太平洋岸自転車道 じてんしゃ旅 十一日目、十二日目 志摩(三重県)〜紀伊長島(三重県)〜新宮(和歌山県)

目次

サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画の番外編となる「太平洋岸自転車道編」。千葉県銚子から神奈川県、静岡県、愛知県、三重県の各太平洋岸沿いを走り和歌山県和歌山市に至る1400kmの長旅が始まった。十一日目は志摩から紀伊長島へ。十二日目は紀伊長島から新宮へと向かう(和歌山県)。

十日目はこちら

横山展望台から英虞湾を見下ろす

横山展望台から英虞湾を見下ろす。リアス式海岸の美しい姿だ

最高の好天に救われた二日目

昨日の雨が嘘のように晴れあがった翌日。今日もアップダウンの連続ということで朝7時半に出発し、なるべく早く宿に着けるようにした。暗いなかを走るのはできる限り避けたいものだ。
出発してすぐにコースを外れ、横山展望台を目指す。ルートを見ているとおそらく幹線道路をずっとたどる単調なコースのようで、しからば英虞(あご)湾を見渡せる場所で写真を撮れるのは今しかないと思い訪れることにした。出発早々に山を上るのは結構辛かったが、展望台から見えた景色はそれらを全て忘れさせてくれるものだった。
ぜひともここは訪れるべき場所だと思う。

その後はしばらく美しい入江沿いの道を楽しむことができた。朝日に照らされるそれは実に日本ばなれした風景で、たくさん写真を撮った。サイクリングだからこそ道端に自転車を停めて写真を撮ることができる。目まぐるしく変わる朝の風景をロケーションを変えて見ることができる。サイクリストの特権だ。

早朝に出発

今日も長丁場の走行。朝7時と早朝から出発した

入江

入江の中の水面は穏やか。昨夜、墨汁のように見えたのはこのためか

英虞湾に見惚れるシシャチョー

夜には見ることができなかった英虞湾の美しさにしばらく見惚れる

入江と漁業の様子

美しい入江と漁業の様子。日本の海の原風景がそこに

しかし、しばらくすると道は再び山中に入ってしまった。先ほどまで見えていた美しい入江の姿も次第に消え失せ、似たような景色が続くなかを走ることに……。単調だが、まあトレーニング的なライドには適していると思う。ほとんど国道260号を通ることになり長いトンネルもある。

このエリアは自動車の交通量が少ないが、それでもやはり周囲の交通に注意を払いながらの走行になる。その他には、飲み物や補給食を手に入れるところが少なく、コンビニや自販機などを見つけた際は、こまめに水分等の補給を忘れないようにした方が良いだろう。

最初の入江の辺りは風光明媚で良かったが、そのあとは海というよりは山側を進む感じとなった。リアス式海岸なので道路の敷設が海側にはできない。だから海沿いといっても山中を進むことになるのだろう。これは致し方ない。ひとまず今日は紀伊長島までたどり着かねばならない。それにもうすぐ冬至だから日暮れもあっという間だ。とにかく気合を入れてペダルを回すことにした。

この日の宿泊地は事前に予約していた紀伊長島近くの古里温泉。国道42号の横にひっそりとある温泉街だ。二人とも目一杯頑張って走ったため意外と早く日没前に到着した。そのため海を見て温泉街の外れにある外湯に浸かりに行くことにした。温泉に入りさっぱりとしたところで宿にチェックイン。疲れが出たのか缶ビールのせいか、そのまま二人とも部屋で夜まで眠り込んでしまった。

ローソンに寄る

補給するところが限られているので、コンビニを見つけたらこまめに寄っておこう

紀伊長島の道の駅

紀伊長島の道の駅ではマンボウの串焼きが食べられる(三重県北牟婁郡紀北町東長島2410-73/TEL:0597-47-5444)※屋台の営業は土日祝のみ

古里温泉の民宿村

今日の宿泊地、古里温泉の民宿村に着いた

きいながしま古里温泉

頑張ったせいか早めに到着。「きいながしま古里温泉」で外湯を浴びてからチェックインした(三重県北牟婁郡紀北町古里816/TEL:0597-49-3080/入浴料:520円)

この日の走行距離:志摩〜紀伊長島(90km)

ひたすら前に進む1日に

翌朝も再び良い天気に恵まれた。今日もまたハードなコースのようなので7時半に出発することに。なにせここから終点の加太(和歌山県)までまだ400kmもある。早め早めの行動をすることが大切だ。それにほとんど全て幹線道路を走るということから、あまり観光スポットに時間を割くことができないと踏んで、とにかく距離を稼ぐという考えで行くことにした。

道は延々と国道42号を走る。申し訳ないがとにかく単調でお世辞にも楽しいとは言いがたい。決して走りにくいということはないが延々と同じような景色が続くので記憶に残りづらい。そしてやはり2桁国道だけあって道路幅は狭く、車の追い抜きが気になる。
さらに極めつけは矢ノ川トンネルという全長2kmの狭く暗いトンネルを通らねばならないのだ。路側は狭く先は見通せないし、トラックに追い抜かれると風圧で持っていかれそうになる。恐怖でハンドルを握りしめる。その後の黒煙もひどい。しかもマフラーを変えたトラックがトンネルに入ってくると「ビュルビュルビュル!!!」といった爆音が2kmに渡り響き渡る。そしておそらく車中から投げ捨てたであろう茶色い液体の入ったペットボトルが転がっており、あやうく踏みそうになる……。
「なんやねん! このトンネル! 危なすぎるわ!!!」と叫ぶシシャチョー。
「……これがコースだなんて……」唖然(あぜん)とする筆者。

他に道がないのだろうが、これではあまりに危険すぎるだろうに……。
熊野市に入り再び海岸線を走ることになった。左側にきれいな砂浜がチラチラ見えているが……二人とも神経をすり減らしてしまっていたためか降りてみようという気にならなかった。しかも周囲に商業施設が増え始め、途端に車の交通量が多くなったのでさらに走りにくくなってしまった。とにかく今日は移動日と捉え、新宮まで一気に行くことにした。

ただし途中の鬼ヶ城は地質学好きな筆者にとっては興味を惹かれるところであった。さすがユネスコ世界遺産に登録されている天然記念物だけあって見応えがあった。ここでは思わず笑顔になる筆者であった。
しかしそれ以外は総じて幹線道路を走るだけのイメージだった(今後もこれは続くのだが……)。
実は大学生の頃に筆者は尾鷲から和歌山の白浜温泉までツーリングをしている。その時のイメージはとても良い感じだったのだが……まあ……若かったからだろう……。

旧街道らしき道に入る

旧街道らしき道に入る。ずっと国道ばかりなので少し心が安らいだ

紀伊半島の山々

紀伊半島の山々が見えてきた

鯛丼とカレー

尾鷲にある「おわせお魚いちば おとと」で早めのランチを摂る。筆者の選んだメニュー。鯛丼とカレーて、W炭水化物やないか……(三重県尾鷲市古戸野町2-10/ TEL:0597-23-2100)

鬼ヶ城

ユネスコの世界遺産に登録されている「鬼ヶ城」。圧巻だ

歩道橋を押し歩き

熊野市への道は歩道橋を押し歩きし、国道311号から外れた小さなトンネルを行く

和歌山入り

やった! いよいよ和歌山県に入った!

地元の居酒屋で温かな心に触れる

日が暮れる前になんとか新宮の町にたどり着いた。
「あっ!ホテルをまだ予約してなかったわ! 井上はんちょっと待ってて!」
あまりに走ることだけに集中していたため、宿を予約するのを忘れてしまっていた。慌てて迫田さんがスマートフォンで調べるが、なかなか予約が取れない。
「やばいな……宿無しや……こうなったら電話をかけてみますわ!」と一軒ずつ電話をすることに、するとほどなく1軒のホテルを予約することができた。
「まあ行きあたりばったりがワシらの旅ですからな〜」すっかり旅慣れてしまったシシャチョーはこんな時も冷静である。

ホテルにチェックインしたロビーで二人ともソファーに座り込む。
「こ、こんな感じのロケでいいでしょうかね?」と筆者。
「うーん、この3日間は鉄砲玉みたいに走るだけになってしもたなあ……記事書けそうでっか?」
「うーん……」
実際、この3日間、ずっと移動をするだけになっているような気がする。そのような感覚に二人とも違和感を感じ始めていた。仕事とは言えサイクリングの魅力を伝えなくてはいけないのだが、ほとんどが道についての印象になってしまっている。そういえばいろいろな人がインターネット上で太平洋岸自転車道のブログや記事をあげておられるが、みなさん一様にブルーラインやナビライン、道路の話ばかりが多い。太平洋岸自転車道を走ることについての印象はやはりそういうものなのか……。

しかし我々二人はそうでない太平洋岸自転車道も感じ取ることができるはず!旧街道じてんしゃ旅でもたくさん経験してきた。土地の魅力を感じたり、道端のふとした風景に感情移入したり、たまにナンパしたり(シシャチョーだけだが)、とにかく地域との触れ合いもサイクリングの大きな魅力だということは二人が一番感じているところだ。
「迫田さん、やはりここはわしらのテイストで取材しましょうよ! 道がアレなんであれば町で行きましょう!」
「ですな! 今からだとやっぱり晩メシのネタや! 一昨日も地元の鉄板焼き屋で楽しかったし!」

そういうことでホテルで聞いた地元のおいしい居酒屋に行くことに。そこは女将と女性スタッフと2名で切り盛りしている小さな小料理屋だった。
常連がカウンターに座る中で、自転車の格好をしたおっさん二人を見た女将はカウンター越しに「あなたたち、どっから来たの? 自転車の人?」と声を掛けてくれた。
「いや実はわれわれ自転車で……」とシシャチョーが身の上を語る。
「あら、このお店には有名な自転車チームのオーナーもよく飲みにくるのよ! あら、そう!」と女将はうれしそうに話しカウンターを抜けて我々のテーブルに腰掛けてきた。
「ほぉ! 自転車チームでっか! 井上はん、ちょっと女将さんと写真撮って!!」
「あら、じゃあ私も一杯いただこうかしら!」と言って自前の一升瓶を出してくる女将。
こうして女将の身の上話を聞きながら日本酒を煽ることになった。店を出るころには3人とも酔いが回り良い気分に。
「いのうへはん……! やっはり、じてんしゃたびはひとや! ひとのあたたかはやわ……」
「ほ、ほんまれすなあ、あしたからはこれでいきまひょ!!」
と呂律の回らない二人だった。

小料理屋の女将と乾杯

「どっから来たの?」と女将が声をかけてくれた。そしていつしか同じ席で盃をともにすることに

五郎八

女将お気に入りの新潟の酒「五郎八」濁り酒。美味だった

女将とシシャチョー

名物女将の身の上話を肴に酒が進み、知らず知らずのうちに夜が更けて行った

新宮サンシャインホテル

ギリギリで予約できた新宮サンシャインホテル(和歌山県新宮市井の沢9-13/
TEL:0735-23-2580)

きく

熊野市の名店「きく」(和歌山県新宮市井の沢9-15/TEL:0735-22-8643)。店内には酒場放浪記 吉田類さんのサインが飾られていた

この日の走行距離:紀伊長島〜新宮(和歌山県)82km

 

十三日目に続く