2021シーズン、EFエデュケーション・NIPPOの船出 大門宏監督に聞く

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1987年から途切れることなく自転車ロードレースチームへの支援を続け、2015年以降はUCIプロチーム(以下PT、旧プロコンチネンタルチーム)に日本人選手を送り込んできたNIPPOが、2021年、初めて世界最高峰カテゴリーであるワールドチーム(以下WT)のタイトルスポンサーに就任した。

ただし、これまでより一歩ステップを上がっただけではない。むしろ足元をしっかりと固め直すために、同時に一歩下がってもいるのだ。

NIPPOのチーム代表である大門宏氏に、今回のEFエデュケーション・NIPPO誕生にいたる経緯を聞いた。

大門宏

NIPPOチーム代表の大門宏氏(2019年撮影)photo:jeep.vidon

 

ワールドチームとの連携は「責任」

「海外を目指す日本の自転車選手たちを応援したい。日本企業として頑張る日本人をサポートする。あたりまえの話です」

こう大門は幾度も繰り返す。この信念は、今も昔も変わらない。NIPPOにとって、たとえ世界中で生中継される3大ツールや5大モニュメントを走る権利を手に入れようが、宣伝効果などあくまで二の次だという。

だからこそ新しい協賛チーム選びにあたって、絶対に譲れない条件が幾つかあった。そのひとつが「PT以上」であること。新型コロナウイルス禍に加え、昨季スポンサードした仏チームの内部紛争で難しいシーズンを過ごした日本人トップ選手2人、つまり別府史之と中根英登の走る場所を確保するためだった。

「NIPPOとしても僕個人としても、ここで2人を辞めさせてはならない、と強い責任を感じていました。きちんとシーズンを全うしたうえで、成績やモチベーションを理由に自ら現役を退くのであれば、なにも問題はないんです。でも自分たちにはどうしようもない問題で走る場所を失い、何十年たっても苦い記憶を引きずるような経験を、選手にはさせたくなかった。この2人がいなければ、チーム探しの方針は違っていたかもしれません。でも2人がいるからこそ、まずは彼らをしっかりと受け入れてくれるチームを探しました」

プロフェッショナルなチームにこだわったのはもうひとつ。日本自転車界全体の底上げを願い、選手だけではなく、これまでも常に複数の日本人スタッフを現場に送り込んできたNIPPOならではの理由がある。

「世界トップレベルのチームがどう機能しているのか、そこでスタッフはどういう仕事をしているのか。現場で実際に経験することでしか分からないことはたくさんあります。2021年は坂本(拓也、マッサー)と南野(求、メカニック)が、WTと契約を結びました。勉強し、成長するための良い環境は整ってますから、あとは本人たちの努力次第です」

 

改めて「育成」へと立ち返る

チーム探しのもうひとつ欠かせない条件であり、同時にPT以上と手を組むべき必然性でもあったのが、「デヴェロップメントチーム」だ。

これはWTやPTの直下型コンチネンタルチーム(以下CT)のこと。しかも一定条件下で、CTの所属選手に、WTメンバーとしてのレース参加が認められる。その逆もまた可能で、つまりトップ選手が若手に混ざって走ることもできるのだ。2016年に構想が発表され、昨季から導入されたこの画期的な育成システムの運用を、大門はかなり以前から模索していた。

「今まで6年間、PTカテゴリーに日本人選手を送り込んできましたが、残念ながら大多数の日本人選手にとってはまだまだレベルが高すぎました。サイズの合わない服を無理やり着せているような、そんな感覚でした。これはアスタナの関係者から聞いたんですけれど、やはりあそこもWT設立直後は、たくさんの若いカザフスタン人選手を走らせた。でも多くの選手はトップレベルにふさわしい実力に達していなかった。だからヴィノクロフはすぐに方針を転換して、CTを作ったんです。そこで若手育成に取り組み始めたんですよね」

実際に経験し、理解したからこその、一歩後退。腰を落ち着けてじっくり日本選手を育成するためにも、また本来スポンサー企業が重視すべき「費用対効果」を考えても、CT運営の方がはるかにメリットは大きい。

「PTやWTは最低賃金が規則で決められていますし、選手1人1人にかなりの経費もかかります。だからこそチームも最初から選手に『プロ』としての対応を求めますし、もはや『日本から遠征に連れて行ってもらう』立場ではないんです。しかも実力はあっても、欧州を基盤としたレース活動、異なる生活習慣、外国選手とのメンタリティの違い……につまづいてしまう日本人選手も多かった。ただ、これは、日本人に限った話ではないんですよ。オーストラリア人コーチからも、ほんのささいな生活習慣の違いから、才能に恵まれた多くの若者が帰国を選んだ残念談を聞いたことがあります」

「一方でCTならば金銭面での縛りは弱い。つまり今までと同じ金額で、今までよりたくさんの日本人の面倒を見れます。日本から遠征させるための専門スタッフ配置やヨーロッパの生活拠点となるチームハウス作りなど、環境への投資を最優先に行うこともできます。なによりじっくり教育する体制も余裕も持てる。日本自転車界の近年の全体的なレベルを見ていると、この『教育』の必要性を改めて感じています」

 

理念を理解してくれた人々と

PT以上で、しかもデヴェロップメントチームを任せてくれること。この条件をかなえるべく勢力的に動いてくれたのは、1998年に日本鋪道(現NIPPO)で1年間走ったロバート・ハンターだった。翌年にランプレでプロデビューを果たし、2007年ツールでは南アフリカ出身選手として史上初めて区間優勝を果たした元スプリンターは、現在はスイスに拠点を構え、エージェント業を営んでいる。

「デヴェロップメントチーム設立なんて、基本的に代理人の興味をそそるような話ではありませんよ。でもハンター自身も若い頃に南アからヨーロッパに出てきて、すごく苦労した過去があるんでしょうね。『お前の気持ちはよくわかるよ』って協力を約束してくれたんです」

EF側との初会合は、2か月遅れのツール期間中に、ピレネーで設けられた。わざわざ「チームバブル」から抜け出し、数日間の自主隔離を承知で話し合いにやってきたゼネラルマネージャー、ジョナサン・ヴォーターズに対して、大門は真っ先にNIPPOの理念を説明したという。

単なる宣伝効果のためにスポンサーをやるのではないこと。ツール・ド・フランスで名前を売るためではなく、モニュメントに出るからと言って予算を上げるわけでもないこと。純粋に日本人選手をサポートする目的での出資であり、そのためにWTに別府と中根、さらには日本人スタッフを迎え入れてもらいたいし、デヴェロップメントチームをNIPPO主導でやらせてもらいたいーー。

「ヴォーターズさんはちょっと驚いてましたね。伝統的には自転車が好きで好きでしょうがないか、もしくはツールで名前を売りたいか、そのどちらかの理由でスポンサーになる企業が大部分ですから。でも彼は同時に、僕の考えに理解を示してくれました」

EFには新たにコロンビアの自治体のスポンサーも加わったが、彼らからの条件もやはり、コロンビア若手数名との契約だったとされる。こうしたNIPPOの取り組みとも共通するような、『自国選手の育成環境を第一に考えたチーム運営・スポンサー活動』は、近年の自転車界では幾つも見受けられるようになった。オーストラリアのグリーンエッジは好例だろう。また4年前にアスタナのスポンサーに就任し、今季新たに共同オーナーとなったカナダ企業も、カナダに年代別カテゴリーからWTまでの道筋を作る長期計画を構想中だ。

「タイトルスポンサーに関しては、ヴォーターズさんから打診されました。CTをメインに考えていたので、最初はWTのチーム名に企業名を入れることなど、考えてもいませんでした。出資額だけで見れば、他にも候補はあったはずです。ただ先方としては、デヴェロップメントチームのこともあり、長く信頼関係を築いていくにあたって敬意を示してくれたようです。当然ですが負担金はそれ相応に上がりましたよ。もちろん僕としても、2022年以降も日本人選手の育成・強化へのサポートを頼みますね、との思いがありましたから、NIPPO側から改めてきちんと理念への理解を求めた上で、オファーを受け入れました」

ただ「タイトル」スポンサーを務めるのは、もしかしたら1年限りかもしれない。そこに大きなこだわりはないと言う。ヴォーターズからは、世界がコロナ禍から脱出した暁にはEFは大きなセカンドスポンサーを探す意向であるとの説明を受け、NIPPO側も納得している。

WTの日本人2人の起用方法に関しては、現時点では、特別なオーダーを考えてはいない。一方で2022年から本格始動する予定のデヴェロップメントチームには、さらなる日本人選手・スタッフの獲得を目指すと共に、大門自らが監督として積極的に関与していくつもりだ。

「CT立ち上げにはハンターも大いに手を貸してくれました。コロナ禍もあり、自由に動けない中で大急ぎで手続きしたので、今季は正式なデヴェロップメントチームとしての登録はできていません。しかもチームができる前に日本人選手に声をかけるわけにもいかず、10月にようやくすべてが確定した段階で、有望な選手はほとんど日本籍のCTと契約を済ませていました。だからぎりぎりのタイミングで契約できたのは織田聖だけ。今季はスイス籍ですが、これから世界で通用する才能のある若手日本人選手の数を増やし、近い将来には登録は日本・活動はヨーロッパのCTを実現させたいですね」

1月半ば、WTであるEFエデュケーション・NIPPOとCTのNIPPO・プロヴァンス・PTSは、南フランスで合同合宿を行った。大門の望むように、トップ選手たちの側で様々なことを吸収する機会が、さっそく若手たちにもたらされた。

 

きっかけにしたい

たしかに出資チームがツール・ド・フランスに出たからといって、日本人選手が急激に強くなるわけではない。ただし今年の夏、世界190か国で中継される世界最大の自転車レースでEFエデュケーション・NIPPOの名が連呼されることは、もしかしたら日本自転車界にとって大きなチャンスかもしれない。

「今年はツールだけではなく、そもそもワールドツアーの全レースに出るわけですから、自ずと企業名の露出は増えます。そこに宣伝効果を感じて、自転車チームのスポンサーに興味を抱く日本企業が出てくるかもしれません。特にヨーロッパ進出を考える新興企業にとっては、理想的なマーケティングの機会になるはずです」

新しい企業が自転車競技に参入すれば、新しい動きが生まれる。日本の自転車業界やナショナルチームを、複数のアングルから資金面で支える存在ができることで、将来的には選手の育成体制も整っていく。新たなチームマネージャーや、活動を支えるスタッフ育成の機会も増す。

大門は常々、NIPPOについて「一言では説明しきれないまるで奇跡のようなスポンサー」だと表現してきた。だからこそ今回のEFとのパートナーシップを、新たなスポンサー誘致の流れを引き寄せ、サイクルスポーツの魅力を証明するきっかけにしたい。NIPPOとの30年に渡る信頼関係で培った経験を、次世代につなげていくこともまた、自らの大切な使命だと考えているからだ。

ちなみにEFはご存知、2020年ジロ・デ・イタリアにあひる柄のスペシャルジャージで登場し、世界中の話題をさらったチームでもある。

「ジャージだけでなく、バスもチームカーもすべて変えた。びっくりさせられましたが、宣伝効果はすごかったはずですよ。ヴォーターズさんは発想が天才肌で冗談も好きなので、機会があればまたなにかしでかしてくれると思います(笑)。たとえば日本開催のUCIレースに招待されたら、スペシャルジャージで参加するサプライズだってありえます。ツールも例外ではなく、もしも新たな日本企業が興味を示してくれるチャンスに恵まれれば、独特のプロデュースで面白いことをやってくれるかもしれませんよ」