旧街道じてんしゃ旅 旧中山道編 七日目 大井宿(岐阜県)〜伏見宿(岐阜県)
目次
サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画の第二弾「旧中山道編」。七日目は大井宿から伏見宿まで。十三峠や琵琶峠の未舗装路を進み、旧中山道の険しさと面白さを知る。
未舗装路の続く「旧中山道」
「グラベル(未舗装路)なんて走れるんですかね? ちょっと心配ですなあ」
出発前にシシャチョーがポツリとこぼす。今日はもう一つのハイライトである大井宿から御嵩宿(みたけじゅく)にかけての未舗装路の区間である十三峠と言われる道を行くのだ。
私はここが大好きだ。江戸時代にタイムスリップしたような気持ちで走行できるからだ。走る前からワクワクしている。しかしグラベルをほとんど走ったことのないシシャチョーはかなり不安になっている様子。彼の愛車、キャノンデール・キャード13は太めのタイヤが装備されているものの、あくまでロードバイクだ。それが不安なのだろうか。しかし最新のロードバイクの走破性はかなり高い。速度を出さずに走れば問題なく走れるぐらいの道だ。
「大丈夫です! パンクしたら僕が直しますよ!」
「い、いや……宇津ノ谷峠で携帯ポンプ壊しましたやん……。(旧東海道の宇津ノ谷峠での一件を覚えていた……。詳しくは「旧街道じてんしゃ旅 旧東海道編」を参照)」
「あ、僕を信じてませんな!!!」
などと毎度の弥次喜多的なやりとりをしつつ大井宿を出発した。天気は快晴、自称「最高の晴れ男」のシシャチョーの面目躍如だ。
13以上ある「十三峠」……
宿場町を出てほどなく十三峠に入る。最初は石畳で、しばらく進むと少し小高い丘陵地の中を走る。十三峠というものの、500mぐらい上った後は、同じぐらい下るという小さな峠の繰り返しだ。道は引き締まった未舗装路や少しバラスが敷かれているところなどさまざま。そして公園管理や農作業の軽自動車などが通るジープロードになっている。
その両脇に江戸時代のままの一里塚が残されている。御嵩宿までには実に5か所もの一里塚があるのだ。未舗装路に一里塚、そしてあちこちに道祖神なども見ることができる、まさに「旧中山道」ともいうべき区間なのだ。
「ええなあ!! ここ最高ですやん! まさに旧街道そのもの!」
シシャチョーが走りながら嬉しそうに話す。ここは一部歩行区間があるものの、かなりの区間で未舗装路を走ることができる珍しい区間なのだ。ただし、あくまでも旧街道であり道も狭い。道幅は車1台分しかない。ハイカーや農作業をしている人もたくさんいるので地元の人を最優先にし、ハイカーなどの前では下車して押し歩きで進んでほしい。ハイスピードで駆け抜ける自己中心的な走りは旧街道には似合わない。決して「輪害」にならないようにしたいものだ。
「いや、もうお腹いっぱいやで!これ13個以上峠あるやんか!」次第にシシャチョーが文句を言い出した。「数えたら20個ぐらいありますよ!」
さすがに味わい深い道でもこれだけ同じような峠を繰り返すと足にくる。梅雨時でも日差しはきつい。大井宿から大湫宿(おおくてじゅく)までは、飲食物を補給するところはまったくない。次第に二人とも無口になってきた。シシャチョーはかなりきついのか、うつむきながらペダルを辛そうに踏んでいる。梅雨時の湿り気のある淀んだ空気もあって、なお一層不快感を感じさせている。去年の旧東海道の出発時に熱中症になりかけたのを思い出した。こんなところで中年オヤジ二人が行き倒れになってしまったのではシャレにならない。和田峠でのしくじりの借りを返すように、シシャチョーの前を行ってあげることにした。
樹齢1300年にも及ぶ杉の巨木に圧倒される
正午近くになってようやく大湫宿についた。「くて」というのは湿った土地、湿地帯という意味だったという。隣の細久手宿も「くて」が付く。戦国時代の有名な合戦地の長久手もそうだ。古(いにしえ)に一面の湿地帯が広がっていたのだろうか。大湫宿は小さな宿場町だ。鉄道や国道からも離れていて、本当にひっそりとしている。しかし江戸時代の宿場町を偲ぶことができる好ましい宿場町だ。宿場の真ん中には神明神社という社があって、そこには驚くぐらいの樹齢1300年にも及ぶ杉の巨木がある。集落の守神だという。東側には小学校があって、そこにも同じぐらいの杉の巨木があったそうだ。しかしこちらは伐採され、小学校建築の財源になってしまったらしい。何とも惜しいこと。
さてシシャチョーは、感慨深げに杉をさすりながら写真を撮っている。しかも何かブツブツと言っている。
「……やっぱり男は大きくないと!」「……。」
何だか訳のわからないことを口走っている! ……神様を前に何をつぶやいているのか? まったく罰当たりな男だ。
(しかしこの杉だが、我々が訪問した翌週に、台風で倒れてしまったという。何とも残念なことだ。何より集落の皆さんの落胆は想像できないぐらいだろう)
細久手宿に入った。ここは大湫宿からもほど近い宿場だ。路面はほとんどが舗装路で、細かなアップダウンが続くものの快適な走行が楽しめる。午後になり気温も上昇。ウェアも汗が滴り落ちるぐらいになってきた。とはいえ見どころの琵琶峠は通っておきたい。しかし疲労も激しくなってきた。二人で目を合わせ逡巡(しゅんじゅん)しながらも意を決して琵琶峠を行くことに。自転車を担ぎながら琵琶峠を歩いてみたのだが……暑い。とにかく暑い。おまけに蚊がウヨウヨいる。たまらず引き返してしまった。たっぷりと水分を持参したつもりだが、琵琶峠のところで一気に空になってしまった。そろそろ水場が欲しいところ。宿場の外れの商店で水とアイスクリームを買う。御嵩宿までは押し歩きの峠が残っている。もうひと頑張りだ。
未舗装路を抜け出したのは午後3時ごろ。「旧中山道」はやはり険しい道だった。しかし見どころも多いので二人とも大満足だ。そこから伏見宿まで走って今回の旅は終了。次は真夏の旅になるだろう。
今回の行程:大井〜(三里十八町)〜大湫〜(一里十八町)〜細久手〜(三里)〜御嵩〜(一里)〜伏見 約35.1km
※一里=三十六町、約3.9km
一町=六十間、約109m
一間=約180cm
参考文献:
「新装版 今昔中山道独案内」今井金吾著 JTB出版社
「歌川広重・渓斎英泉 木曽海道六拾九次之内」中山道広重美術館
「旅行用心集」八岡蘆庵著 八坂書房
「宿場町と飯盛女」宇佐美ミサ子 岡成社