太平洋岸自転車道 じてんしゃ旅 八日目 静岡〜御前崎(静岡県)
目次
サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画の番外編となる「太平洋岸自転車道編」。千葉県銚子から神奈川県、静岡県、愛知県、三重県の各太平洋岸沿いを走り和歌山県和歌山市に至る1400kmの長旅が始まった。八日目は静岡から御前崎(静岡県)へ。
再び旧東海道へ
ベッドの中で眼が覚める。ホテルの窓から朝陽が差し込んでいた。幸いにも今日も晴れ模様のようだ。梅雨とは思えないサイクリング日和。
今日もロングコースだからと朝早めに出発することにした。ホテル前で地図を広げて作戦会議に入る。泊まったのはJR静岡駅前のホテルだったのでコースに戻るには市街地を抜けて海岸まで出ねばならない。
だが昨日からコースを外れる楽しさを知った二人、わざわざ朝の混雑の中を抜けていっても意味はないと考え、今日の最大のハイライトになるであろう、旧東海道の宇津谷(うつのや)峠を目指し、最短コースを取ることにした。この最短コースこそ旧東海道そのものなのだ。
「愚直に矢羽根を追うことよりも、まず旅を楽しむことが優先ですわ!!」
とシシャチョー。確かにそのとおりだ。青い矢羽根だけを追いかけていたのでは正直なところロケにはならない。
出発してほどなく安倍川を越え、宇津谷峠に続く丸子川沿いの自転車歩行者専用道に出る。通勤の喧騒は消え去り、のんびりとしたサイクリングを楽しむことができる。距離もほどよく長いので旅気分を満喫できる道だ。
しばらく走ると再び旧東海道に出た。懐かしい風景。ここは丸子(まりこ)宿。歌川広重の浮世絵にも描かれている茅葺き屋根のとろろ汁屋が今も営業している。往時の街道の雰囲気を残した場所だ。
国道を越えてやがて宇津谷の集落に入る。旧東海道の中でも一つの名所に挙げられる集落だ。ここも太平洋岸自転車道のコースに含まれているのだ。静岡の海岸から焼津(やいづ)に抜ける海岸線の道があるが、路面が悪いのと長くて狭いトンネルがある。自転車で抜けるのは危険だからだろう。海岸線ではないが宇津谷を通るのは正解だと思う。
宇津谷の集落で思い出深い場所にでた。旧東海道のロケの時、峠を越えて階段を降りたところでシシャチョーのタイヤが突然パンクしたのだ。その時に私のハンドポンプの軸が折れてしまい修理不能になった……。そこで近くにいた子供に頼んで自宅の自転車のポンプを貸してもらったのだ。しかしそのポンプではまったく空気が入らず、結局国道のガソリンスタンドまで行ってポンプを貸してもらい、フレンチバルブのキャップに穴を開けて即席のアダプターを作って窮地を脱したということがあった。
「お、この角の家はあの時の小学生の家ですね! 今はどうしてるでしょうかね??」
「今ごろ中学生ぐらいになって、そろそろヒゲでも生えてるんとちゃいますか?」
その時の出来事が蘇ってきて、二人してゲラゲラ笑った。
宇津谷峠の明治のトンネルを越えて、太平洋岸自転車道は再び自転車歩行者専用道へ。ずっと川沿いに安全に走ることができる。やがて焼津の海に出た。
この区間は旧東海道を使った大変魅力的な道だ。しかし決して太平洋岸自転車道だから良いということではない。旧街道だから良いのだ。
旧街道じてんしゃ旅の筆者としてのひいき目としてお許しいただきたい。
信号だらけの市街地
焼津の海岸線に出たところで、青い矢羽根は市街地の中を進んでいく。すると今までの川沿いの道とは変わって途端に信号だらけの道になった。視線を前にするとずっと先まで信号が並んでいるのが見える。呆然とする二人。
交差点だらけ、信号だらけだから少し進んではビンディングを外して止まるの繰り返し。信号で最前線で止まっていると車が前に出ようとにじり寄ってくる。信号が変わって進んでも結局100mほどで信号で止まる。すると追いついてきた自動車が煩わしげに今度は幅寄せしてくる。その繰り返し。遅々として進まない。
「何でこんな道が選ばれてるんでしょうな? 井上はん、他の道探しましょうや‼︎ 全然進まへん!」
「この道しか無かったんですかね? もしくは……この辺りの商店とか観光地に寄らせたいんじゃないですか? そういうパターン最近よくありますからね。とにかく自転車向きの道じゃないですね。これだけ信号が多いと事故に遭う可能性も上がるし……」
サイクリングに適した道沿いに商店や観光地があるならそれは良いだろう。だが商店や観光地に訪問させるための道をコースとして選ぶのは間違っている。サイクリングはタクシーやバスのような「移動手段」ではないのだ。自転車で快適に走ること自体がまず主目的であり、そのついでに商店や観光地に寄るという感覚なのだ。この大切なことを間違った造成が昨今のコースづくりで散見される。
この区間はそうではないと信じたい……。
再び矢羽根を外れ海沿いの道に出ることにした。すると……オーシャン道路、石津浜公園と走りやすくて景色のいいポイントがあるではないか。焼津の海もやっぱりきれいだ。ここもおそらくは事情があってコースに入れられていないのだろうが、受益者であるサイクリストからするとこちらの道の方がはるかに太平洋岸自転車道にマッチすると思う。
海岸線の道は美しく走りやすかった。防風林の松が道に遠近感を添えている。堤防の上はさらに走りやすく、駿河湾という印象だった海が次第に外海に変化してきているのが分かる。ダイナミズムを感じる道だ。個人的に焼津という海のイメージにぴったりの道だと思う。
しばらく走ってシシャチョーが突然止まった……。
「あかん……腹減った」
そういえば今日はまともに補給していなかった。慌てて食事場所を探す。幸いにも数km行ったところに漁協直営の食堂があるという。
「田子の浦の漁港のメシはうまかったですからね! ここも期待できそうですね!!」
「ほんまですな! あ〜何食べようかな……」
シシャチョーの様子を見ているとこちらまで腹が減ってきた。
しかし……たどり着いた食堂は定休日だった……。がく然とするシシャチョー。
ショックな様子を写真に撮ってゲラゲラ笑う筆者。
それを見ていたのか、定休日なのにも関わらず建物の中から従業員の女性が出てきてくれた。
「申し訳ありません……今日は定休日なんです……あら自転車なんですか?せっかくお越しいただいたのにごめんなさいね……」
「い、いや我々が調べていなかっただけで……こちらこそすみません!」
すると彼女は店の中に戻り、何やらパンフレットを持ってきてくださった。お店の案内と焼津の観光パンフレットだった。
「せっかくお越しいただいたのに……こんなのですみません!」
こちらの勝手であるにも関わらずパンフレットを持ってきてくれるなんて……温かい気持ちになった。
「焼津にまた来てくださいね!」
うれしい言葉だった。
その言葉に信号だらけの道のことはすっかり忘れて焼津が好きになってしまっていた。
ナンパ癖再び……
何とか飯どころを探して食事をし、再び海岸線へ出る。松林の中を快適に走っていると、
「井上はん、ちょっと待って!! あれ!」
自転車を止めて後ろを見ると、道沿いの水産加工場で一人の女性がしらすのようなものを天日干しにしていた。
お話を伺ってみると、この辺りはしらすの天日干しが盛んで、この工場でも直売をしていて休日はお客さんで賑わうらしい。
「今日はしらすじゃなくて煮干しなんですけど……」
そう話す女性をよく見ると何だか美人なイメージ。それを見た途端シシャチョーの悪癖が現れた。
「もちょっと話聞いていいですか?」とシシャチョー。
「ええ、いいですよ!」と女性。
「あ、そうそう井上はん、ちょっと全体の写真撮っといて……ん〜向こう側から大きくね!」
そう聞いてアヤシイ雰囲気を感じ取った私。
写真を撮るふりして見ていると、シシャチョーが女性ににじり寄っていくではないか。煮干しを見るふりをして次第に近寄っている。そして例のごとく筆者の存在を無きものにして二人でしゃべり始めた。
ひとしきり喋ったあと「すんません、マスク取ってもらえます? あ、やっぱりべっぴんさんや!!!」
はにかんでる女性を見て「あ、この人カメラマンで連れて走ってますねん! ちょっと! 二人でいるところ写真撮ってくれるか??」
まったくこの御仁は……年甲斐もなく……。
別れ際に「次はしらす買いに来ますわ!」などとほざいているシシャチョーを見て呆れる筆者だった。
廃線跡の自転車道
今日の目的地は御前崎(おまえざき)。そこまではまだもう少し距離がある。何だか天気も急に曇りだしたので先を急ぐことにした。
海岸線から再び太平洋岸自転車道に入る。しばらく行くとまた幹線道路になりダンプカーにあおられるようになった。だが自転車歩行者専用道に入り様相は一変した。
幹線道路の横に少し距離をあけて自転車歩行者専用道が併設されている。道路に取ってつけたような道ではなく、完全に独立して走っているのだ。まるでドイツやオランダの専用道のようだ。
交差点では車止めがあるので多少のストップ&ゴーがあるのだが、とても走りやすい道だ。近隣の学生たちだろうか?ママチャリで通学をしている。
調べてみると、ここは静岡鉄道駿遠線の廃線跡を利用した専用道らしい。どうりで幹線道路から少し距離が取られているわけだ。しばらく走っていくと住宅街の中を通ったり、山裾をかすめたりしていく。なるほど、鉄道っぽい雰囲気が残っている。駅の史跡も残っていたり見どころもある。存外楽しみながら御前崎までたどり着くことができた。
この道は観光としての自転車道であるが、何より近隣の生活の道になっているのが良い。太平洋岸自転車道も、最も利用する人が地域の人であるべきだと思う。そういう意味でもとても良い道だと思う。
やがて御前崎を回り込み、今日の宿泊地である浜岡にたどり着いた。ホテルにチェックインしてから浜岡砂丘に出かけた。太平洋岸自転車道はずっと走りっぱなしの印象だったので、久しぶりに砂浜でのんびり過ごすことができた。
今回の走行距離:静岡〜御前崎・浜岡砂丘(78km)