兵庫のサイクルツーリズムを牽引する3人のガイド
目次
瀬戸内海と日本海の2つの海を有する兵庫県。東西南北に広がる魅力的な地域の数々。その魅力を熟知したサイクリングガイドが誘う、新しいカタチのじてんしゃ旅。
サイクルツーリズムの新たな先進地
しまなみ海道を発端に、ビワイチ、アワイチなど全国各地でスポーツサイクルを活用した観光、いわゆるサイクルツーリズムの造成が盛んになってきている。旅好きなサイクリスト読者のみなさんならご存知のことだろう。しかしその取組みをじっくりと見てみると、観光というよりは従来のロングライドやヒルクライムなどのサイクルイベントそのままであったり、マップやスタンプラリーに、自転車を移動手段として落とし込んだだけの、あくまで従来型観光の一種であったりするものが多い。そしてどの地域も何だか似たりよったりの内容だったりするのが実情ではないだろうか。
そんな中、他地域と一線を画した取組を行っているところがある。兵庫県だ。アワイチというビッグネームを県内に抱えつつも、サイクリングが地域のための観光として成り立つには、単に地域を通り過ぎるファストライド型のサイクリングではなく、地域で止まってもらい、触れてもらい、理解してもらう必要があるとの結論に至ったという。
そして、その担い手、つまりレースやトレーニングなどの従来のサイクリングではなく、観光としてのサイクリングツアーにおいて中心的な役割を果たすサイクリングガイドを育成してきたということだ。
今回はその中でも独自の取り組みをしている3人のプロフェッショナルなサイクリングガイドのツアーを体験してきた。
シクリズムアワジ
アワイチで有名な淡路島。明石海峡大橋を越え、淡路インターチェンジを降りてすぐ、明石海峡国営公園の向かいに新しく完成した商業施設があり、その一角にシクリズムアワジはある。普段はアワイチや近隣のポタリングに向けたレンタサイクルビジネスを行っているのだが、業務の合間に淡路島の隠れた魅力を伝えるサイクリングガイドツアーを行っているそうだ。
今回案内してくれるのは、シクリズムアワジの代表でありプロフェッショナルサイクリングガイドである荻野真理子さん。「マウンテンバイクにハマって自転車が好きになり長年趣味として乗っていたのですが、ついにはグローバルな自転車ブランドで働くようになったんです! 働くうちに仕事で訪れた淡路島に魅せられて、10年働いたのを機に一念発起して独立開業。淡路島にレンタサイクルショップを始めたのです。今年で3年目なんですよ!」と荻野さんは明るく笑いながら話す。いや軽く話してくれる割にはなかなかすごい経歴だ。
荻野さんが主催するサイクリングツアーは、いわゆるアワイチのコースとは大きく異なる。アワイチはロードバイクで淡路島の海岸線約150kmをぐるりと一周するような走り方になる。対して荻野さんのツアーではほとんどアワイチのコースは使わない。代わりに島の内陸部を通り、住民の方の生活が感じられる地域を通らせてもらうのだという。
使用する自転車はeバイク一択だ。ロードバイクやクロスバイクでは上れないような急な坂道や細い道を行くので一般観光者の方だとeバイクじゃないと楽しめないのだそうだ。
出発前に何と約30分ほどブリーフィングと慣熟走行を受ける。ポジション調整、交通法規、eバイクの使い方……。これならサイクリングに慣れていない人でも安心だ。この日も2グループが一緒に走ることになったが、丁寧なブリーフィングを受けるうち、グループ同士で会話もできるようになり、最初からツアーを楽しく感じることができた。
さていよいよ出発だ。この日は秋晴れのなかの最高のコンディション。eバイクと言えどペダルを踏んでいると少し汗ばんでくるぐらい。シクリズムアワジをスタート。眼前には青空と青い海、遠くに大阪の街が、神戸の街が見える。そのままできるだけ幹線道路を通らずに細い道をくぐりながら島を南下する。たしかにアワイチで訪れるだけならこんな道を見つけることはできないだろう。
しばらく走って今度は内陸に向かって走り出す。途端に激坂が目の前に現れる。淡路島の北部は、海から岩山がそそり立っているような構造になっている。だから海岸線から一歩内陸に入ると途端に激しい斜度の坂になる。これだとロードバイクではひとたまりもない。坂を上ることはできても観光する余力は無いだろう。eバイク一択なのも納得できる。
ツアーは進んでいき、荻野さんオススメの観光スポットをいくつか巡り、淡路島内陸部の頂上にやってきた。
「今からスペシャルなロケーションにお連れしますよ!」
スペシャルなロケーションって何だろう? そう思いながらついて行く。
荻野さんが連れて行ってくれたのは頂上付近に広がる広大なオリーブ園。あちこちに深緑のオリーブが葉を茂らせている。ゲートを開けて中に入る。ここは私有地で荻野さんは農園のオーナーに了解を得てゲート内を走らせてもらっているという。これは地域のサイクリングガイドでないとできないことだ。青い空にオリーブ色の木々。そして農作業車しか走れないような細い道。いままで見たことの無い淡路島の風景だった。
「eバイクのアシストパワーを上げて!」
荻野さんが指示をする。オリーブ園はいつの間にか林に、舗装路は荒れた路面の坂道に変わっていた。しばらく走って牧場のある場所へ出た。
「ここが絶景ポイントです。ほら左には大阪湾、右には播磨灘。2つの海が同時に見えるのです。そして前には島の南側へつながる尾根が見えます」。
感動の一瞬。素晴らしい絶景だった。
やがてツアーは島の西側へ急坂を下りだした。坂の途中で荻野さんは何度かグループを止めた。
「ブレーキの握りっぱなしは体が硬直して危ないときがあります。そのまま下り続けるのではなくて、止まって一息置いて体をほぐしてから行きましょう」。
荻野さんは言う。常にゲストの様子を感じ取りながらガイドしている様子が伺えた。
そして最後に訪れたのが、島の西側にある江崎灯台。この灯台にはたくさんのストーリーがあるという。まず灯台までの階段の途中に、阪神淡路大震災のときに発生した断層のズレが表層に出ている場所がある。震災の震源そのものを間近に見ることになった。
さらに階段を上っていくと、いよいよ江崎灯台に出た。この灯台は明治4年という江戸時代の終わりから数年という時期に建てられたもので、今も現役で使われているという。そして眼前に見下ろすのは明石海峡の激しい水流と、手を伸ばせば届きそうな明石市のウォーターフロント。島ののどかな風景との対比が現実感を失わせている。そして右手には巨大な明石海峡大橋。
再び感動の瞬間だ。
大型のタンカーが橋をくぐり、小さな漁船が海峡の荒々しい流れに激しく揺れている。夕方のドラマティックな光もあって全員がしばし声も出さずに眺めていた。
シクリズムアワジでのeバイク体験は非常に印象的だった。淡路島独特の網の目状の道と、それを知り尽くしたサイクリングガイドのおかげで今まで見たことの無い景色を見ることができた。そして適切なケアのおかげで、急な坂の上り下りも安全に感じたし、ゲストのリクエストでコースを楽しくアレンジしてくれた。
そして何よりレンタサイクルがいずれも完全に整備されているのが手にとるように分かった。手入れの行き届いた自転車は乗ればすぐに分かる。そういった意味でもプロフェッショナルなサイクリングガイドの仕事というものを感じることができた。
CYCLISM AWAJI シクリズムアワジ
住所:兵庫県淡路市夢舞台2番地28アクアイグニス淡路島内
TEL:090-6662-3196
営業時間(2月〜10月):土日祝 7:30〜18:00、平日 8:00〜18:00
営業時間(11月〜1月):土日祝 7:30〜17:00、平日 8:00〜17:00
定休日:不定休
丹波サイクリング協会
兵庫県の中央東部に位置する丹波(たんば)市。古代に海だったこの辺りは、山がちな地形の多い兵庫県においても堆積物によって比較的フラットな盆地になっており、とても肥沃な土地だ。したがって古来よりこの土地をめぐりさまざまな争いが行われてきた土地なのだ。
その肥沃さは現在も変わらずで、丹波といえば秋の収穫物が有名だ。丹波の黒豆、栗、野菜、そして猪肉など名産品が数多くある。
そして丹波といえばその他にも色彩豊かな風景と風情が特徴的だ。春には南北に2本伸びる河川沿いに植えられた桜並木がピンクの回廊を作り出す。水の張られた田んぼが広がり、まるで新たな湖が現れたような風景となる。夏には稲が成長し、山々が近いこともあって辺り一面が緑一色となる。秋は最もカラフルな時期で、紅葉やイチョウなどの落葉樹が見事な色合いを見せる。山々の高さは目線を少し上げたぐらいの低山で、そこから差し込む陽の光が見事な陰影を作り出す。
そしてその色彩は切れ目なく刻々と変化していっており一週間も過ぎればもう違う風景になってしまう。連続する自然の変化をここ丹波ではリアルに目にすることができる。この色彩と光の変化は無機質な都会では決して味わえないものだろう。
さてこの丹波で、自身かなりのスポーツバイクファンであると共に、地域をこよなく愛し、地域を理解していただくための組織を作ってまで観光サイクリングツアーを行っているガイドがいる。丹波サイクリング協会代表者の松井崇好さんだ。この協会は地域の自転車愛好者が集まり、丹波の魅力を自転車を活用して広めていくために組織されたもの。年に複数回観光型サイクリングイベントとして「ツール・ド・丹波」を企画運営している。このイベントの面白いところは、ツール・ド……と名前がついているものの、中身は少数人数でカジュアルにサイクリングしながら、季節ごとの丹波の魅力に触れていく観光サイクリング的なもの。参加者もサイクリング愛好者ながら、決して速さだけを求めている人ではなく、自転車を通じて地域と交流したり、サイクリスト同士のコミュニティーを楽しんだりする人々が多いという。
「走り系サイクリングイベントに見えて、実はかなり観光寄りなのです。季節ごとの野菜の収穫体験を入れたり、ボランディア活動を入れたりしています。老若男女問わず楽しんでいただけるイベントなのです」と松井さんはうれしそうに話す。
松井さんはこのツール・ド・丹波の経験をベースにして、サイクリングガイドツアーを始めた。コースはイベントのものをアレンジし、広大な丹波を隅々までサイクリングするものになっているという。距離もゲストの希望に合わせ、走行区間を増やしたり、観光コンテンツの割合を増やしたりと自由自在だそうだ。
実際に松井さんのツアーに参加させていただいた。まずもって一番の感想は「おいしい」体験がたくさんできた、というもの。参加させていただいたのが秋だっただけに、やはり目的地に名産品を食するところが多く、サイクリング中に訪れた食のスポットそれぞれがとにかく絶品ぞろいで、ほとんど全部いただいてしまった。確実に摂取カロリーが消費カロリーを上回っていたに違いない。それほどに丹波の地産品をフレッシュな状態で味わえる。これだけでまず丹波を訪れる理由になると思う。
まず食の話題になってしまったが、もちろんそれ以外サイクリングの本質として魅力的な要素がたくさんある。今回松井さんが案内してくれたコースは総走行距離40kmほどだったが、これは観光サイクリングとしては距離があるほうだ。しかし土地がフラットなのと、松井さんが選ぶ道が交通量の多い道を避けていくローカルな道なので、さして時間がかからず気持ちよく目的地に到着できる。そういう意味ではまず、そこそこしっかりとサイクリング体験したい人にとってもこのツアーは楽しめるということだ。
出発して5kmほどで、氷上町清澄地区にあるコスモス園に到着する。集落に入った途端、思わず声を上げてしまった。何とサッカーグラウンド3面ほどの土地が全てコスモスなのである。これは見事なものだ。ちょうど午前10時頃に訪れたので、淡いピンクと紫のコスモスの花びらにまんべんなく光が差し込んで幻想的な風景となっていた。この時期はこのコスモスを見ようとたくさんの観光客が訪れるという。入り口の駐車場までの道は自動車で長蛇の列だった。しかし我々サイクリストは、案内の人に導かれ、脇道を通ってコスモス畑へ出られた。何だか優越感を感じた瞬間。
次の目的地は紅葉まっさかりのお寺だ。丹波には数多くの名刹、古刹(こさつ)がある。それぞれの紅葉は美しく、またそれぞれ特徴的な風景をもたらす。ここもご多分に漏れずたくさんの自動車が渋滞の列を作っていた。しかし松井さんのコースは幹線道路をほとんど通らない。川岸にある桜並木の中を通っていく。渋滞知らずでスイスイと進んでいく。
「この川岸は5kmあって、春には両脇の桜が一斉に咲いて回廊になるんですよ。それは見事ですよ!」と松井さん。
想像しただけでも分かる。きっと美しい景色に違いない。これは春にもう一度訪れなければなるまい。頭の中が秋の紅葉から春の桜色になっていたころ、古刹の一つ高山寺に到着した。自転車を停めてすぐに目に飛び込んで来たのが辺り一面の紅葉。朱色や黄色の広葉樹の葉が色とりどりだった。山の上から麓にかけて次第に朱色や黄色が降りてきていて、きれいなグラーデーションを描いていた。
その後は丹波を貫く旧街道「篠山(ささやま)街道」に沿って川沿いを走っていく。いまだに当時の風情を残す宿場町の柏原(かいばら)宿に到着。柏原八幡宮の横には大きなイチョウの木があり、黄色の葉を当たり一面に落としていた。その中を自転車を押し歩きしながら歩く。天然の黄色の絨毯だ。
とにかく丹波は一刻一刻と色彩が変わる土地だ。それを経験するだけでもこのサイクリングツアーに参加する意味があるだろう。
「今度は街の南にお連れしますよ」と松井さんが言う。聞くと丹波の南端まで10kmほど一気に走るという。協会のレンタサイクルのクロスバイクだったのでロードバイクの松井さんについていけるか少し心配だったが、松井さんは(公社)ひょうご観光本部が主催するサイクリングガイド養成講座を修了しており、スタート・ストップや右左折時のハンドサイン、常に後方のゲストに注意を払うなど、一緒に走っていて、うまくペースコントロールをしてくれた。
「すみません。ツアーの最中なんですが、あそこの畑に友人がいるのでちょっと挨拶に寄っていきたいんです。構いませんか?」と松井さんが尋ねてきたので、一も二もなく「ご一緒します」と言って同行させてもらった。
何でも翌週のツアーで農家の収穫体験プログラムを行うのだという。その打ち合わせだったのだ。二人は高校時代の同級生とのこと。ツアー中であることをしばし忘れ、同級生同士のフランクな言葉遣いで茶化し合いながら話している松井さんを見て微笑ましく思った。
さてその後はしばらく走行が続き、たどり着いたのが何と恐竜の発掘現場。2006年に近くの川岸で完全骨格と抱卵をした営巣地跡が見つかったのだという。学術名「タンバティタニス・アミキティアエ」という丹波の名を含む新種の恐竜だったそうだ。地学や化石などが大好きな私にとっては思わぬ体験でうれしい限りだった。
さてツアーが終了し、松井さんに取材をしてみた。地域を愛するサイクリングガイドとして最も大切にしていることは何かと聞くと、やはり地域を演出し地域に役立つサイクリングをすることだという。走り抜けるだけでは地域の本当の良さはほとんど分からない。たまにはモードを変えて走ってみてほしいとのことだった。
そしてツアー後に全てのレンタサイクルを丁寧にメンテナンスしていたのが印象に残った。
丹波サイクリング協会
住所:兵庫県丹波市柏原町母坪335−1
MAIL:tanbacycle@gmail.com
アウトドア民泊 あひるの森
サイクリングガイド紹介の3人目は兵庫県佐用町にあるアウトドア民泊あひるの森の代表、阿比留憲司さん。もともと大阪でアウトドアグッズのショップを経営していたのだが、ある日ショップのイベントで訪れた佐用町に大変魅力を感じ、家族と一緒に引っ越してきたという。それから家を探し、民泊を作ってアウトドアアクティビティーのサービスを始めたという。
電話で話を聞いてみるとこれまた大変面白い。サイクリングツアーで佐用町の見どころを回りつつも、民泊でさまざまなアクティビティーを楽しんでもらえるという。早速、阿比留さんのサイクリングガイドツアーを体験させてもらうことになった。
最初に訪れたのは鳥取藩が参勤交代で使った因幡(いなば)街道。佐用町のなかをうねるように貫いている。その道は旧街道そのもので、舗装はされているものの僅かに曲がっていたり傾斜していたりで旧街道好きにはたまらない道だ。
ほどなく最初の目的地、因幡街道の宿場町である平福宿に到着。宿を出て僅かに15分ほどだが、いきなり懐かしい日本の風景に出会うことになった。平福宿は宿場町らしさを感じさせる連子格子を備えた日本建築が多く残されている。宿場町の両端には防犯、防衛のために作られたクランク状の曲がり角である鍵の手が残されている。
「表もいいですが、宿場の裏側もきれいですよ」
そう言って阿比留さんは狭い路地に自転車を押しながら進んでいく。路地の先へ進むとそこは透明で美しい水が流れる川面だった。見回すと宿場町の裏側が全て川に接しているのが見える。
「平福宿は因幡街道という陸路と、平福川という水運の両方を兼ね備えていたんです。」と阿比留さんは説明してくれた。
そのまま宿場町をゆっくりと進みながら、要所で止まって阿比留さんはガイドをしてくれる。宿場町の眼前には戦国時代の山城である利神城(りかんじょう)がそびえている。荒々しい土塁や空堀など、戦国時代の様子を感じさせる遺跡だ。残念ながら現在は登山道を修復中とのことでしばらく登れないそうだが阿比留さんは山城ツアーのガイドもしているとのことで、次回訪れたときには必ず連れて行ってもらうことにした。
宿場町を後にし佐用町の田園風景の中を走っていく。次は「星を見るサイクリング」だという。日中に星を見る?といぶかしながら阿比留さんについていく。ほどなく山の登り口に到着した。ここで一旦停まりeバイクの使用法を再確認する。6kmほど上るということで結構なヒルクライムになりそうだ。再出発してしばらくはワインディング・ロードと言った感じでくねくねとコーナーを重ねていく。しかしeバイクでゆっくりとペースを作って上るので自転車に乗れるひとなら誰でも上れる。平福宿を出たときはまだまだ朝の空気といった感じで少し肌寒かったが、山を上っているうちにかなり暖かくなってきた。やがて山頂に到着。この山には兵庫県立大学西はりま天文台がある。ツアーはここで天文台見学をするというのだ。なるほど日中に星を見るという意味がわかった。
ここ西はりま天文台は、日常的に利用できる天体望遠鏡としては世界最大を誇る天体望遠鏡「なゆた」がある。なゆたとは仏教用語における数の単位。10の60乗という途方もない大きな単位だという。宇宙はビッグバン以来138億年が経過している。宇宙は速度を上げながら拡大しているそうで、まさに人智を超えた広がりなのだ。なゆたという響きにロマンを感じつつ、天文台に入った。
天文台では銀河や惑星などを観測していて、サイクリングツアーで予約をして「天体観測ツアー」を行っているという。口径2mの巨大な望遠鏡で、木製や土星を見ることもできるそうだ。星空サイクリングがリアルに楽しめるツアーなんて、他にないのではないだろうか? 次はサイクリングで上ってきて星空撮影もやってみたいものだ。天文台の外にはレストランやお土産コーナーなどもある。中には宇宙食や隕石でできたアクセサリーなど珍しいものが販売されていた。参加者もこぞってたくさんのお土産を購入。
次の目的地は棚田だ。乙大木谷(おつおおきだに)集落の棚田が美しいとのこと。ここで阿比留さんから自転車で下るときの注意喚起が入る。
「道が細いのと路面が荒れています。何回か停止して様子を見ながら下っていきますね!危ないところは全て押し歩きします。スリリングさも旅のエッセンス!」
注意喚起しながらもネガティブな印象にならないように配慮しているのが分かった。
ツアーは一団となって林の中を抜けていく。といっても下りで時速25kmくらいで、しかも慣れない人のために何度も止まって体をほぐしながら行く。20分ほど走っただろうか。乙大木谷の集落に入った。あいにく秋だったので緑の棚田は見られなかったが、それでも谷に有機的に広がる田んぼの様子が手に取るように分かる。
「グリーンシーズンは本当にきれいなんです。佐用町は星空の街ですから田んぼに水を入れたときは星空が水面に写って素晴らしい光景になるんです」阿比留さんがうれしそうに語る。
ここの棚田は農耕地全体を柵で囲っているため、個々の棚田には獣害対策の電気柵が設置されていない。それが棚田の美しさを引き立てている。
「グリーンシーズンにはもう一度お越しください。皆さんにお見せしたいです! 星空と棚田と……」笑いながらしっかりと営業をしてくる阿比留さんであった。
ツアーはこれで終了し民泊に帰ったのだが、ここから第2ラウンドが始まった。阿比留さんの宿は、アウトドア民泊と銘打っているだけあって、敷地内にさまざまなアウトドアの設備を持っているのだ。テントサウナ、ハンモック、バーベキュー、鶏への餌やり、自家製コーヒー、そして佐用川でのSAPやカヌー体験など、ゲストの要望に応じてさまざまなものをアレンジしてくれる。あれこれと体験させてもらっているうちにあっという間に日没になってしまった。
「サイクリングを中心にしていろいろなアクティビティーを体験してほしい。きっと視野が広がるはず」と阿比留さんは話す。
宿の施設を説明しながら「次はあのアイテムを入れたいな」と話している阿比留さんをみると、ビジネスというより真に個人の夢を追求しているように思えた。
アウトドア民泊 あひるの森
住所:兵庫県佐用郡佐用町口長谷898−1
MAIL:info@ahirunomori
ガイド付きサイクリングツアーの可能性
自転車文化の中心であるヨーロッパやアメリカ、オセアニア諸国では、ロードバイクがベースとして人気を保ちつつも、今やMTBがメインストリームになっているし、若年層にはエクストリーム系のライドが人気だ。そして何よりサイクリングやロングツーリングがたくさん行われていて、最近はそれにバイクが一気に広がっている。しかし日本ではロードバイクとレースやトレーニングをイメージしたマーケティングが続き、楽しみ方がまだまだ多様化していないように思う。
記事の前半に書いたように、サイクルツーリズムの黎明期(れいめいき)でもある現在、従来のスポーツサイクルの視点でのツーリズム造成が行われてきたが、従来の概念からの脱却はまだできていない。それにいち早く気づいた兵庫県でのサイクリングガイド育成という今回の取り組みは注目に値すると思う。そしてそうした担い手が県内各地で現れつつあることがわかった。
今回参加させていただいた3人のサイクリングガイドの方とお話していると、未来のサイクリングシーンを垣間見ているような気持ちになった。