太平洋岸自転車道 じてんしゃ旅 十日目 浜名湖(静岡県)〜伊良湖(愛知県)〜志摩(三重県)
目次
浜名湖の湖岸でシシャチョーと再開。太平洋岸自転車道ロケの最後の旅が始まった
サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画の番外編となる「太平洋岸自転車道編」。千葉県銚子から神奈川県、静岡県、愛知県、三重県の各太平洋岸沿いを走り和歌山県和歌山市に至る1400kmの長旅が始まった。十日目は浜名湖(静岡県)から伊良湖(愛知県)へ行き、フェリーで鳥羽に渡り志摩(三重県)へ。
いよいよ太平洋岸自転車道最後のロケ
浜名湖の弁天島で前回のロケを終えたのが梅雨明け前の7月。今回の最終ロケで再びこの地に立ったのが何と12月。シシャチョーも筆者も夏から秋にかけての間が1年のなかで仕事が一番多忙な時期なのだ。二人そろってまとめて数日取ることが難しく、ついに師走になってしまったのだった。
「井上はん、こうやって走るのは久しぶりですなあ〜」とシシャチョー
「本当ですね……旅にはリズムがあるので続けて走れたらベストなんですけど」
「いや〜仕事が忙しゅうて……」
二人して言い訳をしながら弁天島を出発。
太平洋岸は浜松からはずっと幹線道路にオーバーラップする形で進んでいく。国道1号から国道42号に入る。この国道42号はこれから海を渡って紀伊半島を周回するあいだ共にする国道である。
42号線に入って間もなく愛知県に入った。ここから渥美半島に入り、先端の伊良湖岬までのわずかの区間だけ太平洋岸自転車道は愛知県を通るのだ。
渥美半島も御前崎からの道のように美しい砂浜沿いを通っていけるのかと思うが、それは違っていて、残念ながらほとんど国道42号を進むことになる。道路外側線が引かれているだけの狭い箇所が多く、常に自動車にあおられながらの走行になってしまう。ただ渥美半島に訪れるサイクリストが多いからだろうか? 自転車慣れしているドライバーが多いのか、後ろに圧を感じることはあっても目立ってクラクションを鳴らされたり幅寄せされたりというのは無かった。そのかわり道が狭いのでずっと路面を目を凝らして睨みながらの走行を強いられた。
しばらくして雨がパラパラと降ってきた。本降りではないが顔に当たる雨粒が不快に感じられた。
自転車専用道が伸びる海岸線の道を走る。しかし落ち葉があちこちに溜まっていてそこに雨が降って滑りやすく危険だったため、早々に国道に戻ることになった。
「雨でロケになりまへんなあ……井上はん今日は伊勢まで行かなあきまへん。先を急ぎましょ!」
シシャチョーの一言でとにかく伊良湖岬に向けて急ぐことにした。ほぼ記憶に残らない国道の道を延々と走り、ようやく伊良湖(いらこ)岬に到着。先端にある灯台を巡ってようやくロケに来た気分になった。天気も悪いので致し方ないが、ここまでは太平洋を感じられるような区間では無かったように感じる。
フェリーに搭乗してようやく落ち着いたので、今日の目的地を決めることにした。
「残りの距離を考えると今日は三重県の志摩市辺りまで行かないといかんな……」シシャチョーが神妙な顔でつぶやく。
「学生の時にこの辺りをサイクリングしましたが、結構きつかったような……。フェリーを降りて日没まで1時間もないですよ。雨の中のナイトランですよ。大丈夫ですか?」と心配して筆者が聞く。
「せやけどロケの日程は伸ばすことはできまへんのや! ここは頑張っていきましょ!」
今日の目的地は志摩市となった。
そして予想どおりフェリーを降りてからの走行は厳しいものになったのだった……。
暗闇のなか、寒さに震えながらさまよう
フェリーを降りたところは三重県鳥羽市。ここからいよいよ紀伊半島を回るのだ。この鳥羽から先は海岸線が細かく入り組んだいわゆるリアス式海岸が続いている。入り組んだ海岸線と緑、そこに浮かぶ生けすや漁船。その景観はとにかく美しく素晴らしいのだ。太平洋岸がいかにバラエティーに富んだ地形をしているか、それを見ることができる稀有な場所なのだった。そしてリアス式海岸だけあってアップダウンとワインディングがずっと続く。スポーツサイクリングにはとても適している場所である。
しかしわれわれが走るのは夜、しかもそぼ降る雨の中だった。薄暮のうちはまだ少し海岸線も見えて旅気分も味わえたがそれもつかの間、日が暮れてしまうと辺りに灯りもなくなり、天気が悪いのもあって真っ暗になってしまった。ヘッドライトが目の前の路面だけを照らしている。しかも少し霧がかってきたのかライトの灯りが拡散して視界がぼやけてしまうようになった。そこへアップダウンが始まった。
ゼエゼエハアハア……という呼吸音だけが耳につく。長い上り坂を越えて下る、そしてまた越え下る。ふと左側が気になったので目をやると、そこに黒く広い塊のようなものが見える。何だと思って目を凝らすとそれはどうやら入江のようだった。陸地が灯台のわずかな灯りに照らされて見えるなかに、水面だけが真っ黒な墨汁みたいに見えるのだった。それが何だか薄気味悪く感じ、思わずスピードを上げてしまった。日中に晴れていれば美しいだろうに……。その不気味な景色をやり過ごしてからスピードを上げすぎていることに気がつき、少し休憩を取ることにした。
「いや、たまらんな……これは。雨もきつなってるし……」シシャチョーがぼやく。
確かに雨足が強くなってきている。筆者はアウトドア用のレインウェアを着込んでいるが、シシャチョーはウインドジャケットなので完全には雨を防ぎ切れていないようだ。いくら暖冬とはいえ冬の雨だ。シシャチョーはブルブルと震え出した。どちらかというと寒さに強い私もグローブに水が染み込んできて指先の感覚が無くなり始めていた。
その後は二人とも無言で黙々とペダルを踏んだ。周囲に目安になるものは無く、頼りになるのGPSに表示されるルートマップだけだった。延々と暗いなかを走りつづけた。二人とも時間の感覚がなくなってしまっていた。
「残り5kmですよ! 迫田さんがんばりましょ!!あっ! コンビニ発見! でも後5kmです。晩飯もすぐですよ。どうします? 立ち寄ります?」と筆者が聞く。
「よ、寄ってください……」
シシャチョーは自転車を駐輪すると駆け出すようにして店内に飛び込んでいった。ホットコーヒーをすすり、チキンを貪るように食している。その姿を見て若い頃によく聴いた尾崎豊の曲が頭に浮かんだ。アラフィフあるあるだと思う。
ずぶ濡れで宿に辿り着き、熱い風呂に入ってやっと気分が落ち着いた。
「あ〜きつかったわ! しかし腹減ってきたな! 井上はん何食いたい?」
「アンタさっき亡者みたいな顔してチキン食ってたでしょ!?もう生き返ったんかい!!」
宿の近くの鉄板焼きでハイボールで乾杯し、美味い料理をいただいた時にはきつかった道のりもすっかり忘れてしまっていた。
今回の走行距離:浜名湖〜志摩(90km)