折りたたみ自転車と小さな旅へ
目次
鉄道に自転車を載せればサイクリングの可能性は大きく広がる。それが折りたたみ自転車が一番輝く旅のスタイル。好きな街、見たい風景が思い浮かんだら、気負わず出発進行!
伊豆半島南端の歴史ある港町へ
火山が作り出したダイナミックな地形、白浜が広がる青い海、そして激動の歴史の舞台となった港町が待っている静岡県の伊豆半島。南端近くまで鉄道が延びているので、輪行サイクリングの舞台として人気が高いエリア。
走行距離 45km
東城咲耶子(とうじょうさやこ)
愛知県豊橋市出身。アトミックモンキー所属。アニメ、ゲームの声優として活躍中。サイクリングがテーマのTVアニメ「ろんぐらいだぁす!」にも出演。各地のサイクリングイベントでゲストライダーとしても活躍。
今回の旅に使用したバイク BROMPTON P Line Explore
価格:48万700円
問・ブロンプトン ジャパン
support@brompton.co.uk
https://jp.brompton.com/
輪行が楽しくなる英国生まれの名車
驚くほどの小ささと確かな走りを実現し、世界中で多くのファンに愛されている折りたたみ自転車がブロンプトン。1975年に発明されてから今日まで、ほぼ一貫してロンドンで作り続けられている名車だ。車輪サイズは16インチと小さいが、ホイールベース(前後車輪の間隔)が長いため、安定感は非常に高い。街乗りから輪行を駆使した遠征サイクリングまで、誰もが安心して身を任せることができる。
下田を訪れた東城さんが乗ったのは、Pラインと呼ばれるブロンプトンの上級モデル。フロントフォークとリアフレームに軽量なチタン合金を用いており、オールスチールのブロンプトンに比べて大幅な軽量化を実現している。軽いことで輪行がますます楽になり、走りも軽快で坂も苦にならない。多くの人が憧れるモデルだ。
鉄道で過ごす時間も思い切り楽しむ
自転車を公共交通機関に持ち込んで、乗り手と一緒に移動することを「輪行」と呼ぶ。輪行を活用することで、サイクリングの舞台は無限に広がる。むしろ、輪行できるからこそ、サイクリングを非日常的な旅の時間として楽しめると言っても過言ではないだろう。
輪行では鉄道、船舶、航空機などさまざまな移動手段を利用できるが、もっとも身近で便利なのが鉄道だ。駅から自転車で走り出し、別の駅か、もしくは周回ルートで同じ駅まで走ったら列車で家路に着く、というプランが可能になり、全国で応用できる。
自転車を鉄道に持ち込む場合、JRの手回り品に関する規則に従うことになる。私鉄のほとんども規則はJRに準じている。
「解体し専用の袋に収納したものまたは、折りたたみ式自転車においては折りたたんで専用の袋に収納したもの」
「携帯できる荷物で、タテ・ヨコ・高さの合計が250センチ(長さは2メートルまで)以内で、重さが30キログラム以内」
これが手回り品に関する規則。つまり、そのままの自転車は、「サイクルトレイン」など特別な列車を除いて持ち込むことができない。規則にも折りたたみ自転車に言及されているが、こうした輪行こそ、折りたたみ自転車のメリットが一番鮮やかに発揮されるシーンだ。
ここからは、声優の東城咲耶子さんと一緒に、折りたたみ自転車を活用した輪行サイクリングを紹介しよう。鉄道でめざしたのは、伊豆半島南端の港町、下田だ。
鉄道で輪行する時のポイントは、往路で利用する列車は事前にしっかり決めておくこと。逆に復路はサイクリングの後に列車に乗るので正確な時刻が読みにくいため、アドリブで列車を選ぶ余地を残しておく。走るルートは、当然ながら駅と駅を結ぶことになる。
列車選びも輪行の楽しみだ。なるべく早い時間に目的地に着くという実用面だけでなく、乗って快適で、気分が盛り上がるような列車を選びたい。
伊豆の下田へ向かう場合、どの方面からも熱海を経由することになる。熱海駅は東海道新幹線の「こだま」が停車する。その速さと輪行袋の置きやすさの双方で、新幹線は輪行で一番活用したい列車だ。駅弁も楽しめる。
熱海から先は、伊豆急行の「リゾート21」という観光列車に乗り換えるのがおすすめ。展望のよい特別車両だが、乗車券だけで利用できるというお得な普通列車だ。車内は広々としており、折りたたみ自転車なら置き場所に困ることもない。片瀬白田駅〜伊豆稲取駅の間は線路が大海原のぎりぎりまで迫り、沖合に浮かぶ伊豆諸島を望むことができる。サイクリングの前から旅の気分が盛り上がること間違いなしの絶景路線だ。
レトロモダンな街から絶景が待つ海岸線へ
終着の伊豆急下田駅に着いたのは10時前。東京駅からの所要時間は、ちょうど2時間半。長いと言えば長い時間だが、距離にして160kmあることを考えれば十分に速い。自転車で走ったらどれだけの時間がかかることだろう。少なくとも日帰りは難しいし、下田に着いた頃には疲労困憊だ。輪行を活用すれば、おいしいところだけを走って、楽々と日帰りできる。限られた休日で充実したサイクリングを楽しむには、輪行は欠かせない手段だ。
駅前でさっと自転車を組み立てたら、レトロな街並みが迎えてくれるペリーロードへ走り出そう。今回の相棒に選んだブロンプトンは、慣れればものの10秒で組み立てることができる。手もまったく汚れない。折りたたみでないスポーツ自転車の場合、車輪を外したりして輪行袋に収めるので、その準備や組み立てに相応の時間がかかり、独特なノウハウも求められる。そうしたわずらわしさと無縁で走り出せるのが、折りたたみ自転車の魅力だ。
下田は、幕末に黒船がやってきた港町として知られている。下田に上陸して開国を迫ったペリーの要求を受け入れたことで、激動の幕末と明治維新が始まるわけだが、それは200年以上続いた平和な江戸時代の終わりも意味した。
現在の下田には駅前に黒船の模型がすえられ、港の一画にはペリーの銅像まで立っている。江戸幕府にしたらペリーは迷惑な存在だったろうが、下田にとっては知名度を全国区にしてくれた恩人なのかもしれない。伊豆石で造られた大きな倉庫や海鼠(なまこ)壁の商家が、下田の繁栄を今に伝えている。道筋は細くて入り組んでいるが、自転車ではとても走りやすく、角を曲がるたびに発見があるような港町だ。ペリーロードを少し外れると、「唐人お吉」が過ごした安直楼がある。異人と関わったことで幸薄い人生を送った女性の物語は、昭和の初め頃に映画化され、下田の名が改めて全国に知られるようになったという。
ペリーの像を眺め、そのまま道を進むと、小さな半島をくるりと回って下田海中水族館の前に出る。入り口に据えられたプールでは、大きな海亀が迎えてくれる。お腹が空いていれば、館内に入って「キンメコロッケバーガー」などのご当地グルメをいただくのも楽しい。水族館の先には、波打ち際に遊歩道が続いている。徒歩と自転車だけが進める穴場ルートだ。
下田エリアには美しい海水浴場が多い。それらをつなぎながら、伊豆半島南端の石廊崎(いろうざき)をめざす。クルマのメインルートは国道136号だが、交通量とアップダウンが多い。そこを通らざるえない区間もあるが、なるべく海沿いの県道を選んでいこう。田牛(とうじ)という難読地名の交差点を左へ入ると、ひときわ白い砂浜が続き、それを過ぎて短いトンネルを抜けると龍宮窟という洞窟の入り口に着く。下田屈指の観光スポットだ。
下田から石廊崎までは片道20km少々。ロードバイクなら、信号以外では一度も足を着かずに通り過ぎてしまうような距離だが、折りたたみ自転車は乗り手の気分を急かさない。むしろ、ゆっくり走ったほうがいいよと教えてくれる。そのほうが旅先で得られる情報は濃くなるからと。まるで下田に暮らしているような感覚で、道すがらのあれこれを楽しみながら進んでいこう。
最南端の石廊崎から大海原を望んで
その先端に立てば大海原が丸く見えるほど突き出した石廊崎。少し前までは、灯台直下の漁港から自転車を押し上げる必要があったが、2019年に石廊崎オーシャンパークが開園し、県道からのアクセス路が再整備されてスムーズに入れるようになった。灯台と神社がある先端までは、石廊崎オーシャンパークの裏手から徒歩300mほど。しばし自転車を停め置き、ダイナミックな展望を心ゆくまで体験して欲しい。
石廊崎を後にしたら、しばらく道なりに進んでから国道に合流し、下田方面へ戻る。吉祥や下加茂といった雅な地名が現れる。このあたりを東西に流れる青野川沿いには自転車歩行者道が延びており、早咲きで知られる河津桜の並木が迎えてくれる。開花シーズンは自転車ではとても通れないほど混雑するが、ふだんはせせらぎが聞こえるほど静かだ。海と里山、そして清流をまとめて楽しめるのが下田エリアの魅力。季節を変えて訪れるサイクリストも多い。周辺の国道と県道には、自転車走行レーンを示す青い矢羽も増えた。
伊豆急下田駅には、まだ十分に日が高いうちに到着するはず。駅の足湯で和むもよし、お土産を選ぶのもよし。もう輪行するのだから、お酒が好きな人は一杯始めても構わないだろう。伊豆急下田駅からは、特急「踊り子」や、その豪華版である「サフィール踊り子」といった列車も利用できるが、サイクリングの終了時刻との兼ね合いが意外と難しい。特定の列車を狙うとサイクリング中に気が急くので、復路も熱海まで普通列車でいいだろう。かつて東急電鉄で都会を走った車両が使われているので、その沿線に住んだことがある人には懐かしいはずだ。
今回の輪行サイクリングを紹介しているサイクルスポーツ特別編集「折りたたみ自転車で旅に出る」は好評発売中です。ブロンプトン・Pラインを始め、誌面では、他の車種のインプレッションも掲載しています。