EF、ジョナサン・ヴォータースGMが夢見る”スポーツとしての前進”
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2019年のジャパンカップを大いに盛り上げたピンクのジャージが一際目を引くEFエデュケーションファースト。
10月というシーズン締めくくりの時期にこの極東、日本で行われるレースはワールドチームにとってもただの”消化試合”ではなくなった。
ジャパンカップの時期限定でオープンしたポップアップストア、ラファ宇都宮にてゼネラルマネージャーのジョナサン・ヴォータースにこの1年で起こした変化や今後のサイクリング界のあるべき姿について聞いた。
Japan Cup 2019 – EF Gone Racing
Rapha Filmsが公開したEFのジャパンカップでのドキュメンタリー(youtubeの設定から日本語字幕で閲覧可能)
今年は、ツール・デ・フランドルでの勝利や、ブエルタ・ア・エスパーニャでのステージ優勝、ミラノ~トリノの勝利など、ピンクのジャージは存在感を放つとともに、勝負ができる選手が着実に成長し、安定感が備わった。
ラファが公開した動画にもあるように今年のEFエデュケーションファーストは、オルタナティブカレンダー(※)と呼ばれるプログラムと並行してUCIレースなどに参戦した。それが意図する役割とは一体何なのか、そしてどんな影響を及ぼしたのか。また、資金難に喘いだ時期を乗り越えたジョナサン・ヴォータースGMが考えるチームの作り方についても聞いた。
※オルタナティブカレンダーとは、ラファとのパートナーシップの一環で2019シーズンから行われたプログラムのこと。UCIレースなど通常のロードレースに加えて、大陸を股に掛けるようなウルトラエンデュランスレース、過酷な地形を走破するMTBレースなど、世界中に散らばる刺激的なイベントやレースに挑戦するというもの。ロードチームの今までの常識にとらわれない活動によって、長い間変革が見られないプロサイクリング界に新しい仕組みや魅力を創り出すべく動き出した。今回ジャパンカップで来日したラクラン・モートンらが意欲的にこれらのレースに参戦した。
勝つためのコツを獲得しにきたジャパンカップ
CS:ゼネラルマネジャー自ら監督として来日したのには何か理由があったんでしょうか?
ジョナサン・ヴォーターズ(以下JV):ずっと来たかったけど来れなかったんだ。これが初来日。ツアーダウンアンダーやパリ~ニース、ジロ・デ・イタリアなど、世界各国のいろんなレースを見てきたけど、ジャパンカップだけは見たことがなくて。スポンサーのEFエデュケーションファーストは日本でも活動が盛んで大きい存在だし、もちろんラファも活発だから来たかった。あとは息子がEFエデュケーションファーストの留学プログラムで東京に留学してるっていうのもあってタイミングも良かったので日本に来たんだ。
CS:日本の中ではビッグレースという位置付けがされるこのジャパンカップを実際に見てみてどうでしたか?
JV:自分が来る前には、観客が熱気立っていて、ものすごく盛り上がっているいいレースだからっていうのを聞いていた。実際に来ても100%その通りだったね。一つ驚いたのは、コースが本当に美しかったこと。山の中で起伏もあって、流れもあって、景色も良くてすごく気持ちいいコースで、こんなコースだったんだと驚いたよ。90年の世界選手権をやったということをテレビで見て知っていたけれども、完璧なサイクリングコースの一つだと思ったよ。
CS:チームとしてはどういうモチベーションを持ってジャパンカップに来たんですか?
JV:もちろん好調だったマイク・ウッズを中心に勝ちに来た。マイクが自転車のプロになってまだキャリアとしては短くて、その中でまだまだというところがあって。何回も2位とかで惜しいところがあって、勝つコツをもっと覚えなきゃいけない。そういう意味ではすごく大事なレースだったんだ。フィニッシュ後、2位になったことによってものすごく自分に怒っていて。あんなに悔しさや怒りをあらわにしたのは初めて見た。
でもそれは僕にとってすごくいいことだった。
選手のポテンシャルを引き上げるための投資
CS:今年のEFはオルタナティブカレンダーなどの取り組みと並行した中で、UCIレースでも結果を残しました。GMから見てどういう1年だったでしょうか? 前年との違いはあったのでしょうか?
JV:特にやり方とかの大きな変化はなかったんだ。今までどおりのことをやっていて、もし1年がうまくいかなかったとしても自分のやっていることを信じてハードワークを続けなければならない。それが大事だと思っていて。正しいと思うことを信じて続ける中で、もちろんいい年もあれば悪い年もあって、その中で比較的いい年だったんじゃないかな。
CS:資金面が増えたことによって一番効果が高かったことは何でしたか?
JV:例えばペテル・サガンのような大型選手を獲得するために資金を投じたのではなく、今年はずっと所属している選手たちが活躍してくれた。若いセルヒオ・イギータやアルベルト・ベッティオールは昨年なんかはほぼほぼ忘れられていたような存在だった。そういう選手のポテンシャルを最大に引き出す組織作りに資金を集中させることによって、なるべく多くの選手が自分の持っているポテンシャルを最大限発揮してくれるように運用を行なった。そっちの方が組織・チームとしていい状態に持っていけると思うんだ。
CS:日本のチームの今後のためにも聞きたいところなのですが、どうやって選手のポテンシャルを高めるんでしょうか? 育てている選手がEFでしっかりと活躍してきていますが、実際どういうことが必要なんでしょうか?
JV:いいコーチだ。私がいいコーチというのには、必ずしも本当にいいパワー分析ができる人とかそういったことではない。そういったことはもう少し先の話で、いいコーチとはレースの基本的なところ知っていて、基礎を本当に理解していることが大事。
ときどき、私たちのレベルの選手たちでさえトレーニングが技術的すぎると感じることもある。本当の基本に立ち返って、ペダルの漕ぎ方、大きいギヤ・小さいギヤの使い方、私たちが1980年代にやっていたようなことには実に多くの価値がある。レーシングバイクとは何たるかを本当に知っているコーチが必要だ。その上で、より技術的なスタッフを入れるべきだね。
それがコーチングに欠かせない部分。何かモノが必要であるとか、大げさなことでもない。ただ、いいコーチングが必要だ。
CS:来季の移籍情報も明るみになってきていますが、新しく選手を獲得する際に、見ている点はどんなところなんでしょうか?
JV:その年に何を達成しようとしているかによるけれども、リクルーティングには3つの異なるやり方がある。
一つ目は、出来上がった選手やリーダーとして確立している選手、結果がすぐに出せることがわかっている選手を獲ること。最後に我々のチームがそれを実行したのは2016年のリゴベルト・ウランを獲得したときのケースだね。
二つ目は、ポテンシャルがあるけど結果が出せていない選手、見落とされている選手や過小評価されてしまっている選手を小さな町にまでセンサーを張り巡らせて見つけ出すこと。
三つ目は、自分たちのチームに必要なもの、自分たちのチームの弱点となっているものを補える選手を探すこと。このレースにこういう選手を中心に勝ちに行こうっていうのがウランだったりイギータだったりウッズやダニエル・マルティネスなどの選手。彼らが勝てなかったレース、勝てたはずだったのに勝てなかったレース、いい成績が出せるはずだったのに出せなかったレースを分析したときに、何が原因で勝てなかったのか、いい成績につなげられなかったのか、じゃあ誰がいたらそれを穴埋めできたのか、もっと上に行けたかっていう、勝たせる選手が必要とする穴埋めのための選手を見つけることだ。例えばマルティネスや、イギータ、ウッズは横風が弱い。だから横風を読める、横風に強い選手が必要だ。今年で見るとイェンズ・クークレールとサインしたのがいい例だね。彼が市場に出てきたときに、完璧にフィットすると思ったんだ。
プロの世界とサイクリングの世界の架け橋へ
CS:今シーズン、ラファのオルタナティブカレンダーという新たな試みをラクラン・モートンらを中心に始めたことで、チーム内で何か変わったことはありましたか? また、チーム内にどういう雰囲気が生まれましたか?
JV:まずはお互いがそれ(オルタナティブカレンダーを実行すること)に対してすごくリスペクトしあっている。やりたいかどうかはそれぞれの選手によるし、ダニエル・マルティネスとかは大きな関心を持っているとは言えないね。来年契約するマウヌス・コルトなんかはグランツールとかでも活躍する選手なのに、オルタナティブカレンダーをすごくやりたいと言っている。ラクラン・モートンに関してはそのことに対して本当に情熱を持っているから、オルタナティブカレンダーを実行するには最適な人材だと言えるね。しかし、もちろん我々のチームには道路の脇でキャンプをして寝袋で眠りにつくことを率先してやりたいと思う選手はそれほど多くはない。けれども皆それに対してリスペクトを持っていて、チームにもたらすものやスピリットという面に感謝をしているはずだ。サイクリングというのは最もハードなものの一つだと皆知っているからね。
もともとオルタナティブカレンダーを導入した理由として、プロの世界と、レクリエーションとしてのサイクリングの世界、二つが完全に分離されてしまっているから、その二つに架け橋を作るというのがミッションだった。我々はそこに対して今年、すごくいい方向に貢献できて、成し遂げるため間違いなくいいファーストステップを踏んだと思っているんだ。チームの誰もがこの行為がプロサイクリングの長期的持続可能性に必要なことだと認識している。やりたい・やりたくないじゃなくて、チームとしては全員、いいことだね、面白いことだねという認識は一致しているんだ。
CS:サイクリング業界全体で見たときにプロチームの担うべき役割は何だと思いますか?
JV:私たちは常に新しい機会を探している。今年始めたオルタナティブカレンダーは非常にユニークなものだった。しかしもちろん、また5年後に革新をしていく方法を常に探していかなければ、それはエキサイティングではなくなってしまう。
今、私たちは再びレクリエーションとしてのサイクリングとプロサイクリングコミュニティとの間に架け橋を作る方法を探し続ける必要があると思う。私はそれがスポーツの持続や発展における鍵だと考えているんだ。
プロの選手が一般の人たちはどういう気持ちで乗ってるんだろうとか、一般の人たちはプロの選手がどんなすごい世界で乗っているんだろうっていうのがお互いが理解できるようにしないといけない。一般の人たちは、プロの選手たちをよく知ると、結局皆自転車に乗ることが好きなだけなんだっていうことが理解できると思う。そうする一般の人とプロの距離は一気に縮まるはずだ。それをやらなきゃいけない。成功しているエンデュランススポーツであるニューヨークマラソンやアイアンマンを見ていると、それがすごく積極的に実現できている。
経済的観点でみれば、アイアンマンは非常に大きな資産を築いているから、持続可能性を不安定なスポンサーシップだけに依存することがないんだ。
また、ニューヨークマラソンだったら何万人と走る中で、4時間で走る人もいれば2時間で走る人もいるよね。だけど家に帰って家族や友達に話すことは皆同じだ。「ニューヨークマラソンを完走した」。これだけが共通点になって語れることがある。プロサイクリングだと、「僕はツール・ド・フランスを完走したんだ」なんて言えないからね。
ニューヨークマラソンではプロのレースの後に4万もの人が走る。そういったレースが多いほど人々はレースを好きになるし、プロになることはどういうことか、夢を見ることができる。彼ら一人一人がマラソンの完走者であると言い、プロよりタイムは遅くともプロと同じコースを走ったことになる。サイクリングではその部分を欠いているように思うんだ。誰もがそのような体験を得られるレースがもう少しあるべきではないかと。
例えば、パリ~ルーベのコースをプロのレースの5分後に一般の人が走れるようにしたとき、どれくらいの人が集まると思う? プロと同じ日にレースをできるパリ~ルーベを完走することなんて本当に名誉なことだから、少なくとも1万人くらいは集まると思うけどね。
レースやチームの価値を創り出してスポーツとしての前進を夢見るというのはそういうことだと思うんだ。