太平洋岸自転車道 じてんしゃ旅 一日目 千葉県銚子駅〜勝浦駅
目次
サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画の番外編となる「太平洋岸自転車道編」。千葉県銚子から神奈川県、静岡県、愛知県、三重県の各太平洋岸沿いを走り和歌山県和歌山市に至る1400kmの長旅が始まった。
ナショナルサイクルルートを走る?
「ナショナルサイクルルートってありますやろ? 太平洋岸自転車道っていう道。あれ走ってみたいんですわ! 井上はん、一緒に取材しましょうや!!」
シシャチョーさこやんことサイクルスポーツの迫田事業部長から誘いの言葉を受けたのは去年の秋「旧街道じてんしゃ旅 其の四 幕末・明治維新の道」編の編集会議でのことだった。
「旧街道ならもっといろいろ旅したいですけど……ナ、ナショナルサイクルルートですか……? ほ、他の人のほうがいいんじゃないですか?」
「いや、普通の楽しく走れますよ的なレポートやったら井上はんに頼まへんのやけど……。景観や旅の趣を大事にする旧街道じてんしゃ旅の目線で、いわゆる一般的なサイクリスト向けのルートを走ったら一体どうなるか……それをレポートしてもらいたんですわ!」
サイクリングを観光にするビジネスをしている私にとって、単に走り去るだけのルート開発は、スポーツ走行には適しているが、沿道地域の観光開発や経済にはあまり寄与していないと感じている。正直なところ乗り気では無いが、私が尊敬してやまない伊能忠敬が江戸時代後期に全国沿岸測量の第一歩を踏み出したのは、くしくも令和のやじきたと同じ55歳。まったくの偶然とは言え、伊能もこの歳で新しい旅に出たのだ。それにまあ相棒の頼みとあれば一肌脱ぐべきと思い承諾した。
大雨が止むのを待ち、いざ出発!
ナショナルサイクルルートとは日本各地の都市や観光地を結び、自転車を利用した旅行やサイクリングを安全に快適に行うことを目的に国土交通省が定めた基準を満たすルートのことを言う。2023年5月現在で6ルートが認証されており、中でも今回の「太平洋岸自転車道」は千葉の銚子から和歌山の加太までをつなぐ約1400kmの最長ルートだ。
出発地点のモニュメントがある千葉県銚子駅前。前日からの大雨で出鼻をくじかれたが、いつものようにシシャチョーの関西弁毒舌親父ギャグが炸裂し、ゲラゲラ笑いながら明るい雰囲気で旅は始まった。
房総半島の風恐るべし!
出発直後から雨は収まってきたが、風が強くなかなかに走行が難しい。銚子市内を出て1つ目の岬を回った途端、強烈な風が断続的に吹き付けてきた。
強風が吹き付けたかと思えば急に弱くなり、また突然強くなる。大きなバッグを取り付けたロードバイクはどうしても風に弱くなってしまう。まっすぐ走ってみろよ! と言わんばかりにオッサン二人を左右に弄ぶ。周りの景色とかはほとんど目に入らずとにかく体勢をまっすぐするのに必死。
「こりゃたまらん!!」シシャチョーが叫んで止まった。
眼の前には犬吠埼(いぬぼうさき)が見える。
「ここで一旦撮影タイムにして風が収まるのを待ちましょう!」と私。こんな感じで序盤は路面に引かれたブルーラインをひたすら目で追って進むことになった。
九十九里浜で童心にかえる
風は相変わらず強く、ブルーラインが引かれた道はほとんどが幹線道路になるため自動車の往来が激しく、走行ラインを保持することと追い抜いてくる自動車に気を取られながらの走行になった。気がついた時には立ち寄ってみたかった場所もほとんど寄れず……というか途中の様子はほとんど記憶に残らない感じで九十九里浜に到着。
ここでルートは幹線道路を外れ海岸線沿いの自転車道に入る。ここに入ると騒々しさは消え、目前に広がる砂浜と太平洋の雄大な景色が目に飛び込んできた。
九十九里浜の名前の由来については諸説あるようだが、その名の示すとおり長い浜辺ということだろう。「九十九」とは具体的な数値ということではなく、八百万の神の「八百万(やおろず)」、仏教での「那由多(なゆた)」と同じく「果てしなく」とか「数えることのできない」という意味なのだろう。実際の九十九里浜は約60kmほどだが、昔の旅はほとんどが徒歩だったため果てしなく感じたに違いない。
「やっと落ち着いて走れますねぇ」
自動車のあおりがないので少し気持ちが落ち着いて走れるようになった。
さて、この自転車道だが、走っていると「飛砂・砂だまり・走行注意!!」の看板が建てられている。確かに路肩が砂っぽくそして相変わらず風は強いので走行ラインには十分注意が必要だ。海岸側には砂よけのためにコンクリートの境界が高くなっているのだが、ところどころそれを乗り越えて砂が自転車道に押し寄せてきている。グラベルロードならまず問題なく走れるだろう。だがロードバイクではスリップしやすく、自転車を降りるか、シューズのことを考えれば幹線道路側に降りたほうが良いかもしれない。
しかし令和のやじきたにとっては、旧街道じてんしゃ旅でもっと変わった道を走ってきているので、この程度の飛砂の盛り上がりはまったく問題ない。むしろ望むところ。使用しているバイクのGIANT TCR ADVANCED PRO(ジャイアント・TCRアドバンスドプロ)にはGAVIA FONDO 0(ガビアフォンド0)の32Cをはめてある。バリバリのピュアロードでありながら、ちょっととした悪路ならまるでグラベルロードばりに走れてしまう。ふたりしてゲラゲラと笑いながら砂の丘に乗り上がったり、水たまりを走ったりして楽しんだ。子供のころに自転車で遠出をして楽しんだことを思い出した。
まあ無謀にもそんな走りをしたために、私の後輪に貝殻が刺さりパンクしてしまったが……。
その後はまた幹線道路に戻り、ブルーラインをにらみながらひたすら黙々とペダルを踏んだ。雨は完全に止んだものの、風はまた強くなっている。疲れもあってかふたりとも言葉少なにひたすら走った。
投宿先の勝浦に着いたのは日没して夕闇迫る頃になってしまっていた。
今回の距離:銚子駅〜勝浦駅(107km)