ブロンプトン社のトップ、ウィル・バトラー=アダムス氏が来日 ファンと東京モーニングライドを満喫
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10月21日、ブロンプトン社CEO(最高経営責任者)であるウィル・バトラー=アダムス氏の来日に合わせて、ファンを交えてのモーニングライドが開催された。その模様をリポートしつつ、ウィル氏が語ってくれたブロンプトンのこれまでとこれからについて紹介する。
東京建築名所めぐりへ出発
早朝の皇居・桜田門前に集まったのは、抽選で選ばれた10人のブロンプトン・ユーザーと、昨年設立されたBROMPTON JAPANのカントリーマネージャー・矢野大介氏をはじめとしたスタッフやコースガイドといった面々だ。
日本のサイクリストに囲まれたウィル氏はとてもうれしそう。ブロンプトンのユーザーにとっても、英国製である愛車の作り手と直接コミュニケーションが取れる貴重な機会とあって、そこかしこで会話と記念撮影が繰り広げられた。
なかには、15年ほど前に購入したという使い込まれたブロンプトンでの参加者もおり、その一台を見たウィル氏は「すばらしい。これこそブロンプトンのあり方。長く使ってもらうのが私たちの望みなのですから」と熱く語っていた。
ライドのテーマは「東京建築名所」。和の象徴である江戸城の桜田門から走り出し、都心の近代建築を結び、その範となったイギリスとのつながりに想いをめぐらすという趣向だ。まずは大手町を抜けて、東京大学の本郷キャンパスへ。春日通りに面したダイワユビキタス学術研究館(現代建築の名手、隈研 吾氏が手がけた)から構内に入る。東大といえば赤門、というイメージが強いが、斬新なデザインの研究棟から入るという意外性のあるルートだ。
加賀前田藩の屋敷跡に設けられたキャンパスは広大で、明治から大正時代に造られた歴史的建造物の宝庫である。日本に西洋建築学を伝授した英国人、ジョサイア・コンドルの像も立っている。そこを英国生まれの折りたたみ自転車であるブロンプトンで訪ねるというのがルートの趣旨だった。ウィル氏と参加者たちは、歴史的建造物とブロンプトンを照らし合わせながら、それぞれ感慨にふけっていた。
キャンパスを後にした一行は、上野公園へ向かう。寛永寺や不忍池の辯天堂を拝見して公園の中へ入っていくと、端正な国立西洋美術館が現れる。フランスの建築家ル・コルビュジエの手になる戦後を代表する歴史的建造物だ。都心の一角にある和洋の名所を、瞬く間に見て回れるのが自転車の魅力であり、ブロンプトンのようにシックな自転車が似合う楽しみ方だ。
上野の台地から下ると地形は平坦になり、真っ直ぐに延びた路地で浅草・雷門へ。その先に見えてくるのは、ご存知東京スカイツリー。高さ634mの世界一高いタワーだ。2012年の完成当時は超現実的な姿が目を奪ったが、今やすっかり東京の景色としてなじみつつある。
隅田公園で集合写真を撮りつつ、大横川の親水公園沿いに南へ向かって両国へ。建築というテーマに対して、東京は雄弁に答えてくれる。英国人のウィル氏にとっては新鮮で、参加した日本人にも発見があるルートである。
出発時間が早いモーニングライドとあって、ほとんどの参加者は東京近郊にお住まいだったが(うち1名は香港人、1名は韓国人)、名古屋からの参加者もおり、ブロンプトンの人気とウィル氏への高い関心をうかがわせた。
両国では、隅田川沿いのカフェ「iki ESPRESSO」に一行は入店。ここでモーニングライドによって存分に空いたお腹を満たして催しは終了、解散となった。距離にして20km、時間にして3時間半ほどの小旅行だったが、どんなロングライドにも引けを取らない満足感が参加者を包んだ。カフェで解散後も自転車トークに華が咲き、しばし立ち去りがたい和気あいあいとした雰囲気が印象的だった。
ウィル氏に聞く ブロンプトンのこれまでとこれから
「究極の折りたたみ自転車」と称されるブロンプトンがロンドンで誕生したのは1975年。発明したのは、造園家だったアンドリュー・リッチー氏である。以来、「ブロンプトンだけを作るブロンプトン社」の創業者として先頭に立ち、改良を続けてきた。ロンドン郊外の自社工場での生産にこだわり続けているのも大きな特徴で、画期的な折りたたみギミックによる実用性に加え、メイド・イン・ロンドンというブランド力も培ってきた。
伝説的な存在となったリッチー氏のブロンプトン社に、エンジニアのウィル氏が入社したのは2002年。そして2008年に経営を引きつぎ、ブロンプトン社は名実ともに世代交代した。
それから15年。ウィル氏にブロンプトンのこれまでとこれからを、率直にうかがった。
ーー今回、来日された目的を教えてください。
ここ20年で日本は6回ほど訪れています。優しい人々に魅了され、美しい街並みがファンタスティック。ブロンプトンの魅力を共有できる環境だと感じています。日本の販売業務を、これまでのディストリビューターから、私たちが引き継ぐことになりました。それが今回の訪日の動機です。自分たちで業務をハンドリングすることで、ユーザーと我々がいっそう近づくことができます。
ーー具体的にはどのような活動を?
今、日本でチーム(BROMPTON JAPAN)を作っています。まだ小さいチームですが、「我々が一緒にいるんだ、大丈夫」だと背中を押したかった。ロンドンと日本は離れていますが、一緒なんだと伝えるためです。そして、今日のように直接お客さんと接し、ブロンプトンがどのように使われているか、生の声を聞くのが目的です。
ーー10人のブロンプトン・ユーザーと接して、どのような印象を持たれましたか?
ある国に投資するということは、必ずリスクを伴います。お客さんに会ってポテンシャルを感じることは、投資への判断材料になります。ブロンプトンは日本の環境にマッチしている、という印象はこれまでと変わりません。東京は大きな街ですが、自転車を保管できるスペースは限られています。そして多くの人は体を動かすことが好きですし、冒険的なことも好き。人と会ったり友達を増やすことも好き。つまり、ブロンプトンにとってパーフェクトな環境なのです。
ーーあらためておうかがいします。ウィルさんが経営を引き継いで15年になります。会社はどのように変わりましたか?
自転車作りの組織としては、とても大きくなりました。かつては限られた人数で、直接スタッフと会話しながら物事を進めていましたが、今はシステム化しています。2002年のスタッフは30人ほど、今は830人です。
ーー現在、ブロンプトンは年間に何台作っているのでしょうか?
10万台です。そのうち日本向けは4%、4000台です。20年間に渡って日本に受け入れていただき、浸透し、コミュニティが築かれています。
ーー日本の市場は、世界の中で大きいのでしょうか?
かつては英国に次ぐ規模で、最大の輸出国が日本でした。しかし近年は、急速に市場が拡大した中国や韓国、ドイツ、そしてアメリカに追い越されています。ブロンプトンと日本の相性のよさは理解していますので、こうした状況を変えることが、我々が日本にやってきた動機でもあります。
ーー日本の状況をどのようにとらえていますか。
日本での販売台数も微増しているのですが、他の国がもっと伸びています。以前のディストリビューターも素晴らしかったが、今後はさらに強固なブランディングが必要となります。
市場が大きくなった国は、自転車に配慮した道路環境の整備が進んでいることも要因です。日本はその整備が遅れています。10年前も今も、日本では自転車通勤を認めない企業があります。通勤中のリスクも補償するのは日本独特の仕組みです。それが、自転車に乗るのはリスキーである、という判断につながっています。ところが、通学のシティサイクルや子供を乗せた「ママチャリ」は街にあふれています。それで大人の自転車通勤がダメというのは理屈が通りません。
我々にはやるべきことがたくさんあるはずです。世界中の都市と同じように、日本の都市も同じ問題を抱えています。まず気候危機です。史上もっとも暑い10年を日本も経験し、生活習慣病もあります。心身両面で健康を考えなければなりません。外に出て体を動かすことが、健康と幸せには必要です。そのためには、自転車での移動がぴったりです。日本の自転車環境もよくなってきたと思いますが、まだまだやるべきことが多いのではないでしょうか。
ーー日本のいいところは?
シティサイクルが根付いていることは尊敬に値します。車のドライバーが、自転車の存在を尊重しているとも感じます。道路はクリーンでスムーズ(平滑)です。見方によっては、自転車に最適な環境がすでにあります。
ーーそこで選ぶべき自転車がブロンプトン、ということでしょうか?
正直なところ、選ばれるのがブロンプトンかどうかには関心がありません。我々のミッションは「Create Urban Freedom for Happier Lives」(都市における自由と幸せな生活)。これを提供するのが使命であって、ブロンプトンをたくさん売ることではないのです。人を第一に考えて、都市の見方を変えて欲しい。徒歩や自転車で移動する人が増えれば、そのための都市における空間の配分も増えるでしょう。結果としてブロンプトンが売れることはあると思いますが、最初にブロンプトンありきではないのです。これは日本に限ったことではなく、世界のどの街も同じです。
ーーあらためて、ブロンプトンについて教えてください。10年前のモデルも今のモデルも変わってないように見える……と感じる人も多いようです。どのようなところが変わっているのでしょうか?
話が長くなるよ(笑)。一台ずつ説明しないといけないから。
ーーでは、この2台を比べてください(15年前のM3Rと最新のPラインモデル)
従来のブロンプトンはM3R(M字ハンドル・3段変速・ラックあり)、S2L(ストレートハンドル・2段変速・ラックなし)などと形式を英数字の組み合わせで表していたが、現在はCライン(スタンダードモデル)とPライン(パフォーマンスモデル)、そしてTライン(オールチタンモデル)などと区分けされる。
クランク、チェーンリング、ハブの軽量化、ブレーキキャリパー、ハンドルバー、タイヤなど、パーツはすべて進化しています。折りたたみヒンジも改良しています。 アンドリューが発明した時点で、ブロンプトンはbrilliant(すばらしい、輝かしい)。基本設計は変わりませんが、すべてにおいて少しずつ改善と洗練が進んでいます。そして、すべてにおいて新しくなった上位互換モデルがTラインです。
ただし、忘れて欲しくないのは、昔のブロンプトンもbrilliant。いい物を長く大切に使ってほしいと思います。年度ごとに新しいモデルを作る・売るというのは、我々には「どうしようもない」愚かなことです。どんどん新しい物を買うという行為は「持続可能」ではありません。我々は古いブロンプトン用のスペアパーツも保持しており、アフターケアを提供し続けます。新しい物を売りたいだけの会社だったら、そんなことはしないでしょう。
ーー近年は他ブランドと協同の限定コラボモデル(CHPT3など)が多いように感じられます。
ブロンプトンの魅力は、一見しただけでは分かりづらいかもしれません。小径でヒンジがあって、たたんである状態では自転車であることすらわかりづらい。「大丈夫なの?」と思う人もいるでしょう。けれども、手に入れると夢中になる自転車。それを阻むバリア(障害)を、信頼するブランドと手を組むことによって除くことができ、新しい人に対しての入り口を広げたい。コラボモデルは、ブロンプトンを知ってもらう機会を増やすことになります。
ーー「最近のブロンプトンは高い。昔は安かったのに」という声も聞きます。
今日ここには15年前から乗ってもらってるブロンプトンがあります。今、あなたが手に持っているスマホは15年後にどうなっていますか? お客さんにそうした価値を分かってもらいたい。そのためのコミュニケーションが大切です。
当社としても利益を上げることによって技術革新が可能になり、働いているスタッフの暮らしを守ることができます。職人と呼ぶべきスタッフが、定年まで安心して働くことができる会社であることも哲学です。それも含めて、ブロンプトンのお客さんになってほしい。もちろん、利益をそんなに多くいただいてるわけではないですよ。
ーー予算に制限を設けざるをえない人も多いと思います。廉価版などを用意する考えはないのでしょうか。たとえばAライン(国内未展開のシンプル仕様)のように。
Aラインが選ばれることはまれで、販売台数は全体の2.5%に過ぎません。一番売れてないモデルです。そのため我々は、価格を下げるよりも支払い方法や仕組みによって手が届きやすくなるように、と考えていきます。スマホや車の購入と同じように。
ーー軽量なTラインは非常に高価です(85万2500円(税込))。これでは手が届かない人も多いと感じますが。
車と比べてください。「手が届きやすい車」のプライスは? 毎日、10年、20年と使うのであれば、Tラインは高価でしょうか。トレーニングジムに投資するよりも安いのではないでしょうか。一方で、どんなに裕福な人であっても年に数回しか乗らないのであれば、Tラインは高価な買い物でしょう。
ーーEバイク仕様が日本では発売されていません。今後は?
Eバイクに関しては国ごとに異なる規則があります。現在のモデルは日本の状況に対応することが難しいのですが、近未来的には日本仕様を登場させるでしょう。来年とは言えませんが、開発します。
ーー日本のサイクリストにメッセージを。
全地球的な気候変動という大きな課題に対して、サイクリストが担うべき義務と責任があります。周りの人に影響を与えて、もっと自転車に乗る人を増やしてください。自転車は、人類が発明したもっとも効率がよい乗り物です。車の電動化でよしとするのではなく、もともと優れた乗り物である自転車に乗る人を増やす。これが本当に大切なことです。
ーーありがとうございました。
取材協力・BROMPTON JAPAN
bromptonjpsales@brompton.co.uk