『ゼロ』から『垂直』へ。ウィリエール・ヴェルティカーレSLRインプレ

目次

今やイタリアを代表するブランドの一つであるウィリエール トリエスティーナ。
その新作「ヴェルティカーレSLR」は、同社最軽量を実現したクライミングバイク。
にわかにエアロ万能機が勢力を拡大する中にあって、軽量モデルの存在意義とはいかに。

ヴェルティカーレSLR モデル紹介

今やイタリアンロード〝新御三家!?〟のひとつ

世界中にあまたあるロードバイクブランド。ひと昔前程でないとはいえ、その勢力図を表す一つの指標となるのは、やはりトッププロチームへの供給体制があるだろう。
そこではかつてロードバイク専業と言っていいイタリアンブランドが目立っていたが、今や北米や欧州の総合スポーツバイクメーカーが主導権を握る。
そんな中にあってコルナゴ、ピナレロとともに精力的にバイク供給を行うのがウィリエール トリエスティーナ(以下ウィリエール)だ。

2024年のワールドツアー18チームのうち、アスタナとグルパマが同社のバイクを駆っている。
ワールドツアーで2チームへバイク供給をするのは、ウィリエールの他にスペシャライズド(レッドブル、ドゥクーニンク)、キャニオン(アルペシン、モビスター)しかない。
チームの規模、契約条件などの違いがあるので一概にチーム数だけで評価はできないとはいえ、2つのワールドチームをサポートするのは、やはり企業力がなければ難しいことだろう。

ひと昔前、イタリアンロードの御三家といえばコルナゴ、デローザ、ピナレロと言われたものだが、2000年代以降のウィリエールの躍進を見ると、もはやデローザに取って代わる存在とも言えよう。
そんなイタリアン〝新御三家!?〟のウィリエールが、既存のフラッグシップの一角である軽量機ゼロSLRの後継となる「ヴェルティカーレSLR」を新たに投入してきた。

ウィリエール史上最軽量720gを実現

過去、ウィリエールといえば2010年代前半に発表したゼロセッテ(ZERO7)を筆頭にして軽量モデルの開発にも意欲的なブランドである。
そして、その流れを汲み、これを極めたのがヴェルティカーレSLRであり、同社史上最軽量となるピュアクライマーモデルとして誕生した。
ちなみに、車名に冠された「ヴェルティカーレ(VERTICALE)」とはイタリア語で「垂直」を意味するものである。

新たなる軽量フラッグシップモデルは、ドロップドシートステーやトップチューブの下側からシートポストを固定する方法をはじめ、基本的なフレームのシルエットはゼロSLRの延長線上にあると言っていい。
とはいえ、全てのチューブ形状は見直され、強度・剛性を与える部分と軽量のためにスリム化した部分のメリハリがより鮮明になり、その立ち姿も全体的にかなり洗練されたように感じる。

前作のトップチューブは、ヘッド近くでその下側が一気にお辞儀するような造形だった。しかし今作では直線的に結ばれ、無駄を省いて軽量化とねじれ剛性を両立する

シートポストのクランプ部はトップチューブへの内蔵式で、その部分はフィランテSLRのように三角形に成形され、前作ゼロSLRよりもスマートな形状になった

ドロップドタイプのシートステーで空力を高める。シートステー自体はかなりきゃしゃな作りだ。軽量化はもちろんのこと、高い快適性の演出にも一役買っている

ダウンチューブは前作のゼロSLRと比べると上下方向は抑えられた反面、左右への幅が広がっている印象。軽量化をしつつ、よりねじれ剛性を高める設計なのだろう

ハンガーシェルの規格はオーソドックスなプレスフィットタイプ。接合されるチューブたちは、そのシェル幅いっぱいにすることでねじれ剛性を高めている

徹底的に無駄を省いたリヤエンドも軽量化に貢献する。ドライブトレイン側にあるスルーアクスルのネジ受け部分のアルミパーツは、破損に備えて交換が可能だ

さらにカーボン素材も見直されており、東レの第3世代であるトレカT1000とT800で強度を高め、ねじり剛性を高弾性のM46JBの3種類を用いて必要な強度を剛性を両立させている。
そして、それだけでなく、フレーム成型も新たに「アクティブモールディングシステム」という方法を採用した。
これは成形時に特殊発泡素材を用いることでカーボン素材を強化しながら硬化させることができるというもの。
こうしてヴェルティカーレSLRは、形状・素材・製法の三位一体により、必要な剛性・強度を確保しながらフレームセットで720g(Mサイズ塗装済み)に仕上げられている。

最近の軽量フレームの重量からすると、720gという数値はさほど軽くもないように見えるが、他社のように未塗装状態での重量は648gとなる。
実際には、500g台のフレームを作ることも可能だったのだが、剛性やハンドリングなどの性能面と安全性を考慮して、あえてそこまでの軽量化をせず、この重量におさめている。
というのも、ヴェルティカーレはプロが使うレースバイクとして設計されているからだ。
プロのレースバイクはUCIのレギュレーションにより、車体重量が6.8kg以上と規定されているため、それ以上の軽量化は無駄になってしまうからだ。
ヴェルティカーレでは、フレーム以外のシートポスト、ハンドルバー、シートクランプやスルーアクスルなどのパーツ類の設計を見直すことで、前作のゼロSLRに対してシステム重量で156gの軽量化を果たしている。
その結果、完成車重量はペダルやボトルケージを装備した状態で6.8kgに収まる。

もちろん軽量バイクでありながら空力性能にも配慮されており、今作では新たにフレア形状を採用したステム一体型のカーボン製ハンドセット「Vバー」をセットアップ。
高速化の一途をたどるプロレースを戦い抜くためのエアロパフォーマンスも抜かりない。

新設計されたステム一体型のカーボン製ハンドル「Vバー」。左右15㎜ずつのフレア形状を備える。ステム長は90~130㎜(10㎜刻み)、150㎜の5種類。幅はステム長90、100㎜が上幅370㎜/下幅400㎜、それ以上のステム長は上幅390㎜/下幅420㎜となる。ステムのライズ角は7.5~10.5度まで、ステム長によって異なる

フレアの形状は下側に一気に角度を広げるのではなく、S字型を描いて変化する。空力性能と握りやすさが両立している。実際にドロップポジションを確保するバーの断面形状も付随して、とても握りやすい

フォークブレードは左右で、その形状が大きく異なる。ディスクブレーキ側の左レッグは、右側と比べてかなり太くすることで最適な剛性バランスが追求されている

フォーククラウンも前作ゼロSLRと比べると、前後方向への幅が大きくなっている。さらに、前から見ると上下方向は薄くなり、ねじれ剛性を高めつつ軽量化される

今回試乗するモデルはウィリエールが2022年に傘下ブランドとしたミケとともに開発した、リムハイト36mm、重量1490gのカーボンホイール「クレオスRD36」を履く(デュラエース完成車には標準装備)。
イタリアンロード御三家のニューフェイスは、フレームセットのみならずホイールセットも手がけてトータルインテグレーションに乗り出し、ライバルメーカーに追随する姿勢を見せ始めているというわけだ。

完成車販売(デュラエース、アルテグラ仕様あり)のホイールはミケのクレオスRD36が装備される。リム内幅21㎜のチューブレスレディタイプという最新スペックを搭載する

Spec.
●フレーム/東レ T800+T1100+M46JB カーボン(重量/720g ±5%)
●フォーク/東レ T800+T1100+M46JB カーボン(重量/320g ±5%)
●コンポーネント/シマノ・デュラエースDi2 ホイール/ミケ・クレオスRD36
●タイヤ/パナレーサー・アジリストファーストTLR 700×28C
●ハンドルセット/ウィリエール トリエスティーナ・Vバー
●シートポスト/ウィリエール トリエスティーナ・ヴェルティカーレSLR専用品
●サドル/プロロゴ・スクラッチM5
●フレームサイズ/XS、S、M、L、XL
●完成車実測重量/6.75㎏(Lサイズ、ペダルなし、テールライト込)
●カラー/レッド、マットブラック/ラマート、グリーン(受注発注)、グルパマ・FDJ(受注発注)
●デュラエース完成車価格/182万6000円、フレームセット価格/104万5000円(グリーンとグルパマ・FDJは22万円のアップチャージが必要)

インプレッション

不安なく身を委ねられる、際立つ走りの軽さ

鮮やかなグリーンカラーをまとった試乗車は、圧倒的な存在感を放っている。
見覚えのある姿は、そういえば今年のツールでもアスタナチームの一部選手が駆り、プロトンでひときわ目立っていたカラーである。
ちなみに22万円のアップチャージが発生するスペシャルカラーだという(Vバー付きフレームセット価格126万5000円)。
それにしても、カラーリングだけで自転車1台が買えてしまうとは……。

それはさておき、その走行感は開発のコンセプト通り〝軽量車味〟が濃厚である。
ペダルのひと踏み目から軽さが際立ち、肉薄なフレームチューブは硬質であることが手に取るように分かる。
稚拙な表現で恐縮なのだが、紙のように重量感のない軽さで矢のように走り出す。

ひと踏み目がこういうフレームは、往々にして走りに危うさを見せることも少なくない。
ハンドリングが過敏だったり、荒れた路面の下りで腰高感があったりする。
しかしヴェルティカーレSLRに、そうした印象は希薄だ。
ミケのホイールとパナレーサーのTLR仕様のタイヤが安定感を生み出しているかとも思い、筆者の手持ちであるロヴァール・アルピニステ(チューブド仕様)を履いても、そのフィーリングは大きく変わらなかった。
ウィリエールの開発担当者は「単に軽いだけのバイクを作ったわけではない」と語り、快適性は従来のゼロSLRの数値を維持しているというので、恐らくフレームの設計自体が良いのだろう。
硬質さを感じるチューブの割にフレーム全体で振動を上手く散らしてくれるような印象がある。
エンデュランスロードのような安楽さはないものの、レーシングバイクに乗り慣れているロードサイクリストであれば、荒れた路面の下りやコーナリングでも自信を持って走り抜けるだけの安定感は備わっている。

輝くヒルクライムパフォーマンス

「剛性面はゼロSLRを上回っている」とウィリエールの開発スタッフが語る通り、パワーラインは構造体としてしっかりとした感覚が伝わってくる。
とはいえペダリングフィールは固さを感じにくい。
ただ、ためを強く感じるようなタイプではなく、どちらかといえばドライなペダリングフィールであり、肉薄・硬質な軽量車ならではとも言えるだろう。

やはりヴェルティカーレSLRの走りが輝くのは、車重の軽さと鋭さのあるペダリングフィールが生きる登坂局面だ。
脚当たりは良いのにソリッド感のある踏み心地は、前乗り気味のポジションでケイデンスを重視した軽めのギヤを選択すると、脚がきれいに下死点へと落ちる感覚に長けているのでケイデンスを維持しやすい。
途切れ感の少ないペダリングフィールによってペースを安定させやすく、淡々と上ることができるのでエネルギーも温存しやすい印象だ。

そしてダンシングでは車重の軽さに起因するバイクさばきの軽さ、素直な挙動がうまくシンクロして、勾配変化に対応するちょい踏みも楽にできるし、上りでの大きな加速におけるパンチ力も不足ない。
さらにはシッティングからダンシング、またその逆もスムーズに移行できる。
筆者は〝超〟が付くほど上りを苦手とするが、先にも述べた通り前乗り&高ケイデンスという〝最新ロードバイクの乗り方〟を間違えなければ、かなりライダーのパフォーマンスを引き出してくれる印象がある。
ピュアクライマーモデルというふれ込みはだてではないし、ライバルメーカーの軽量モデルとも張り合えるだけの高いパフォーマンスを有している。

リムハイト50~60mmのホイールとのセットアップも面白い

ヴェルティカーレSLRは高い登坂性能の反面、平地の高速・高負荷域では、エアロロードおよびオールラウンド系モデルと比べてしまうと、車重の軽さ故にパンチ力に欠ける印象もある。
とはいえウィリエールのラインアップを考えればエアロ系の最高峰としてフィランテSLRがあるわけで、スピード域の速いライドはそれに任せればいいのだろう。

ちなみに平地での能力を高めたいのなら、リムハイト50~60mmのクラスのホイールをセットアップすると良い。
ディスク×ワイドリム×TRL仕様が定番化した昨今、リムハイト50~60mmクラスのモデルは、リムの底面が広くなったことによりリムサイド(エアロの部分)の肉厚をより薄くしても剛性が確保できるようになった。
そのため重量も軽くなり、ダンシング時のホイールの突っ張り感も抑えられているので、登坂性能が大きく向上している
それ故にヴェルティカーレSLRのようなモデルにセットすると、上りの性能を最大限損なうことなく平地性能を高めることができそうだ。

もはや主要ターゲットはプロ選手よりも一般ライダーか!?

他ブランドの開発者も述べていたが、今やワールドツアーをはじめとするプロレースは速度域が高く、山岳ステージでさえも軽さよりもエアロ性能を重視する傾向があり、軽量モデルの出番は以前と比べて少なくなってきたという。
実際にグルパマやアスタナといったワールドチームの間では、フィランテSLRの稼動率が非常に高いのもそうした部分からだろう。

プロ選手のような大パワーを持つライダーは、それで重量ハンディを凌駕できる。
しかし非力なホビーロードサイクリストにとって車重の軽さは、プロ選手以上にライドパフォーマンスを高める有効なファクターとなるのだ(走行性能が担保された上での軽量性)。
したがって軽量モデル、そしてヴェルティカーレSLRが最も必要とされるシーンは、ピュアクライマーのグランツールにおける山岳クイーンステージはもちろんのことだが、UCIの最低重量規定の影響を受けないホビーロードサイクリストのグランフォンドやヒルクライムといったライドシーンがはまるのだろう。
ある意味、ハイアマチュアに最も適した1台とも言えるだろう。