安井行生のロードバイク徹底評論第13回 キャノンデール・スーパーシックスエボ vol.10
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徹底評論第13回は、近年稀に見る「衝撃のモデルチェンジ」となったキャノンデール・スーパーシックスエボである。アメリカでのローンチイベントに参加し、帰国後も日本で何度も試乗を行い、さらにこの連載のために新型エボの全モデルに(ホイールを統一して)乗った安井。新世代万能ロードに関する考察をしながら、新型エボを分析・評価する。
リムブレーキならではの旨味は健在
①=スーパーシックスエボハイモッドディスクデュラエースDi2
②=スーパーシックスエボカーボンディスクアルテグラ
③=スーパーシックスエボカーボンアルテグラ2
④=①×DTスイス・PRC1100ダイカット35ディスク
⑤=②×DTスイス・PRC1100ダイカット35ディスク
⑥=③×DTスイス・PRC1100ダイカット35
絶対的な性能でランク付けをするなら、上位はほぼ価格通りの①-④となるが、次点は⑥であり、⑤-②-③という順になる。乗り味、しなやかさ、味わい、気持ちよさなどといった感覚的・情緒的・主観的な性能で順位を付けるなら、⑥-③-④-①-②-⑤だ。速いのは当然ハイモッド×純正ホイール(①)だが、味がいいのはスタンダードモッドのリムブレーキ仕様(にいいホイールを履かせた状態=⑥)だったのだ。
業界的にはまたあいつリムブレーキ誉めてるよってことになるのだろうし、実際撮影に同行してくれた編集者に「もう安井さんはリムブレーキ好きなんだから……」と半ば呆れ気味に言われてしまったが、「リムブレーキが好き」なのではない。「しなやかで軽やかで一体感のある走りが好き」なのであり、その「しなやかで軽やかで一体感のある走りは、現状リムブレーキモデルに宿りやすい」ということにすぎない。ディスクとリムの乗り味の違いに関してはなぜかあまり言及されないようなので、裸の王様上等である。
確かにディスクロードは進化著しい。その走りはどんどん洗練されている。しかし、走りの味わいという点ではまだリムブレーキ車に分があるモデルが多い。微差ではあるが、差は依然として存在するのだ。
リムブレーキ版のスーパーシックスエボは、完成車に安価なホイールが付いてくることもあり、試乗では不当に低い評価しか得られないだろう。しかしフレームの完成度は非常に高い。フレーム売りしてほしいと思ったくらいだ。
もし金銭的に余裕があったら、リムブレーキ仕様を買ってパーツを引っぺがして、初代エボのブラックインク風カラーに塗り替え、R9100デュラかコーラスあたりで組み、ボーラ35か今は無きレーシングスピードXLR35かライトウェイトあたりを履かせて、性能も味わいも最高の山岳専用車に仕立ててみたい。久々にそんな夢想を掻き立てる一台だった。書いてたらなんか本気で欲しくなってきた。いかん。
新型エボに期待すること
そろそろまとめよう。
近年の万能ロードは本質的な矛盾を抱えている。空力性能を高め、快適性も上げ、しかし動力伝達性は下げず、重くなることも許されないなんて、矛盾以外の何物でもない。それをなんとか実現しているのが技術(解析技術、設計技術、生産技術)の進化だ。
要するに、エアロロードのみならず万能ロードも技術勝負になってきたのだ。もともとそうだったろうと思われるかもしれないが、かつてのロードバイクには、経験・センス・天賦の才能などが活躍する余地があった。しかし現代は技術力の高低で決まってしまう。第3世代のエアロロードからそういう傾向が強くなり、新世代万能モデルの登場によりそれが決定的になった。
とはいえ、ビッグメーカーに限っていえば、技術格差はさほど大きくはない(微差はあるが)。技術が拮抗したうえにここまで構造が似てくると、どうしても走りの傾向も似たり寄ったりになる。近年のビッグメーカー製ハイエンド万能ロードは、どれも「軽快に加速し、スムーズに転がり、快適性が高く、ハンドリングにはクセがない」といういかにも優等生的なものに収斂しつつある(コルナゴやピナレロは未だ伝統的なイタリアンロードの走りに仕上げているし、タイムやルックは彼ら独自の個性を持っているが)。似ているのは構造だけではないのだ。
それら優等生に乗って感心することは多いが、感銘を受けることは少ない。
だから、これからはメーカーの個性が問われるようになる。乗り味、剛性感、ペダリングフィール、見た目の情緒といった“工学の向こう側”が大切になってくる。
走らせたときに表出する現象のみに着目し、その本質だけで新型エボを見るならば、それは「真の万能バイク」とでも評すべきもので、評論家として中立の立場を意識したとしても、お世辞抜きで「これぞ新世代ロードバイクだ」と言える出来である。その完成度の高さに感心したし、リムブレーキ版の走りには大きな感銘を受けた。
しかし歴史や蘊蓄や感情込みで新型エボを眺めるならば、そこには軽さ、鋭さ、シンプル、ストイック、ヒルクライムなどといった単語が付きまとう。歴代エボの売りはまさにそこだったからだ。それこそがエボの個性だった。しかし、空力を重視した新型がそれらを捨ててしまったように見えるのは確かである。
「現況とライバルの動向と会社の未来を考えるなら、エボの守備範囲を広げる必要がある」という判断に不満はない。時代は変わったのだ。だが、手駒の中にエアロ特化型のシステムシックスがあるのだから、ここまでエアロ寄りのパーツ構成にする必要はあったのだろうか。
新型エボは間違いなくいいロードバイクである。そして、優れたレーシングバイクである。コンセプトを変えながらここまで優秀なバイクに仕上げたキャノンデール開発陣の仕事は讃えられるべきものだ。
だからこそこんな空想が広がる。
例えばハイモッド完成車にシンプルで軽いパーツを付け、軽量ヒルクライムスペシャルを作ったら?良質な軽量ホイールを履かせれば、新型エボは優秀かつ個性的なヒルクライムロードになるはずだ。そうすれば新型も従来の個性を継承でき、かつての“エボらしさ”を求めるファンも納得するだろう。
フレーム形状はそのままに素材と積層を見直して、塗装も最低限に抑えたスペシャルな高性能バージョンを作ったら?かつてのブラックインクのように、コスト度外視でいい繊維といい樹脂をふんだんに使って。それはトレックもスペシャもキャニオンもぶっ飛ぶ最高の戦闘機になるに違いない。
もしリムブレーキモデルのハイパフォーマンス版が出たら?あの透明感ある走りをさらに磨き上げ、フレームもパーツももっと軽くして、極上の人車一体感で峠を駆け上ることができたら……。
当然それらは損得勘定を考えれば真っ先に切り捨てられるべき戯言だ。肥大化したロードバイク商圏において、ビジネスとそんなエンスージアズムの両立は、もう実現不可能な絵空事なのかもしれない。
しかし。個性だけでは勝てない。優秀なだけでは埋没する。新型エボが生き抜かなければいけないのは、そういう時代だ。
だからこそ、「万能ロードの高性能化」なんていうフェーズを一気に飛び越えるような、お利口なマーケティング担当者に泡を吹かせるような、見るだけでギヤの軋む音が聞こえチェーンオイルの臭いが漂ってくるような、そんなエンスージアスティックな派生モデルの追加を、僕は半分本気で期待している。
キャノンデールとは、そんなエンスーなことを平気でやってのける数少ないメーカーなのだから。キャノンデール・スーパーシックスエボとは、そんな自転車遊戯が似合う数少ない存在なのだから。
安井行生のロードバイク徹底評論第13回 キャノンデール・スーパーシックスエボ 完