東京五輪へのカウントダウン〜ジャパントラックカップで確認する日本チームの立ち位置〜
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8月23日~25日の日程で行われたジャパントラックカップⅠ&Ⅱ。東京オリンピックの会場となる伊豆ベロドロームが改修中のため、7月中旬に完成したばかりである日本競輪選手養成所のJKA250を使用して開催された。
オリンピック前年ということで、短距離・中距離ともに世界から豪華なメンバーが揃った大会となった。三日間の戦いのなかで見た現状での日本の立ち位置を今、確認する。
短距離の覚悟、中距離の挑戦
オリンピックでのトラック競技は、短距離と中距離と呼ばれる二つに大別される。短距離の種目には、チーム戦となるチームスプリント、個人戦となるスプリント、ケイリンの3つがある。中距離の種目は、チーム戦であるチームパシュート、マディソン、そして個人戦のオムニアムの3つが現在オリンピックでの開催種目として採用されている。
現状の日本のトラック短距離チームは競輪選手たちで構成されている一方、中距離チームはほとんどがロードレースも兼任するような選手たちが主軸となっている。
研究熱心なアルカンシェルを迎え撃つ、二人の女戦士
トラック短距離女子でスプリント、ケイリンともに他を寄せ付けない走りを見せたのは、虹色に輝くアルカンシェルジャージを纏うリー・ワイ・ジー(香港チャイナ)だった。スプリントでは相手選手がいくら突き放そうとしっかりと最終周回で確実に距離を詰め、最終カーブで抜き去るその姿はチャンピオンたる貫禄が表れていた。彼女の選手人生における目標は「スプリントでのワールドレコードを更新すること」。冷静沈着に状況を判断し、的確なレース運びをする彼女の強さの秘訣は、研究熱心さだ。
「ロードでのトレーニングもトラックでのトレーニングも全て自分が強くなることにつながっていると思います。レースを見るのが好きなので、他の選手の走りを見て、研究して、自分の走りにつなげていくというところが強さの秘訣かなと思います。ケイリンの選手を特によく見るのですが、テオ・ボスやデニス・ドミトリエフの走りは非常に参考になります。男女問わずに勝っている選手の走りを自分のものにしていくというところがポイントです」
そこに挑むのは小林優香(ドリームシーカー)と太田りゆ(チーム ブリヂストン サイクリング)の二人だ。
今大会の前に「オリンピックまで、ポイントを獲得できる最後の機会になってくるので、一戦一戦集中して、確実に結果を出していきたいと思います」と話していた小林の最終目標はやはり東京五輪でのメダル獲得。その前段として、短距離ナショナルチームを率いるブノワ・ベトゥから「世界チャンピオンとしてオリンピックを迎えなさい」と言われていた。もちろんあれだけ強いワイ・ジーすらも倒さねばならない。幸いにもアジア選手権、世界選手権と戦うチャンスは複数回ある。
最終日のケイリン決勝ではワイ・ジーとの直線勝負でわずかに競り負け2着でゴールした小林だったが、斜行判定により降格。6位という結果になった。だが着実に勝利に向けた感触も得る。身体的にもメンタル的にも変化を続け、戦法の幅も広げていく小林が最も誇るのは「すごく信頼できるコーチと一緒に戦えているということ。それが自分の今の一番の持ち味」と話していた。
小林と太田、二人が揃ってオリンピックに出場するためにはケイリンとスプリント両方の枠を獲得せねばならない。「ケイリンは今のところ順調にきているんですけど、スプリントが足りないので、私が今シーズンの重点を置いている部分はスプリントになります」と話していた太田は6月のロシア遠征ではスプリント予選の200mで10秒台を出したが、今回のスプリントでの予選は全て11秒台。スプリントの決勝に進むことができなかった。強化すべき点は「持久力とスプリントの対戦に対する技術や戦法といったところ」と語る。最終日のケイリンでは1回戦を1位で決勝に進んだが5位に終わった。
代表枠争いが激化する短距離男子エリート
「ワールドカップ、世界選手権の前にアジア選手権があって、アジア選手権の選考に関わってくるのはジャパントラックカップ。全部繋がっていて、トラックカップからしっかり結果を狙って走っていかないと。一歩一歩積み重ねてそれが五輪につながっていくので、どこっていうより全部頑張らなきゃいけない」と以前話していた河端朋之。初日のケイリン男子エリートでは、しっかりと優勝を掴んだ。
続く3日目のケイリンでも、日本人選手はいい流れを作っていく。3日目のケイリンは勝ち上がり方や敗者復活の方法、スケジュールがオリンピックと同じ方法で組まれた。1年後をしっかりと視野に入れながら新田祐大は、「初日にスプリント、ケイリン、二日目スプリント、そして三日目ケイリンという形で挑む中で、チームメイトが初日から大暴れしていい成績を立て続けに残していったのを目の当たりにして、何としても僕もその成績に負けないような結果を残していかなければならないっていう気持ちで三日目を迎えました」と意気込んでいた。
決勝には、新田、河端、そして初日のケイリンでも2位に入った脇本雄太が残る。途中まで後方で様子を伺っていた新田は、ラスト一周で加速。先行した脇本をまくる形で勝利を手にした。勝因となったのは、チームメイトとの戦いによって闘争心に火がついたことだった。
「準決勝のときに脇本選手と先頭を二人で譲らないようなレースになりました。それがいい刺激になって、準決勝から決勝までは本当に短い時間だったんですけど、高い意識のままでレースに挑めたのがおそらく勝利につながったのかなと思います」
課題は達成。”完璧なレース”をするために
ケイリンではしっかり結果を残す一方、1対1のスプリントで日本勢は全員決勝まで進むことができなかった。その中で圧倒的な強さを見せたのはマシュー・グレッツァー(オーストラリア)だった。グレッツァーが見据えるのも東京オリンピックでの金メダルだ。
「1年という時間はあっという間に過ぎてしまうと思います。今は非常に重要なトレーニングの最中で、本当はあんまりスピードを出さないようにする練習をしたいのですが、強い選手たちの中で勝つために自分の持っている全てを出して挑みました」と話す。以前のオリンピックでグレッツァーは4着には入ったが表彰台まで届かなかった。「どれだけ難しいかというのも理解しています」と話すグレッツァーは今大会で巧みなレース展開を見せた。
現段階での短距離チームの課題について日本ナショナルチームを率いるベトゥはこう考える。
「今はもうすでに課題がある状態ではないですし、すでに金メダルを獲得できるレベルは達成しています。条件となってくるのは、必要なときに”完璧なレース”をしなければならないということです。
世界選手権は、オリンピックと同じように1日だけで、1回しかないのでその日だけは間違いを起こしてはダメです。確実なタイミングでベストな決断を下すことが大事になってきます。体力的にはワールドチャンピオンに十分なれるし、世界トップの選手たちを何回も倒してきているし、その段階はすでに達成しています」
今大会でワイ・ジーやグレッツァーが見せたような”完璧なレース”を日本勢も求められる。
2016年に日本ナショナルチームに加わってから3年の月日が経つが、来年の五輪本番を前にし、これまでで一番うれしかったことを聞くと、「まだ」と一言。
「もちろんうれしいことはたくさんありました。ワールドカップの優勝とか、アジア選手権の優勝を女子は小林選手が達成してくれました。女子の優秀な選手はほとんどアジア人なのでアジア選での優勝はレベルが高く、とても意味がある勝利でした。でも特にこれが、というような際立って大きいうれしさはまだです」
ベトゥはリオ五輪では女子のチームスプリントで中国チームを金メダルに導いている。4年に一度の集大成を披露する機会で成功する喜びを彼は知っているのだ。来年?と聞く、「待っています。」不敵な笑みを浮かべた。
好戦的な3人が狙うたった1つの席
初日と3日目に行われた男子エリートのオムニアムでは両日とも日本人選手が優勝を飾った。3日目には現世界チャンピオンであるニュージーランドのスチュワート・キャンベルも参戦する中で積極的な動きを見せたのはチームブリヂストンサイクリングに所属する選手たちだった。特に窪木一茂、橋本英也、今村駿介の3人のアグレッシブな攻撃に勝負の行方は大きく揺れ動いた。
オムニアムの日本のオリンピックランキングは現状7位。東京五輪出場枠を獲得できる位置にいる。ただし出場できるのは1人だけだ。代表選考基準としては、来年の2月下旬にベルリンで行われる世界選手権で最高成績を修めた者、次点でこれから始まるワールドカップでの成績が一番良かった者という設定がされている。おそらくこの3人は東京五輪出場に向けて代表枠争いを演じることとなる。
3日目のオムニアムでの第1種目、スクラッチで集団にラップを仕掛けるべく飛び出したのはまさにその3人だった。そのあとの第2種目テンポレースでも飛び出した橋本、今村の二人はまたしてもラップに成功した。
「攻めてナンボでしょう。自分から動いた方が、攻めた方が絶対いいので。」橋本は振り返る。
窪木は初日の優勝だけでなく、3日目のスクラッチから首位に立ち、存在感を見せた。しかし、第3種目のエリミネーションで他の選手との接触により機材トラブル、そして最後のポイントレースの序盤で落車し、DNFとなってしまった。
第3種目エリミネーションでは橋本が常に前方に位置しながら、危なげない走りを見せていた。最後に韓国のキム・ユロと二人になると、橋本は先駆けで飛び出し、加速。もはや追いかける気にもならないような差を築いてゴールへと飛び込んだ。
3種目を終えて橋本が1位。今村は22ポイント差で4位、窪木は26ポイント差で6位につけていた。
最終種目ポイントレースでは、デ・ケテル・ケニー(ベルギー)がゴール前最後のポイント周回時に橋本と同ポイントまで持ち込んだことにより、勝負は最終ゴールの着順で決することに。ここでも今村とともに飛び出した橋本はゴールへと先着。最後までスタミナを見せつけての優勝を飾った。
レース中、前の選手との間が空いてしまったときに自らその隙間を埋めにいくような場面も多く見られた橋本。
「詰められるところは詰めないと、相手に基本期待しないスタンスなので、自分が体力を削ってでも押さえなきゃいけないところは押さえる。見極めができたので良かったです」淡々と話すが、表情はすぐに笑顔に戻る。勝つための算段はどこまであったのか。
「3種目通してコンディションが良かったので勝てると思ってました。最初の3種目をいいリザルトで終わることができて、(最終ポイントレースを前に)20ポイント差があったので、かなりレースを俯瞰しながら走ることができました」
これから本格的に始まるオムニアムの代表枠争いについて橋本は、「また始まってきますね」と少しつぶやくと、こう続ける。
「二人ともすごい強い選手で、尊敬するところもすごい多くて、今村くんなんて一番若いのにしっかり考えて動けていますし、窪木さんは年長者として押さえるところはしっかり押さえてくるので、お互いいい刺激になっていて。オリンピックっていう目の前の目標はあるんですけど、そこでお互い切磋琢磨することによって、お互い底上げをしていけたらなと思います。ライバルが同じチームでいいところにいるっていうのは本当にありがたいですね。」
橋本の言うように3日目のオムニアムで3位に入った今村の伸びも目を見張るものがある。今村は直近で、トラックだけではなくロードレースでも結果を残し始めた。そしてその成長の発端となっているのは間違いなく窪木の存在だろう。
窪木と今村はUCIポイント獲得と高強度のレースを求めて先月、二人でイタリア遠征に向かった。今村はその遠征でも成長の感覚をつかむ。
「窪木さんは去年あれだけすごい成績を残しているので、いろいろ聞いたりだとか、その中でもライバルなので、教えてくれない面とかも多分あるんでしょうけど、無言で示してくれているところをこっそり盗んで過ごしてきたので、そこは少し生きているかなと思います」
今村は以前、「一応(東京五輪オムニアム枠を)狙える立場なので、ひそかに目指して頑張ってます」なんて慎ましやかなことを言っていたが、今となってはもう立派な代表候補の一人だ。
「今まで公言してなかったんですけど、もうそんな雰囲気出てるんで、オムニアムは一応狙ってます」と、まだ「一応」という慎ましやかさは残した。だが、2人の背中を追う身としての覚悟は持ち合わせる。
「現時点ではやっぱり少し劣っていると思うので、力的にもテクニック的にも。追いついて追い越せるようにトレーニングもレース研究もしっかりしていきたいなと思います」
迫られる取捨選択
昨シーズン、中距離チームはチームパシュートのトレーニングに執心していた。なぜならば、チームパシュートの五輪出場枠を取ることで芋づる式にマディソン、オムニアムの枠が獲得できるためである。しかし考えることはどこの国も同じ。オーストラリアチームが2019年の2月にチームパシュート世界記録を上塗りする一方、日本のタイムは2018年の2月に日本記録を超えるに止まっている。
昨シーズンの結果を見れば、「作戦失敗」と言わざるを得ない。現状で中距離チームはほぼほぼ空中分解状態だ。中距離ナショナルチームに関しては、チームブリヂストンサイクリングがトラックに強いメンバーを集め、主導権を握っているような状況だが、新たな展開があるかどうかは未知である。
短距離チームとは違い、メンバーが各々で考え、自らにミッションを課して成長していかねばならない。今の世の中、情報には溢れている。何を取捨選択し、成長を加速させることができるか、個人個人の嗅覚に委ねられるところが大きい。
正直、順風満帆とは言えない中距離チームが残り1年を切った東京五輪に向けて結果を求めるならば、選択と集中をしていくべきのように思える。遠回りをしている時間はもうない。すぐに次に戦いはやってくるのだから。