レムコ・エヴェネプールがTTに続きロードも金メダル パリ五輪・男子ロードレース
2021年開催の東京オリンピックから3年、コロナが終焉を告げてパリオリンピックがやってきた。
さすがツール・ド・フランスの国らしく、コースはルーブル美術館やモンマルトルの丘、エッフェル塔などパリの観光名所をしっかり通り、272kmという長い距離を走るものとなった。ただし累積標高差は2825mとそれほど強烈な山岳コースではなく、東京、そしてリオデジャネイロのような厳しい山岳は用意されなかった。レース展開はワンデークラシックのような手に汗握るものになりそうだ。
コースの地図を見てスタートとフィニッシュをパリ・トロカデロ広場と読んでいたが、よくよく見ればそこはかの有名なエッフェル塔の下だ。スタートセレモニーにはペテル・サガンが現れた。運営は見慣れたツール・ド・フランス運営会社、ASOの人が大勢いるようだ。天候は晴れ、気温は25度あたりと思われた。
11時、89人の選手がパレードスタートを開始した。マチュー・ファンデルプール(オランダ)やワウト・ヴァンアールト、レムコ・エヴェネプール(いずれもベルギー)などのそうそうたる優勝候補がいる中で、出場選手中最年長が新城幸也(39歳=日本)だとインフォメーションされていた。4回目の出場は、今回参加選手の中ではネルソン・オリヴェイラ(ポルトガル)と並んで最多タイだ。
レースはパリ西郊、225㎞の大きなループを走ったあとでパリ市内に入り、18㎞ほどの周回コースを3周走ってスタート地点にフィニッシュするものだ。89人中61人がワールドチームの選手なので、序盤からドンバチになるより、勝負は終盤になる可能性が高いと思われた。その終盤をいつ、どこにするのか、そこに各国チームの思惑がからんでいくはずだ。
スタート直後に5人の逃げが生まれた。メイン集団は追うことをせず、タイム差は広がり続ける。80kmほど進み、タイムギャップが15分に近づく頃、メイン集団からエリア・ヴィヴィアーニ(イタリア)を含む4人の追走が発生。このメンバーは快調に飛ばし前に追いついたが、メイン集団も大きなループのキーポイントとなる山に近づき、2分差に近づいていた。勝負が後半に決まった時点で完走人数は多くなりそうだったが、激しい展開もまた目前に迫ってきた。
大きな225kmのループには複数箇所の補給地点が指定されたが、日本代表のロード担当のマッサーは穴田悠吾ただ一人。シャトルバスで移動して補給地点には行けるが、その一カ所以外でユキヤはチームカーまで下がって補給を取る必要があった。
89人という出走人数は男女の差をできるだけなくそうとする五輪の目的にかなったものだが、いつものワールドツアーレースのプロトンを見慣れると非常に小さく見える。後方ではユキヤがチームカーを呼ぶシーンがテレビに映る。他国との共同で用意されたチームカーだったが、ハンドルは中根英登コーチが握っていた。
誰もが勝負所と思ったモンマルトルの丘では、ルピック通りの短い上り坂にものすごい数の観客が押しかけていた。全面的に置かれたバリアの外側は幾重にも観客が立ち、狭い道幅もあいまって移動さえままならない。各国の応援団は「レムコ! レムコ!」などと大声を張り上げ、バーのテレビ画面に映るアタック合戦に固唾を呑んだ。コースの頂上付近は普段ならクルマは通らない、遊歩道的なつくりの1車線ちょうどの道幅なのだが、ここをレースで通すところはさすが本場だ。
ベン・ヒーリー(アイルランド)ら3人が集団から抜け出してモンマルトルの周回に入った。追走集団にヴァランタン・マドゥアス(フランス)らが入る。メイン集団はかなり人数を減らし、アタックを繰り返して前へ追いつくチャンスをうかがった。
先頭付近のコンポジションは刻々と変わった。ヒーリーが粘る一方で、後方1分以内にはジュリアン・アラフィリップ(フランス)やファンデルプール、ヴァンアールト、エヴェネプールらが第2、第3集団を形成し、さらにアタックを繰り返す。
ヒーリーを射程距離に捉えた第2集団はユキヤのチームメイトのフレッド・ライト(イギリス)、マドゥアス、マイケル・ウッズ(カナダ)、そして今年トレンガヌからプロチームのブルゴスBHに入ったジャムバルジャムツ・サインバヤル(モンゴル)だ。
残り2周、エヴェネプールがファンデルプールらを置き去りにして追走集団に追いつき、その勢いで先頭のヒーリーに追いついた。観客はエヴェネプールの強さを知りつつも、先頭にいるマドゥアスに大歓声を送った。ここはフランスなのだ。世界選手権もそうだが、国別対抗となるオリンピックでは、開催国の声援は選手にとって大きな力となるはず。先頭はエヴェネプールとマドゥアスの2人になった。
後続はなんとかして追いつこうとアタックを繰り返すが、クリストフ・ラポルト(フランス)がチェックに入る。先頭交代に応じないマドゥアスに業を煮やしたエヴェネプールはスピードを上げ、ついに独走態勢に入った。残り15km、いつものエヴェネプールの勝ちパターンに持ち込んだ!
モンマルトルの丘を離れエッフェル塔に向かうエヴェネプールにトラブルが襲いかかった。ルーブル美術館の手前でバイクを気にする仕草を始めたエヴェネプールは、ルーブルのど真ん中でチームカーを呼び、バイクをチェンジした。1分以上あったマドゥアスとの差はしかしベルギーチームの素早い動きに助けられ、レムコはスペシャルカラーのスペシャライズドからブラックのそれに乗り換え、残り4kmを走りきった。
エッフェル塔を背景にしたフィニッシュラインはしかし300mを超える構造物に対し2m足らずの人間が小さすぎ、どんな写真になるのか見当もつかなかった。結果は……、写真を見ていただこう。エヴェネプールはフィニッシュラインで立ち止まり、両手を高く挙げ、1週間前にオリンピックのタイムトライアルに勝ったときと同じく電話をがちゃんと切る仕草をしてみせた。まだ弱冠24歳、恐るべき金メダリストの誕生である。
8分57秒遅れの56位でフィニッシュしたユキヤはJCFを通してコメントを発表した。
そこには「モンマルトルの丘が勝負どころになるのは分かっていたので、そこで力を出すべく準備をしていましたが、今の自分の力では及ばなかった」と書かれている。
しかし、ヴァンアールトが3分47秒遅れ、ルイ・コスタ(ポルトガル)が7分23秒遅れなどのリザルトは、山岳コースではないレースの厳しさを語っているはずだ。オリンピック4回連続完走の偉人を、日本のファンは忘れない。
距離:273.0km/獲得標高2,800m