【コラム】ケルビム・今野真一「自転車、真実の探求」第13回“ロードレーサーにおける「リヤセンター」と「走行性能」の関係”
目次
ヒルクライムフレーム
思考の時間
自転車設計に関して様々な質問をいただく。問われる度、頭を抱え「答え」を導き書き留める。「問い」「考え」「答える(発表)」の繰り返しだ。
しかしながら、その揺籃の場を与えていただくことは私(ケルビム)にとって自転車を前進させるこの上ない思考のチャンスであり感謝でしかない。
今月は「リヤセンターについて?」 というお題を中島編集長から頂いた。暑さもおさまらぬ処暑、日本有数のロケーションを誇る青山学院キャンパスと自転車学びの聖地「東京サイクルデザイン専門学校」その狭間にあるカフェ。チェーンステーの性能に想いを馳せてみる事としよう。
自転車設計者の苦悩
「チェーンステー」に関して設計者が留意することといえば、「長さ」「形状」「角度」の決定を求められる。
それらをコントロールし用途に適正な「剛性」や「性能」を発揮させるように努める。当然用途だけでなく、ライダーの個人差や戦法により、求められる性能は異なる。
単純に「短ければ良い」「硬ければ良い」という「答え」は的外れであり、その手の安直な理論はチェーンステーに限らず自転車全般の設計においてナンセンスと言っていいだろう。今回もまた、私の経験談や様々な事例など紹介し、関係性をイメージして頂ければ幸いである。
流行の議論?
1980年代までの、競技におけるスチール全盛時代。振り返ればフレーム性能議論の中心は「ジオメトリ」の話だった。
現在は「空力」「回転抵抗」「路面抵抗」「変速性能」などが多くのユーザーの関心事項であり、「二輪車」と「ライダー」という根本的な関係性を導きだす寸法については無頓着であり、いささか寂しい思いをするばかりだ。
「ヒューマンパワー」を引き出す「自転車」という機材。その自転車自体をいかに人間に近づけていくか。その中心の設計理論は、自転車フレームその物のジオメトリであり続けなければならないと、信じている。悲観的になっても仕方ないので我が道を進むのみだが、今一度みなさんも考えてみてほしい。
私の場合どうしてもスチールフレーム中心の話になってしまうが、いくつかのセクションに分けて話を進めたい。
形状
まずは「太さ」や「フォルム」「肉厚」となるが、「太さ」はクロモリの場合Φ19mm〜Φ28mm程度が主流である。
チタンの場合プラス10%、カーボンの場合20%程度 大口径化する。
素材の比重が軽ければ「太く」なる方向にいくのであるが同時に図らずとも剛性も高くなってしまう。肉厚はスチール系で0.7t〜1.0tが一般的で、思いのほか、その調整幅は狭いがコンマ1(紙一枚程度)の変更でもその効果は絶大だ。
それらを、プレス等で形状を変えたりして剛性を調整する訳だが、単純に剛性だけを考えて形状を変える事は難しい。
なぜなら自転車は人間がまたぎ、ペダルをこぐという性質上、様々な構造を横方向に広げる事には限界があるからだ。
その最も制約の多い箇所が、チェーンステーを取り付けるBB付近なのだ。
見ていただければわかるが、実はその辺りの設計に関しては10mmなんていう寸法の幅は許されない。クランクやペダルのQファクターは一般的に狭い程理想的であり、そこにフロントチェーンリングやホイールがひしめき合っている。
その間に今回の主役、チェーンステーを連結させるが、どんなバイクでも、チェーンステーの幅は、およそ17mm~18mmあたりが限界である。よって、チェーンステーの横剛性というのは肉厚を上げない限り大幅には望めない。
設計者にとって、フレーム剛性は縦にはある程度の自由はあるが横剛性には残酷なまでに不自由なものなのだ。この辺りが自転車フレーム設計の鍵とも言えるかもしれない。
しかしながら剛性を上げれば、良い自転車が完成するかという事ではないのでご安心頂きたい。スプリンターの雄 競輪選手をはじめ、ほとんどのレーサーはφ22.2mm、肉厚0.7t〜0.8tのパイプで調整をしている。
200年という歴史の中で、競技フレーム剛性はこの辺りが最も収まりの良いところと言って差し支えないだろう。
更に剛性を持たせたい場合にΦ28のパイプや肉厚を上げたりもするが、安易に硬くするのも得策とは言えない。それに見合った前三角の剛性確保が必要になり、結局は「剛性の追いかけっこ」でバランスを崩し、重く進まないフレームにしかならないなんて事になってしまう。
設計全般に言えるが、安易に剛性を上げることは、決して得策ではない事を付け加えたい。
自転車のリヤバックは、右側にチェーンなどのドライブ構造がある都合上、左右に同じ応力が掛かるわけではない。実は左側にはより多くの応力がかかってくる。
肉厚限界値ギリギリの薄さで製作したフレームは、大抵左チェーンステーが破損する。カーボンバイクなどでは形状を変え調整しているメーカーを見かけるのはこのためだ。
スチールレーサーでは、バランスを整える為に肉厚を変えて対処する事が殆どなので、外見状は分からないが、調整されているフレームも多くある事と想像できる。
感覚の鋭いライダーでは左右の肉厚を指定してくる選手もいるから驚きである。
長さ
「短い」とパワーがダイレクトに伝わるが乗り心地が悪い。「長い」方がクッション性が生まれるランドナー向いている。
そんな意見も多々聞くが、どうだろうか。私の考えでは、半分は正解で半分は間違いだ。
近年のレーサーのリヤバックの長さは、415mmというのが一般的でバリエーションはほぼ無い状態だろう(ロードレーサーと謳っていながら、28Cのタイヤも入る。そんな車種も出回っているが、それらはレーサーとは呼ぶには相応しくないだろう)。
では、この415mmという数字はどこからやってきたのか?
実はコンポーネントメーカーの推奨値である。「これ以上短いチェーンステーで変速機に不具合が出ても責任は取りませんよ」という数字ですので守ってください。以上。となる。
上述の通り「人間」と「自転車」の根本的な設計思想という意味では、大きく的外れな寸法にも見える。
ご存知の通り、昨今の多段ギヤやワイドギヤが主流であり、その恩恵も十二分にある事もうなずけるが、同時に自転車製作者の思考を停止しかねない数値の指定にもなりえる(カタログ通りに設計みたいな……)。
また、良好な変速性能も大事だが、415mm以上という数値は多くの東洋人ライダーでは、やはり長すぎる寸法と言わざるを得ない。
しかし、ライダーが、インナー×トップ、アウター×ローといった“たすき掛け”が使えることを期待しないのであれば、リヤバックを詰める余地は残されている。
私の場合、ライダーの了解が得られれば、小柄なオーダーレーサーはメーカー推奨値を無視して製作する場合もある。リヤのホイールに掛かるトラクションは大きく増えヒルクライムやクリテリウムなどでの走りは大きく変わる。
変速の構造を理解し操作出来る方であれば、そんなに問題にならない場合もあるのでご相談頂ければ嬉しく思う。
どこまで短く出来るのか?
短ければ良いのかという議論は抜きにしての話になるが、変速の制約が然程なかった時代、ケルビムではリヤセンター375mm! のフレームも製作していた。
他にもシートチューブに潰しを入れたり、シートチューブを2本にしたりして、340mmなんて自転車も作っていた。ショートリヤセンターへの挑戦に各社が凌ぎを削っていた時代だ。
レーサーの性能としては万能という訳ではないが、ヒルクライムやクリテリウムでは非常に優れたアドバンテージを実現する。ヒルクライムでタイムを出したいのであればかなりの効果が見込めるだろう。また、MTBも短いチェーンステーを目指し設計されている事は明らかだ。
では、変速機がなければ、理想の長さを確保できるのか? というと、実は自転車にはもう一つ制約がある。ペダルを回す都合上、「かかと」が後輪シャフト付近やリヤディレーラーに干渉するのだ。
現在のロードバイクは、スルーアクスルを使用し、リヤエンド幅は142mm。さらにリヤディレーラーはどんどん巨大化しており、ペダリングの癖などでは、415mmでも、かかとが干渉してしまうのでは? と懸念してしまう。
やはり制約だらけの自転車設計なのだ。
よって変速システムやスルーアクスルの問題もあるが、そもそも自転車のリヤセンターや幅は個人差こそ出てくるものの、人間エンジンから見て物理的に問題が生じることとなる。
ガソリンエンジンであれば構造的にも理想的な対処法がいくらでも見つかるが、人間エンジンの自転車では、かかとを削るわけにはいかないのだ。
角度
スプリンターであれば、ハンガー下り(BB高)が高い方が反応が良くスピードに乗せ易い。低いと反応が鈍い。なんて感覚を経験した方は多いのではないだろうか。ゆえに、ピストフレームはBBが高く、ランドナーは低めに設定してある。
日本の競技でもBB高0mm!なんてフレームも登場し話題になった事もある。BB高と反応の関係はまたどこかで執筆する事として、チェーンステーからの考察では取付角度が大きく関係していると言える。
図1の様にBBが下がれば角度が増え、ペダルを踏み込んだ時、自転車全体の「振り子現象」が大きくなり全体は暴れてしまう事となる。逆にBBが上がれば、自転車全体の「振り子現象」を防ぐ事ができる。
長さもさることながら、チェーンステーで最も自転車の性能に関わってくるのはこの角度ではないか? と我々は考えている。
ケルビムのフラッグシップモデルでは、チェーンステーの取り付け位置やリヤのエンドの形状などを再考察し、BB高をそのままに、この角度を減らし(垂直)踏み込み時の反応の良さを実現している。
物体にかかる応力の調整は素材を強くするよりも取付角度などの調整によって容易に変化させる事が可能なのだ。
思い込みと錯覚
リヤセンターは当然ホイールベースにも影響を及ぼし、フロントセンターとのバランスも考慮されなければならない。
ランドナーはロングホイールベースで直進安定性が確保してあり、レーサーはショートホイールベースで反応が良い……などのインプレッションをよく目にする。
なるほど、見てみればその通りランドナーはどれもチェーンステー長が430mm前後の長さが確保されている。ではもっと長くすれば直進性が増すのか?
実はそんな事はない。リヤバックが長いのは設計者の苦悩の結果でもあるのだ(少なくとも私の場合)。
直進性とリヤセンター長に明確な根拠はない。ランドナーにはご存知の通り泥除け、太いタイヤ、トリプルギヤ、更にはサイドバック……、など多くの装備を必要とする。それらに対応するためにこの寸法に落ち着いているに過ぎない。更にその上で限界の寸法となっているのだ。
リヤセンター450mmのランドナーは私の知る限りないし、快適とは思えない。
実は自転車は、多くの場合において可能な限りコンパクトに設計されているのであって、そう考えるべきである。人間が扱う以上、様々なシチュエーションで扱い易い寸法が存在する。
法則を導き出す
チェーンステー1本の設計をとっても、実はディレーラーにエンド幅、規格、流行、そして人間エンジンであるがゆえの考察が散りばめられている。
安直なイメージや思い込みに、流されずに理論的かつ、部分の数字のみに流されずに設計しなければならない。
レオナルド・ダ・ヴィンチがウィトルウィウス的人体図を製作してから400年後、フランスの建築家ル・コルビジェがモデュロールという、建築や家具の寸法の規則性を再提唱した(1940年代)。
あらゆる芸術や建築に美や機能を効率的に更には規格化していくという目的もあっただろう。しかしこの数字はコルビジェ自身が発案したというよりは歴史的に落ち着いて来た寸法を再考察したという側面の方が大きいだろう(日本にはもともと畳文化がありこちらの方が歴史も古く先進的でもある)。
自転車のホイールはなぜ700C(直径675mm前後)なのか? という議論がある。
ランドナーだろうがレーサーだろうが、リム径が異なるだけで一般的なホイールの外径はおよそこの数字におさまっている。コルビジェの提唱する家具の高さなども700mmとなるし、ある種マジックナンバーなのかもしれない。
日本の建築にもこのあたりの数字は多様されている。
MTBやグラベルのジャンルでは29インチなども流行しているが、有に700mmを越しており、全体のバランスとしては不恰好にも見えてしまい、自転車全体のプロポーションという観点からは、私としては抵抗感を否めない。
ダ・ヴィンチのウィトルウィウスもコルビジェのモデュロールも、芸術や建築に積極的に使われているかと言えばそうではないが、自転車界にも、黄金比的な数字は必ず存在するであろうし、競輪フレーム製作の現場では、その数字に巡り合わせる機会が多々ある。そんなマジックナンバーを今後、私は開示していきたいと願っている。