マチュー・ファンデルプール インタビュー 北のクラシック、モニュメント、パリ五輪そして10年後
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「僕のプロ選手のキャリアで最後のバイク契約になるだろう」
世界屈指のワンデイレーサー、マチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)がキャニオンと結んだ長期契約。現役のプロ選手がひとつのバイクブランドと「10年契約」を結ぶのは異例中の異例である。
キャニオンジャパンのはからいで、この契約に際してドイツ・コブレンツのキャニオン本社を訪れたマチューにオンラインインタビューを行う機会を得た。世界各国から10メディアのみが参加し、限られた時間ではあったが、オランダのスーパースターへ様々な質問が飛び交った。
いよいよ本格化するクラシックシーズン、そして夏にはパリ五輪が待つ2024年のこと、そして「10年後」を見据えた契約の真意など、マチューの言葉から探ってみよう。
スマートに走ったミラノ〜サンレモ
3月16日に開催されたモニュメント初戦、ミラノ〜サンレモ2024。前年覇者として参戦したマチューは、これがシーズン初戦にも関わらず優勝候補の筆頭に名が挙げられていた。結果は、攻めに攻めたタデイ・ポガチャルを徹底的にマークする走りを見せ、チームメイトのヤスペル・フィリプセン(ベルギー)の勝利をお膳立てする完全なアシストぶり。自身は同タイムの10位。初戦はどんな感触だったのか?
「高地トレーニングを終えて調子も上がってきた中で、サンレモでの走りはすでにいい仕上がりであること見せられたと思う。シーズン最初のレースでも、ただ一人ポガチャルに着いていけたということの意味は小さくないね。今シーズンへのモチベーションが高まっているし、次のレースが待ち遠しいよ」
だがマチューは飽くことなく勝利を渇望する選手だ。結果としてチームは勝利したが、サンレモでの2連勝を狙っていなかったといえば嘘になるだろう。
「自分自身の2勝目を欲していたから、もちろん簡単な決断ではなかった。でも最終局面ではチームに2勝目をもたらすための最善策は何かと、現実的に考えるだけのスマートさを持つことができた。ヤスペルがツールでグリーンジャージを獲得することや、モニュメントで勝つことをチーム一丸となって支えられるというのは特別なことだ。それに、自分のチャンスがいつかまたやってくることを信じているし、その準備は常にできている」
シクロクロスを経て、北のクラシックへ
そしてこの後には、ロンド・ファン・フラーンデレン(ツール・デ・フランドル)、パリ〜ルーベという北のクラシック・モニュメントがやってくる。ここでもマチューは絶対的な優勝候補の一人だ。
「ロンドとパリ〜ルーベは僕が一番楽しみにしているレースなんだ。昨年のルーベで、一人でヴェロドロームに入ったときの感情は特別だった。今年もライバルとなる選手は同じ顔ぶれだろう。ルーベはごまかしのきかないレースだから、最も強い選手たちだけが前にいることができる。もちろん、パンクやメカトラに見舞われない運も必要だけど」
ところで気になるのは、ここでは名前が具体的に挙がらなかったが(だが「同じ顔ぶれ」が誰を指しているかは明らかだ)、最大のライバルとなるワウト・ヴァンアールト(ベルギー/ヴィスマ・リースアバイク)の調整方法。彼は北のクラシックに専念するため、シクロクロス世界選手権や春先のレースを多くスキップしている。とりわけ長いシクロクロスシーズンがロードシーズンにもたらす影響が大きいとワウトは言うが、一方のマチューは今年も世界選手を走り(そして勝ち)、この後のクラシックに臨む。シクロクロスとロードシーズンの両立をどう考えているのか?
「昨年はキャリアでも最も成功した春のクラシックシーズンになったと思う。だからシクロクロスと春のクラシックはいいコンビネーションであること、あるいはそうなりうることを示せたはずだ。でもこれは年によって状況も変わるだろう。特に今年はオリンピックがあるからね。今後はスケジュールのフィット具合に応じて参戦を判断することになるかもしれない。とはいえ、シクロクロスは常に僕の関心事だ。今も大好きな種目だから、将来的にどうしていくかは成り行きを見たいと思っている」
少し言葉を濁したが、シクロクロスへの情熱が溢れる回答だった。おそらくまた世界選手権で彼の姿を見ることになるだろう。
モニュメント全制覇の可能性は?
北のクラシックの後には、アムステルゴールドレースとリエージュ〜バストーニュ〜リエージュ、アルデンヌクラシックにも2戦参加を予定している。アムステルは2019年にすでに勝っているが、リエージュを走る真意はどこにあるのか。もしかするとモニュメント全制覇も視野に入れているのか? 訊いてみた。
「(モニュメント全制覇を考えると)最も勝つのが難しいのはロンバルディアだと思う。もちろんリエージュも難しいけど。レムコ(・エヴェネプール)やポガチャルといったこの種のレースでベストな選手と戦う必要がある。僕はこの中で最軽量な選手ではないけれど、リエージュには勝つ可能性を信じている。すべてが噛み合えば、ありえると思う。ロンバルディアに関してはまた違った話になるけれど……まぁどうなるか、誰にもわからないよね」
モニュメント5レースをすべて制覇した選手は歴史上3名しかおらず、4レースで勝利した選手も6名しかいない。現在マチューは3レースを手中に収めており、今年のリエージュの走りに彼の今後の方針が見えるかもしれない。ちなみにポガチャルもこれまでに3レースを制している。
今年はオリンピックイヤーだ。東京五輪ではMTB XCOに出場し、そして1周目の落車で散ったマチュー。その時に負った背中のケガが、長く彼のロードシーズンに不調の影を落とした。手厳しいレッスンとなった五輪だが、今年のパリにはどの種目で出場するか、ここでも明言を避けた。
「前回の日本での五輪は成功とは言えなかった。だから今年のパリでは結果を出したいと思っている。MTBとロード、あるいはその両方、何がベストな選択なのかはまだわからない。特別な年だから、スケジュールのパズルを組み立てないといけない。でも、どの競技で目指すかはクラシックシーズンが終わってから決めるつもりだ。今年の大きな目標であることは確かだよ。きっと素敵で忙しい夏になるだろうね」
10年後のヴィジョン、キャニオンという伴侶
キャニオンとの異例の10年という契約は何を意味するのか? 2017年末からキャニオンに乗るマチューは、様々な種目を通じて163もの勝利を積み上げてきた。マチュー=キャニオンという図式はすでにお馴染みものだが、さらに10年というのだからその信頼ぶりたるや並大抵のものではない。
「まず第一に、キャニオンは僕が下したすべての決断をサポートしてくれてきたことがある。これほどの長期契約を結ぶことに躊躇しない理由はここにあるんだ。それに、世界最高のバイクカンパニーだと思っている。スポンサーされている人間の決まり文句のように聞こえるかもしれないけれど、本当にそう信じているんだ。そうでなければ10年契約なんて結ばない。キャニオンに携わる人々のことが好きなことも、この契約の大きな理由の一つ。ともによい未来を築いていけるはずだ」
マルチディシプリン(多種目)レーサーの第一人者として、マチューはキャニオンというブランドの総合的なサポートにも満足していることを隠さない。
「シクロクロスバイクのスポンサードから始まった関係だけど、その後、僕が一歩また一歩と踏み出すたびにキャニオンはついてきてくれて、サポートしてくれた。MTBを続けようとするなら、引き続きサポートしてくれるはず。彼らとさらに長く一緒にいられることを嬉しく思うよ」
10年後、マチューは39歳となる。長い選手寿命をまっとうする選手もいるが、マチューは昔からそうだったように自身のキャリアについては客観的に見ている。過去25歳を過ぎた時点で「もう狙えるレースを走れる機会はたくさんあるわけでない」という旨の発言をしていたし、今回のインタビューでも「選手としてのピークはあと数年だろう」ということも口にした。10年契約の内訳は、選手として5年、アンバサダーとして5年、ということになるらしい。
「この10年契約のうち、5年は選手としての契約であることは確かだ。後半の5年は普通ならアンバサダー契約ということになるけれど、まだどうなるかわからない。5年後の状況を見て決めることになると思う。これが僕のプロ選手のキャリアで最後のバイク契約になるだろうし、ひとつのブランドとこれだけの関係を築けたことを誇りにも思うよ。僕は自分のバイクが大好きだし、あと数年は選手としての最高レベルにいられると思うけど、その後でアンバサダーとしての活動にスイッチすることも楽しみでならないんだ」
10年先のマチューが自転車界においてどのような存在になっているかはわからない。しかし自転車と関わり続けることはこの契約で確かになった。稀代の才能を引退後も自転車に留めること。これはキャニオンが成し遂げたひとつの大きな意義ある事業として認められていい。
しかし、それだけにマチュー・ファンデルプールという逸材の現役の走りを見ることができるのは今だけだという事実も浮かび上がる。いよいよ北のクラシックが始まる。アルデンヌクラシックにも姿を見せる。辛酸を嘗めた五輪でのリベンジはなるのか? アルカンシェルを着続けるシクロクロスは? この男から、まだしばらく目を離せない。目を離すべきではない。
▪️サイスポ・ニュース:
マチュー・ファンデルプールとキャニオンが10年間の長期契約を締結