【いい風呂の日】野湯を求めて、グラベルサイクリング【北海道編】
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サイクルスポーツ編集部のエリグチは、自転車であらゆる風呂を目指す「風呂サイクリスト」である! そして11月26日はいい風呂の日! ということで、サイスポ本誌のミニ連載「突撃!隣の自転車銭湯」より、2024年2月号〜5月号の北海道編を一挙掲載します。
舞台となるのは、冬が目前に迫った2023年11月末の北海道。仲間とともにグラベルバイクで目指すのは、未舗装林道の奥にある最難関級の野湯。果たして僕らは湯に浸かることができるのか!?
北海道の野湯を探すグラベルの旅
2019年から本誌にて隔月連載してきた「突撃!隣の自転車銭湯」という企画が、2024年から毎月の連載へ昇格! それを記念して、オフシーズンで往復1万5000円と格安となったフライトを取り北海道にやってきた。
旅の連れとなるのは、グラベル仲間のファナティック遠藤氏だ。雪に川に自転車にとアウトドアに勤しむ彼とは、かつて雪の八ヶ岳の本沢温泉へ自転車で挑んだことも強烈な記憶に残っている(本誌2022年4月号にてレポート)。彼に誘われ今回目指すのは、“北海道最難関の湯”という二つ名を持つ野湯だ。
暖冬の影響か、まだ積雪はしていないため林道はアタック可能。冬眠直前のクマさんも我々の喧騒によって距離を置いてくれるはず。到着した夜、セイコーマートメシで宴会をしながらそんな相談をしていたはいいものの、気象情報をチェックすると予報はどんどん悪化していく。仕方ない、雨よりかはマイナス温度の雪中の方が行動しやすいだろうという魂胆で、行程をずらし、まずは道南の秘湯群の調査に行くことにした。
今回の探索エリアは、函館周辺の道南の“右下”の部分。一湯目は「磯谷温泉」という温泉宿があった渓谷の上流部だ。国道から上り始めるとすぐに急勾配の未舗装となり、そのまま2kmほど進むと川から香りが立ち上ってきた。
進むと、ハイエースが停まっている。のぞき込むと、先客のアベックが野湯の前で野営体制に入っていた。流石、秘湯好きの有志はこれくらいの気概でないとナ。吹き出す源泉や荒れた祠をチェックし、手掘りの湯船に向かう源泉の水脈を調整、流し込んで湯をためていく。小一時間後には僕らの風呂は完成し、歌い出しそうな湯加減に浸り続けていた。
その後も、人家のプレハブ小屋の中でどばどばと駆け流される白濁泉、廃業しているはずの旅館で迎え入れてもらった酸性泉、潮の満ち引きで一日に数時間だけ入れる海中温泉、火山の荒野にぽつりと湧き出る野湯と、秘湯に次々入り続ける。そうして投宿時には6つの湯を堪能、予想どおり寒波がやってきて降雪が始まった。さあ僕たちの明日はどっちだ!?
攻略当日、大寒波襲来。
そうしていよいよ攻略を目指した2023年11月末、北海道・道南エリアには大寒波が押し寄せていた。未舗装林道のピークの手前で、あまりの雪の深さによってグラベルバイクをこれ以上押し担ぐことを止め、その先に向かってつぼ足で歩き始めた。
林道の分岐に停めた2台のグラベルバイクは、20cm以上積もった新雪に埋もれ直立している。きっとこの復路では、フカフカの雪面を下るのに大活躍してくれるに違いないという淡い期待を、そこに残した。
北海道最難関級秘湯「金華湯」を目指すべく、グラベルライドと雪山と野湯装備を携えてここまでやって来たわけだけれど、想定以上の積雪によって、思い描いていたイージーなグラベルライドどころではなくなった。
行動予定時間は大幅に狂い、ましてや補給計画ももはや何の役にも立っていない。『八甲田山 死の彷徨』(新田次郎著)に出てきた数々の物事や要因を2人で話し合いながら、そのトレースをまるで再現するかのようにして、谷間の林道の距離を稼いでいく。雪は降り続けている。
腕時計を見て補給を摂り、少しだけ冷静に回復したことで、同じ道を引き返し始めた。雪雲の中で既にトレースは失われつつあり、再びのラッセル。ヤマレコアプリが音声で知らせる時報と標高を頼りに、無心で足を雪の斜面へ踏み込み続ける。
突如、真っ白な山肌は青空に晒され、そのまま淡く夕焼けに染まる。美しかった。そして闇に呑まれ、頼りないヘッドライトの灯だけが残った。
デポした自転車を回収して、下り始める。45Cのブロックイヤがパウダーをギュッ、ギュッと噛みながら転がってゆく。2人、闇夜の道の先まで響くように、歓喜を叫んだ。総行動距離26km程度のうち乗車したのは500mにも満たなかったかもしれない。下山して温泉宿に駆け込んだ。これほどに熱い湯を、僕は知らない。
イントゥー・ザ・ワイルドオンセン
敗退翌日。僕とファナティック遠藤氏の二人は再び、降りしきる雪の中にいた。ニセコの町は12月の頭らしくやっぱり吹雪いている。除雪された山道の先にある温泉宿の、そしてその源流にある湯へ向かう。
僕は防水トレッキングシューズで雪と流れの際を歩きながら、遠藤氏はトレランシューズでそのまま渡渉しながら遡る。「この川、温かいですよ!」なんて彼が言うものだけど、僕は手足の末端が特に寒さに弱いのだ。一度濡れてしまうとどうなるか……せめて濡れないように歩くしかない。
川面から湯気が立ち上っている。源泉を見つけた。遠藤氏が入る写真を撮ったあと、僕も雪見風呂へ浸かる。ちょっとぬるい。湯船(もちろんただの砂場が掘られたもの)の脇に置かれていた塩ビパイプを、熱湯が出ている口へ沿わせる。浸かっていた一帯はどんどん適温になっていき、ただため息をつきながら、僕たちは真っ白な渓谷の奥に沈んでいた。
4日に渡る秘湯探索行をともにした彼と、苫小牧の町で別れ、ドライ路面からこぎ進み始める。支笏湖、そして千歳の町と空港へ続く、雪に覆われたサイクリングロードへ。帰りのフライトが待っているから、あまりゆっくり走ることはできない。今回サーヴェロ・アスペロに履かせていた45Cのブロックタイヤは、積もったばかりの新雪に心地良くグリップしながらまっすぐに進んでいく。
ロードバイクだけでもMTBだけでも、登山やトレランやバックカントリースキーだけでもできないアクティビティ、そして移動と探索の道具としての可能性が、この自転車にはある。結局は使って遊んでナンボなのだ。ひっそりと自然に隠されたオンセンを巡るために、グラベルバイクが僕には必要だ。