トレック・マドンGen8 2グレード比較インプレ
2024年に登場したロードバイクの中で、最もエポックメイキングな一台と言っても過言ではないだろう。
それが第7世代の誕生から、わずか2年あまりで刷新された第8世代のマドンシリーズだ。
先代から空力構造の「ISOフロー」を受け継ぎながら、新たに「フルシステム・フォイル」というコンセプトを展開し、空力・軽量・快適をワンパッケージにした万能レーサーの走りを、自転車ジャーナリストの吉本司が探る。
さみしさと期待が入り交じる
エアロロードのヴェンジで一世を風靡したスペシャライズドがターマックだけ(エートスはあるけれど、あれは別物)に絞ったのを筆頭に、キャノンデールも万能機の現行スーパーシックスを投じて以来、エアロロードのシステムシックスは塩漬け状態に等しい。また、キャニオンについては高速化するプロトンにおいて、もはや選手たちの選択はエアロードのみであり、軽量モデルのアルティメイトはその姿をほぼ見せていない(プロレースに限って)。
そんなことから現状はエアロと軽量機の2種類を運用するチームが多いワールドツアーのレースシーンだが、それを一本化するというのは今後の流れとなりそうだ。バイクメーカーとしてもそれは利点が大きい。製品在庫を減らし、開発コストや人員を抑制・集中できる。現在のスポーツバイク市場ではeバイクとグラベルが大きな伸びを示しており、ロードバイクはレースバイクの需要が鈍いので、この活況な2つのカテゴリーに大きなリソースを注ぎたいメーカーには好都合でもある。こうした状況下にあってトレックが今回、新型マドンGen8を発表し、エアロロード(マドン)と軽量モデル(エモンダ)の統合を図ってきたわけだが、もちろんそれは性能面が第一義ではあるが、その裏側にはリソース選択と集中という思惑もあるのかもしれない。
マドンといえば「KVF」形状のチューブで構成されたGen4、ヘッド部のパーツ「ヴェクターウイング」が開閉するユニークな機構を組み込んだGen5、そしてIsoフローを取り入れたGen7というように、常に独創的な1台を送り出してきた。中でも前作のGen7は、イメージスケッチから飛び出したかのような形にも関わらず癖のない高性能を実現して、筆者は歴代のエアロロードで間違いなく3本の指に入る名作だと評価している。それだけに今回のGen8の登場はさみしさもあるが、一方でどんな走りかという期待も抱くのだった。
マドンだけどエモンダでもある
いかにもエアロロード然とした縦方向にボリューム感のあるチューブで構成されたGen7に対して、新型のGen8のそれらはかなり絞ってミニマルな立ち姿だ。Gen7のフレームは構造体としての強さはあるものの、ダウンとトップチューブの中間部の肉厚がかなり薄く、剛性に絶妙な抜きを感じるものだった。それが脚当たりの良さを生み、平地でバイクが淀みなく流れていく感覚や、エアロロードでありながら上りでも軽やかなペダリングにつながっていたように思う。
そんなフィーリングとGen8は毛色が異なる。このモデルのコンセプトであるエアロ万能機という性能を突き詰めるには、やはり軽量化をしながら空力性能を確保するというのが要点であり、それは相反する事柄である。そこでトレックでは、専用ボトルケージをとボトル装備することでエアロ性能を最大化する「フルシステム・フォイル」という、奇策とも言える統合設計を展開してきた。これにより全体的にフレームのボリューム感はGen7よりも大幅に抑えられ、当然ながらチューブ個々の肉厚もGen7の雰囲気とは異なる。
Gen7と同じようにGen8のダウンチューブやトップとチューブの中間部分を指で弾くと、その音は後者の方が肉厚であることを想像させる。Gen8のチューブの太さでGen7のような肉厚にすると、おそらく必要な剛性を得ることができないのだろう。こうしたことからフレーム剛性の感じ方は新旧では全くの別物である。Gen8にはGen7にあるような剛性の抜け感のようなフィーリングとは対照的で、フレーム全体的に一体感のある剛性感となる。何となくこの感覚、以前に得たことがあると思ったのだが、Gen3となる現行(もうディスコンだけど)エモンダである。
速さを引き出すには、それ相当の能力が必要
それはともかくGen8の走行性能は、エアロ万能機として、しっかりと磨きをかけている。加速は低速から響き全域で鋭さを失わないし、ダンシングでバイクを振ったときの動きの軽さなど、走りの軽快感はGen7よりも確実に上をいく。やはりGen7からの320gの軽量化は大きく効いているのだろう。
ただGen8はGen7のようにフレーム剛性の抜きを感じにくい。特に大きなパワーを一気に爆発させたり、パワーをかけ続けたりする局面では、しっかりとペダルを踏み下ろすような正確無比なペダリングを求められる傾向がある。Gen7の方がどちらかと言えば曖昧なペダリングも受け入れてくれるような優しさがある。個人的にはGen7の方が走らせやすく、適当に踏んでもそれなりにバイクが進んでくれるので親和性を感じる。とはいえ、これはGen8の性能が劣るというわけではなく、好みの問題であり、さらに言えば筆者のパワーの低さもあるだろう。きっとリドル・トレックの選手やレース派のサイクリストのように、パワーがあって正確無比なペダリングをできるのなら何ら問題とすることなく、パワフルな走りやハイスピードを求められるのだろう。
また、乗り心地については、特に大きなギャップに前輪が弾かれにくくなっており、Isoフローのシートまわり、シートステーの作りの細さからリヤ側の衝撃のいなし方も、かなり向上している印象を受ける。恐らくこのレベルを達成しているのなら、30〜32Cのタイヤを履けばプロ選手ならパヴェの路面も難なくマドンで走り抜けられるに違いない。
空力が良くなるというのは分かるけれど……
空力面は下りや平地の高速域に入ると、空気の抜けが良いと体感できる瞬間は確実にあるので、やはりエモンダのような軽量モデルというよりもエアロ万能機という味付けである。そして、フォークブレードの表面積が小さくなっているためか、ハンドリングがナチュラルな印象だ。特に下りの高速域におけるコーナリングで切れ込み感が少なくなり扱いやすさが増している。
そんなポジティブな空力性能を実現しているGen8だが、その根幹をなす「フルシステム・フォイル」というコンセプトは、少々思うところもある。専用のボトル&ボトルケージの上に成り立っているシステムだが、このボトルを使うのには慣れが必要だ。ボトルケージに差し込む方向が決められてしまうので、一般的な丸形ボトルのように逆手にして持って飲む動作はできない。筆者はそのようなボトルの扱いをすることも多いので少々ストレスを覚えた。とはいえリドル・トレックの選手たちはツールやパリ五輪でこのボトルシステムを使っているので、速さが欲しいのなら慣れろということなのだろう。
でも、純正ボトルが差し込まれてないと空力は落ちる。実際のホビーサイクリストのライドシーンを考えると、一般的な丸形のボトルや、日本の殺人的な夏の暑さを考えたら保冷ボトルも付けたくなる。それに人によってはツール缶だって付けることもあるはずだし、ボトルを付けないこともある。純正ボトルを装備しないで空力が落ちると考えながら乗るのは、奥歯に物が挟まったような思いである。その点がマドンGen8において唯一納得できない部分だ。
SLシリーズにも注目すべき
今回は下位グレードとなるSLグレードの「マドンSL5 Gen8」にも試乗したが、とてもポジティブな印象だった。もちろんSLRの方が剛性はかっちりしていて、高負荷領域の加速・巡航の力強さといった絶対性能は確実にSLを上回る。しかしSLは剛性感に適度のいなしがあって、筆者の脚力レベルだと脚当たりが良く感じられる。走り出しはとても滑らかで、SLRとはまた少々雰囲気の違った走りの軽やかさを感じる。高負荷の走りでもしっかりペダルにトルクを与えられるSLのペダリングフィールは、筆者のようなホビーサイクリストにはパワーを絞り出しやすい。転じてそれは速さにも繋がるだろうし、脚も温存しやすいので、良いペースの長距離ライドを楽しむことができる。もちろん剛性レベルに不足はないし、ハンドリングをはじめとする動きの軽さ、快適性も十二分だ。すなわちSLは、ホビーサイクリストに〝強いない速さ〟を与えてくれる。
SLRの絶対的なパフォーマンスの高さやステイタスは素晴らしいものだが、実際に筆者が性能面でどちらを選ぶかと問われたらSLだ。とかくニューモデルが登場すると最高級グレードばかりが注目されるが、トップカテゴリーのレースで勝ちを狙うようなホビーサイクリスト以外であれば、SLは素晴らしい相棒になってくれるはずだ。
今回試乗をしたSL5は、約45万円の価格でマドンGen8の魅力を最も身近に体験できる存在で魅力的だ。それもさることながら、シマノ・105の電動コンポにボントレガーのカーボンホイールを装備した「SL6」は、マドンGen8シリーズで最もコストパフォーマンスに優れたモデルであり、ベストバイではないかと想像する。マドンGen8シリーズはSLRだけでなく、SLシリーズにもぜひ注目してほしいと思う筆者である。
マドンGen8はGen7の性能を凌駕して進化している。プロレースの勝つためのバイクを追求すれば、軽量性とエアロ性能を高次元で実現するのは当然であり、マドンGen8の姿は正しいものだ。正確無比なペダリングができるプロ選手の要望に添ったバイクはハイエンドとして当然だが、筆者のような〝不完全〟なサイクリストすると、それは少々窮屈にも思えてしまった。あくまでもライダーとの相性や好みの問題だと思うが、Gen7の方が親しみやすかった。そして、Gen7は、あのイメージスケッチから抜け出てきたようなルックスにも特別な感情を覚えた。こうしてマドンGen8の試乗を終えると、Gen7の存在がとても懐かしく思うのだった。