旧街道サイクリングの旅 vol.9 旧東海道をゆく
目次
消化不良のまま二川宿本陣資料館を出て先を急ごうとした二人だったが、出発して数百メートルで雰囲気の良い古民家に目がいってしまった。屋号には「駒屋」と書いてある。時間のことが気になったが、二人して顔を見合わせつつバイクを降りた。
なかなか二川宿を出られない
なかを伺ってみると、帳場が再現されていたりしてなかなかに雰囲気のあるところだったので、「ちょっとだけ」寄ってみることにした。
ここも資料館のようになっていたので、二川宿本陣でできなかった撮影をすることに。
宿場町特有の「鰻の寝床」のような細長い建物の奥に進んでいく。駐車場と駐輪場があるようだ。木造のしっかりとしたとサイクルラックが設置されている。ひょっとしたらこの辺りもサイクリストが訪れているのかもしれない。旧街道サイクリングをする人が増えると嬉しい限りだ。
サイクルラックに自転車を引っ掛けて建物に向かおうとした時だった。
「はぁーい!!!ははっ!!!おにーさん達!どこから来たのかな???」
甲高い声が聞こえる。
「…………………」
「自転車で来たのかな〜?ははっ!!」
「遊んでこ!!ね!!」
突然ピエロの格好をした二人が出現!寄声を上げて近寄ってきたのだ。
まるでウォルト・ディズニーのミッキーマウスのような甲高い声で叫んでいる。
「…………………」
「あらら、ワシまた引き寄せましたかな???」
立ち尽くしながら呟くシシャチョーさこやん。
そんなことはお構いなしにピエロの二人はアレやコレやとシシャチョーさこやんに喋りかける。腕を組み始めるわ、写真をせがむわでシシャチョーさこやんも押されっぱなし。古民家風情もどこへやら。息つく間もなく喋りかけてくる。
その横で呆気に取られる私。
そのうちシシャチョーさこやんもまんざらでもなくなったようで、むしろ仲良くなって三人で自撮りをしているではないか……。
やっぱりこの人はいろんな人を惹きつけるようだ……。
聞けばピエロのお二人は子ども向けイベントの仕事をされているご婦人たちで、ピエロの衣装を着てこの辺りで活動しているとのこと。今日はこの古民家でハロウィンのイベントをやっているらしくヨーロッパ製のブーツを履いて、フル装備でやってきたそうな。
そんな彼女達の楽しいお話を聞いているうちにあっという間に時間が経ってしまった。時計を見ると1時間近く経っている!!まずい。結局ここも撮影もせずに去ることになった。お二人に挨拶しつつ、そそくさと駒屋を後にした。
「しかし迫田さん、やっぱり持ってますなあ!必ずオモシロイ人に会いますよね!」
「宿場町の記憶より会った人の記憶の方が残りますなあ!ガハハハハ!」
「でもさっきのお二人には水口宿の時みたいにナンパしてませんでしたね〜」
「ハハハハハ……(乾いた笑い)」
やっと二川宿を越え静岡県境に入ったとき、時刻はすでに13時になっていた。
曲尺手って書いて何て読む?
県境からしばらくいくと「白須賀宿」に着く。古い民家が残っている宿場町だ。どちらかと言うと昭和風情が強いところだが、街道サイクリングをしている人にとっては、ここが宿場町であることは雰囲気で分かる。町割りや家の向き、そして城下町特有のクランク状の曲がり角でそれと分かるのだ。
さて、そのクランク状の曲がり角だが、城下町では「七曲り」、宿場町では「枡形(ますがた)」や「鍵の手」と呼ばれることが多い。宿場での警備や軍事的な守備の観点から設置されているという。建物が密集しているところでクランク状にし、敵に一気に蹂躙されるのを防いだということだ。また宿場町は人が集まるところなので、なかには追い剥ぎやスリなどもよく発生したらしく、これらの悪人から身を守るために、このクランク状の曲がり角を使って悪党を巻いたという。そして最も大切な機能として、大名行列の偵察場所という役割があったという。大名行列同士がすれ違うときは、石高や家柄の高さによって、小大名は大大名が通り過ぎるのを駕籠から降りて待たなくてはいけなかったという。それを主君にさせるわけには行かず、大名行列から偵察隊を出し、このクランク状の曲がり角で待ち伏せし、大名の素性を確認する作業を行なったという。
しかし、この白須賀宿では、このクランク状の曲がり角を別の呼び方をしている。
「曲尺手」
こう書いて「かねんて」と呼ぶ。(他の街道でも1カ所見たことがあるように記憶している。)
ちょっと面白い響きだ。
ただ愛知県には曲尺手町という地名もあり、昔はこの呼称もポピュラーだったのかもしれない。
普通にサイクリングやトレーニングで走っていたとしたら、全く気付くこともない変哲もない曲がり角だが、旧街道サイクリングではこんな場所ひとつとっても楽しみになるのだ。
昔は怖い存在だった「新居の関所」
白須賀を越えたところで海が見えた。
「うわー!海や!!」
子どものようにテンションが上がるシシャチョーさこやん。
でも確かに分かる。サイクリングしていて海が見えると嬉しくなるのは私も同じだ。
ほどなく「新居の関所」に出た。
「入り鉄砲に出女」という言葉は聞いたことがあるかもしれない。
江戸幕府は大名の正室や側室などを江戸屋敷に住まわせ、実質的に人質のようにした。諸藩の大名は国許(くにもと)に1年、江戸屋敷に1年と隔年で移動を強制された。これが世に言う「参勤交代」だ。ちなみに将軍家に謁見し江戸屋敷に向かうことを「参勤」、国許に帰ることを「交代」と呼んだと言う。
江戸幕府は諸藩が武器を江戸に持ち込まぬよう、そして江戸屋敷の女性達が江戸を脱出しないように関所を設けて検閲していたのだ。特に女性は厳しく調べられたと言う。大名の正室などが町人に変装して逃走しないように、着物を解かれたり、髪をおろされたりして身ぐるみ調べられた。「人見女(ひとみおんな)」という老女が女性の旅人一人ひとり調べたという話はつとに有名だ。
そんなウンチクをシシャチョーさこやんに話したが、ここしばらくの資料館の出来事もあり、そして時間もないことから外観だけ撮影して切り上げることになった。
さて新居の関所を越えるといよいよ浜名湖に出る。江戸時代はここを渡船で渡した。今は新幹線、国道の橋がかけられておりそこを渡ることになる。浜名湖周辺もサイクリングが盛んなところだ。弁天島で休んでいるとたくさんのサイクリストを見かけた。
薄れゆく街道風情
浜名湖の対岸は「舞阪宿」。港町風情に加えて脇本陣が残されており、それなりに街道風情が残っている。
「腹減りましたなあ。この辺で地元飯でも喰いましょう!」とシシャチョーさこやん。
「そう言えばだいぶ前にここにきたときは桜海老のかき揚げ食べましたよ!」
「それ!それエエですね!!」
そんな話をしだすと急にお腹が減った気がする。
しばらく舞阪宿を彷徨いながら食事処を探す。
ところが一向に見当たらない。
記憶を辿りながら探すが見つからない。
「すみません。だいぶ前の話なので……。もう閉店してしまったのかもしれませんね。」
海産物店は多いのだが食事ができそうな場所は無いようなのだ。
そのうちに舞阪宿を出て国道に出てしまった。
こうなるともう地元飯の食せるところは限りなく少なくなってしまう。チェーン店の看板ばかりが目立つ。しかもなかなか自転車を停められそうなところも少ない。
「腹が減ってもう持たないですね。次に目についたところに入りましょう!」そう言ってファーストフード店に飛び込んだ。
地元飯でなくて少し残念な気持ちだったのだが、飛び込んだファーストフードの店員さんがものすごく親切な方で気を取り直した。どうやらサイクリングに興味がおありのようで、お二人の自転車は普通の駐車場じゃダメでしょうからと、店舗の前の柵を使わせてくれたり、生まれた土地の話をしていただいたりと、ファーストフード店ではできないようなフレンドリーな会話をしていただいた。
食事の内容よりもこうした出会いこそが旅の醍醐味だ。
ところでシシャチョーさこやん、彼女の住所と名前を聞き出そうとしているではないか。
さっきと違って今回はナンパか、アンタ……。
食事の後はトラックが多く、街道の文物もほとんどない退屈な国道区間が続く道だったが、二人して彼女の話をしながら楽しい気分で走ることができた。
「浜松宿」に着いた。
ここもすっかり近代化され宿場町や街道の風情はほとんど残っていない。全く残念だがこれも現実だ。仕方がないことなのだろう。
浜松城について取材をするが、どうも味気ない。
もし各宿場町がヨーロッパの旧市街のように景観に気を使って保存活動をしていたとしたら、観光的にも文化的にも、とても良いものになっていただろう。
もちろん戦争もあったし、経済発展を急ぐ必要があっただろうが、全てが壊されて画一的な街になってしまっているのはあまりにも無計画だったのではなかろうか……。
とにかく日本らしい風情が根こそぎ無くなってしまっているのは心底寂しいものだ。
街道にまつわる寺社仏閣や道標はそれなりに残っているが、我々サイクリストは、やはり道の景観そのものにこだわってしまう。
さて記事になりそうなものを探しているうちに夕刻が近づいてきた。
相談して、今日は「掛川宿」まで行くことに。
この先も似たような風景なので飛ばしていくことにした。
「袋井宿」を越えたところで今日の宿を予約する。
道中はどこで泊まるかは行き当たりばったりだ。
これが結構楽しい。
すっかり辺りは暗くなった。ライトをつけての走行。
久しぶりの旧街道旅なのと街道風情が少なかったためかシシャチョーさこやんも疲れ気味だ。
よし代わりに夕餉を楽しむとしよう。
明日はいよいよ「日坂宿」と茶畑の続く道。
シシャチョーさこやんの驚く顔が楽しみだ。
参考文献:
今井金吾「今昔東海道独案内」(JTB出版事業局)
歌川広重「東海道五十三次五種競演」(阿部出版)
八隅蘆菴著/桜井正信監訳 「現代訳 旅行用心集」(八坂書房)
【text & photo:井上 寿】
滋賀県でスポーツバイシクルショップ「ストラーダバイシクルズ」を2店舗経営するかたわら、ツアーイベント会社「株式会社ライダス」を運営、各地のサイクルツーリズム造成事業を主軸としつつ、「日本の原風景を旅する」ことをテーマにした独自のサイクルツアーを主宰する。高校生の頃から旧街道に興味を持ち、以来五街道をはじめ各地の旧街道をルートハンティングする「旧街道サイクリング」をライフワークにしている。趣味は写真撮影、トライアスロン、猫の飼育。日本サイクリングガイド協会(JCGA)公認サイクリングガイド。
取材協力:RIDAS(ライダス)