ・シューマンが設計した伊豆ベロドロームとは走路の特性が異なる。伊豆ベロドロームはシベリア松を使用し、比較的摩擦の低い路面である一方、JKA250はLVLと呼ばれるフィンランドで製作されたモミの木の集成材が用いられる。こちらの表面は見た目にもザラザラとしており、明らかにグリップ力の高さが伺える。また、バンクの最大角度も伊豆ベロドロームの45度に対し、JKA250は42.8度と異なる。なお、JKA250はあくまでも訓練用施設としての位置付けであるため観客席が設置されていない。
落成式にてデモレースを行った選手たちも、「コーナーのクセがあるバンク」だったり「グリップが効いて滑らない」だったりと、伊豆ベロドロームとは違う感触を得ていたようだった。
先日の第62回オールスター競輪で優勝し、ナショナルチームにも所属する新田祐大によると、「見た目はオーストラリア・アデレードのバンクに似ており、路面・コーナーの感覚はチリのバンクに似ている」とのことだった。
”自転車強豪国”に向けた狼煙
ブノワ・ベトゥヘッドコーチとともにトラック短距離ナショナルチームを率いるジェイソン・ニブレットコーチは、このJKA250設立による将来への展望をこう語る。
「日本の競輪というのはだいたい野外の競輪場で練習をしていたのですが、このバンクができたことによって、(競輪養成所の)生徒をはじめとして毎日250mのバンクでトレーニングができるという環境が整ってきました。養成所に関しても、私たちのトレーニングを少しずつ取り入れたり、アドバイスをしたりしてきているので、これからの養成所の生徒、未来の競輪選手にはそれによる変化が近年中には現れてくるかと思います。日本には選手数が多いというのもあり、新しい選手もどんどん入ってくるので、新しい才能発掘という点も成り立つかと思います。私たちのプランでは、数年後に日本が自転車競技で強豪国のひとつになるきっかけになるのではと思います。」
未来の競輪選手たちが普段からナショナルチームの練習方法を取り入れ、世界レベルで自身の位置付けを常に確認できる場が整ったということだ。
国をあげて強化に取り組んだオーストラリアやイギリスなどが、トラックだけでなくロードレースでも強豪国として名を轟かせたように、もしかすると日本にもその可能性が秘められているのかもしれない。
東京五輪へ、腰を据えた活動
現在、トラック短距離ナショナルチームのメンバーは東京五輪のメダル獲得に向け、暮らしの拠点を伊豆に移して活動している。今までのナショナルチームは、レースや合宿の度に選手たちが召集され、レースが終われば解散、というのを繰り返していた。現在では、伊豆という練習環境が整った地に腰を据えて、毎日トレーニングに励んでいる。
長くナショナルチームで活動をする河端朋宏も、「毎日顔を合わせて、同じ時間を過ごしてトレーニングができるっていう、しかもそれが競輪のトレーニングではなく、自転車競技のトレーニングを日々積み重ねていっているっていうところが一番大きな変化なのかなと思います」と話す。
直近の結果では、トラックのケイリンでのUCIオリンピックランキングでは日本が1位(男子。女子は5位)。個人ランキングでも日本人が名前を連ねる。そして現在のトラックナショナルチームで結果を出している全員が競輪選手だ。
ナショナルチームの目標は東京五輪でメダルを獲得すること。ニブレットはその進捗について、力強く答えた。
「私たちが3年前に日本に来てから、選手たちは毎年新しい進化を見せてくれました。ナショナルチームのメンバー一人一人にある程度の成績が付いてきて、その分選手たちの自信にもつながってきているし、さらにチーム内での競争も激しくなっています。これは世界でも珍しいケースです。チームの全ての選手が成績を持っていて、それで競争力があり、同じ環境で毎日戦っている。これによって、全てのトレーニングセッションにおいて質が上がってきています。私とブノワはその競争力を生かして、さらにトレーニングの質を上げるために引っ張っていこうと考えています。今シーズンには、またさらに新しいレベル、新しい成績を見せてくれると思います。でも東京五輪に向けて最後の1年ということなので、逆にここで成果をしっかりと見せていかないといけないと思います。」
賭け事としての競輪
現在のサイクルイベントのほとんどは競輪の補助金によって成り立っていると言っても過言ではない。されどもそれがきっかけで競輪に興味を持つかといったらその割合は少ないように思える。しかし、競輪も新たな変化をもたらすべく徐々に動き出している。どうも私たちは”公営ギャンブル”としてのイメージが大きい競輪に対して、”競技”として認識を改める必要がありそうだ。
もともと競輪選手も前回の東京オリンピックを目指して鍛錬を重ねてきた人たちであり、その副産物として競輪というものが生まれた。最初は、8の字を走るレースや先頭誘導員がいない形などさまざまなルールで試行され、現在の競輪の形に定着。一方でオリンピック種目となった「ケイリン(Keirin)」競技は変化を繰り返し、現在の250mバンクでカーボンのトラックバイクを使用する形となった。(競輪も女子はカーボンフレームにホイールはバトン&ディスクホイールを使用している。男子はスチールフレームに限定されている。)
養成所が世界標準を取り込むべくJKA250を設立したように、千葉競輪場も新たに屋内250mバンクに建て替え工事の真っ最中だ。出来上がった250mバンクでの新しい”競輪”の形を模索する。徐々にではあるが、これらの変化の積み重ねがニブレットの言うような”自転車強豪国”の礎となり得るはずだ。
最近では、チームスプリント強豪国の選手がBMX出身であったり、ロードだってマテュー・ヴァンデルポールやワウト・ヴァンアールトのようにシクロクロスやMTBから移行する選手たちの活躍が目立つ。千葉競輪場を運営する日本写真判定の渡邉俊太郎氏は、「垣根をなくしていった方が自転車競技の普及や強化にはいいはずなので、競輪の会社であるうちがやることで流れを作りたい。一番競輪が垣根を作っているし、サイクリストにとっても競輪が一番垣根があるように見えていると思うので」と話していた。
何も競輪場に行って車券を買えという話ではない。競輪も変わろうとしていること、将来の競輪選手たちが日本の自転車競技を支える可能性があるということを知るだけで、これから訪れるかもしれない大きな変化に対して合点がいくはずだ。
今後のナショナルチームの活躍、そして日本の自転車競技がどう変わっていくか楽しみにしていきたい。
このJKA250を使っての初めての公式戦、ジャパントラックカップは今週末23日~25日の日程で開催される。無観客試合とはなってしまうが、Youtubeでの中継も予定されている。