太平洋岸自転車道 じてんしゃ旅 十四日目 すさみ(和歌山県)〜御坊、最終日 御坊〜加太(和歌山県)
目次
サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画の番外編となる「太平洋岸自転車道編」。千葉県銚子から神奈川県、静岡県、愛知県、三重県の各太平洋岸沿いを走り和歌山県和歌山市に至る1400kmの長旅もいよいよゴール。十四日目はすさみから御坊。そして最終日は御坊から加太(かだ)へ。
目まぐるしく風景が変わる最終日
いよいよ太平洋岸自転車道のロケも本日で終わり。1400kmに及ぶ長かった旅もいよいよ残りわずかだ。しかし残りわずかと言えど地図を見る限りかなりのアップダウンがある。最終日も厳しい道になりそうだ。
冬至間近の12月上旬、日没は想像以上に早い。最終日なのに夜になってゴールとなるのは絵にならないだろう。ということで昨夜の晩酌は1杯だけに控え、早起きし、まだ暗さが残る朝7時に出発した。
「いよいよ終わりですなあ〜、しかし長かった……」今日も前を引いてくれているシシャチョーがつぶやく。
「まだ気を抜くわけには行きませんね! 国道42号、朝の車は飛ばしてますから!」
その通り、途中の笠甫トンネルで、高速で抜いてきたトラックにあおられた。大きなサドルバッグをつけているので風圧でふらついてしまうのだ。体勢を崩してビンディングが外れてしまった。リヤライトを点灯させているので自転車がいるのは分かっているはず。しかもこんな狭いトンネル内でスピードも落とさずに抜いていくというのは……。
椿温泉を過ぎ白浜に着いて小休憩を取る。
真夏は海水浴客で溢れかえっているビーチも、この季節は誰一人いない。早朝のビーチを独り占め(二人占め?)するのは気持ちよかった。
その後、名勝の三段壁と千畳敷を訪れる。団体旅行向けの観光地ということで足早に見て出発。
「井上はん、紀伊田辺の上富田(かみとんだ)の知り合いのところに寄りますわ」とシシャチョー。
和歌山のロケや観光サイクリングでお世話になっているサイクルステーション「KMICH(クミッチ)」を訪れることになった。お会いしたのはサイクル担当の瀬戸陽子さん。紀南(和歌山県南部)のサイクリング事情を知り尽くしている方だ。シシャチョーはいつも仕事で瀬戸さんのお世話になっているそうで、二人よもやま話に花が咲いている。瀬戸さんによると和歌山県のサイクリングへの取り組みは相当なもので、インバウンド対応のツアーを実施したり、熊野三山を回るクマイチなるコースを開発したり、JRきのくに線のサイクルトレインを取り入れたツアーを運営したりしている。そういえば街中を行く高校生たちもかなりの割合でロードバイクやクロスバイクを乗っていた。和歌山は今後さらに自転車が盛んになりそうだ。
「これからもいろいろと取り組んでいきますよ!」そう語る瀬戸さんの眼は輝いていた。
簡単には終わらせてくれない和歌山
国道42号は次第に北に向きを変えてきた。紀伊半島を南から北に回り込んでいるのだ。和歌山が近くなってきたのが感覚的に分かる。しかしここからがキツイことは承知している。案の定、御坊(ごぼう)を過ぎ、白崎海岸が見えてきた頃には次第に足が回らなくなってきていた。GIANTのTCRはピュアロードだが、太平洋岸自転車道のためにリヤのカセットスプロケットをワイドに換装してきた。それでもこの連日の走行、思えば浜松からずっと飛ばし続けている。旧街道のように頻繁に立ち寄る場所も少なく、ずっと幹線道路をひたすら走り続ける感じだったので、気持ちも体も疲労しているのだろう。こんな時に限ってトラブルは起きがちだ。
案の上、景色を見ていて道路の割れ目が発見できず、ジャンプで回避できなかった筆者のバイク。衝撃でチェーンが落ちてしまった。やれやれと思いつつチェーンを直しにかかる。当然シシャチョーは気づかずに行ってしまった。3kmほど走ってようやく追いついた時、シシャチョーは海岸線で朝日のシルエットの中にいた。
「チェーン落ちちゃって……すんません。でも朝日の中の雰囲気が良かったのでこっそりとシルエット撮っときましたよ!」
「いやいや、アンタが遅れたのに気づいてたんや! 追いついてきた時にカッコよく撮ってもらおうと思ってずっとポーズして待ってたんですわ! 5分以上も!!」
やはりこの御仁の頭の中は読めない……(苦笑)。
「白崎海岸で少し休みましょう! 少し疲れてきました」と筆者。白崎海岸公園の道の駅で休んで行くことにした。
ほんの休憩で寄ったつもりの白崎海岸であったが、石灰岩の岩塊でできた白亜の岩いわが紺碧の海と空に映えて実に美しい場所だった。二人とも先を急ぐことを忘れて白い岩に見惚れてしまった。もちろん地学地質が大好きな私は仕事も忘れて写真を撮りまくったのだった。
白崎海岸を出てルートに戻ろうとしたのだが、何と! ここで通行止の看板が……。何やら工事中らしい……。もと来た道を数km戻り、急な山を越えて幹線道路メインのもう一つのコースに出る。すっかり気持ちが萎えてしまった。
それでも時間は待ってくれない。重い体に鞭打ちながらペダルを踏む。カメラとレンズを詰めたリュックが肩に食い込んでくる。
湯浅を過ぎて有田に入る。「矢櫃(やびつ)浦」に到着。シシャチョーによると、何でも「日本のアマルフィ」と呼ばれているらしい。確かにこじんまりとした港に白い建物がびっしりと並んでいる様は日本ではあまり見ない風景だ。
「アマルフィですか……日本の……」
面倒臭い話になるが、個人的に「日本の◯◯」とか「和製▲▲」と言うのがあまり好きでない。何だか二番煎じというか、まがいモノのような印象を受けるし、誇りを感じないのだ。おそらくは西洋への憧憬がそうさせるのだろう。そういえば先ほどの白崎海岸も「日本のエーゲ海」と呼ばれているらしい。
いや、まったく悪気はないのだが個人的に好きではない。誇りを持って矢櫃浦や白崎海岸だと、地名を言えば良いのになと思う。
いや、面倒臭い話で恐縮ではある。
和歌山市に入った。15時を少し過ぎている。太陽がかなり傾いてきた。
「いや〜きつかったですなあ、まあ残りは平らですさかい」とシシャチョー。
気がつくと市街地の中を走っていた。渋滞の中でイライラしているドライバーから意味もなくクラクションを鳴らされる。しかしそれも街の中らしくて何だか懐かしい。
紀ノ川を越えたところでゴール地点の「加太」の文字が見えた。いよいよ太平洋岸自転車道もエピローグを迎えていることを意識しだした。
再び海が見えた。見ると太陽は海に向かって急速に落ちようとしている。
「お前たち、早く辿り着かないと隠れてしまうぞ……」と言っているように思えた。
足早にペダルを回す。二人とも無口だ。そして最後の温泉街に辿り着いた。
ゴール!!
モニュメントで記念撮影し、二人して握手をした。
1400kmに及ぶ太平洋岸自転車道の旅がやっと終わった。
今回の走行距離:すさみ〜御坊(106km) 、御坊〜加太(114km)
この連載をまとめたムック「ニッポンのじてんしゃ旅 vol.9 太平洋岸自転車道サイクリングガイド」が2024年3月29日に発売されます。