猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第40回

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猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第40回

深夜24時、金太郎伝説の地に到着した筆者。ここまでは順調であった…

前回のお話(BRM鬼怒川600後編)はこちら

2025年も新たな挑戦が待ち受けている気配がする。
そのためにトレーニングに余念のない日々が続いている。

しかし、その前にどうしても記しておかなければならない事がある。
ブルベだ!
1000km出場資格を得るSRを取得するまで、完走すべきブルべはあと1つまで迫っていた。

残すところは200km!王手だ!
一番最後に最短距離!これは楽勝でSRだ!
と思いたいところだが、やはりそう簡単にいかないのがブルベだ。

 

一筋縄ではいかないのがブルべ

ブルベとは不思議なもので、それぞれの距離のつらさがしっかりとある。
ブルベ脳と言えば良いのだろうか…
1000kmをゴールとすると200kmなんてあっという間に消化する。
しかし200kmをゴールとすると200kmがしっかりと長く感じるのだ。

というわけで、最後に迎えた200kmも長く苦しい旅となった。
それには訳がある。
ズバリ「暑さ」だ。

私はBRM803東京200金太郎という真夏のブルベを選んだ。
自宅から近いし深夜に走るから涼しいはずだ。
唯一気がかりなのは3週間後にある乗鞍ヒルクライムまでに体が回復するかどうかだ。

猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第40回

今年も惨敗となった乗鞍だが… エナジージェルをロケバスにぶち撒けた戸丸に癒された。

 

コースは都内をスタートし金太郎伝説の地、神奈川県の南足柄を折り返し、江ノ島の海岸線を戻ってくる200km。
スタートの等々力に着くと、驚いたのは参加者の多さだ。
50人はいるだろうか……ブルベ人気が伺える。

今回もチャリダーの撮影はないのだが、主催者の方にはすっかり坂バカとバレていた。
主催者が言うには最初は信号峠。金太郎ヒルクライム。そして小田原までのアップダウンがキツいらしい。

サクッと決めてSRだ!意気揚々と20時にスタートした。
信号峠と参加者の多さでなかなか前にも進まないので、少し踏んで一番前まで上がる。

すると高ケイデンスの参加者がものすごい勢いで追い抜いていった。
どのブルベでもそうだが、必ずスピードブルベの方が居られる。
私も早くフィニッシュしてクーラーの効いた部屋でパリ五輪を観たいので、少し間を空けて付かせて頂いた。

信号峠を抜けると真っ暗な神奈川の田園地帯が広がる。
高いケイデンスで距離を稼いでいく。
少し強度が高いのでまた胃腸がやられるか心配ではあったが、200kmだから乗り切れると、この時は思っていた。

田園地帯を抜けると東名高速道路沿いのアップダウンが現れた。
地味に脚を削られるが今日は踏める。

そして今回のメインディッシュ!
金太郎ヒルクライムが始まる。

どうやら脚の調子が良く1枚重いギヤを回せる。
参加者を追い抜き先頭に出る。
これは乗鞍も自己ベスト更新かぁ??と更に踏む(もちろん更新しなかった)。

24時前に頂上の金太郎伝説の地に到着!
記念撮影して早々に折り返す。

 

闇夜に潜むもの

ダウンヒルを始めて少し経つと、後続の参加者の方々のライトがチカチカ列をなし綺麗だ。
トップで折り返した優越感に浸る。
しかしここから地獄が幕を開ける。

小田原までアップダウンが始まると急に空気が籠り始め、夜中なのに気温が32℃を越えだした。
空気が滞る地形なのだろうか……。
とにかく猛烈に暑い!意識が混濁しながら上っては下るを繰り返す。

その時!それは突然現れた!
勢いよく下りながらコーナーを抜けると目の前に大きな影が…
ジブリ映画もののけ姫に出てきそうな大きな雄鹿が現れた!世に言うアニマルアタックだ!

後輪フルブレーキと共に急に世界はスローモーションになる。
脳裏に「もののけぇ〜たちぃ〜だけぇ〜♪」と曲が流れ出す。
滑り出す後輪、外に流れ出す。落車か!?

その時、もののけと目が合う。
もののけの脳神経の伝達は遅いのだろうか?
ただただキョトンとしている。

「どけー!!」と叫ぶと、もののけのシナプスが奇跡的に繋がった!
森へとジャンプする、もののけ。
間一髪で衝突を回避できた。

危なかった…ブルベを始めて、いや自転車を始めて一番危険な瞬間であった。
アニマルアタックの話は数多く聞いていたが……彼等は夜行性だ。
森での夜間走行は特に気をつける必要があると痛感した。

猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第40回

アニマルアタックに遭いながら小田原に到着。じつは森の中で赤ちゃんの泣き声を聞くというオカルトにも遭遇しこの表情。

 

体の中にあるリスク

その後は慎重に下り、何とか小田原の市街地に到着した。
もう、もののけは現れない。
ここからは箱根駅伝でお馴染みの国道1号線で帰るだけだ。

しかし地獄はまだ続く…深夜1時を過ぎているのに気温は28℃もある。暑い!
コンビニで氷を買い熱中症を防ぐ。

そして江ノ島に差し掛かった時にいつもの吐き気が訪れた。
まただ…また胃腸をやってしまった…ペースが速過ぎたのか?
水分もあまり受け付けない。

このままでは脱水症状になってしまうのでペースを落とす。
横浜に着くとコンビニでソルマックを買って飲む。
少しムカムカが回復したので赤飯を食べたらまた踏め出した。

夜が明けて太陽が出ると灼熱地獄になるので国道1号線を急ぐ。
何とか太陽が登る前の4時47分に最後のPCのローソンに到着!
8時間47分 全体2番手のゴールとなった。

ローソンでかき氷を食べながら黄昏れる坂バカ。
こんなに疲れた200kmは初めてだ…しかしSRは取得できた。
SR…SR…SR…何だか実感が湧かない。

綺麗な朝日を眺めながら思う。
少し休もう……走り過ぎた。
3週間後には乗鞍を控えているが、暫く自転車に乗るのをやめよう。

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ゴールのPCで灰と化す筆者。ブルベは体を破壊する…

 

ブルベは体の破壊と例えた人がいる。
確かにトレーニングを重ねても、一度ブルベに出るとチャラになるような気がする。
結局、3週間後に出場した乗鞍も30秒自己ワーストを更新してしまった。

人は言う「ただの老化だ」と…
恐らくそれもある、しかし蓄積疲労の可能性も否めない。

ブルベのお陰で踏んだり蹴ったりだと思われるかも知れないが、そんな事はない。
ブルベを走り終えた今だから言える。

ブルベは過酷だ。しかしその代償として何か、
かけがえの無いものを得ている気がするのだ。

渦中は分からない。しかし終わって暫く経てば気づくものだ…素晴らしい経験をしていたと。
うまく言えないが…それを教えてくれたのが四国1000kmだ。

次回、いよいよ四国1000km編へと続く。

猪野 学 公式X(Twitter)