猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第39回
目次
那須塩原を折り返すが 胃腸をやられコンディションが最悪な筆者 完走が危うい。
300km、400kmのブルべに続き最大の難関「BRM鬼怒川600」に挑戦している私は、リタイアの危機に見舞われていた。
漆黒の栃木の田んぼ…豪雨によりiPhoneの電源を喪失した私は、宇宙空間に放り出されたアポロ13のようだ。
アポロ13を救ったのは補助電源だ!
私は落ち着いてサドルバッグから古いiPhoneを取り出す。
こんな事もあろうかと、古いiPhoneにキューシートをスクリーンショットしていたのだ。
ブルベとNASAは準備が90%!
ブルベは価値観が再定義される
キューシートで次の交差点までの距離を確認し、漆黒の豪雨の中を再び走り出す!
ルートイン矢板までの距離は50Kmくらいだ。
するとPCの宇都宮森林公園のコンビニが現れた。
1時間早い6時スタートの人達が雨宿りしている。
「酷い雨ですね」と労をねぎらう。
私は一刻も早くルートイン矢板に着きたかったので豪雨の中、再スタートする。
1時間くらい走っただろうか…漆黒の中に街の灯りが見え出した。
矢板だ!文明だ!
普段ルートインは何度も泊まっているが、こんなに嬉しいルートインはない…ブルベは価値観を容易に変える。
ずぶ濡れで到着すると「猪野様、お待ちしておりました」とタオルを手渡してくれた。
フロント「こういう状況ですので部屋を一階に変更しておきました」とずぶ濡れのバイクを拭いてくれる。
ここは本当にルートインなのだろうか?帝国ホテルのような扱いだ。
矢板のタヌキに化かされているのではなかろうか……。
部屋に案内されるといつものルートインの部屋だった。
さっそく暖房を付けて全てのものを乾かす。
iPhoneは何とか電源は入ったが「充電ソケットに水分が検出されたため、充電できません」と表示される。
ドライヤーで乾かしてもダメだ。
充電が出来ないとGPSを失う事になるが仕方ない。
猛烈に眠いのでとにかく仮眠を取る。
3時間30分寝て4時にルートイン矢板を出発する。
残り270Km。雨は止んでいる。
那須塩原駅に到着すると昨日、山伏峠で会った小径車に乗る女性と再会した。
「眠れましたか?」と問うと、か細い声で15分ほど……と返ってきた。
あの豪雨の中、夜通し走っていたのだ。
いったい「何が」彼女をブルベへと誘うだろう。
私はなぜブルベを走っているのだろう…何だか尾崎豊のシェリーのようになってきた…
いつ這い上がれるのだろう♪ いつ辿り着けるのだろう♪
当たり前のことがありがたい
いよいよ頭がおかしくなってきた頃に鬼怒川温泉が現れた。
昔、「温泉女将の事件簿」というドラマの撮影で来た以来だ。
女将に馬乗りになり首を絞めるという酷い役だった……。
もちろんイケメン俳優が現れ私をコテンパンに倒し、女将は無事に事件を解決する。
女将と家政婦は必ず事件を解決するのだ。
鬼怒川を抜けるといよいよ日光東照宮に到着する。ここで完全にiPhoneの充電が無くなる。
私は4万mAhのモバイルバッテリーを携行していたが、肝心の充電ケーブルが水没したらただの重い塊だ。
試しにコンビニで充電ケーブルを買ってみる。また雨に濡れると意味が無いので屋内で開封し、濡れないように慎重にiPhoneへと繋ぐと充電ランプが点滅をはじめた……。
当たり前の事がありがたい!
日光東照宮を通過すると50kmの長い下りが始まる。
快調に下るが何だかスピードが乗らない……。
なぜだ?
私はある事に気付く!
レインウェアの風防が、スペースシャトル着陸時のパラシュートみたいになっているではないか!?
風防付きのレインウェアも考えものだと思いながら背中に押しこむが、私は後にこの風防に助けられる事になる。
長い下りを走りながら、この胃腸の具合を何とか治せないものかと考察する。すると突然閃いた!
痛み止めのロキソニンと一緒に処方された胃薬があるではないか!!
サドルバッグのお薬セットを取り出し胃薬を飲んだ。
10分ぐらい経過しただろうか…胃のムカムカが治り始めた!
しめた!とばかりコンビニに駆け込み弁当を買う。
恐る恐る口に運ぶ…食べられる!久々にちゃんと食べれる。
当たり前の事がありがたい!
食べられるようになった途端に踏める!!
忌々しい関東平野を猛烈に駆け抜ける。
深谷に着いたあたりでまた雨が激しくなり、今度は雷まで鳴り始めた。
体が冷え出す……私はレインウェアのパラシュートでヘルメットごと覆う。
ヘルメットごと覆う風防は熱がこもり温かい。
ブルベには持ってこいだ!
結局この豪雨はゴールの多摩川まで止まないばかりか激しさを増した。
午後5時、35時間、2番手でのゴールであった。
今回は「楽しむ」をテーマとして挑んだが、見事に覆された。
競技時間が長いブルベは天候に左右され様々なトラブルが起きる。
だから楽しいのだろうか……私はいつの日かブルベを楽しむ事ができるのだろうか……。
何度ゴールしても答えは得られないのであった。