重傷を克服したネフの完全勝利とスイス勢のメダル独占。『スタートに立つのが楽しみだった』今井

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東京2020オリンピック、女子クロスカントリーで金メダルを獲ったのは、スイスのヨランダ・ネフだった。彼女もまた怪我からの勝利というストーリーを辿った。そして銀・銅メダルもスイスの選手が獲得、スイスがメダル完全制覇を成し遂げた。日本から参加した今井美穂は37位、『これまでの1年半の過程が、とても充実していました』とレース後に語った。

東京2020MTB女子

ⓒBettiniPhoto2021

 

台風は外れ、雨は上がり、路面は乾いた

2021年7月27日。台風が近づいているとして未明から朝まで降り続いた雨は、午後になりすっかり上がった。オリンピック女子マウンテンバイクレースの舞台となった静岡県伊豆市《伊豆MTBコース》は、その路面が火山砂質で乾きやすく、15時のスタート時間までには、時間を追うごとに乾いていった。湿度は上がったが気温はあまり高くなく、悪くないコンディション。有観客でのレースになった。

 

選手生命をも左右する怪我を克服したネフが先行

東京2020MTB女子

東京2020オリンピックで延期された1年は、結果勝利したネフにとって、幸運ともいえる回復時期となった。2019年、同じコースで行われたプレ五輪レースで勝利したのもネフだったが、しかし彼女はその直後の12月、転倒により脾臓を破裂させ肺を負傷したのだった。その大事故から1年をかけ復帰した彼女だったが、2021シーズンのワールドカップ第1戦、ネフはまたも手首を骨折するという怪我を負う。このレースから6週間ほど前のことだ。

 

そんなネフだったが、当日の走りは圧倒的だった。スタート直後の混乱から、頭ひとつ抜け出した彼女。直後についた最優勝候補、ポリーヌ・フェラン・プルボ(フランス)との先行争いなるかと思われた矢先にプルボが岩場の上りで転倒、順位を落とす。

東京2020MTB女子

「桜ドロップ」でのポリーヌ・フェラン・プルボ(左)、ヨランダ・ネフ(右)ⓒBettiniPhoto2021

 

29インチホイールの利点を使いこなし、最速ラインを選ぶネフ

東京2020MTB女子

ⓒBettiniPhoto2021

ここで勢いづいたネフは、1周目を終了した時点で20秒ほどの差をつけて後方を大きく引き離す。コースは乾き始めているとはいえ、ぬかるむセクションも残り、乾き切っていない岩もある。この状況下で最速で安全なラインは一本。先行し、冷静にラインを選んで走れるネフは、2位を争う集団と比べて精神的な安心感も大きい。

 

もともとネフの走りの技術は高く評価されていたが、今日のレースではそれが際立った。現在、マウンテンバイクのレース機材として大径の29インチホイールが主流だが、この大きなホイールを決して体が大きい選手ではないネフは乗りこなし、前に転がしている。岩場をいなし、上りではトルクを稼ぎ、機材の特性を最大限に引き出していった。

 

 

2位争いから優勝候補フランス勢が脱落、スイス勢がラインをふさぐ

 

白熱したのは2位争いである。プルボの転倒により、2位の座を4人の選手が争った。まず追ったのはエビー・リチャーズ(イギリス)、その後にジナ・フライとリンダ・インデルガンダ、2人のスイス選手が続き、アンネ・テルプストラ(オランダ)が追った。

 

今大会に向けて、今シーズンのワールドカップで勝利を重ねていたフランス人選手が優勝候補とされていた。ロアナ・ルコントとプルボの2人だ。ルコントはテルプストラの後ろからじっくりと勝機を狙い、先に転倒したプルボは再び大きく追い上げて、ルコントと共に2位の座を追う。目論見通り、レース序盤から落ちてきたリチャーズ、テルプストラを抜いて2人のフランス選手で順位を上げる。ルコントはチェーントラブルで順位を落とすも、プルボは再び2位に上り、ネフとの差を埋めるべく速度を上げる。

 

しかし3周目後半、プルボとは明らかに異なるライン取りで走るスイス選手2人が、プルボとの差を詰め、まずフライが、そしてインデルガンドがプルボを上りで抜き去る。再び抜かれたプルボはここから一気に失速した。

 

一方、ペースをあげたのがフライとインデルガンドである。ライバルである2人だが、互いに最速のラインを通り、ネフとの差は詰められないまでも後続との差を開いていく。レース後半に入り、トップ3を行くのはスイス選手3人。このまま何もなければ、スイス選手がメダルを独占するのは誰の目にも明らかとなった。

 

重なる転倒とパンクの今井、『スタートに立つまでの1年半が充実していた』

東京2020MTB女子

この時、今井美穂は苦しんでいた。レース中に何度か転倒を喫し、さらにそこに後輪のパンクが襲う。

「苦しいレースではあったんですよね。今まで経験したことのないパンクだとかのトラブルもあったし、でも世界とのレベルとこんなに差があるのかとも思いました」

転倒とパンクによる大幅なタイムロスで大きく順位を落とした今井は、彼女がここまで周到に準備を重ねてきた本来の走りを披露できることもなく、3周目を終えた時点で80%ルールにてレースを下ろされる。−3周という結果、37位だった。

 

「でも」、とレース後に今井は語る。

「でも楽しくて。苦しかったけれども楽しくて。本当に、周りの方の応援が嬉しくて。私にとってはすごく幸せな時間だったかなと思います。『試走の時の転倒が響いた』という記事が出ているとは思います。ですがその影響はなく。これまで準備してきたものを出した結果がこれだったと思います」

「結果がすべてですし、完走もできず、目標も達成できませんでしたが、これまでの過程が、私には充実していました。プレオリンピックで感じた絶望感、『こんなのできるわけない』と思った2019年から、レースを走るのが楽しみ、と思えるぐらいになるまでの1年半。ここまで積み重ねてきたことが自信になって、レースを本当に楽しみに楽しみにして、スタートラインに立てたのが、自分では一番大きかったと思います。レースは最悪でしたけど、私は幸せでした」(今井)

東京2020MTB女子

 

『真のチャンピオンにふさわしい』コースで、ネフは念願の金を独走で獲得

東京2020MTB女子

ⓒBettiniPhoto2021

話をレースに戻す。4周目に入り変わらず安定した走りで独走を続けるネフ。それを追う形でフライ、インデルガンドの順で3人のスイス選手は走り続ける。後続との差は開く一方、残す1周回もその順位も走りも変わることなく、ネフは金メダルのゴールへと、万全の走りで向かっていく。

 

そしてその瞬間がやってきた。リオ2016大会では6位だったネフは、選手生命をも諦める怪我を克服し、数週間前の骨折から回復し、この大会を圧倒的な走りで独走し、大きく両手を上げてフィニッシュラインをくぐった。遅れること1分強、フライとインデルガンドの順で、銀メダル、銅メダルとすべてのメダルをスイス選手が獲得した。一つの競技のメダルを一国が独占するのは、自転車競技では1904年のトラック競技でアメリカが成し遂げて以来だという。

 

「いいリズムで、難しいセクションを完璧に走り切り、上りでもとてもいいリズムで走れました。チーム全体でのこの素晴らしい結果が、本当に嬉しい」とネフ。

「誰かが言っていました。このコースを制するものこそが、真のチャンピオンにふさわしいと。マウンテンバイクの乗り方を極め、技術、体力、集中力、すべてが必要だから」

 

彼女の言うとおり、この伊豆MTBコースは、世界一のマウンテンバイク選手を決めるのにふさわしいコースだった。そしてここで行われた世界最高峰のマウンテンバイクレースも、その冠にふさわしい、すばらしいレースとなった。

 

 

 

 

【リザルト】

1位 ヨランダ・ネフ(スイス)     1:15:46
2位 ジナ・フライ(スイス) +1:11
3位 リンダ・インデルガンド(スイス) +1:19
4位 カタ ブランカ・バシュ(ハンガリー) +2:09
5位 アンネ・テルプストラ(オランダ) +2:35
6位 ロアナ・ルコント (フランス) +2:57
7位 エビー・リチャーズ (イギリス) +3:23
8位 ヤナ・ベロモイナ (ウクライナ) +3:54

37位  今井美穂(日本)-3lap

 

 

 

 

 

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