リムブレーキモデルも登場! ケルビム・レーサーTiインプレ
目次
モデル紹介
世界的にも名高い日本のハンドメイドフレーム、ケルビム。
同ブランドの最新作となるのがチタンモデルの「レーサーTi」だ。
今回はテーパードヘッド採用のモダンなディスクモデルと、繊細なフォルムで魅せるトラディショナルなリムモデルの2種類に試乗。
〝アーティスト〟今野真一氏が手がけるチタンフレームの魅力とは。
ディスク時代の到来で輝きを増すチタンフレーム
チタンフレームといえば90年代初めは、ごく限られたブランドでしか製造されていなかった。
それは製造設備のコストが高かったり、製造に手間を要したり、さらにはチューブの選択肢が少ないという問題があった。
しかし、それも技術の進歩によって今は昔のこととなった。
現在、世界のハンドメイドフレームのシーンを見渡すと、多くのフレームビルダーが手がけるようになり、それを自社のフラッグシップとして据えている。
また、スチール素材のディスクロードはリムブレーキ時代と比べて、カーボンフレームに対しての重量面でハンディが大きくなるので、スチールよりも軽量化できるチタン素材をラインアップの主軸に据えるビルダーも少なくない。
ディスク時代の到来によって、ハンドメイドフレームの世界では、性能的な付加価値も含めてチタンフレームが以前にも増して輝きを放っているのだ。
ロードからグラベルモデルまで展開 2種類のチューブセットを選べる
日本におけるチタン製ハンドメイドフレームといえば、和歌山のクオリス、東京のエクイリブリウムがあるが(※)、一昨年、⻑年の開発期間を経て満を持して足を踏み入れたのが今野真一氏が率いるケルビムである。
2023年のサイクルモードで「レーサーTi」を発表。現在、バリエーションは「ディスクロード」「リムブレーキロード」「グラベルディスク」の3モデル。どのモデルもオプションでカーボンISP が可能。
そんな中から今回は「レーサーTiディスク」と「レーサーTiリムブレーキ(カーボンISP仕様)」の2モデルを紹介・試乗する。
(※)大阪のティグは90年代からチタンフレームを手がけているが、自転車専門工房ではないチタン加工の専門業者ということで該当しないと判断した。
レーサーTiに使用されるチタンチューブは2種類。
ケルビムが既製のチタンチューブ(Ti-3AL-2.5V=グレード9)の中から肉厚や外径など最適なタイプを選んだセットと、コロンブスが手がけるチューブセット「ハイペリオン」だ。
今回の試乗車はディスクモデルがハイペリオン、リムモデルがケルビムセレクトのチューブで組まれている。ちなみにこのハイペリオンは、古くは80年代から続くコロンブスのチタンチューブの名称である。
もちろん、時代に合わせて進化をしており、現在は冷間引抜によるTi-3AL-2.5Vのバテッドチューブをメインに、ヘッドチューブとBBシェルはより強度の高いグレード5(Ti-6AL-4V)を組み合わせる。
コロンブスの資料によれば、ハイペリオンはグレード9のノンバテッドチューブよりも伸張強度が22%程高くなるのが自慢だ。
そしてダウンチューブ径は最大50mmとして、大きな断面形状により剛性を高めつつ重量増を抑えている。
ディスクロードでも金属フレームの特性を最大化する設計
今回試乗するディスクモデルは、ハイペリオンのチューブセットに、コロンブスのコンポーネント(フロントフォーク、ヘッドパーツ類、ハンドルバー、ステム)を組み合わせることで、ケーブル類のフル内蔵化が図られる。
そして、注目すべきは3Dプリンターを駆使したオリジナルのリヤエンドだ。
ケルビムではスチール製のディスクロードにおいてもオリジナルのリヤエンドを採用するが、レーサーTi用に新たな形状を生み出した。
最近の金属製ディスクロードのリヤエンドは、ディスク台座を含めて一体成形したものが多い。
この方式はディスク台座の精度が安定するので生産性の向上には有効である。
しかし、ディスク台座側のチェーンステーのチューブ部分の寸法が短くなるのでこの部分のしなりが生まれにくく重量は確実に重くなる。エンド部は過剰に固くなり、金属パイプフレームの特性であるバネ感のある走りを実現できないと、かつて今野氏は語っている。
それを抑えるべくケルビムのスチールモデルは、ディスクキャリパーの固定部がチェーンステーに対して2階建てとなるような構造を採用しているのだ。
今回のレーサーTiのリヤエンドは、形状こそ違うが同様のコンセプトが反映されている。
ディスク側のリヤエンドは、スルーアクスルの収納部とディスク台座の片側(エンド側)だけを一体成型した。
これによりエンド部の全長や質量を抑え、チェーンステー全体におけるチューブ部分の長さを伸ばすことができるので、先に今野氏が語ったデメリットを解消できる。
加えてレーサーTiは、ディスク台座の固定ボルトの距離が長いフロント用規格をリヤに用いることで剛性過多を抑えるという徹底ぶりだ。
もちろん実用面だけでなくデザイン的な美しさを求めるのはさすが今野氏であり、有機的かつミニマルなフォルムによってバイクのルックスが高められている。まさに機能美と言える仕立てだろう。
インプレ
チタンらしさのある上品で落ち着きのある走り
実は筆者は以前にレーサーTiを試乗している。
この時のモデルはデダチャイのTi-3AL-2.5Vチューブをはじめとしたケルビムがセレクトしたチューブをメインに、カーボンシートチューブのISP仕様、デダのDCSのコンポを使ってケーブル類がフル内蔵化された車体だった。
ケルビムでは〝レーサー〟という名を冠したモデルはピュアレーサーとして位置づけており、筆者はディスク仕様のモダンスチール仕様などにも試乗をしているが、その走りは高負荷のペダリングにも負けない剛性感、さらに反応性の良さを持つ骨太な走りで、〝レーサー〟という名にふさわしい存在であった。
そして、先述したレーサーTiも、そうした延長線上にあり、チタン素材を採用したことで運動性能と快適性がさらに高められているという印象を受けた。
今回のハイペリオンで組まれたレーサーTiも、下側のヘッドベアリングを1-1/2にしたテーパードヘッド、最大50mm径のダウンチューブ、T47規格のBBシェルなどを採用しているので、基本となるフレーム剛性は十二分にしっかりしている。
とはいえ以前に試乗したレーサーTiに比べると、チタンフレームの特徴のひとつでもある振動減衰性の良さが際立っているせいか、今作の方が安定性は増しており、良い意味で落ちていて乗れ感覚が強い。
付け加えるとフロントフォークもコロンブス製の方が路面から弾かれにくく、それも優れた安定感の一助になっていると考えられる。
なおかつペダリングフィールもチタンらしさを得やすい。
大径チュービングなのでバネ感がビンビンにたつわけではないけれど、脚の運びは滑らかで円運動を持続させやすい。
それ故、平地の中・高負荷域での走りでバイクが気持ちよく流れていくので、筆者のようにピュアレーサーではないロードサイクリストだと、より脚力を温存できる感覚が強いように思う。
以前に乗ったレーサーTiの方が剛性感は高く、一発の加速では今作よりも鋭く、より〝レーサー〟向きの味付けなのかもしれない。
本作の方がチタンフレームらしい振動減衰性の高さ、ペダリングの脚当たりの良さがあり、より上品な乗り味、落ち着いた走行感を楽しめる〝大人の1台〟だと感じた。
本作と前回乗ったレーサーのどちらが良い悪いではなく、味わいの違いである。しかし本作の方が〝チタン味〟は濃厚な印象を受ける。
チタンフレームが今置かれている立場は、ピュアレースの機材ではない。その高価な価格を含めて、ホビーロードサイクリストのラグジュアリーなライディングツールといった存在であり、購入層も筆者のようなミドルエイジだろう。
そうした意味から考えると、個人的な好みもあるかもしれないが、走りの上品さと落ち着きのある本作の方が、購入層にマッチするように思う。
リムブレーキの魅力が詰まっている
一方のリムブレーキモデルの走りは、さらにチタン味が濃厚だ。
オーバーサイズのトラデショナルなヘッド構造は、ディスクモデルを乗った後に走らせるとさすがにしなやかだ。
乗り換えてすぐはコーナリングにいささか気を遣う面はあるとはいえ、まるで蛇のようにするすると進んでゆく乗り味はとても気持ちいい。
入力に対して戻りの早いバネ感のあるペダリングフィールは、しなりはあるけれど頼りなさは感じにくく、軽やかな加速へと結びつく。
特段踏むポイントを意識せずともきれいにペダリングできて、バイクが路面を流れるように進んでくれる。
ダンシングでもバイクの動きが止まりにくく滑らかで、上りも軽やかに走り抜ける。
ライディングの全域にわたり、ペダリングやハンドリングというライダーの力を、フレームが上手く受け流しつつてしなやかに進むのだ。
筆者は最近、愛車のリムブレーキバイク(クオリスのチタンフレーム)に頻繁に乗っているのだが、改めてその良さを感じている。
もちろんリムブレーキが復活するなど言うつもりもないし、リムブレーキ原理主義者でもないし、ピュアレースならもはやディスクブレーキがタイヤやホイールの選択肢を含めてベストな選択だと思う。
しかしロングライドやノンレースのファストライドの領域であれば、リムブレーキモデルの持つ加速の軽やかさ、バイクを振ったときのしなやかさは、バイクを操る気持ち良さに直結する。
リムブレーキのバイクはディスクブレーキのモデルよりもフレームの末端、つまり前後のエンド部分に固さがない。
それ故、あくまでも筆者の感覚だが、ライダーの入力に対してバイクが突っ張らず、その力を上手く受け流し、路面追従性にも優れるので滑らかに、そして軽く進んでくれる。
そんなリムブレーキの走りの特性が金属フレームは特に相性が良く、その中でもチタンは抜群だと筆者は感じる。
そして、リムブレーキのレーサーTiは、こうしたリムブレーキの特性とチタン素材で得られるメリットがしっかり表現されており、滑らかに軽快に走ってくれる。
その振る舞いが実に楽しかった。
価格だけででは計れない価値がある
今回の2つのモデルは、ベースとなる仕様にオプションを反映して製作されており、それぞれのおおよその価格は、「ディスク仕様」「リム仕様」共に65万円〜となるようだ。試乗車はオプションで「ハイペリオン仕様(+10万)の「カーボンISP仕様」(+20万)となっておりそれぞれ80万円前後の価格帯だ。
ちなみにファイアフライやNo.22をはじめ、今や世界で名を馳せるハンドメイドフレームのチタンモデルの価格は同レベル。最先端のカーボンフレームに並ぶ、もしくはそれ以上の高価なものだ。
しかしハンドメイドフレームは、約4年のモデルチェンジが定石であっというまに旧型になってしまうカーボンフレームとは違い、トレンドに流されないタイムレスなプロダクトである。
ましてやポジション、カラーリングは自分だけのもの。
最新にカーボンフレームに軽量性や重量比剛性、そして空力性能は及ばないが、自分の好みでしつらえ、それを長く乗れると考えれば、実はコストパフォーマンスは眉をひそめるほど悪くないのかもしれない。
レースで勝ちたい、とにかく速く走りたいというのなら最新のカーボンフレームを選べばいい。
しかし自分なりのペース刻むサイクリンリングやファストランを楽しむのなら、レーサーTiが持つ懐の深い走りは、ペダルをガンガン踏めとせかされることなく、心地よくルートをトレースできるだろう。