ロード選手強化育成の未来は?後編 JCFに独自取材

目次

前編から続き

JCF日本自転車競技連盟ロード部会は、新たな強化方針となるパスウェイを作成した。中でも最も重視している部分が、「Foundation(基礎)」と「Talent(才能)」で、アンダー23とそれ以下の年代別カテゴリーの発掘・育成に該当する。対する強化の分野では、男女とも「UCIワールドチーム/プロチームに所属している選手」に限定される。

「これはメッセージでもあります。23歳以上で国内を走っている選手は、もはやJCFのパスウェイには乗っていませんよ、と。もちろん日本で走っているからダメなのではありません。彼らには日本で活躍してもらいたい。むしろエリート世代で国内を走っている選手たちには、若い世代を育てることにぜひ協力してほしい」

育成に関して、前編ではJCFによるジュニアのランキングシステム導入の動きがあることをお伝えした。後編では、さらなる新たな試みについて、ロード部会ゼネラルマネージャーの加地邦彦氏に話を聞く。

コンチネンタル「育成」チーム化

日本国内には、2024年現在、12のUCIコンチネンタルチームが存在する。UCI規則によれば各国最大15チームの登録が可能で、上限の15チームを持つ中国に続き、日本は世界で2番目に多いチームを抱えていることになる。同じくイタリアも12のコンチネンタルチームを有するが、一つ上のカテゴリーであるUCIプロチームも4つあり、2024年6月末現在UCI国別ランキングで7位につける。対する中国は36位、日本は47位。

「みなさんそれぞれの考えでチームを運営しているとは思うのですが、とにかく数が多すぎます。日本独自のリーグのあり方についてJCFが口を挟むことはできませんが、コンチネンタルチームのあり方については、連盟側で工夫できることがあります」

コンチネンタルチームの登録条件には、UCIルールの範囲内で、ナショナルフェデレーションが独自の規定を加えることも可能だ。例えばJCFは「(2024年に)継続を希望するチームは、2023シーズン中に、最低1レースは国外で開催されるUCIレースへの参加実績があること」と定めている。この条件面の見直しに、ロード部会は、まずは取り掛かる。

「チームの定義を2種類に分けます。いわゆる『国内プロチーム』であるコンチネンタルチームと、『育成チーム』として活動していくコンチネンタルチームとを区別して扱い、予算や活動条件に違いをつけていく。1年目はおそらく単に名前や定義を変える程度ですが、2年目以降は、段階的に活動内容や報告の仕方にも違いをつけていきます」

今季アンダー23選手の割合が最も多いのはレバンテフジ静岡で、所属全10人中6人が23歳未満、うち5人が日本人。そして、この5人という数字が、初年度となる来季の育成チーム登録最低ラインとなる予定だ。

「アンダー選手を登録するだけでなく、レースでも実際に使うことを求めていきます。国内でも、海外遠征でも、若い選手が走る機会を増やしていきたいからこそ、そのための受け皿を作るのです」

トラック中距離とのコラボ

「これまでワールドツアーで走ってきた日本人選手は、確かに何人かいました。ここで最大の課題は、日本自転車界が彼らを『構造的に生み出したわけではない』ということ。生み出してないから、次のワールドツアー選手を生む方法は、誰にも分からなかった。ところが、ふと横を見ると、トラック競技はその『生み出す』ができつつある。

また日本国内でのロードレース開催は難しい状況です。そもそもラインレースはほぼ存在しません。日常的にレースが行えるヨーロッパの環境とは、大きく違うのです。一方で競輪場を含む自転車競技場の数は多い。

この2つの事実を、じっくりと考えて出した結論です。……ならば日本国内におけるロードの育成強化は、トラック中距離と一緒にやるべきではないか、と」

こう語る加地氏は、見習うべき例として、英国の名を挙げる。まさしくブラッドリー・ウィギンスやゲラント・トーマスは、マイヨ・ジョーヌに輝く前にトラックで五輪や世界選手権の頂点に上り詰めたし、ツール史上最多ステージ勝利を誇るマーク・カヴェンディッシュは、マイヨ・アルカンシェルをロードで1枚、トラックでは3枚手にしている。また東京オリンピックのトラック中距離のメダリスト全20人中、実に17人がUCIワールドチーム(もしくはUCIプロチーム)の現・元所属選手。ちなみにJCFロード部会長の安原昌弘氏も、現役時代にはロードとトラックを両立していた。

「つまり日本のトラック中距離選手たちは、ロードレースの強豪たちとトラックで対等に戦っている。だったら彼らはロードでも、トップ選手と争える場所にいけるのではないでしょうか。しかも現トラック代表内で、五輪後はロードも走りたい、と公言する選手は男女ともにいます。すると今後、トラックと共同で育成を行うことで、ロードを走れる選手がもっともっと生まれてくるかもしれない。構造的にワールドツアーに行ける選手を作り出せるかもしれない。これが現在、ロード部会が立てている仮説のひとつです」

これまでの連盟はいわゆる縦割り構造で、ロード、トラックがそれぞれ独自に強化を行ってきた。ただロード側からの働きかけにより、半年ほどの調整を経て、横の連携が作られつつあるという。トラック・ロード共同合宿はもちろん、トラック選手の一部をロード強化選手に指定することで、両種目のより柔軟な掛け持ちを可能にした。今年のツアー・オブ・ジャパン日本代表チームにパリ五輪トラック代表3人が含まれていたのも、今回のコラボの一環だ。

「それに他の競技から選手を発掘し引き抜く場合、言葉が悪いですけど、『儲かるかどうか』も重要です。サッカー人口が世界的に多いのも、そういう理由ですよね。じゃあロードが果たしてお金になる種目かと言うと、日本国内では違う。そこもトラックに期待しているところです。トラック……競輪は『お金になるスポーツ』と認識されています。『自転車では食えない』とロードを諦めてしまうのではなく、将来的には『競輪』というお金を稼ぐ道も確保しつつ、ロードで成功すれば欧州で稼げる。そんなラインも作り出したいと考えています」

監督不在と予算不足

前述したパスウェイや、様々な計画は、あくまでJCFロード部会の描く「理想」に過ぎない。構想は実行され、軌道に乗らねばならない。しかし現時点では、現場で実際にプロジェクトを率いる人物は存在しない。

2023年1月末、男子エリートとアンダー23を率いていた浅田顕氏がロード日本代表監督を辞任した。2023年度末には、女子と男子ジュニアの担当コーチだった柿木孝之氏も任を離れた。以来、日本のロード代表は、専任指導者ゼロのまま。昨季のアジア選手権は清水裕輔氏が、ジャパンカップでは大門宏氏が監督を務めた。世界選手権にいたっては、BMX代表コーチの三瓶将廣氏が名ばかりの長に任命され、結局は別の立場でグラスゴー入りしていた中根英登氏が、現地で急遽コーチ役を引き受けた。その場しのぎの対応に追われている理由を、加地氏は以下のように説明する。

「なぜロードの日本代表コーチが決まらないのか。シンプルです。お金がない。コーチに払うお給料は、ものすごく正確に言うと捻出はできます。ある一定の予算は確保されています。ただ、フルタイムで従事してもらうには、あまりにも少ない金額しか準備ができません。理由は単純です。オリンピックのメダルの可能性がないから。パスウェイの資料を、JOC(日本オリンピック委員会)に提出したことからも分かるように、自転車はオリンピック競技です。そしてJOCからオリンピックスポーツの競技団体に配分される予算は、基本的にはメダルの数、もしくはメダルの可能性に応じています。JCFの中でも当然、予算は同じような考え方で配分されているはずです」

実は我々がJCFにインタビューを申し込んだ時点では、次期ロード日本代表監督の具体的な名前が挙がっていた。しかし資金繰りが理由で、パリ五輪を前に、コーチ選びは振出しに戻った。

「次のオリンピックを戦うための『強化』予算は、ロードにはほとんどついていません。一方でパスウェイを提出した結果、『育成』に充てられる予算は今まで以上についた。つまりパスウェイの左側の部分の活動のためであれば、お金を十分に使うことができます。自ずと次のナショナルコーチの仕事は、まずは多くの若者をパスウェイへ乗せることがメインとなるでしょう」

ロード部会のゼネラルマネージャーとして、加地氏は予算拡大の重要性を訴える。近年の世界選手権の派遣に代表選手の自己負担を強いてきたのも、アジア選手権にさえ気軽に年代別カテゴリーの選手を派遣できないのも、さらには全日本選手権の開催地選定に毎年苦労するのも……すべてはロード部会に十分な予算がついていないからだ。現在のように「育成限定」と制限のかかった補助金ではなく、正式な予算をもっと確保せねばならない。

「なぜ予算が配分されないのか。それは連盟の意志の表れだと考えています。おそらく連盟にとってはロードなんていらないんですよ。でも、しょうがない事です。だってスポーツとは、結果を出してなんぼですから。文句を言っているだけじゃなにも始まらない。もっと知恵を出して、色々な方法を検討して、解決策を見つけなきゃなりません。本来ロードはトラックに比べれば競技人口も多いし、観戦者も多いのだから、例えば一般のサイクリストたちに裾野を広げることでスポンサーへのアピールになる種目なのだと証明していくべきです。連盟への選手登録者数だってロードの割合が一番多いのだから、その割合に応じて予算を出してくれるよう求めてもいい。こういうことを、ひとつづつ交渉していく予定です」

ヨーロッパへの道は

自転車ロードレースはたしかにオリンピック種目ではあるが、選手たちが目指すのはむしろグランツールやクラシック。トラックはナショナルとしての活動がほぼ中心ながら、ロードレースは、まずは普段の所属チームありき。JOCやJCFのスタンダードと、ロード部会のそれは、そもそもが異なる。

また日本のコンチネンタルチームに所属して日本独自のリーグでどれだけ活動しようが、トラックで世界の強豪とどれほど渡り合おうが、JCFパスウェイの示す「右側」にはたどり着けない。世界的に評価が定まっているヨーロッパのレースで成績を出し、現地で認められなければ、UCIワールドチーム(もしくはUCIプロチーム)との契約には結びつかないからだ。

「JCF主導であれ民間であれ、日本でワールドチーム的なものを作って欧州に送り込もうというチャレンジが、かつては存在しました。しかしハードルは高かった。じゃあ連盟としてこれ以外に何ができるのかというと……難しいですね。ナショナル代表とは違い、ワールドチームは『職業』ですから。連盟が何かを具体的に指定したとしても、ヨーロッパでプロになれるわけではありません。それでも改めて選手強化・育成の戦略を練り直したことで、よりも多くの若者を『入り口』までは連れて行けるようになると期待しています」

ナショナル年代別代表としての海外レース参加は、コロナ後はほぼ機能していない。それでもジュニア男子は、2022年秋から少しずつネーションズカップ参戦を再開し、世界選手権やアジア選手権にも複数派遣されているが、アンダー23男子に関しては、昨春に続き、今春も一切ヨーロッパ遠征は行われなかった。世界選手権も過去2年は3枠の出場枠を有していながら、日本アンダー23代表として送り込まれたのは1人ずつ。

「ロード部会としては、海外遠征に選手たちを送り出せるのであれば、もちろん送りたい。しかし予算がない。選手の『自己負担』で行ってもらう案も出たんですが、それは根本的な解決にはなりません。またロード部会の内部には、現時点では、結果の出ないアンダー23遠征に予算を割くより、まずは国内でのジュニア世代の育成に集中すべきとの意見が挙がっています。その結果として十分な数の選手が育った時に、初めてヨーロッパ遠征を考えるべきではないか。今はまだ基礎の構造が上手く機能していない状態で、ナショナルとして海外をいくら回っても何も生まれてこないのではないか……と。ただ、幸いにして育成予算は増えつつあるので、徐々に派遣できるようになるはずです」

いまだ答えは見つかっていない、と加地氏は言う。しかし選手たちに許された時間は無限ではない。ジュニアは2年、アンダー23は4年で、カテゴリーを上がる。長年日本ロード界を牽引してきた新城幸也選手と與那嶺恵理選手は、間違いなくキャリアの終わりが近づいている。幸いにも22歳の留目夕陽選手が今季ワールドツアー入りしたが、コロナ禍以降アンダー23の育成や遠征活動が半ば中断されているせいで、この先に空白の期間が生まれるかもしれない。

ただ連盟だけが、国家規模での強化育成案を打ち出せる立場にある。ただ連盟だけが、世界選手権やアジア選手権、UCIネーションズカップ、さらにはジャパンカップ等のUCIレースで、日本代表チームを編成する権利を持っている。権利には当然ながら、日本ロード界を正しく牽引する責務が伴う。