最終ステージは川野碧己が勝利 国内チームだけの2021ツアー・オブ・ジャパン考察
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3ステージの短縮開催となった2021年ツアー・オブ・ジャパン(TOJ)。感染対策のため、バブルで閉ざされたレースを外側からレポート。
5月30日の最終日、東京ステージも逃げ切り。2人でのスプリントを制したのは19歳の大学生、川野碧己(弱虫ペダルサイクリングチーム)だった。
「100点」の東京ステージ
早いもので3日間の短縮開催となったツアー・オブ・ジャパンも最終日を迎えた。
最終東京ステージは、1周7㎞の大井埠頭周回コースを16周にパレード走行3.8kmを加えた112kmのレース。例年、このステージにたどり着くまでに総合順位はほぼ確定しており、最後はスプリンターたちの舞台となっている。
スタート時間に合わせるかのように青空が広がり、強い日差しがアスファルトを照り付け、グングンと気温は上がっていった。
パレード走行からリアルスタートが切られると、間髪入れずに飛び出したのは徳田優(チームブリヂストンサイクリング)。それが呼び水となり、さまざまなチームが入れ替わり立ち替わりでアタックを繰り返していく。
しかし飛び出したい人数があまりに多く、逃げは一向に決まらない。途中、タイムボーナスもあるスプリントポイントではフランシスコ・マンセボ(マトリックスパワータグ)がタイムを取りにいくというシーンも見られた。
半分を過ぎた9周目、横塚浩平(チーム右京相模原)と川野碧己(弱虫ペダルサイクリングチーム)の2人が飛び出し、その後ろから小林海(マトリックスパワータグ)、渡邊翔太郎(那須ブラーゼン)、岡本隼人(愛三工業レーシングチーム)がブリッジをかけ、5人に。さらに集団から何度も抜け出そうと試みていた入部正太朗(弱虫ペダルサイクリングチーム)らも追走をかけるが追い付かず、5人の逃げがようやく容認される形となった。
やっと落ち着いた集団は、リーダージャージを持つ宇都宮ブリッツェンがコントロールに入り、その後ろに個人総合2位、3位のキナンサイクリングチームが続く。逃げと集団は30秒ほどのタイムギャップを持ちながら周回を消化していった。
レース終盤、そろそろ逃げを捕まえたい集団は、スプリントにしたいスパークルおおいたなどがメンバーを出し、集団牽引に加わり始める。一方で、ラスト2周に入る500mほど手前で逃げ集団からさらに川野と小林が飛び出す。
「逃げ切るムードというのがなかったんですけど、自分的にはもう逃げが吸収された後にスプリントする脚がなかったので、もうこれは行くしかないなと思って、逃げる意思のある人だけに絞り込んで、出たって感じですね」
飛び出した川野は振り返る。
小林と川野以外の3人が集団に戻ったことで、一旦集団のペースが緩み、前に出た2人とのタイム差は1分ほどにまで広がった。最終ラップに入ったところで緩んだ集団から5人が飛び出し、集団は宇都宮ブリッツェンや集団スプリントに持ち込みたいスパークルおおいたなどが追い上げる。しかしそこでミスがあった。スパークルおおいたは残る2人の逃げの存在を認識していなかった。
逃げ集団までは50秒のタイムギャップで残り半周。小林は総合のジャンプアップならびにチーム総合、ステージ2勝目のため、川野はステージ優勝のためにローテーションを続ける。
そんな中で19歳の川野は、学連の神宮クリテリウムでの勝利の経験もあり、スプリントには自信を持っていた。
「マリノさんも総合のタイムがあるので、積極的に引いてくれたました。同じぐらい引きの疲労度だったら僕に分があるだろうと思いました」
ラスト数百mに入っても後方に集団は見えない。2人の逃げ切りは確定した。最終コーナーまでしっかりローテーションを回し、ラスト150mで小林の後ろから川野がスプリントを仕掛けた。ラスト100mで前に出切った川野は、差を確認しながらフィニッシュ手前で勝利を確信。大きく両手を掲げ、雄叫びをあげた。
「もう本当に何が起きたか分からなかったんですけど、気づいたときはとてもうれしかったです」
川野は喜びを語る。弱虫ペダルサイクリングチームとしても各選手が積極的に動く姿が見られた。
「今日のステージのためだけに連れてきてもらっていたので、そこでしっかりと成績を残すことができてうれしいです。もう今日は基本的に逃げ切りで狙っていくということで、チーム全員でチャレンジングに攻撃して、その結果として勝つことができたので、チームとしては100点だと思います」
プレッシャーを持たないリーダーとリーダーチームが積んだ経験
結局、3ステージ全てで集団フィニッシュとはならず、全てが逃げ切り優勝となった今年のTOJ。
最終日は特に波乱もなく個人総合優勝の座を守り切った宇都宮ブリッツェンの増田成幸だったが、昨シーズンまでのようにベテランチームメイトに守られる形とは違う、若手メンバーで構成された今回のチームで守り切ったリーダージャージに対して達成感を得ていた。
「今年は短縮開催でしたし、海外のチームも招待せず、日本にいる外国人と日本人選手だけだったんですけど、自分に勝てるチャンスがあるのならば、たとえチャンスがなくても、常に全力でレースは臨みますし、その結果、こうしてしっかり優勝を勝ち取ることができたので。
どんなレースでも1位を取ることの難しさは自分自身わかってるつもりですけれども、チーム一丸となって、2日目、3日目とチームでコントロールしてしっかり守り切ることができたので、僕もうれしいですけど、チームとしてもまた一つ成長できたんじゃないかなというふうに思えてうれしいですね。
今回組んだチームのチームメイト、自分より10歳以上若い選手たちだけなので、いろいろありましたけれども、そういう若い選手たちと一緒にやらせてもらって、自分も同じぐらいの年代のような気持ちで走ることができましたし、改めて青春じゃないですけど、ちょっと熱いレースで楽しかったです」
相模原ステージでも東京ステージでも、若手選手たちに声を掛ける増田の姿があった。
「中村(魅斗)選手、小嶋(渓円)選手、2人は、小嶋選手なんかは特に、初めてのステージレース、初めてのリーダーチーム、初めてのコントロールみたいな、全てが初めてのことだったので、西村(大輝)選手と一緒に一つ一つを教えながら走りました。うまくいかないこともたくさんありましたし、そういう経験がやっぱり選手を成長させると思うので。最後こうして結果もついてきたので、すごくうれしいです」
宇都宮ブリッツェン清水裕輔監督も同じように話した。
「チームとしては、実力不足の部分も感じましたし、すごいいい経験になりましたね。特に(小嶋)渓円なんて初めてづくしで、大変だったと思います。彼なりにプレッシャーというか、責任をもってやってたので、泣き笑いありっていう感じでしたね」
ジャパンサイクルリーグは、新型コロナウイルスの影響もあり、初戦以来レース開催がストップしている状況が続いている。レースがない中、モチベーションを失ってもおかしくはないが、それでもしっかりとトレーニング期間として切り替えて集中してきた選手たちが結果を残しているようにも思える。その面について清水監督はこう語る。
「(レースがないから)その分集中できたっていうのはあったのかなと思います。例えばキナンも2、3位と、特に(山本)大喜(キナンサイクリングチーム)はすごかったですね。どんな練習してるんだろうと思って聞いたら、1人で熊野、新宮でやってるって言ってたから、それでよくここまで来られたなと思って。逆に集中してできたっていうのは良かったのかなと思いますね。
今まで自転車界の流れだと、レースで(調子を)作っていくっていうのがあったかと思います。違ったタイプもありなのかなと。今回我々はたまたまうまくいっただけで、もちろんレースを走った方が経験の部分とか(も培われるし)、練習が苦手な選手、練習で追い込めない部分をレースで上げていったほうがいい選手とかいろんなタイプがいると思いますけど。そういった部分では栃木での環境がすごく良かったので、みんな練習でしっかり追い込めていたかなと思います」
また、増田自身、3日間とおして全くピリついたような雰囲気もなく、リラックスしてレースを走っている様子がうかがえた。
「全くプレッシャーはないですし、レースを毎日楽しんでましたね。初日から。すごくのびのび走らせてもらいましたし、昨日(2日目)もピンチだったんですけれども、そこもチームでいろいろ考えながら、頭ひねりながら、全力でその問題に向かって立ち向かっていく、トラブルに立ち向かっていくという状況は楽しめたのは事実ですね。
2年前が最後のTOJだったんですが、そこでは富士山ステージで総合4位につけて、その瞬間すごいうれしかったですし、その翌日の伊豆ステージなんかもすごいピリピリしていて。ここでヘマせず、むしろもう一歩ジャンプアップして表彰台を狙っていこうみたいな気持ちだったのを今思い出すんですよね。東京ステージなんかもう骨折を抱えた状態で(2019年伊豆ステージで落車し、骨折)、満身創痍で。もうこのステージ走り切れたらとりあえず動けなくなってもいいから、とにかく走りきろうみたいな。根性だけで走っていた自分がいたので、そのときに比べると、今回のTOJというのはすごいリラックスして走ることができたと思います」
これまでケガする数も多かった増田の場合、特に結果が伴うのはリラックスして走ったときのように思える。
「リラックスして走った方が、良い結果に結びつくことはやっぱり多いです。ただ、程よい緊張感というのは特に大事にしていて、リラックスしているからといって、真面目に走ってないかと言ったら、決してそんなことはない。すごくいい状態で今回のレースは初日からずっと3日間走ることができたと思います」
2カ月後、増田には東京オリンピックという大きな目標もある。
「調子の良し悪しもそうなんですけど、やっぱり調子が良かろうが悪かろうが、強い選手っていうのは強いので。そういう突き抜けたところはやっぱり若い選手たちには目指してほしいですし、結果が出なかったから俺調子悪いなとかじゃなくて、本当に強い選手、本物の選手になって欲しいなと思いますね。自分も今、そこを目指してます。37歳ですけど」と、表情をゆるめた。
マトリックスパワータグが得た収穫
チーム総合優勝、ステージ1勝、東京ステージでも2位と5位という結果を残したマトリックスパワータグ。今回は、初日が富士山ということもあり、総合優勝を目指し、上れる選手を重視してメンバー構成を組んだ。しかし、富士山で最も上れるであろうホセ・ビセンテの調子が上がりきらなかったことは誤算だったと安原昌弘監督は言う。
「やっぱり毎日乗ってきたら、エンジンかかってきて、よし、ここで!ってなんねんけど。マリノでもホセでもパコでもそうだけど、今日(最終日)が一番調子いいって言うんよ。富士山ではパコ(フランシスコ・マンセボ)がホセを連れていくつもりで初めからガンガン引いてたから。ホセが初めからあかんって言ってたら走り方変えてたんだけど。パコがガンガン行ってて、ふっと見たらもうホセが離れてる状況だったから、これ俺がいかなあかんのかってそっから踏み出した。元々パコだって強いけど、ああいう長い富士山みたいな上りはそんな得意じゃないから。それなりに頑張ってくれてるけど。あそこは俺たちの中ではホセでっていう、イコール、初日の富士山がある限りホセがリーダーやから。だいたい(これまでの富士山では)増田と似たり寄ったりでゴールするやん。本来ホセの調子があれやったらあんなに離されることない。それはこっちも計算外だったから。
あの計算外でもうちょっと総合厳しいなってなってから、じゃあ別のもの取りに行こうっていうことで。チーム総合とか区間とか。昨日までは、チーム総合も1位だったし、区間も優勝したし、これ今日(最終ステージ)の最後の1kmまで、総合は取られへんかったけど、区間2つ取れるし、チーム総合も持って帰れるし、まあまあ上出来やなって思ってたら、聞いたことない選手にマリノが負けてさ」
レース後、数時間経っても悔しさに息巻いた様子で今回のTOJを振り返った安原監督だったが、チームにとっても収穫があったと話す。東京ステージ要員として唯一スプリンターの吉田隼人を入れ、勝つための集団スプリントとはなからなかったもの、戦える感触をつかんでいた。
「ウチ的に今日は、隼人がどれくらい行けるかというのをやりたかったから、逃げには乗るけど、最後スプリントになるから、アイラン(・フェルナンデス)とかがいるときは(スプリント前に)隼人を引っ張ってくっていうのが必勝パターンやってんけど、それがないから。『じゃあ俺がつれてくよ』ってパコが言ってくれて。そんなんできんの?という感じだったけど、もう誰よりもできる。要するに何でもできんねん、あいつは。スプリントでも何でもできるから。隼人もそれで行かしてもらって。勝つスプリントじゃなかったけど、これで隼人もこの連携でいけるっていうのわかったから。
結果的に見たらね、それはもちろん(最終ステージ)負けたんも悔しいけど、やれるなっていう。隼人もやれるなっていうのがわかったから。後半から、秋からもUCIレースが戻ってきたら、十分外国人が来ても戦えるなっていうのは思ってるから」
若手選手たちのアグレッシブな姿勢
今回のTOJでは若手選手の活躍も光った。最終ステージで優勝した川野も今回のTOJで新人賞を獲得した留目夕陽(日本ナショナルチーム)もまだ10代の選手たちだ。
ベテランの増田も「そういう若い選手たちと走れるのは、レースを戦う姿勢とかそういう意味でアグレッシブな姿勢はすごく自分にとって刺激になっています」と話した。
初日から3日間新人賞ジャージをキープし続けた留目は、「自分が初めてのステージレースということもあって、ウキウキしながら走ってましたね。最初の富士山ステージで、自分の得意なステージだったので、うまくタイム差をつけて新人賞ジャージをゲットすることができて、本当にうれしいなと思います。3日間走り切るっていうこともそうですし、増田さんとか、上の方々も一緒に走ることができて、いつもとは違うレース、高体連とか学連とは違うレースを走ることができて、良かったと思います」と笑顔を見せた。
JBCFのJプロツアーでは、増田と同じナショナルチームとして走った留目。今回は敵チームとして走った増田についてこう話す。
「JBCFのときは増田さんがいるだけで、JAPANチームやばいなという感じだったんですけど、今回は敵チームということで、やっぱりすごい人だなと思いました。増田さんはやっぱり改めて尊敬するところもあったし、自分もいつかそういう選手になりたいなと思いました」
増田の実力は、国内ではやはり頭一つ抜きん出ている印象だ。しかし海外を舞台にするならば、増田以上の実力を持つ選手たちと戦わねばならない。
U23の初年度である留目は、コロナの影響もあってまだ海外レースの経験がない。昨年は中止となってしまったツール・ド・ラヴニールに向けてこれからトレーニングを積んでいくという。
浅田顕監督の下、海外での活躍を目指して活動を行うナショナルチームやエカーズのメンバーは、コロナ禍で海外に出られない分、現状では国内で”活きの良さ”を発揮している。その中で最も頭角を現しているのは留目だろう。それぞれステージレースでのマネジメントに関してはまだ荒削りな面も見えるが、ライバルとなるチームメンバーとともに切磋琢磨を続ける。
エカーズの全選手に負けたくないと話した留目だが、今シーズンからフランスのAG2Rの下部組織で活動を行なっている津田悠義など、すでに上のステージでの戦いに身を置いている選手もいる。
「津田選手にも負けたくないんですけど、舞台が違うんで。津田選手はフランスでU23の本当にすごいチームにいて、それに挑戦というか、同じ立場で戦うのがツール・ド・ラヴニールなので。そこではチームメイトなんですけど、競い合えれば」と、語る。
世界的にもまだ名が知られていない若手選手の活躍が近年多く見られる。日本でもまた若手選手どうしの高め合いが起こせるだろうか。さらにはその若手選手たちに引っ張られるようにして中堅・ベテラン選手たちの力強い攻めの姿勢をもっと見られればと思う。
今回は国内チームのみの戦いとなったTOJだったが、また来年、通常どおり海外選手たちが訪れたときでも十分に戦えるよう、国内全体でのさらなるレベルの底上げを期待したいところだ。
2021ツアー・オブ・ジャパン 第3ステージ 東京 リザルト
ステージ
1位 川野碧己(弱虫ペダルサイクリングチーム) 2時間16分44秒
2位 小林 海(マトリックスパワータグ) +0秒
3位 沢田桂太郎(スパークルおおいた) +26秒
4位 黒枝咲哉(スパークルおおいた) +26秒
5位 吉田隼人(マトリックスパワータグ) +26秒
個人総合(グリーンジャージ)
1位 増田成幸(宇都宮ブリッツェン) 2時間35分52秒
2位 トマ・ルバ(キナンサイクリングチーム) +11秒
3位 山本大喜(キナンサイクリングチーム) +44秒
4位 フランシスコ・マンセボ(マトリックスパワータグ) +1分19秒
5位 小石祐馬(チーム右京相模原) +1分30秒
6位 伊藤雅和(愛三工業レーシングチーム) +2分2秒
7位 小林 海(マトリックスパワータグ) +2分3秒
8位 ホセ・ビセンテ(マトリックスパワータグ) +2分14秒
9位 谷 順成(那須ブラーゼン) +2分20秒
10位 留目夕陽(日本ナショナルチーム) +3分5秒
ポイント賞(ブルージャージ)
川野碧己(弱虫ペダルサイクリングチーム)
山岳賞(レッドジャージ)
増田成幸(宇都宮ブリッツェン)
新人賞(ホワイトジャージ)
留目夕陽(日本ナショナルチーム)
チーム総合
マトリックスパワータグ
日本自転車普及協会 公式YouTubeチャンネル「BPAJ ch」