旧街道じてんしゃ旅 幕末・明治維新の道をゆく 京街道編
目次
サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画。今回の旅は京都と大阪を結ぶ「京街道」。幕末・明治維新の志士たちが幾度も通ったであろう歴史の道を走り、当時に想いをはせる。
志士たちの闊歩した京を巡る
龍馬脱藩の道の取材を終えた段階で、次は京を中心とした旧街道をサイクリングしようということになった。
ペリーの黒船が来航したときより、政治の中心は急に京を中心としたものに変化した。幕府のメッキが剥がれたと言うか、開国を迫られてろうばいした様子が諸藩に知れ渡ると、「徳川幕府なにするものぞ!」という雰囲気が急激に広まり、「政権を朝廷へ!」という流れになったからだ。そして倒幕派・佐幕派入り乱れての京を中心とした動乱につながっていく。
さて、司馬遼太郎の本に感化されている令和のやじきた二人組、龍馬脱藩の道の取材で伊予長浜に到着したその日の宿。海辺なのになぜか肉を喰らいながらのハイボール。ふたりとも酔いが回るにつれ
「井上はん! やるんやったら早いウチや! 京へ上るぞ! 京や京! 5月中にやりまっせ!」
「おう! やりましょう! 京を目指せ!」という感じで、自分達がまるで維新の志士になったような気分で酒を酌み交わしつつ語り合った。しかも根拠も無いのに、何だか妙な使命感を帯びていた。まあ幕末・明治維新の道を語るならば、まずその中心となった京をゆかねばならないのは事実であり、とにかく京を中心とした周辺地域の旧街道じてんしゃ旅をすることになったのだった。
熱く議論した翌週、まずは1日かけて京の都に点在する幕末・明治維新の史跡や跡地を自転車で巡った。頭の中には瓦屋根が並ぶ京都の狭い路地越しに維新の志士たちが闊歩(かっぽ)している様が巡っている。
しかし実際の京都は違った(筆者もシシャチョーも京都の隣に長年住んでいるので当然分かっていたのだが……)。
京も今や世界都市の「京都」となり、道路は拡幅され、地下鉄は走り、高さ制限はあるものの、ビル群が立ち並んでいる。地方の日本の原風景を巡る旅に慣れ親しんでいる令和のやじきた二人組にとっては、割と、いや……結構なストレスを感じるサイクリングになった。
倒幕派、佐幕派それぞれの史跡を公平に見て回ろうということにしていたのだが、ロードバイクで京都の路地を動き回るのはかなり困難なことに気づく。しかも細い路地まで自動車が幅を利かせているので、低速のロードバイクはふらつきがちでクラクションを鳴らされるし、交差点では一旦停止しない自動車に突っ込まれそうになるし、普通に走っていても幅寄せされるし、挙げ句、写真を撮ろうとすると路上駐車が邪魔をして良い構図が撮れなかったりと、取材旅にはまったく向いていない。
そんなことだから午後を少し過ぎたあたりから二人とも疲れ果ててしまっていた。
果たして京街道に旧街道風情は残っているのだろうか……
その日の晩は早めに宿に入り、いつもどおり卓を囲んでの夕げとなった。
「京の街なかはホンマ走りにくいわ。井上はん、明日の旧街道も京都と大阪を行くんでっしゃろ? ほんならメチャメチャストレスたまるんとちゃいますか?」
「ええ、たぶん……。京都市内ほどではないとは思いますが……それと幕末や明治維新の史跡は調べたところほとんど無いようですし……どうでしょうね……。」と、このように京の周辺の旧街道を選んだことを後悔しはじめていた。しかしそれは杞憂に終わるのだった……。
いよいよ京街道(大阪街道)へ
朝から梅雨の曇天でスッキリしない空模様。駅前のホテルで自転車を準備していると湿った空気が首筋に絡みついてくる。昨日の京都市内のサイクリングの疲れが取れないままだ。シシャチョーも同じ気分なのだろう。無言で自転車にバッグを着けている。
「とりあえず旧東海道との追分まで行きましょう」
言葉少なにホテルを出発した。
まずは街道の出発点にあたる旧東海道と京街道の追分(おいわけ/分岐点)までペダルを進めた。ここは旧中山道の取材で訪れた場所。「みき京ミち(右京みち)」「蓮如上人御塚」と道標があるところだ。ここは現在の京都市と滋賀県の県境でもある。
「うわ〜懐かしいなあ! こんな感じでしたかな? あんまり覚えてないわ」とシシャチョー。
「旧東海道編のときと違って慣れてましたからね。京都までもう少しの場所だから呑むことを考えていたんと違いますか?」
「いや、たしかに!(笑)」
「ところで井上はん、右が京みちとなっているけど、京街道は左と違うんでっか?」
「私も旧街道を走っていて思うんですけど、昔はわりと曖昧な呼び方をしたみたいですよ。同じ街道を通るにしても大阪へ向かうのは『大阪街道』で、京に向かうときは『京街道』と呼んだそうです。でもその逆なのに京街道を上って京へ……というような文書もあるみたいですし。今回は大阪に向かうのですが、幕末・明治維新の旅なので京街道としましょう。いや、五街道や有名な街道以外は結構曖昧なんです。」
実際、今日のこの街道は旧東海道五十三次に繋げて五十七次と呼んだりもする。実にややこしい。
幕末の町「伏見」へ
追分の道標を出発して、下り基調の道をずっと走っていくと、ほどなく「伏見宿」に着く。ここは司馬遼太郎の「竜馬がゆく」にたびたび登場する竜馬の定宿「寺田屋」がある。伏見奉行所の取り締まりで幕吏に踏み込まれた寺田屋事件の舞台だ。ご存知の方も多いだろう。小説竜馬は、ピストルをぶっ放し、果敢に幕吏と渡り合い、竜馬の許嫁である「おりょう」の機転で無事に逃げたというように描かれている。活劇の舞台だ。シシャチョーにとってはどうしても行きたい場所の一つだという。
そして何より宿場町風情が色濃く残るこの町は、京街道の中でも随一の彩りある場所だ。
しかしわれわれが興味を引かれたのはどちらかというと町並みそのものと道標だった。寺田屋を訪れて見学し、酒蔵、そして商店街になっている街道筋を自転車を押して見て回ったのだが、なんだかふたりともスッキリしない。
幕末はあまりに観光にされすぎている。土佐の旅からずっと感じてきたことだった。ここ伏見も同じだ。
もちろん良い悪いの話ではない。単に趣向の話しである。ただ、シシャチョーと私の求める旧街道と幕末・明治維新は晴れがましい観光では無いのだろう。
そこそこの時間で伏見を離れることにした。
想像以上に旧街道している
伏見宿を出てしばらく宇治川沿いに川岸を走る。速度を出して路面を見て走っているだけでは気がつかないが、宇治川は結構ダイナミックな川だ。上流から運ばれてきた土砂を流れが大きく削り取り、崖を作りだしている。琵琶湖を源にしているだけあってとても水量が多い。写真を撮ることにして止まったが、相変わらず湿った空気がまとわりつく。走っているほうが気持ち良いので、しばらく走り続けた。
有名な京都の石清水八幡宮に出る。ここで京都の桂川と宇治川が合流し、「淀川」となる。そこからしばらく旧街道は川の堤防沿いに寄り添うように伸びている。意外にもくねくねと旧街道然とした自然な道なりで楽しい。もちろん古民家や歴史的な建造物などは無いのだが、そのたたずまいが旧街道そのものなのである。隣の道を見ると、いかにも現代風の家が立ち並んでいる。確認のためにタブレットを取り出し地図で見ると、辺りはすべて四角四面に区画されていて整然と町並みが整えられている。が、1本だけクネクネと曲がった道が伸びている。
「旧街道だ」
これを見つけると二人はもうほくそ笑んでしまう。旧街道症候群といえるかもしれない。
そして都市の中心部に向かっているにもかかわらず、あまり信号に出くわさない。だから意外にもスイスイと走っていくことができるのだ。淀川沿いなのでたまに堤防を走ることになったりもするのだが、それもまた一興。幹線道路になってしまっていて、自動車にあおられまくる旧街道よりよほど楽しい。
「井上はん、この街道はかなり面白いですな! 大阪に住んでるワシが、しかも旧街道を旅しているワシがそう思うんやから!」
シシャチョーのこの一言がすべてを物語っていると思う。
シシャチョー「逆ナンパ」される!
「枚方(ひらかた)宿」にたどり着いた。宿場町の中心には京阪電鉄の駅がある。駅前はにぎやかな商店街になっており、若者向けのカフェなどもたくさんある。その中を旧街道は突っ切っていく。これも面白い風景だ。旧街道の宿場町はその多くが商店街に変わっている。しかし大半がシャッター商店街となってしまっており、寂しい限りなのだが、ここは違う。多くの人通りがある。
宿場のにぎわいに目を細めながら一服していると、突然、背後から大声が聞こえる。
「ちょっと! お兄さん! 寄ってって! 大福がおいしいで! お兄さん!」
どこにお兄さんがいるのかと思い振り返ってみると、宿場の辻に小さな店のようなものがあり、そこから声が聞こえている。
「うわ! お兄さん男前やわ!!うわ〜! 自転車やて! かっこええわ!」
まったくバリバリの関西弁のオバチャンの声。見るとシシャチョーがその店に吸い込まれている。その先にはパーマ頭でエプロンを着けたオバチャンが居た。
「ちょっと! お兄さん! 男前やんか! ええわ〜! 写真撮ってんか! うわ〜! 若い男の人はええわ! 結婚してほしいわ!!」とオバチャン。
「……わ、ワシか??」とシシャチョー。
何とナンパ師のシシャチョーが逆ナンパされているではないか……。
「ちょっとお兄さん、これおいしいで! 大福買うてえな! つきたてやで〜! ねぎ味噌もうまい! ご飯にかけたら一升はいけるわ! わははははは!」
「……一升はいけへんで……」
しかしオバチャン、息を吸うことなくしゃべり続けている。まさにマシンガントークだ。
シシャチョーが無口になるぐらい。(残念ながら筆者が話しかけても無視されたので、シシャチョーを本気で気に入ったのではないかと思う。)
オバチャンにいろいろ聞いてみると、毎日こうやってお店に出るのが楽しみで、人と話すのが楽しいということである。そして軒先にはオバチャンが考えたという面白い標語が貼り付けられていた。なかにはなかなか考えされられるものもある。
筆者も大福を食してみる。これがうまい! 旅の途中の甘味処といった感じで旧街道じてんしゃ旅にピッタリだ。
最後に記念写真を一枚とお願いすると、オバチャン、
「ちょっと待って! フェイスリフトするから!」といってこの1枚。
まさに大阪のオバチャン! とにかく笑いが絶えないひとときだった。
守口宿を過ぎて京橋商店街を抜け、終点の高麗橋に着くまで、ふたりして思い出し笑いをしながら走った。
参考文献:
「竜馬がゆく」司馬遼太郎著 文春文庫
「街道をゆく 因幡・伯耆のみち、梼原街道」司馬遼太郎著
「龍馬史」磯田道史著 文春文庫
「真説週間歴史の道 坂本龍馬 脱藩の道」 小学館
「坂本龍馬 脱藩の道を探る」村上恒夫著 新人物往来社
「坂の上の雲」司馬遼太郎著 文春文庫
「新装版 今昔三道中独案内 日光・奥州・甲州」今井金吾著 JTB出版事務局
「新装版 今昔東海道独案内 東海道」今井金吾著 JTB出版事務局
「新装版 今昔中山道独案内 中山道」今井金吾著 JTB出版事務局
「地名用語語源辞典」東京堂出版
「現代訳 旅行用心集」八隅盧菴著 桜井正信訳 八坂書房
「宿場と飯盛女」宇佐美ミサ子著 岡成社
「北国街道を歩く」岸本豊著 信濃毎日新聞社
「歩く江戸の旅人たち」谷釜尋徳著 晃洋書房
「道路の日本史」武部健一著 中公新書
「フォッサマグナ」藤岡換太郎著 講談社
「図解気象入門」古川武彦・大木勇人著 講談社
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