NTTプロサイクリング新加入の入部、全日本チャンピオンが試される覚悟と対応力。
目次
11月15日朝に開かれた会見でNTTプロサイクリングのダグラス・ライダーGMとともに
NTTプロサイクリング体制発表会が11月12日に東京・大手町で行われ、来季のメンバーリストが配られた。そこにはエドヴァルド・ボアッソンハーゲンやヴィクトール・カンペナールツなど、名だたる26人の選手名が記されていた。しかし、来季のワールドチームの最低構成人数は27人。一人足りなかった。
その2日後、急遽発表されたNTTプロサイクリングへの日本人加入というニュース。そこに名を連ねたのは、ワールドチームでもプロコンチネンタルチームに所属している選手でもない、国内コンチネンタルチームであるシマノレーシングの入部正太朗だった。
全日本は最高の目標であり、最低限の目標。
今年の全日本のタイトルは、シマノレーシングというチームが入部に全てを託して勝ち取ったものだった。国内コンチネンタルチームであるシマノレーシングが世界にアピールできる機会はほんのわずかだ。シマノレーシング監督の野寺秀徳はこう話す。
「国内で活動をしている中で、僕らがアピールできることと言ったら全日本選手権の優勝とツアー・オブ・ジャパンの優勝くらい。そこに全力で向かおうっていうのを何年も前から春先のミーティングで選手たちに言い続けてきて、共有してるんです。全日本選手権の優勝っていうのが僕らにとって最大級の目標でもあり、ヨーロッパにチャレンジするという目線からしたら最低限の目標です」
入部もまた、シマノレーシングというチームで8年もの間ステップアップの機会を伺っていた。移籍をするならばプロコンチネンタルチーム以上。他の国内チームへの移籍を考えることはなかった。そして今年、全ての始まりとなる1勝を手に入れたのだった。
日の丸ジャージを手にした後、エージェントから”可能性”というレベルでワールドチーム行きの話を持ちかけられた入部は、「その話が実現するようだったら僕は行きたいです」と即答した。しかし思うように話の進展は見られず。入部は来季も継続でシマノレーシングとの契約の話を進めていた。NTTプロサイクリングからのアプローチが急展開を見せたのはジャパンカップの後からだった。面談をし、契約書へのサインに至ったのは発表当日である11月14日。
コンチネンタルチームからワールドチームというまさかのジャンプアップにシマノレーシングは誰もが前向きに捉え、快く送り出してくれた。短い間で急遽ワールドチームの契約まで至った入部だったが、本人もまだ整理がついていない様子であった。
「楽しみ半分ですけど、不安がないかと言ったら嘘になるので、正直不安もあります。自分の夢に向かって、いろんな方にご尽力いただいて、全日本選手権ではチームメイトに助けてもらったりだとか、本当に皆さんのおかげで夢の第一歩を進めることができたので、全身全霊をかけて、命をかけて、自分の可能な限りチャレンジをしていって、頑張っていくつもりです」
契約書にサインをした翌日朝の会見で入部はこう話した。
僕はそこに行かなかったら、今までやっていたことは意味がない
シマノレーシングからワールドチームへの飛び級と言ってもいい今回の契約について、野寺は「本当に全ての運が良かった」と話す。
「もちろんそこに実力が見合っているなんて本人も思っていないし、誰も僕らも思っていないです。じゃあ見合っていないから立てる場所に立たないかって言ったらそういうことはなくて。そこに立って、批判されようが何しようがスタートラインに立つんだっていう確固たる思いがあるんです。
入部には行かないっていう選択肢ももちろんあるはずなんですけど、彼にそれを聞いたら、『僕はそこに行かなかったら、僕が今までやっていたことは意味がない。(スタートラインに)立たせてもらえるのに行かないなんて選択肢はありません』と強い意志で言った。そのとおりなんですよ。僕らのレベルでやっている選手で、あの(移籍)話がきて行かないなんて選手はいないです。諸々を覚悟して、彼が(ヨーロッパに)行って苦労することなんて百も承知ですけど。なんだかんだ言って、僕らスポーツ選手って恐怖心を渇望するところがあって。怖いから行かないっていう選択肢じゃなくて、怖いからこそ行ける人間が強くなっていくと思うんですね」
未知の世界へと足を進める
これまではチームの中でエースとして、守られる走りをしてきた入部だが、これからはチームのための”仕事”が求められる。パワーアップしていくべき部分について「全て」と答えた入部自身も、世界と比較しての圧倒的実力不足という現実に向き合う。
「レースを読む能力もそうですし、テクニックもそうですし、単純なパワーもそうですし、全てにおいてパワーが数段必要なので。本当に、頑張ります」
どこか自身に言い聞かせるように話す入部は、未知の舞台で戦う未来を優先する。
「行かずして後悔するんだったら行って潰れる方が本望なので。もちろん潰れたらダメです。でも行かずして後悔したら一生後悔し続けるんで。それだったら潰れて鬱になろうが、何しようがそっちの方が本望です」
入部の選手人生の目標として、全日本選手権の優勝、ワールドチームで走ること、オリンピックに出場することの三つを挙げたが、来年に迫る東京五輪出場に向けては、”それどころではない”状況のようだった。
「現状として(五輪国内選手選考の)順位的にもかなり厳しいところにいるのは事実ですし、仮にワールドツアーのポイント係数が高かったりとか、もちろんあるとは思うんですけど、僕が今考えているのは本当にチームに貢献したいっていうことなので。自分が(UCIポイントを)取りたいからとかそういうんじゃなくて、本当にプロフェッショナルな世界に行くということは、自分ができる仕事をまっとうすることだと思っているので、どんな形であってもチームの勝利に携われるようにしていくことがまず第一。勝ってみんなが喜んでいるところに貢献して一緒に入りたいですね」
NTTプロサイクリングのトレーニングキャンプは12月9日から20日までかけてスペインで行われる。「かなりハードなライドキャンプ」とダグラス・ライダーGMは言う。そこでのトレーニングなどによってシーズン全体を通しての出場レース計画を立てる予定だ。チームは来年のジャパンカップへの参加に向けても意欲を示す。
日の丸ジャージがスタートラインに立つこと、それが指す意味。
別府史之や新城幸也らがトップカテゴリーで10年もの時間をかけて積み重ねてきたものをたった1年で超えられるほどヨーロッパは甘くない。おそらく入部は、走り方も考え方も生活も、本当に全てを切り替えていかねばならないはずだ。ましてや来年の全日本選手権までは日の丸を背負って、日本の顔として走るのだ。
ワールドチームで日本ナショナルチャンピオンジャージを着て走ることができるというのは、選手人生の中でもこの上ないことである。一方、恐怖心やプレッシャー、批判などもこれからはたった一人で全て受け止めなければならない。その責任感は計り知れないと入部は話す。
30歳の初挑戦は、全てにおける対応力が試され、体力的にも精神的にも常に限界を打ち破っていかなければならない。モチベーションを保つことすら難しくなるタイミングも訪れるかもしれない。しかし逆を言えば、日本で一番成長するチャンスがある選手の一人とも言える。入部は前を見つめる。
「僕らしく、僕の例を作っていこうと思います。僕にできることはそういうことなので」
まずは国内で努力を重ねた強運の持ち主の新たな門出を祝福して、世界最高の舞台のスタートラインに日本チャンピオンジャージが並ぶ姿を目に焼き付けようじゃないか。まずスタートラインに立つということ、それだけでもきっと、次に繋ぐのは自分だと熱い気持ちを持つ選手たちの星になり得るのだから。