旧街道じてんしゃ旅 越前美濃街道編一日目 岐阜〜郡上八幡(岐阜県)
目次
サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画。今回の旅は「越前美濃街道編」。越前、美濃それぞれの歴史的な見どころを回りながら走ることを目的に、本来の旧中山道の太田宿ではなく岐阜の町を出発点にして、一日目は郡上八幡の町へと向かう。
越前街道? 美濃街道? 今は越前美濃街道。
「旧街道じてんしゃ旅 其の三 旧甲州・旧日光・旧奥州道中編」が出版されたばかりの頃、シシャチョーから電話があった。「越前美濃街道を走りまへんか? 岐阜を出発して郡上八幡(ぐじょうはちまん)を経て福井に行く街道ですわ。」
美濃街道なら走ったことがあるので二つ返事で行くと言ったが、はて? よく考えると、越前美濃街道とはいかに……美濃街道とは違うのかな……。
早速調べてみると、江戸時代は、越前から美濃へ向かう道を「美濃街道」、美濃から越前方面を行くのを「越前街道」と呼んだらしく、どうやら同一の道らしい。それが現代になって「越前美濃街道」と呼ぶようになったという。なるほど。福井県嶺南(れいなん)地方と近江、京都を結ぶ「若狭街道」や「周山街道」を明治以降に「鯖街道」と呼ぶようになったのと同様らしい。
この旧街道は参勤交代に使われたのではなく、むしろ行商や巡礼など、物流や信仰に使われた道のようだ。それだとしたらあまり開発されていなくて、昔の文物が残っていたり歴史を感じるものが色濃く残されているかもしれない。途中の郡上八幡へ続く美濃街道は仕事で何度も走っているし、とても風情のある道だ。越前は先日の北国街道の旅でも長逗留(ながとうりゅう)した思い出深い場所だ。
旅の予定は3日間。途中で郡上八幡と越前大野に泊まる。途中に歴史的な遺構を見ながら走っていく。
ヨシ! これは絶対楽しい旅になるぞ! ワクワクしながら下調べをしているうちに、あっという間に出発当日を迎えた。
シシャチョーのモテぐせ再発!
旅の出発地に選んだのはJR岐阜駅。旧東海道の加納宿のあったところだ。越前美濃街道の本来の分岐点は旧中山道の太田宿の追分(おいわけ)なのだが、今回の旅は正確に旧街道をトレースするより、越前、美濃それぞれの歴史的な見どころを回りながら走ることにしたので、それならば織田信長が築いた岐阜の町こそ出発点にふさわしいと考えたのだ。
待ち合わせ場所で輪行袋を解き準備していると、現れたのがロードバイク美女のクリスティーナさん。彼女はロードバイクやモーターサイクル界で有名なYouTuberで、実は我々の「旧街道じてんしゃ旅」の愛読者。本を読んでから自身でも中山道を旅したという旧街道サイクリングの愛好者なのだ。そして私のスポーツバイクショップのお客さまでもある。今回縁があって旅の途中までご一緒することになったのだ。
「いや〜クリスティーナさんおはようございます!! 迫田です!!」「あ! クリスティーナさん! ご無沙汰してます! いの……」「あああああ!!!! 今日は楽しく走りましょ!! ええわ〜! 楽しみやわあ!!」私のあいさつを遮るシシャチョー……。
「今日はご一緒できて光栄ですわ。街道のリサーチはしてあるので任せて……」「ああああああ!!!」今日は二人で一緒に楽しく走りましょ!!」
完全に私の存在を消そうとしているシシャチョー……まったく! また悪いクセが始まった。
そんな形でシシャチョーのモテぐせで始まった今回の旅。今回も珍道中になりそう。でも素敵な女性と一緒に走るとなると、楽しい旅になるに違いない。
出発してまず訪れたのは岐阜城の城下町。戦国時代に斎藤道三が開き、織田信長が広げ「岐阜」と名付けた町。この城下町を起点に多方面を収めていこうとした信長の展望の意味だそうである。
その中でも川原町は古い町並みを残している美しいところで、絶対に訪れるべき場所だ。古い古民家と長良川、見上げると岐阜城がそびえる。なるほど歴史の町として、そして幾多の人々が往来してきた街道の町として納得できる。また実際に旧道の道筋をたどっていくと、長良川対岸の旧道と道の曲がりがピッタリと合致する。そういう意味でも旧街道マニアとしてはニンマリとしてしまう場所だ。
読者の皆さんはもし機会があればぜひ岐阜城の天守閣がある稲葉山に上って欲しい。そこからは四方を遥か遠くまで見渡すことができる。想像以上に絶景だ。大河長良川を目前に擁し、硬い岩山で急しゅんな山容の稲葉山は、まさに難攻不落の天然の城。天下統一をもくろんだ信長が山上から睥睨(へいげい)していた姿を想像することはたやすい。信長の気持ちを追体験できるのだ。
そんなことを二人に話をしようとすると……
「……でね、クリスティーナちゃん、ここでジャンプしたらワープみたいになるやん! YouTube的におもろいやろ!?」「そうですね……やりましょ! ジャンプ〜!!フフフフ」……まったく私の話を聞いていない二人だった……。
道なき道を行く、それが旧街道じてんしゃ旅??
しばらく長良川沿いに北上し旅は進んでいく。長良川で鵜飼(うかい)が行われるのはあまりに有名だが、それ以外にもこの川では川漁師の方々が漁を営んでおられるということはあまり知られていない。長良川は実は日本では数少ない豊かな川漁場でもあるのだ。実際に川漁師さんの講演を聞いたことがあるが、毎日天候との戦いだそうで、海とは違った川漁の難しさとその生活スタイルにいたく興味を惹かれた。
長良川は岐阜の人々にとって歴史であり、生活そのものであり、誇りであり、シンボルなのだ。
さて長良川のこの辺りは中流域から下流域にあたる。ここから河口にかけては大河の名にふさわしくゆったりとした姿を見ることができる。我々もところどころ止まっては川の眺めを楽しむことにした。市街地の近くとは言え、これだけの川になると周囲に人工建造物をあまり目にしないため、本当に美しく見えるのだ。
まるで流れがないかのように鏡のような水面には、秋晴れの透き通るような空が映って素晴らしい眺め。シシャチョーはふだんの言動と反して、実は感受性が高く、感動した時は無口になって景色を眺めて没頭することがある。ここでもしばらく橋の上からしばらく川面を見入っていた。
三人でしばらく写真を撮りあったりした後、再び出発。本来の越前美濃街道である美濃の町を目指す。途中、旧街道ではない幹線道路を走ることになるが、ここでシシャチョーの例の勘が働く。
「井上さん、横の道、見て!!面白そうな道あるで! 風情たっぷりや!」
見ると昔の道を思わせる並木が植えられた未舗装路が現れた。さすがシシャチョーだ。旧街道じてんしゃ旅では、サイクリングガイドでもある私が周囲の安全状況を見計らい、後ろにいるシシャチョーが見どころを探し出すという走り方をしてきている。戦闘機のパイロットとレーダー要員のような役割だ。旧街道ではもはや私よりシシャチョーの方が圧倒的に見つけるのがうまい。
「クリスティーナちゃん、あっちの道行こう!」「え? でも道つながってませんよ……」
「大丈夫、大丈夫! 僕らはいつも道なき道を行くんですわ! それが男のロマンや! ワハハハハハ!」とシシャチョー。
こういって田んぼの畦(あぜ)道に突入。アラフィフオヤジ二人組に付き合わされて、クリスティーナさんも渋々ついてきた。ところが途中で藪漕ぎになり自転車を担ぐことに……。そしてはうようにして藪を抜け出ると……
いわゆる「ひっつき虫(ヒトや動物の体に付着する植物の種子)」が無数についてかゆいのなんの……。そして肝心の風情のある道はわずか数百メートルで消滅してしまうという状態。
「まあ、オッサンの旅は毎回こんな感じですわ!」と自嘲気味に話す私に、クリスティーナさんは「めっちゃ面白い!! 旧街道じてんしゃ旅の本のまんまじゃないですか! 最高です!!」とうれしい反応で返してくれた。
うだつの上がる町並み
少し空腹を感じ始めた頃に、一つ目の目的地、美濃の商家町に到着。ここは重要伝統的建造物群保存地区である「うだつの上がる町並み」だ。旧中山道の妻籠宿(つまごじゅく)や旧東海道の関宿(せきじゅく)で味わった感動を思い出させてくれる。
旧街道をサイクリングで旅していると、こうした古民家群にしばしば出会うが、旅慣れてくるとそれら町並みごとに、それぞれ特徴が存在していることに気づく。例えば旧東海道の大津宿では、軒先に「ばったん床几(しょうぎ)」と呼ばれる折り畳み式の縁台が多くの古民家に備えられている。他ではあまり見ないものだ。旧飛騨街道の古川宿には「雲」と呼ばれる軒先の白い装飾が施されている。それが各民家の軒先ごとに意匠が違ったものが備えられている。とても美しいものだ。他にも黒いベンガラで統一されている古民家群などなどがある。それぞれ地方ごとに特徴を有しているのだ。ここ美濃の町は壮麗な卯建(うだつ)という防火壁が備えられているのが有名。実際に目にするとそれは見応えのあるものだ。
地元の人々も我々を見つけて、事細かに卯建の案内をしてくださった。それに応えて写真を一枚パチリ。
これら有名な古民家群に共通していること、それはいまだに地元の人々の生活があるということ。人の暮らしがあってこその町並みだからこれはとても大切なことだ。そうでなければ単なるテーマパークや土産物観光地になってしまう。実際にそんな宿場町も存在している。それはもはや商業施設でしかないと思う。そうなってしまうともう元には戻らないだろう。ここ美濃は、生活を守りつつも町並みを保全している場所だ。どうか今後もおかしな立体看板やキャラクター、道路サインで飾ったりせず、素朴さを残していただけたらと願う。
さて一通り町並みを走ったところで昼げを取ることにした。旧街道を走って、山あいの町を訪れたのなら蕎麦を食すべし。たくさんの旧街道を走っているうちに、何となく我々にはそんな食事スタイルになった。ということでこの旅でも蕎麦屋を探し入ることにした。食後は再び町並みを散策。
さてクリスティーナさんとの旅は残念ながらここまで。再びアラフィフオヤジ二人の旅となった。ここから今日の投宿地である郡上八幡を目指す。
コースを外れるからこそ見える風景
ところで旧街道沿いの歴史を見たり人々の生活に触れたりするのは旧街道じてんしゃ旅の楽しみだが、もちろん道そのものを味わうことを忘れてはならない。それこそが最大の魅力だし、旧街道を自転車で訪れる意味であり理由だ。
美濃から郡上八幡に至る道は、そんな想いに応える道だと思う。交通量が少なく、かつ自然の景観と、人々の営みが織りなす旅情を存分に感じながら進んで行くことができる。
あえてコースである幹線道路を外れ、対岸の細い道を選んで走る。長良川が蛇行し大地をうがった跡を見ながら遡上していく。のどかな田園風景の中に、おそらくは何百年と続いてきたであろう集落が現れる。山あいに届く太陽の光に照らし出されたそれら集落に郷愁を覚えつつペダルを踏んでいく。日本の原風景というべき美しい様を味わい尽くすサイクリング。最高の道だと思う。
サイクリングコースをわずかに外れ、対岸に行くだけで見える景色がガラリと違う。
「ロードバイク疲れ」と言う言葉があるとシシャチョーは言う。日本のサイクリングシーンはあまりにソリッドになりすぎた。「〜ねばならない」「〜すべき」、つまりはトレーニングやレースなどで数値を追い求めたり、コースをトレースするだけのサイクリングに特化しすぎたのではないか? ミドル、シニアのサイクリストが増えるなかで、そんな乗り方に疲れた人々が出てきているそうだ。ところが我々二人が行っている令和のやじきた輪道中は「〜したい」サイクリングなのだ。だから求めるものがあればコースを外れることも自由だ。最低何km乗らないといけない、ケイデンスはここまで上げないといけない、そんなものに縛られていない。時には30kmで終わる日もあるし、雨がひどければ宿を延泊することだってある。コース周辺でアレンジして走ることも多くある。そろそろ日本も旅のサイクリングを楽しむときが来ているのではないか……。
実はこの旅からロードバイクを使用している。いわゆるピュアロードで、高品質なレーサーバイクだ。旅に合わせての変更といえば、太めで乗り心地の良い32Cの上質なタイヤをチョイスしたことと、少しアップライトなポジションにしたことぐらい。ところが驚くことに、たったそれだけのモディファイで、ロードバイクの切れ味はそのままに、乗り味最高の旅バイクが出来上がった。まるでフォーミュラカーのタイヤを変えた途端、グランツーリズモに変化したようなイメージ。
日本では圧倒的にロードバイクが好まれている。そんな愛好者の皆様に負担なく旅に出ていただきたい。そんな想いから今回はロードバイクを選んだのだった。読者の皆さんもぜひ手持ちのロードバイクで旅に出ていただけたらと願う。
「しかしクリスティーナちゃんはベッピンでしたなあ〜。」再び名残惜しそうなシシャチョー。「はいはい、随分僕を無視してくれましたね〜。またモテようとしてたんでしょ!!」と私
「いやいや〜!あくまでダンディーな自分を出しただけですわ! そんなん言うけど井上はんも、僕はサイクリングガイドやってるから言うて、いつも以上にハンドサイン、張り切って高めに腕上げてたやんか!!ええカッコしてからに!!」「い、い、いやいや、あれはYoutubeで出してもらった時に模範とならないといけないからですわ!!!」
まったく燃え尽きない(燃え残った?)アラフィフオヤジ二人。疲れるどころかまったく元気なままだ。足より口が回りながら進んでいく。知らぬ間に夕刻になろうとしていた。
「秋の日はつるべ落とし」とはよく言ったもの。山裾に太陽が隠れた途端、あたりは急速に暗くなってきた。川からの風は冷蔵庫の扉を開けたように冷たく吹き始め、目に入る景色も、他の季節とは違って、急速に色を失ってモノトーンになってきた。
そろそろライトを点けようと思った頃にようやく郡上八幡の町にたどり着いた。
今回の距離:岐阜〜郡上八幡(約62.7km)
参考文献:
「新装版 今昔三道中独案内 日光・奥州・甲州」今井金吾著 JTB出版事務局
「新装版 今昔東海道独案内 東海道」今井金吾著 JTB出版事務局
「新装版 今昔中山道独案内 中山道」今井金吾著 JTB出版事務局
「地名用語語源辞典」東京堂出版
「現代訳 旅行用心集」八隅盧菴著 桜井正信訳 八坂書房
「宿場と飯盛女」宇佐美ミサ子著 岡成社
「道路の日本史」武部健一著 中公新書
「地名は警告する」谷川健一著 冨山房
「図解気象入門」古川武彦・大木勇人著 講談社
「歩く江戸の旅人たち」谷釜尋徳著 晃洋書房
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