旧街道じてんしゃ旅 旧日光道中編 最終日 小山宿(栃木県)〜鉢石(はつい)宿
目次
サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画の第四弾「旧日光道中編」。二日目は、小山宿から出発し、終点の鉢石(はつい)宿まで。壮大な日光杉並木に徳川の威光を見る。
早朝からフロントの女性をナンパするシシャチョー……。
「井上はん、言うてた通りやな……。あの道じゃアカンわ。」
朝から仏頂面のシシャチョー。昨日の道の様子がご不満のようである。私からあらかじめ伝えていたものの、その実際を見て昨夜の食事時もブツブツと言っていた。今朝になってもそれは変わらないようだ。
気を取り直して出発しましょうと促し、二人でバイクを持ってホテルを出た。玄関口で袋からバイクを取り出し、出発の準備をしていると、フロントの女性スタッフの方が声をかけてきてくれた。「自転車をわざわざ袋に入れていただいてありがとうございます。本当はそのまま入れていただけたらいいんですけど……。」
私が答えようと振り返ると、それを遮るようにシシャチョーが立ち上がる。「いえいえ、とんでもない! 袋詰でも部屋に入れていただけるだけで助かりますわ〜! 特にわれわれ旅の者にとっては……ところでお嬢さんマスク取ってもらえますか? ……おおお! べっぴんさんやんか〜♡ あ、井上はん、写真撮ってや」
何と! シシャチョー朝っぱらからナンパかい!!!! フロントの女性は少しのけ反り気味……まったく油断も隙もない……、このご時世ややもするとメダル噛んだ人と同じく迷惑がられるよ……ホント。
名残惜しそうに女性としゃべっているシシャチョーを引きずりながら出発した。今日はいよいよ日光東照宮のある鉢石(はつい)宿までの十六里、およそ60km余りを走る。
頭の中は餃子でいっぱい。
旧日光街道は、東北新幹線に沿いながら宇都宮まで伸びている。旧街道の方が先にあったわけだから正確には逆か……。相変わらず変化の少ない国道沿いに嫌気がさしたのか、シシャチョーが話しかけてくる。「こうなったら旅の思い出は宇都宮の餃子やな! ハイボールを飲みながら餃子を食らう! それを楽しみに走ろう! 井上はん、うまい店知ってる? 楽しみやわあ!」早くも晩メシに頭を回している。無理もない。宇都宮までは昨日の延長のような感じなのだ。朝から退屈に感じるのだろう。
ところが宇都宮を過ぎると道の様子が少し変わってきた。相変わらずの国道で車はビュンビュン通り過ぎるのでストレスを感じるが、それでも辺りは緑が増えてきて、遠くを見ると日光の御神体、男体山(なんたいさん)が見える。青々とした田んぼが広がり、鉄塔がなければ昔話に出てきそうな風景が広がる。集落の守り神「庚申塚(こうしんづか)」が建てられ、田んぼの中にこんもりとした森があり、鎮守の神様がまつられている。ようやく旧街道らしい風景が現れた。
休憩場所で先回りして、望遠レンズでシシャチョーの姿を収める。国道の脇に杉林で囲まれた歩道兼自転車道が伸びる。凸凹してとても走りにくいが、国道よりは安全だ。ここでも私が先回りしてシシャチョーを待ち構える。そうこうしているうちに、いよいよ名所の日光杉並木に出た。
日光杉並木の凄さに驚嘆。
徳次郎宿とかいて「とくじら」と読む。ちょっと変わった名前の宿場町を過ぎる。宿場町と言っても何もそれらしいものは残っていない。しかし智賀都(ちかつ)神社という樹齢700年を過ぎる欅(けやき)のある神社がある。すばらしいもので、思わず止まって写真を撮ろうとした。しかし蚊の大群に襲われ、二人とも急いで退散。残念ながら写真が撮れなかった。
この辺りから杉並木が始まる。35km以上に及ぶ壮大な杉並木は、徳川の治世に設けられた。五街道を走っていると、ところどころに松並木が残っており、往時をよく伺わせてくれるのだが、ここでは杉である。樹齢300年以上ともなると、ものすごい巨木になる。それが延々と続いている様は荘厳ですらある。
昼なお鬱蒼(うっそう)としており、水気を含んで湿度を感じるが、日光を遮ってくれるので、思いのほか涼しい。昔の旅人にとって夏は日陰に、荒天時には雨よけになってくれる貴重な存在であっただろう。
とにかく杉の大木が両脇に迫る中を延々と走っていく。これだけの杉の巨木が続くさまは一見の価値がある。確かにここまでの旧日光道中は、正直なところ見どころが少なく、他交通からの圧迫もあって決して楽しいものではなかったが、この杉並木を見るだけでそれらは全て吹き飛ぶぐらいのものだ。これをいまだに残しているだけでもすばらしいことだし、文化的にも価値のあるものだ。願わくばこれからも下手な開発をすることなく、ずっと残していって欲しいものである。
撮影の合間に何度も感嘆の声をあげるシシャチョー。さすがにこの風景には満足げな様子だった。
旧日光道中を走破。
杉並木を抜け、今市宿を過ぎるとあとは延々と上り坂が続く。いよいよ日光である。鉢石(はつい)宿という名前が正式名称だ。上り坂の周囲に次第に土産物店が目立ってきた。
さすがに観光地だ。コロナ禍であるとはいうものの、結構な人でにぎわっている。カフェだとか屋台みたいなものも出ている。日本の観光地の、例えば有名なお寺などの門前町といった風である。まあわれわれのような旧街道を自転車で行く酔狂な人間向きではないのかもしれない……。と思ったら一軒のスイーツのお店に吸い込まれていくシシャチョー。
「もう上りばっかりで暑くてシャレならん!! かき氷食いたい!!」「え、もうすぐ終点ですよ!! あと500m……。」「それでも食いたい!!!」
シシャチョーは旧東海道のときのような感動はもはや感じないのかもしれない。でもこんな風に想像もつかないような行動をするのが相棒なのだ。まったく毎度笑わせてくれる。
ふと見ると、シシャチョーは店員の女性にかき氷を食べさせてもらっている……またかいな……。そんな形で旧日光街道は終点を迎えてしまった。まあこれも令和のやじきた輪道中の真骨頂というところか……。明日からは旧奥州道中の旅が始まる。
奥州街道へのプロローグ
今回の距離:
小山宿〜(一里十一町・約5km)〜新田宿(二十九町・約3.1km)〜小金井宿(一里十八町・約5.8km)〜石橋宿(一里二十三町・約6.4km)〜雀宮宿(二里一町・約7.9km)〜宇都宮宿(二里十三町・約9.2km)〜徳次郎宿(二里十四町・約9.3km)〜大沢宿(二里・約7.8km)〜今市宿(二里・約7.8km)〜鉢石宿
合計十六里一町・約62.3km
参考文献:
「新装版 今昔三道中独案内 日光・奥州・甲州」今井金吾著 JTB出版
「新装版 今昔東海道独案内 日光・奥州・甲州」今井金吾著 JTB出版
「新装版 今昔中山道独案内 日光・奥州・甲州」今井金吾著 JTB出版
「地名用語語源辞典」東京堂出版
「現代訳 旅行用心集」八隅盧菴著 桜井正信訳 八坂書房
「宿場と飯盛女」宇佐美ミサ子著 岡成社
「道路の日本史」武部健一著 中公新書
「地名は警告する」谷川健一著 冨山房
「図解気象入門」古川武彦・大木勇人著 講談社
「歩く江戸の旅人たち」谷釜尋徳著 晃洋書房