“大人の”四国一周サイクリング完全ガイド Vol.6:うどんサイクリングの聖地を満喫!
目次
いつかは走りたい憧れの四国一周サイクリング。人生に何度もない貴重なチャンスに恵まれるなら、ぜひ最高のサイクリング体験にしてほしい。そこで、四国一周基本ルートの設計者であり、台湾一周ツアーを日本人最多の5周回完走した筆者が、四国一周基本ルートをベースに細部をアレンジした11日間/約1,100kmのソロ1周ライドを通じて、これから四国を目指すサイクリストに「大人の四国一周」の実践的ノウハウから裏話まで大公開。マンボー延長などの影響などで前回から間が空いてしまったが、連載6回目となる今回、待望の(?)「うどんサイクリング 」をレポートする。
「朝うどん」から始める西讃サイクリング。
2021年10月18日(月)。ゲストハウス「タイヨウとうみ」のおいしい朝食はインスタなどでも評判なのだが、今回は断腸の思いで1泊夕食のみとして、早朝6:45にスタートした。もちろん目指すは「朝うどん」だ。
ここ讃岐の地にあって、うどんは「地域創生」や「町おこし」で無理やり捏造されたB級グルメなどではなく、県民の生活に完全に根付いた食習慣なので、朝から完璧な讃岐うどんを食べさせてくれる名店が非常に多い。これは県外からの讃岐うどんファンにとってはもう鼻血ブーな状況というしかなく、やはり胃袋と時間の限界までうどんをいただくべきだろう。特にうどん好きである筆者は、そもそも四国一周の計画時から讃岐うどん巡りをメインイベントのひとつとしており、この日の走行ルートは「四国一周公式WEBの標準ルート」「四国一周公式WEBの標準ルート」から少し逸脱して、うどんの名店とスタンプポイントを巡りながら距離と獲得標高を増やすことで消費カロリーも倍増させる設定としている。ただし、あくまでも四国一周が主題であるので、単なる距離稼ぎの遠回りになっても本末転倒なので、立ち寄る意義のあるポイントだけをリーズナブルにつなぐことにこだわった。今回の実走ルート詳細は以下のRIDEwithGPSルートを参照いただきたい。
■善通寺市内の「宮川製麺所」で朝うどん。
さて、この日1軒目の「宮川製麺所」は「善通寺(第75番札所)」近くの住宅地で8時から営業している製麺所だ。朝が早い店は他にもあるのだが、最初のスタンプポイントが9時オープンなのと、絶対に行きたいもう一軒も三豊(みとよ)市内で9時オープンなので、一筆書きルートの頂点としてリーズナブルな善通寺を選んだ。
まずは仁尾(にお)の「タイヨウとうみ」から善通寺まで約15kmだが、朝メシ前のカロリー消費として激坂ショートカットで標高を稼ぐルートとしたので、少し余裕を持って1時間以上前の6:45に出発したわけだ。仁尾市街から善通寺に至る「K(県道)220」は整備が良くて走りやすく、峠を下ったあとは風情ある街並みをひたすら直進できるので楽しい。ただ、ちょうど通勤・通学の時間と重なるので、その先の「R(国道)11号」も含めて通行量はそこそこあり、油断は禁物だ。
「宮川製麺所」に7:30に着いたらもうオープンしていた。先客の3人は作業服なので地元だろう。こちらは製麺所系では主流の「セルフ方式」なので、店内に入ったらうどんの量を申告して丼と割箸をもらい、自分でうどん玉を取り、出汁を掛け、天ぷらなどを載せるスタイルだ。筆者は「小(1玉)」単位でいろいろ食べ重ねていく主義なので、この日は冷たいうどん1玉に温かい出汁を掛けただけで薬味もトッピングもない「素かけ」からスタート。朝から水しか口にしていない完璧な空腹状態に、程よいコシのうどんといりこが香る出汁のうまさをストレートにぶつける。15秒ほどで完飲(完食どころではない)すると、涙がこぼれるほどの幸福が五臓六腑どころか脳天にまで突き抜ける。この1杯だけでもう全てが報われたと思えるほどの尊い瞬間だ。
2玉目は「冷・しょうゆ」にトッピングを4品。コシと小麦の味が「かけ」より強く感じられ、揚げたて熱々の天ぷらとのコントラストも開店直後ならではの絶妙っぷりだ。とにかくうまい。それしか言いようがない。これで「小(1玉)」190円。「大(2玉)」は280円なので、「小」2杯だと100円高くなるが、いずれにせよ奇跡というか不当なほどの安さゆえ、迷わず「小」を重ねて味のバリエーションを楽しむのが大人のたしなみと言えよう。なお、入店から退店まで約10分。早食いでうどん愛を表明するのも筆者のこだわりだ。
■日本昔話的なおむすび山を越えて「聖地・須崎食料品店」へ。
田舎を紹介するときに「日本の原風景」という枕詞がよく使われるが、筆者は讃岐の景色に強くそれを感じている。「茅葺き屋根の木造日本家屋」などは殆どないものの、美しい田畑の向こうにおむすびのような正三角形の山が鎮座する様は、まさに子供の頃テレビで観たあの昔話の絵のようであり、しかも、その先に待ち受けるのが世界最高クオリティのうどんとなれば、もはや喜びしかない。ペダリングを重ねる毎にドーパミンが全身を駆け巡る幸福のトランス状態。ただ走っているだけで心のギザギザが削れて丸くなってくる。言うなればこれこそサイクリングの醍醐味なのだが、ここ讃岐の「最強うどんx日本の原風景」というパワーコンテンツによってそれは唯一無二の幸福体験にまで昇華させられるのだ。恐るべし、炭水化物。恐るべし、日本昔話。もう完全にやられてしまった。
「朝から讃岐うどんの聖地へ」※ほぼ無編集の放言映像につき閲覧注意。
さて、善通寺から「K24(善通寺大野原線)」経由で約30分、8kmほど南下した「麻」という集落に「須崎食料品店」はある。その名が示す通り、およそうどん屋には見えない、いわば食品スーパーがお惣菜と一緒に売っている自家製麺という業態なのだが、その実態は讃岐うどんの最高峰として人気と知名度を保ち続ける「うどんの聖地」であり、この辺境にあって食べログのうどんランキングで全国No.1を堅持しているのは、ネットの功罪はさておき素直にすごいと思う。筆者は10年ほど前にガイドブックを頼ってオートバイで立ち寄ったきりだったので、今回は是が非でも平日の開店時刻に伺いたかったのだ。
開店25分前で「3番」なのでまずまず。天気も良かったので朝イチの防寒に着たレインウェアを干したり畳んだりしながら待つ。定刻5分前の8:55に入店を促され、先客に続いて製麺コーナー内を移動し、どんぶりを受け取り、店舗側の惣菜コーナーでトッピングを自分で選ぶセルフ方式。今回も1玉ずつ2種類、「温・ぶっかけ、温玉」と「冷や・しょうゆ」。それに揚げ物2品を追加。しめて710円を店舗側のレジで支払い、店の向かいに駐車場にあるベンチで食す。こちらのうどんは讃岐うどんと言われて東京人が思い浮かべる典型的なタイプで、太めでカドが立ち、程よい強さのコシがある。といってもアルデンテ的な芯を感じる硬さではなく、すするときに程よく口腔内を押し返す弾力という感じだろうか。先の宮川製麺所と比べて少しだけ麺自体が重い印象。端から端まで淀みのない均等な茹であがりがすばらしく、とにかく麺自体に甘味や旨味があり、冷やの方はしょうゆもかけずに全部そのまま一気飲みしてしまった。先の2杯から80分間しか空いていないが、それでも2杯を3分で完飲できるほどのうまさと感動があった。雰囲気やネット情報によるプラシーボ効果も含めて、まさに「聖地」という風格を感じられる。四国一周サイクリング中の貴重な時間に回り道をする価値は十二分にある。
GPSアプリ活用ノウハウあれこれ。
さて、幸せな朝うどんをコンプリートして大満足できたところで本来の四国一周ブルーラインに戻るわけだが、こうした未知の土地でのオプションルートこそ、GPSマップアプリが真価を発揮する場だ。そのノウハウについてざっくり解説する。
■事前のルート設定とアプリ選択。
もし日程にかなりの余裕があり、目的地もホテルも決めず自由に走ればよいという贅沢な旅なら、迷った時にGoogleマップを開けば充分こと足りるのかもしれない。しかし、一般的な大人のサイクリングではミスコースがストレスになることも多いし、それで日が暮れてしまったり気持ちが焦ったりすれば安全性が損なわれる恐れすらある。したがって、現代的なサイクリングでは、事前にMAPアプリで引いたルートに沿って走るのが定石となるので、使用するアプリには「ルートの引きやすさ」と「走行中ナビゲーションの使い勝手」という2つの要素が求められる。その観点で筆者が選ぶのは、本連載でルートを公開している「RIDEwithGPS ※以下RwGPS」というWEBアプリだ。
RwGPSの長所は、まずサイクリング専用に開発されていることだ。そのおかげでルートプランナーがかなり優秀で、ルート作成時のストレスがほとんどない。特にGoogleマップをベースにできるので、交差点などの状況をストリートビューで確認しながら作成できるのはかなり便利だ。
また、ルートを引くときのモードを1ポイントごとに変えるときの操作性も抜群だ。例えば、一般車道を走行中に対向車線側の裏道に入る場合、リアルなら「一時停止〜前後の交通を確認〜道路を横断〜必要なら歩道上を逆走方向に進む〜裏道に入る」となるのだが、そのルートを「運転」モードで引くことはできないので、横断箇所にチェックポイント(以下CP)を打ったらそこで「線を引く」モードに変えて対向車線の路側まで直線を引き、そこでまた「運転」モードか「歩行」モードに変えて裏道のどこかにCPを打てば、自動トレースで裏道に入ってくれる。あるいは必要な場所まで「線を引く」モードでルートを引いてもよい。とにかく直感的にルートを描けるので、このアプリに切り替えてからルートを引く作業がかなりスムーズになった。
なお、WEBアプリのため、ルート作成はやはりパソコン作業がおすすめだ。また、使用するブラウザはマップとの融和性やRwGPS向けのプラグインなどの理由から「Google Chrome」を推奨する。もちろんスマホのブラウザでもできないことはないのだが、かなり操作性が劣るのと、我々大人世代に共通する視力の問題もあって、筆者はかなり早期にスマホ作成をあきらめ、30インチの大画面パソコンで快適に作業している。
走行中のナビゲーション機能も悪くない。これはスマホの性能に依存するところも多いので詳細には触れないが、音声案内のタイミングがまあまあ適切なので少し慣れればアテにできるし、ミスコースもしっかりアラートしてくれるので、よほど細かい道でない限り迷うことはないと思う。
もちろんRwGPSにも短所はあった。トンネルや橋での「標高補正機能」がなかったので山間ルートなどでは獲得標高がかなり多めに計上されてしまい、特にストリートビュー目当てでgoogleマップを使って作成したルートでは実際の倍以上の獲得標高が表示されることもあった。筆者は5年ほどRwGPSを使い続けるうちに自分で引いたルートとリアルとの差をざっくり想定できるようになっていたのと、ブルベやファストランのようなタイムを気にする走り方もしないので、特に不便さを感じなかったのだが、そのルートを第三者に公開するとなれば、やはり後ろめたさもあった。
ところが、である。賢明な読者なら語尾が「過去形」なことに気づいたと思うが、実は2022年1月にRwGPSが標高均一化機能のアップデートを発表し、すでに実装されている。この機能はSTRAVAなどの他のアプリには搭載されていないので、この点でもRwGPSの優位性は明らかだろう。
あと、スマホのバッテリー消耗が大きいのはすべてのナビゲーションアプリに共通することなので、それは運用でカバーするしかない。これは後述する。
■ルート作成はすなわちスケジュール作成でもある。
さて、アプリについてはこれぐらいにして、実際にルートを引いてみよう。まずは公開されている基本ルートを見ながら、同じルートを自分で引いてみる。その際、四国一周すべてをつなげるのではなく、1日ずつ切り分けて、まずは出発する空港やホテルと到着地のホテルの2点を入れてみる。すると1日のルートが走行距離と獲得標高を含めてざっくり把握できるので、自分自身のスキルや荷物の積載量などからの逆算で導いた無理のない想定速度による時間距離をもとに、休憩や食事、観光などのポイントを検討する。もちろんそれらのポイントは参考にする基本ルート上にあることは稀なので、それらをプロットしながらルートを修正して自分好みに仕上げていく。また、もしA地点からB地点に向かうルートが複数あれば、AとBの中間のどこかにCPを1つ置き、そのCPを候補ルート上に移動してみながら獲得標高や距離の差を比べるとよい。ただし、あまり細かい差を追ってもキリがないので、交差点での右左折と無駄なアップダウンを極力減らすことを原則に、距離や獲得標高が同じような数字なら、走りやすさと安全性で決めるべきだろう。
「ふれあいパークみの」と「さぬき浜街道(県道21号)」
月並ながら、距離も立ち寄りポイントもあまり無理に詰め込まず、最低でも日没の30分前には走り終えるつもりで1日の行程を組んでおけば、もし予定が押したとしても夜間走行の時間を最小限にできる。そもそも「大人の四国一周」という本連載の方針でいけば、日程が許す限り1日の走行距離を抑え、景色や地元の食や人を楽しむ時間に充てたいため、やはり1日100kmぐらいがリーズナブルな上限となるだろう。
なお、前述したような信号機のない交差点での右折や自歩道などをルートに組み込む場合は、前後に横断歩道がないか確認すべきであり、同じ意味で、カフェやコンビニなどを選ぶ場合も対向車線側はできるだけ避けたい。一方、クルマ通りの多い幹線道から離れて裏道に迂回するような場合は、信号機のある交差点での右折(すなわち二段階右折)をやり過ごして信号機のない交差点での右折を選ぶことで時間を短縮するという考え方もある。結局はソロライドなので、自分の力量に合わせて決めるしかない。
■スマホナビを安全かつ確実に1日中使い続けるために。
普段はハンドル部にサイクルコンピューター(※以下サイコン)しかマウントしていないという人も、四国一周ではスマホもマウントしたい。ナビとして使うのなら必須だし、重量物は背中のポケットにできるだけ入れたくないということもある。小さな文字が見えないお年頃の筆者は「iPhone 12 Pro Max」を愛用しているが、この226gの重量物が背中にないことで体は明らかにラクである。
スマホでRwGPSなどのナビ機能を終日使えるとミスコースの不安が激減する。これは時間的にも心理的にもかなりのアドバンテージになり、結果としてライド全体の安全性を底上げしてくれる。また、RwGPSならナビと同時に走行ログを録ってくれるのでサイコンのバックアップにもなる。ただし、ナビ機能はバッテリーを喰うのでモバイルバッテリーからの給電が大前提となるし、充電しながら長時間稼働させるとスマホのバッテリーが弱るのは避けられないので、それを気にする人は必要な時だけナビをオンにするのがよいだろう。特にブルーラインが引かれている四国一周では、標準ルートから外れる区間だけナビがあれば何とかなる。なお、スマホ自体をサイコンとして使うアプリも多いが、走行ログがスマホだけというのはかなり心もとないので、リアルタイムの速度や距離と走行ログはサイコンに任せ、スマホはナビと写真撮影と割り切るのがオススメだ。
なお、モバイルバッテリーは、スマホ以外にも給電する可能性に備えてやや大容量のものを選ぶとよい。筆者が携行したアウトドア仕様のモバイルバッテリーは、容量24000mAh、防水・耐衝撃、かなり明るいLEDライトも内蔵していて、iPhoneとGoProの両方に終日給電しても使い切ることはなかった。ちなみにネットで3500円程度だった。
このモバイルバッテリーをハンドル周りに配置するのに、筆者は事前に「トップチューブバッグ」と「ハンドルポーチ」の2つを試し、後者を採用した。トップチューブバッグだと大型のモバイルバッテリーが入らず、ペダリングする膝の内側が時おり擦るので不快だったが、「GIANT H2PRO POUCH BAG」だと容量もペダリングも全く問題なかったからだ。最近ブルベ中のサイクリストがステムの両側にハンドルポーチを2個付けしているのを見かけるが、自分で使ってみたら使い勝手が良さに納得した。ただし、ステムが短いとヘッドからライダー側にはみ出してハンドリングに影響する可能性もあるようなので、ステムが70mm以下の場合は事前に試走して取り付け位置等を調整しておくと万全だ。
平日ランチに「うどん県」の真髄をみる。
ブルーラインの「K21:さぬき浜街道」を西からの追い風に乗って快走するとほどなく丸亀市に至る。市の地名を冠したうどん店(※兵庫発祥らしいので香川とは無関係だが……)のおかげですっかり全国区となった丸亀市は、高松市に次ぐ人口11万人を擁する県内第二の都市ではあるが、東京人から見れば空の広さが羨ましいぐらいで、普通のイチ地方都市に過ぎない。ところが、この日の3軒目となる丸亀市街のうどん屋で、筆者はうどん県の真髄に触れることになる。
■うどん文化を体現する「麺処綿谷(めんどころわたや)丸亀店」。
丸亀市街北側の市街地にある「麺処綿谷 丸亀店」。一見するとちょっと威勢の良いラーメン屋ぐらいの外観なのだが、数人の行列に続いて店内に足を一歩踏み入れた途端に世界が一変した。とにかく広い。人が多い。作業着姿の男性から幼児を連れた家族連れまで、ざっと見渡して80人以上の老若男女がそれぞれ幸せそうにうどんをすすっている。もはや空気自体がおいしいと思わされるほどに圧倒的な世界観…… ここは、何だ??
ここも各自でトレーをスライドさせながらうどんとトッピングを自分で取るセミセルフ方式。十数人の列だというのに進むスピードがやけに早く、拍子抜けするほど簡単にキャッシャーに着いてしまった。大食いの筆者も、先客の大盛りがあまりに凄すぎたのでビビってここでは1杯だけ。どうも麺1玉のサイズが他店より多いような感じだ。空いている席で早速いただく。断面がしっかりとした長方形になる麺はこの日で最も柔らかい茹で上がりで、フカフカした口当たりながらも喉にコシを感じさせるような食感。トッピングの肉は甘辛さと歯切れがちょうどよく麺に絡み、肉汁がダシにも溶け出してしっかり目の味わい。すべてがうまい。業態こそ件の全国展開ブランド同様ながら、中身はまったくの別物。このクオリティでこの提供スピード。いやはや別格だ。恐れ入った。
実は計画時にこちらを選んだ理由は、10時台に営業している丸亀周辺の店の中から朝食の2店と被らない「肉うどん」に目が止まっただけなのだが、事後に改めて自社サイトの「綿谷の歴史」を拝見すると、「1948年に食堂として創業」、「7つの持ち場の分業制」、「2003年から120席」、「1日約2,000人の昼食」などの熱いキーワードが連発。人口たった11万人の地で、このようなうどん空間が何十年も毎日繰り返されてきたことに思いを馳せると、現場での衝撃記憶とも重なり、感動の追体験が押し寄せる。
もはやこれは「商売」ではない。「うどん文化」というありきたりの言葉でも言い尽くせない。これは、うどん職人という芸術家と地域の人々とのつながりが織りなす、無限の「空間芸術」だ。大袈裟に聞こえるかもしれないが、この空気感は現場を見た者にしか判らない。百聞は一見に如かず。ぜひ一度、リアルに訪れてみてほしい。
■宇多津〜坂出〜高松。西讃ライドを気ままに楽しむ。
丸亀市街から東に2km走ると、香川県内最小の自治体である「宇多津町」に入る。こぢんまりとした街ながら経済的に余裕があるので両側の丸亀と坂出と合併せず独立独歩を保っているという。人口密度も人口増加率も県下一というのは大したものだ。ここに6番目の四国一周スタンプポイント「道の駅 恋人の聖地うたづ臨海公園」があるので必然的に立ち寄ることになるが、筆者の行程にあたる月曜日は施設が定休のため、代わりに捺印してくれるという宇多津町役場に向かう。本来のポイントだと中年オヤジの単独行にはややキラキラしすぎな感もあったので、むしろ月曜日で良かったのかもしれない。
宇多津町は東西3kmぐらいなので、役場から1kmも走らず「坂出(さかいで)市」に入る。目指すは今日4軒目のうどん店、「日の出製麺所」だ。こちらは製麺所としての本業を重視しながらも、顧客の要望に応えるために11:30〜12:30の1時間だけイートイン対応するという、まさに本場でしかありえない究極の「製麺所タイプ」業態。県外人がサイクリング中に立ち寄るにはハードルが高い店であるため、筆者はこちらの営業時間内に到着することを前提にこの日の朝からの行程を設計していたのだ。1時間しか営業しないうどん店と四国一周スタンプポイント。障害が大きいほど熱くなる恋の如く、課題を与えられた大人のサイクリングもまた燃え上がるのだ。
さて、7:30〜12:30の5時間で4軒をハシゴして、うどん7玉、天ぷら8個、玉子3個をいただいたわけだが、ここで50代の胃袋を過大評価していた過ちに気づいたので、本当はさらにもう2軒いく予定だったが無理せず断念し、あとは高松までのんびり気ままに走ることにした。
坂出の市街から北東方向に走ると「五色台」という小高い山塊に行き当たり、その岩山を巻くように海沿いを走る「K16:高松王越坂出線」に四国一周ブルーラインが引かれている。この区間は天候に恵まれると夕方の景色が狂おしいほどに美しいので、ぜひ午後の遅めに走るよう計画したい。果たしてこの日は期待通りの秋晴れ。おだやかな瀬戸内を眺めながら無心で走ると、サイクリングの喜びが全身に満ちあふれてくる。一つ目の岬を回り切ったら「大崎の鼻」という2つめの岬までゆるやかな上りとなる。大崎の鼻には自動販売機があり、地元サイクリストが一息入れる定番スポットとなっている。
また、大崎の鼻は「五色台スカイライン」への分岐点でもある。五色台の展望台までは2km、標高差165mだが、地形が台形のため最初の1.3kmで標高差140mを一気に上るので、平均10%超、最高14.4%と、まあまあキツい勾配になる。日没までやや差し迫ってきていたので高松直行も考えたが、五色台の眺望は未経験だったのと、推定3000kcal超の摂取カロリーを少しでも消化すべく、予定通りプチヒルクライムを敢行した。筆者の愛車「TCR ADVANCED SL 1 KOM」がヒルクライム仕様スペックだったことも背中を押してくれて、無事に上り切って夕暮れの絶景を堪能した。
「瀬戸大橋を一望する「五色台」西側の絶景ロード」※無編集につき閲覧注意。
「五色台の展望台で瀬戸内の超絶景を拝む。」※無編集につき閲覧注意。
うどんだけじゃない香川県。
五色台の尾根筋が坂出との市境になるため、大崎の鼻の東側から高松市になる。市街の中心部までは残り15kmほど。日没を過ぎて暗くなってきたが、ほぼ一本道なので迷うこともなく、約30分でJR高松駅そばの「GIANT STORE 高松」に着いた。こちらのストアは高松港も目前のため、小豆島などの離島に渡る人には利便性が最高であり、実際、ここでレンタサイクルを借りてからフェリーに乗る客も多いという。また、大阪港や神戸港とも結ばれているので、輪行せず四国に渡りたいという関西圏のサイクリストにとっては高松が四国一周スタート地点候補の筆頭であり、フェリーを降りた目の前に本格的なサイクルショップがあるのは心強いだろう。
「JR高松すぐそばの「ジャイアントストア高松」へ」
■高松市街のど真ん中でサイクリストファーストなおもてなし。
この日のホテルは、「おもてなしサポーター」のリストから選んだ「WeBase 高松」。ある程度のサイクリスト対応は期待していたが、実際は期待以上の厚遇っぷりだった。まず、四国屈指の繁華街である「古馬場町(ふるばばちょう)」とディープな「瓦町(かわらまち)」との境界線上という立地。東京で言えば銀座と新橋との間の外堀通り沿いといったところだろう。そして、ホテル1階からエレベーターにバイクを載せてフロントのある2階に上がると、いきなりサイクルスタンドが幅を利かせている。宿泊するサイクリストはこのスタンドに追加料金なしでバイクを預けることができる。一般客の方が多いはずのビジネスホテルでここまでしてもらえるのは非常に有り難い。
チェックイン時に四国一周公式チャレンジパスを提示するとお水を1本サービスされる。そしてこの日に泊まったバイク持込みOKの部屋には汚れ防止のゴムマットとサイクルスタンドがあり、変速調整や各種デバイスの充電などの整備作業もスムーズだった。フロアポンプはもちろん、必要なら工具も借りられる。
今回の旅はコロナ宣言の合間だったので、サイクリストどころか一般のビジネス出張客もかなり少なかった。コロナ明けにまた四国を走るチャンスがあれば、今度は上階に50床あるというドミトリーに泊まって国内外のサイクリストとの交流を楽しみたい。
■良い街で良いBARに行くのが旅サイクリング の醍醐味。
四国でも指折りの繁華街である高松は、大人のサイクリストとして避けて通れない重要ポイントだが、今回は昼間のうどん巡りに摂取カロリーのすべてを割いたので、夜はウイスキー主体に「糖質ゼロ※」を目指すことにした。※もちろん糖質ゼロでもカロリーゼロではない……
そう、自転車も酒も大好きという“左利き”サイクリストも少なくないはずだが、残念ながら日本ではこの2つを同時に楽しむことはできない。したがって、もしサイクリング中に酒を飲みたいというなら、もうその地に泊まるしかない。むしろ自転車旅を「飲むために泊まるロングライド」と言い換えてしまえばその意義もいや増すのではないか。最近の筆者は、近郊ライドでも行った先に泊まって酒を飲み、翌日に違うルートで帰宅する1泊2日のプチツアーを繰り返しており、そのほとんどで家族や友人と宿泊地で合流して会食を楽しんでいる。というか、泊まる余裕がある時しか走らないというほどに傾注しており、四国一周サイクリングもその大型版という趣だ。距離の多寡を問わず、うまい酒を飲むために走り、うまい酒を飲んだ翌日もまた走る。自転車業界にはサイクリングの魅力をレースや時間距離でしか測れない御仁が多いのだが、筆者は自転車旅にこそサイクリング文化の真髄があると考えているので、あくまでも景色と酒と食にこだわり、このような連載記事に時間を割いているのである。
また、言い訳がましく理屈も追記すると、ファティレバーな大人サイクリストなら、翌日に残りにくい蒸留酒を主体にするのがよかろうと考えている。つまりウィスキーや焼酎など、しかもできるだけ混ぜモノがないほうが良いような気がするのは筆者だけではないだろう。とはいえ、四国も日本酒の生産が盛んな土地なので、各地で地元の酒を楽しむのもまた大切だ。要は量より質、そして毎度くりかえすが、翌朝に走り出す時刻から逆算して10時間前には飲み止めるなどの自制を貫徹できるのが大人だ。なお、これらはあくまでも趣味嗜好の話なので、下戸や子供などはまったく考慮していない。悪しからずご容赦いただきたい。
ということで、今宵は良いバーで3杯だけ飲むと決め、遅い時間から街に出た。時節がら休業中の店も多かったので、GoogleMapに営業告知を上げていた瓦町の店を目指す。
「オーセンティックバー ル カマラード」はその名の通り本格派のバーで、ベストと蝶ネクタイを纏ったダンディなマスターが独りでやられている。ふだんはカクテルを飲まない筆者も、こうした店では挨拶がわりに軽めのロングから始めることにしている。まずはスキっと喉を潤したかったのでジン・リッキー。期待通りのキレがあり、独りニヤつく。2杯目から一気に攻める。「グレンファークラス四国バーテンダーズ セッション2008」。59.7度をもちろんストレートで。四国のバーテンダー有志が現地で選んだホグスヘッドのシェリー樽ということで、重厚な味わいながら度数を感じさせない甘さもあり、勿体ぶらず2口ほどでグラスを空にする。まあまあ値は張るが、その地で飲むべき酒が一杯あるだけで大人の旅はぐっと深まるのだ。さらに別の酒をもう2杯重ねてサクッと店を辞し、部屋に戻るまでトータル1時間。大人なら日付が変わる前にベッドに入れれば十分だろう。絶景のうどんサイクリングと幸福なオーセンティックバー。起床から就寝までたっぷり18時間、香川の奥深さに魅了された素晴らしい1日だった。
さて、次回は東讃を一気に突き抜け、いよいよ「四国の右側」徳島県に入る。今年もいつのまにか春めき、四国一周サイクリストもそろそろ動き出す頃合いだと思うので、再開した本連載もペースアップしたい。なお、今回はほぼ2回分の文字数となってしまったのでかなり恐縮だが、ここまで読了いただいた同好の士については、これに懲りず次回もお付き合いいただきたい。
>>「Vol.1:プロローグ」はこちら
>>「Vol.2:入念なアプローチ計画から四国松山に上陸。」はこちら
>>「Vol.3:いよいよ四国一周に走り出す。」はこちら
>>「Vol.4:やっぱりサイクリストの聖地は外せない。」はこちら
>>「Vol.5:船旅から日本一の夕日を目指す瀬戸内ならではの1日。」はこちら
<筆者プロフィール>
渋井亮太郎(しぶいりょうたろう)
ジャイアントの広報・宣伝・イベント業務を主軸に、スポーツサイクル振興事業全般に関わるサイクルビジネスプロデューサー。2012年に開催したしまなみ海道での大型イベントを契機に「愛媛県自転車新文化推進事業総合アドバイザー」となり、以来、台湾と日本におけるサイクルツーリズム振興に携わっている。四国一周については、2014年にジャイアント側でツアー計画に着手し、その実績から2016年に自治体側の基本ルート設計も受任。以後も各施策にアドバイスしている。また、国際的なサイクリングツアーでの現場経験からサイクリングガイドの必要性を痛感し、「一般社団法人日本サイクリングガイド協会」を2014年に設立。スポーツサイクル業界の立場から、サイクルツーリズムの根幹を支える専門技術の標準化と専門人材の育成・組織化に心血を注いでいる。……心血といえば、最近ちょっと高血圧気味。医者から減量を指示されながらも「飲み物は?」と訊かれれば「カレーうどん」と即答してしまう時代錯誤な54歳。