強豪ホビーレーサー・兼松大和の秘密に迫る〜オレのポジション〜
目次
仕事をしながら忙しい時間の合間を縫ってトレーニングし、プロ顔負けの実力を発揮する”強豪ホビーレーサー”。そんな彼らの体を解剖し、そのポジショニングの秘訣やトレーニング・コンディショニングの秘訣を紹介する連載の第4弾だ。今回はヒルクライマーとして有名な兼松大和(かねまつ やまと)さんだ。
プロフィール
1980年生まれの38歳。大阪府出身。現在は奈良県内に住む。ロードバイク歴は約12年で、有名ヒルクライムレースで数多くの戦績を挙げているヒルクライマー。なかなかのイケメンでファンが多い。
主な戦績
2017年 Mt.富士ヒルクライム主催者選抜クラス優勝
ツール・ド・美ヶ原高原自転車レース大会2017 チャンピオンクラス優勝
進化し続ける「ヒルクライムおじさん」
今のホビーレース界に欠かせないキャラクターが兼松大和さんだ。明るい性格と社交性でプロアマ問わず多くの選手たちと交流を持ち、レース界全体を盛り上げている。
もちろん、実力もずば抜けている。脚質はヒルクライマー「だった」が、2017年のMt.富士ヒルクライム主催者選抜クラスの優勝をはじめ、トップクラスのレースで数々の実績を残している。
台頭してきたのが近年なので若手と誤解されることもあるが、実は38歳。“山の神”森本誠さんと同い年。長年森本さんを仰ぎ見る立場にあったが、10年を超えるトレーニングの結果、ついに同レベルの力をつけるに至った努力の人でもある。
だが兼松さんはトップホビークライマーの地位に安住しようとはしなかった。2018年からはロードレースに重心を移し、強豪ホビーレーサーチームであるイナーメ信濃山形に所属してJプロツアーを走っているのだ。
「2019年は成績は出なかったですね。Jプロツアーは一定ペースで上るヒルクライムと違ってインターバルがかかりますから、クライマーの僕にとっては難しいです」。
新境地を開拓し続ける強豪ホビーレーサーの兼松さんだが、自転車に全てを賭けているわけでは決してない。例えば、大切な家族にも多くの時間を割いている。
「“家族サービス”という考えはないですね。ふだんから家族とコミュニケーションをとっていますから」。
仕事も忙しい。始業は朝の8時過ぎだが、終わるのは22時を回る。兼松さんは家庭にも仕事にも、自転車同様に力を注いでいるのだ。さらには、自転車以外の趣味も大切にしている。
「僕は“野菜栽培おじさん”と言われているんですが(笑)、庭の家庭菜園で野菜を育てています。毎日4時過ぎは起きるんですが、一日で最初にやるのは朝練ではなく畑の手入れなんですよ」。
「自転車が全てではない」と語る兼松さんは、人生を楽しみながら速くなっている。もちろん、機材選びも楽しみの一つであるはずだ。
フィジカル〜細身で長身。手脚も長い
【フィジカルデータ】
●身長/178cm
●体重/61〜62kg(ベスト時)
●FTP/約320W
●マックス出力/約880W
●脚質/クライマー
61〜62kgというベスト体重はロードレースを狙う場合。ヒルクライムレースを狙うときはさらに2〜3kgは軽量化して臨む。FTPは320Wと圧倒的な数値を誇るが、スプリントはそれほど得意ではない。そんな兼松さんのパワープロフィールは、FTPの領域でのパワーウェイトレシオがとても高いのにスプリントのパワーがやや小さい、典型的なクライマータイプといえそうだ。ロードレースで苦労をするのも無理はない。
だがロードレーサーに転向してヒルクライムとロードレースとの違いに直面している今、兼松さんの脚質が大きく変化する可能性も否定できない。苦手なスプリントやインターバルを克服できる日は来るだろうか? また、理学療法士である兼松さんは人体のプロフェッショナルでもあるため、トレーニングの理論面ではきわめて有利だ。人体についての豊富な知識を基に、フォームやポジションを直感ではなく、エビデンスに基づいて決めることができるためだ。
バイク〜オーソドックスにまとめつつも細部にこだわりが
【主なポジショニングデータ】
●サドル高/約720mm
●サドル後退幅/膝の皿からの垂線とペダルシャフトが一致(クランクが3時で)する位置
●ハンドル-サドル落差/約120mm
●クランク長/172.5mm
●ステム長/120m
●ハンドル幅/420mm(芯-芯)
●ギヤ/F:52-36T、R:11-30T
●タイヤ幅/25mm(前後とも)
●空気圧/F:6.8bar、R:7bar
【SPEC】
●フレームセット/フォーカス・イザルコマックスディスク
●メインコンポーネント/シマノ・デュラエースR9170 Di2
●ホイール/DTスイス・ARC1450ダイカットDB
●タイヤ/ヴィットリア・コルサ(チューブレスレディ) 700×25C
●ハンドル/3T・スーパーレッジェーラLTD
●ステム/フレーム専用品
●サドル/Mcfk・カーボンサドル
●シートポスト/フレーム専用品
●ペダル/タイム・エクスプレッソ15
●パワーメーター/パイオニア・SGY-PM930H
●サイクルコンピューター/パイオニア・SGX-CA600
フレームはフォーカスのイザルコマックス。しかもディスクブレーキモデルだ。
「もともとイザルコマックスのリムブレーキモデルに乗っていたんですが、きびきび走るいいフレームでした。なのでディスクブレーキモデルはどうかな、と思って乗ってみたんですが、すごく滑らかで巡行もいい。上りも比較的上れるので、乗ることにしたんです。
ただリムブレーキモデルと比べるとやや重いことは事実で、クライマーが好むMcfkのカーボンサドルで軽量化。サドルが前下がりの理由は、「滑りやすいカーボンサドルだと、ペダルを踏むとお尻が後ろに下がるんです。それを防ぐために前下がりにしています」とのこと。
ホイールは、巡行能力が問われるレースでは写真のDTスイス・ARC1450ダイカットDBを履くが、上りが重要なレースではロヴァールのCLX32に変える。また、写真のクランクは172.5mmだが、ヒルクライムレースだと167.5㎜を使う。「ロードレースでは下りで踏んだりとトルクが必要になるので長めにします」。
ペダルがフローティング機構で知られるタイムなのは前に膝を壊してからのこだわりで、タイムに変えてからは故障はない。オーソドックスであるようで工夫が詰まるバイクだ。
フォーム〜先頭を引くときはブラケットエアロポジション
先頭を引くときはエアロフォーム。体の柔軟性は大切にしているというが、自転車に乗る前からストレッチの習慣があったことも効いていそうだ。下ハンドルを持つことも多い。また、ダンシングではいくつかのフォームを使い分けているが、ハンドルを強く振ることで上半身の力を推進力に変える特殊なフォームを使うこともある。「Jプロツアーでスペイン人選手がたまにやっているのでまねをしました」。バイクも、フォームも、理学療法士らしく細かいこだわりが多い。
走りの特徴〜得意の登坂はシッティングベースで
ヒルクライマーである兼松さんの武器であるヒルクライムでは、やはりシッティングが中心になる。しかしダンシングも、意識的にフォームを使いわけつつ多用する。シッティングでもダンシングでも、トルクを逃さないために体幹〜大腿骨の角度を確保することを意識しているという。「トルクを発揮できる角度は、実は関節ごとに決まっているんです」。
トレーニング〜かなりの量
【POINT】
●平日は朝練で1時間30分は実走
●仲間とゲーム性を持たせて走る
●レースコースを想定してメニューをこなす
トレーニングは実走を中心に行う。基本的に乗らない日はなく、相当な走り込みの量だ。狙うレースの状況を想定し、仲間とゲーム性を持たせたメニューをこなすなど、実践的な内容を行っているのが特徴である。
生活〜時間は潤沢にあるわけじゃない
【POINT】
●妻子あり
●仕事は朝早く夜遅い
●睡眠時間は平均4時間
ホビーレーサーのご多分に漏れず、忙しい中でどうにか練習時間を捻出する。特筆すべきは睡眠時間の短さで、何と平均4時間だという。彼だからこそできることで、まねしてはだめだ。なお、自転車通勤をしている。
コンディショニング〜サプリメントの活用とマッサージ
兼松さんは、体のケアとしてプロテインとBCAAを飲んでいるという。「プロテインはトレーニング後に飲んでいます。特にハードにトレーニングをした日には、トレーニング後だけではなく就寝前にも飲んでいますね。あとはBCAAも」。最近は「アミノバイタル®プロ」も購入して飲み始めている。食事は好きなものを食べているという兼松さんだが、家庭菜園が趣味でもあるため、いつでも新鮮な野菜にありつける「有利な」立場にある。「今の時期は夏野菜を植えなければいけないので、あまり収穫はないんです(笑)。最近だと、タマネギとエンドウ豆を収穫したかな」
理学療法士でもある兼松さんの「本領」は、マッサージで発揮される。「入浴中にマッサージをしていますね。手を押し当てながら、体の末梢から中枢に向かって血液を流すイメージでマッサージします」。注意点は、あまり強く揉まないこと。力を入れすぎると痛みが生じる恐れもあるからだ。「そもそも、トレーニング後の筋肉は傷んでいる状態なんです。だから圧迫せず、やさしくマッサージしてください」。