安井行生のロードバイク徹底評論 第2回 GURU Photon SL vol.8
目次
670gの超軽量フレームを作る技術を持ちながら、フルオーダーが基本という姿勢を貫くカナディアンブランド、グル。いかにも北米らしいスッキリとした雰囲気をまとうこのブランドは、何を考え、どこを目指して自転車を作るのか。カナダ自社工場の製造工程とフォトンSLのインプレッションを通じて、先鋭と人間臭さが複雑に混じりあうグルの製品哲学に迫る。全8回。
技術大量投入型の新しさはない
しかし、フォトンSLに技術大量投入型の新しさがないのも事実。開発資金をたっぷりとつぎ込み、技術の力技で快適性と動力伝達性を両立させるビッグブランドの最新鋭モデル達の走りとは、やはり少し違うのだ。ただ、大人しいフレーム形状と絶妙な剛性チューニングが功を奏しているのか、軽量チューブtoチューブフレームはそのような走りになりやすいのか、しっとりとした落ち着いた雰囲気があり、脚によく馴染むのが美点である。
フォトンSLが持つこの「扱いやすさ」、「脚馴染みのよさ」という性能はもっと評価されるべきだ。どこまでも走れる気がする。どこまでも上って行けるような気にさせてくれる。バイクと一体になれる- 数値の高低や良し悪しで評価できる加速性や快適性などとちがって、これらは曖昧でどうにも文章にしにくく伝わりにくいのだが、人間が操縦する乗り物には重要な性能である。
だから筆者は、計算され尽くしたビッグブランドの最新鋭フレームを、素直に褒めることができないことが多い。原因は2つ。1つめは、乗り味や剛性感が軽薄だと感じられること。カンカンに硬く落ち着きのない動きをするのでバイクと心が通いにくく、速いは速いが楽しくないのだ。2つめは、快適性と動力伝達性の両立があまりに高度であるが故に、バイクの性能が人間の生理感覚と乖離してしまうこと。このような高性能フレームは、人間の感覚を無視して幽霊のように路面を滑っていってしまう。正論や綺麗事を並べただけの歌が心に響かないように、ただ高性能なだけのバイクは愛しにくい。筆者にとって、「机上の正論」と「路上の現実」は一致しないことが多いのだ。
ただいいタイムを出したい、もしくはただ楽に長距離を移動したいという人なら、人工美の極致を目指したような現実感のないフレームを選べばいい。しかし、フレームと対話をし、バイクと溶け合い、一体となって筋肉の軋みをリアルに感じたいなら、「ただ速いだけのフレーム」ではなく、フォトンSLのような現実世界に生きるフレームを相棒とするべきだと思う。
フォトンSLが持つこの「扱いやすさ」、「脚馴染みのよさ」という性能はもっと評価されるべきだ。どこまでも走れる気がする。どこまでも上って行けるような気にさせてくれる。バイクと一体になれる- 数値の高低や良し悪しで評価できる加速性や快適性などとちがって、これらは曖昧でどうにも文章にしにくく伝わりにくいのだが、人間が操縦する乗り物には重要な性能である。
だから筆者は、計算され尽くしたビッグブランドの最新鋭フレームを、素直に褒めることができないことが多い。原因は2つ。1つめは、乗り味や剛性感が軽薄だと感じられること。カンカンに硬く落ち着きのない動きをするのでバイクと心が通いにくく、速いは速いが楽しくないのだ。2つめは、快適性と動力伝達性の両立があまりに高度であるが故に、バイクの性能が人間の生理感覚と乖離してしまうこと。このような高性能フレームは、人間の感覚を無視して幽霊のように路面を滑っていってしまう。正論や綺麗事を並べただけの歌が心に響かないように、ただ高性能なだけのバイクは愛しにくい。筆者にとって、「机上の正論」と「路上の現実」は一致しないことが多いのだ。
ただいいタイムを出したい、もしくはただ楽に長距離を移動したいという人なら、人工美の極致を目指したような現実感のないフレームを選べばいい。しかし、フレームと対話をし、バイクと溶け合い、一体となって筋肉の軋みをリアルに感じたいなら、「ただ速いだけのフレーム」ではなく、フォトンSLのような現実世界に生きるフレームを相棒とするべきだと思う。
「技術的最先端」が正解だとは限らない
物理法則をねじ伏せんばかりの超高性能を達成したビッグブランドの製品は、間違いなく素晴らしい。それを作り上げた技術者の仕事は尊敬に値する。空気抵抗、路面の凹凸、慣性、重力……我々の運動・移動を邪魔するそれらを巧妙な設計によって封じ込める、人工的でクールな走り。これは、あらゆるロードバイクが目指すべき境地だ。自転車の最先端は、間違いなくそこに存在する。
しかし、ライダーが本能的に求めるのは、バイクに「自分の血が通っていく感じ」であり、「人~バイク間の濃度の高いコミュニケーション」であり、「人車一体感」かもしれない。僕を虜にするのは、チューブがねじれ、フォークが制動に耐え、チェーンの一コマ一コマが引っ張られ、タイヤが路面を力強く蹴飛ばす- という、“機械のリアリティ”である。我々が欲しているものは、必ずしも「完成された技術的最先端」とは限らないのだ。だから自転車は難しい。
あえて最新鋭の超高性能と距離を置いたからこそ、半ば偶然に成り立つバランスがある。それは、走りにリアリティをもたらし、乗り手に自信を与える。このフォトンSLは、そんなバランスの上に成り立つ一台だった。
vol.7へ戻る
vol.1へ戻る
しかし、ライダーが本能的に求めるのは、バイクに「自分の血が通っていく感じ」であり、「人~バイク間の濃度の高いコミュニケーション」であり、「人車一体感」かもしれない。僕を虜にするのは、チューブがねじれ、フォークが制動に耐え、チェーンの一コマ一コマが引っ張られ、タイヤが路面を力強く蹴飛ばす- という、“機械のリアリティ”である。我々が欲しているものは、必ずしも「完成された技術的最先端」とは限らないのだ。だから自転車は難しい。
あえて最新鋭の超高性能と距離を置いたからこそ、半ば偶然に成り立つバランスがある。それは、走りにリアリティをもたらし、乗り手に自信を与える。このフォトンSLは、そんなバランスの上に成り立つ一台だった。
vol.7へ戻る
vol.1へ戻る