Jプロツアー第13戦@群馬CSC 入部の2連勝。”ハングリー精神”の伝播
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9月23日~25日の三連休を使って行われたJプロツアー2022第13~15戦。第13戦のレースを中心に選手たちのコメントで振り返る。
チームの力、個の力
三連休が続いた9月下旬の週末。19日の月曜日には南魚沼でロードレースが行われたばかりだが、その週の金曜日祝日、9月23日にはおなじみの群馬サイクルスポーツセンターにてレースが行われた。
Jプロツアー第13戦は、1周6kmのコースを普段の逆回りで25周する150kmで争われた。
前週に続き、台風の予報をもたらした二度目の三連休初日。スタートからレース中盤までは雨は止んでいたが、徐々に降り出し、雨脚は強くなっていった。
愛三工業レーシングチームはツール・ド・台湾に向けた調整のためチームごと欠場。年間のチームランキングで2位以下の倍以上と圧倒的なポイント差を持つマトリックスパワータグも10月から続くUCIレースに向けて調整のため、第13戦はフランシスコ・マンセボと狩野智也のみの出走となった。
これにより、今回のレースで8人と最も人数を揃えていたのはシマノレーシングとなった。
南魚沼でのレースでチーム総合の座を獲得し、チームとしての成長ぶりを見せていた弱虫ペダルサイクリングチームは、5人と人数を減らしての出走となったが、レース前には南魚沼ロードで勝ったばかりのキャプテン入部正太朗がチームメイト一人一人と握手を交わして気合いを入れる姿が見られた。
レースが始まると、前半は逃げがなかなか決まらない。というのも集団をコントロールするようなチームがいなかった。
これまでのレースではマトリックスパワータグや愛三工業レーシングチーム、平坦のレースではチームブリヂストンサイクリングが適当なメンバーで逃げを行かせてコントロールする場面が多かったが、そのメンツは今レースではおらず。
7周目にはやっと十数人のグループが先行し、言うなれば”逃げ遅れた”集団と徐々にタイム差を開いていく。
逃げのメンバーは17人。マンセボや全日本TTチャンピオンの金子宗平(群馬グリフィンレーシングチーム)、今回の3連戦での引退を発表した伊藤雅和(シエルブルー鹿屋)など有力勢が入った。
弱虫ペダルサイクリングチームからは入部を含む3人が乗った。
「僕らが後手を踏みそうなときは五十嵐(洸太)選手が埋めてくれたり、細川(健太)選手が反応してくれて。後手を踏まずに攻撃、攻撃でみんな積極的にチャレンジして、あの逃げに3人乗ることが出来たので、まずそこまではOKでした」
入部はこう振り返る。
前週の南魚沼から主力メンバーがトラック世界選手権に備えて出場しておらず、3人の出走となったチームブリヂストンサイクリングだったが、山本哲央が一人逃げに乗った。
「90%(集団と逃げが)割れるだろうと思って、何回か河野(翔輝)らに脚を使ってもらって、僕が行けないときにはつぶしてもらいながら。できたら3人乗って、最悪1人か2人で勝負しようという感じで」
そう話す山本は、前週まで新人賞ジャージを長らく着続けていたが、南魚沼でそのジャージを佐藤光(稲城FIETSクラスアクト)に譲ることになってしまったのを少し気にしていたようだった。
また、山本が逃げに乗ったことによって新人賞ジャージを纏った佐藤もしっかりとマークに入った。
シマノレーシングから逃げには横山航太と重満丈が乗っていたが、後ろの集団もシマノレーシングが引き、30秒ほどに開いた差を詰めていく。これはチームの中で最も調子がいい中井唯晶を逃げに送り込みたかったためだった。
10周目にはメイン集団から中井と白川幸希(シエルブルー鹿屋)がそれぞれ単騎で飛び出した。
「横山さんも南魚沼のレースであんまり調子は良くないと分かっていて、(重満)丈もちょっと前半戦あまり調子が上がらずに、怪我もあって、これが復帰戦みたいな感じでそこまで調子いいというわけではなくて、その2人が乗って僕が乗れなくて。やっぱこれはまずいとなって、その判断がちょっと遅かったって感じですね。
僕が今、一番力があったから(チームメイトに)詰めてくれと言って詰めてもらって、僕が1人でジャンプするので2周かかっちゃっいました」
中井はこう振り返る。
シマノレーシングが引いていた集団は中井を見送ったことで一気にスピードを落とし、タイム差が一気に1分半まで広がった。
中井は先頭に追いつき、逃げグループは18人となった。白川は追いつけずに集団へと戻った。
次第に雨粒が大きくなってきた。
12周目完了時点でタイム差は2分40秒に広がった。周回を重ねるごとに集団と逃げとのタイム差は広がるばかり。
チームメイトを揃えた中井や入部が逃げグループの後方で待機する一方、残り10周を切った頃から先頭では金子やマンセボが動きを見せ始める。
「落ち着いてはいなかったですかね。誰かしらが行きたがってました。上りとかで行きたがっていて、誰かが行けば絶対に出さないようにつくっていう感じで」
金子はそう振り返る。
一方の入部は、逃げグループの動きを観察していた。
「逃げ切りが濃厚かなと思ったんですけど、簡単じゃないですよね、18人。クライマーもスプリンターもいたんで。このコース、緩斜面で展開がやっぱり左右するので、難しいですけど。細川と香山が積極的にうまく立ち回ってくれて、僕は潜ませてもらって」
こう話す入部は、同じく後方待機していた中井と見合っていると感じていた。
逃げグループでも抜け出そうとする動きによって徐々に人数が絞られてきた。1周をおよそ8分半~9分で回っており、すでにメイン集団とのタイム差は3分半を超えていた。メイン集団で強力に牽引できるようなメンバーも残っておらず、もはや完全に勝負権は逃げグループに移った。
タイムアウトでレースを降ろされる前にせめて完走すべくメイン集団から飛び出すメンバーもあらわれ始めた。
経験値から見える展開
残り3周ほどで、逃げグループの後方待機を決め込んでいた中井が攻めに転じた。しかし、それを見ていた入部は冷静だった。
「もう20秒空いていても楽勝だと思ってたんで」と、車間を空けて一気に中井との差を縮め、中井を抜き去る際にはさらに加速して見せた。
「そこから独走に持っていって、チャレンジできたらなと思ったんですけど」
しかし、マンセボや中井が入部の独走を許さず、差を無くしたところで逃げグループのスピードが緩んだ。そのチャンスを入部は見逃さなかった。ラスト1周で入部が1人抜け出した。
「ラスト1周に入るとき、わざと空けて下り切りのところで思いっきり離して、独走チャレンジしようと思って。捕まっても香山、頼んだぞっていう気持ちで行ったら、意外と行けるか行けないかみたいな状態になって。逃げてる時ってそれが一番きついんですけど……。でももうああいうのは何回も経験してるんで。
最大限のペースで、早めの段階で逃げ切れるか、逃げ切れないかを判断しないとダメなんです。上りのある程度上まで来たときに、自分の脚と後ろの距離感を見たときに分かるんですよ。結構踏んでたんですけど、これは無理だって判断したのでもう割り切って戻りました」
切迫した場面でも調子の良さとベテランゆえの経験値のアドバンテージは大きく効いた。
入部を追う追走集団ではお見合いになりつつも、金子らが脚を使って入部との差を縮めた。
さらに入部が捕まった後、マンセボがアタック。それにはチームメイトの香山もしっかりとついたことを確認した入部は、再び小集団の最後尾について”出し切るため”のスプリントに備えた。
山本も絞られた小集団に残り、最後のスプリントを狙っていたが、普段トラック中距離に照準を合わせたトレーニングがメインで150㎞という距離への耐性が整っていなかった。かつ、「レースばかりで練習ができていない」。
「そもそも僕だけ呼吸も荒くて。他の人たちより全然脚使ってる感覚があって、そうなってくるとやっぱり筋疲労とかも相まって、気温もそうだし、脚が攣るっていう状況になってくるので、結局力不足。スタミナ不足ですね。
(最後は)得意な形で先行して行きましたけど、かけた瞬間に脚攣って、ガチャガチャしてしまって伸びず、刺されまくりで」
フィニッシュラインが見えた直線。ラスト100mで先頭に立っていたのは先ほどまで独走していた入部だった。
「スプリントで勝てないと思ってるんで、思いっきりもがいてもう出し切って終わろうと思って。出し切って、後ろを見ていたら、あれ?これ来てない?ってなって、僕スプリントいけるの⁉︎と思って」
入部本人にとってもサプライズだった。ラスト100mの間、入部は誰も横に並ばせることなくフィニッシュラインを切った。
「調子良すぎて」と自身でも驚いた様子の入部。
「本当になんだかうまく行き過ぎてるんで、どこかでめっちゃ悪いこと起こるなって思ってます。でもチームとして5人でできる限りのことやってくれたんで、あとはもう力不足とか細かいところを反省していければなと思います」
”悔しさ”からの分岐点
レース後、チームの勝利を祝い、再度入部と握手を交わした香山だったが、スプリントに参加して自身は7位という結果に悔しさも滲ませる。
「本音は悔しいですね。目の前で勝たれちゃったので。自分も(スプリントに)参加してましたけど、まだ経験値も不足してるし、力もないなというのは素直に感じていて。そこはもうあんまりかっこつけないで、悔しいけど冷静に受け入れて、改善していかなきゃなと今日も思いましたね。前回の南魚沼のときも5位争いのときでやっぱり自分9番とかで……。
正直、遅れてるというかうまくいってない方の立ち回りをしちゃってるんで。今日も南魚沼もそうだったんですけど、今日も最後だけはちょっと悔しいかなっていうのが本音あります。そこはちょっとやっぱり分析して練習してちょっと改善していきたいです」
入部が昨年から弱虫ペダルサイクリングチームに加入してから、単独での立ち回ることが多かったがここにきてチームでの動きも多く見られるようになってきた。入部からの刺激は大きいと香山は話す。
「南魚沼もそうだったんですけど、自分で動いて、動いて、結局最後勝つってどういうこと?って毎回思うんですけど(笑)。やっぱりこうやって示してくれるのは自分たちには刺激になりますし、やっぱりハングリー精神じゃないですけど、行ったから終わりとかじゃなくて、最後まで諦めないでやるのはすごく大事なんだなって感じます。同時に力不足を自身に感じてます。上を目指して、という意味ではすごく刺激はもらってます」
シマノレーシングでキャプテンを任されていたときも若手が多い育成チームではあったが、弱虫ペダルサイクリングチームではまた違う刺激が得られると入部は語る。
「シマノレーシングのときよりも今の方が年齢が離れてる選手が多くて、シマノレーシングは大学の中でもすごい成績があったりとか、そういうトップ選手が入るじゃないですか。それに比べると、うちの選手はそこまで成績はない状態っていうのが正直なところで。そういう意味ではこれから伸びしろがどんどんあるというか。アドバイスしがいがあったり、ハングリー精神も強いですよね。”勝ち続けてきた”選手じゃなくて、”勝ちたい”っていう気持ちが強い選手たちばかりなので、エネルギーがすごくて。本当に各チームによって色が違うじゃないですか。それを見られたっていうのは、僕にとってもいい刺激になります。
ワールドツアーはサポート体制が半端じゃないわけですよ。弱虫ペダルが悪いというわけではなくて、上がやばすぎるので。そこから帰ってきて、若い選手たちが日頃バイトして練習して、それでレースを頑張ってるっていうのを、去年から見てきたんで。頑張ってるなと思いますし、何とかチームで強くなりたいって僕も気合いが入りました。ハングリー精神ですよね。そういうのを見られて、本当にいいチームに来られて、本当にいい経験させてもらってます」
おそらく昔から比べたら世界を目指したいと考える若手選手が減っているのではないだろうか。世界のトッププロまでの道筋が明確になく、あまりに現実感がないからというのも理由の一つだと思うのだ。
1年間であろうと、一番上の世界を一度でも目にした選手が与える刺激は今の日本のチームにとっては非常に大きいもののように思える。
また、集団が機能しなくなってしまう”逃げ勝ち”という日本のレースでよくある展開は、各チームの集団コントロール能力の欠如によるものであることは否めない。もしも男子のワールドツアーが完成形とするならば、まだまだ未完成の域だ。国内レースは、どちらかというと個の力に勝負が依存しがちな女子ワールドツアーに近い。
東京五輪も終わり、”きっかけ”が少なくなった日本の自転車競技の普及や競技力向上を考えたとき、各チーム各選手が、我々メディアも含めた関係者全てが、楽なレースでなく厳しくて面白いレースを求めていかなければ、おそらく停滞するばかりだ。徐々にでも構わない、”ハングリー精神”の伝播を期待したい。
Jプロツアー第13戦
群馬CSCロードレース9月大会Day1 リザルト
1位 入部正太朗(弱虫ペダルサイクリングチーム) 3時間47分29秒
2位 中井唯晶(シマノレーシング) +0秒
3位 フランシスコ・マンセボ(マトリックスパワータグ) +0秒
Jプロツアー第14戦
群馬CSCロードレース9月大会Day2 リザルト
1位 河野翔耀(チームブリヂストンサイクリング) 1時間26分32秒
2位 大河内将泰(シエルブルー鹿屋) +0秒
3位 フランシスコ・マンセボ(マトリックスパワータグ) +0秒
Jプロツアー第15戦
まえばし赤城山ヒルクライム
1位 フランシスコ・マンセボ(マトリックスパワータグ) 57分47秒
2位 湊 諒(シマノレーシング) +13秒
3位 加藤辰之介(イナーメ信濃山形) +15秒
全日本実業団自転車競技連盟
https://jbcfroad.jp/
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