エアロロード大研究2019
目次
自転車界がエアロロードに注力し始めてわずか数年。各メーカーの研究・開発の成果が花開き、エアロロードは早くも第四世代へと進化しつつある。サイスポが今のエアロロードについて考え、実験し、分解し、走り、最後に評価を下す。
スペシャライズド・ヴェンジ、サーヴェロ・S5、キャノンデール・システムシックス、トレック・マドン どれが速い?
最新エアロロードの実力は本物か? 空気抵抗測定実験
サイスポ空力計測実験の第3弾。有力メーカーの最新エアロロード4台を集め、室内バンクで走行抵抗を計測し、各社が本気で開発したトップレンジを横一線で比較する。
テストライダー
鈴木真理(すずき しんり)
身長170cm/体重61kg/FTP値約300W
国内外で活躍したプロ選手。日本チャンピオン、アジアチャンピオン、Jプロツアーチャンピオンなどを経験し、〝天才〞と呼ばれた。現在はコーチングなどを行う「TRUTH BIKE」を 立ち上げ、若手の育成など多方面で活躍している。
各車の技術達成度、丸裸
サイクルスポーツでは過去、ヴェロドロームを借り切って2度の空力計測実験を行った。その第3弾となるのが今回の企画だ。2018年にデビューした第4世代のエアロロード4台を集め、同条件で空気抵抗を計測、各車の技術達成度を丸裸にする。
実験方法は実走。4台のエアロロードにパワーメーターを装着し、所定の速度における必要ワット数(消費パワー)を計測する。当然、消費パワーが少なければ少ないほど「少ない力で走ることができる=走行抵抗が少ない」ということである。消費パワーの大小で各車の空気抵抗の大小が測れるというわけだ。今回は、一般ライダーやホビーレーサーのスピード域を考慮し、時速30kmと時速40kmでの空気抵抗を測ることにした。
正確な計測をするには時速30kmと40kmピッタリで走る必要があるが、いくらプロ選手を起用するとはいえ、正確に時速40kmで巡航するのは難しい。よって時速28km前後と32km前後、38km前後と42km前後で計測を行い、その4つの結果から時速30kmと40km時の消費パワーを算出するという方法をとった。これなら多少速度が上下してもピッタリ時速30km&40kmのときの数値が出る。これは第1回のときに、自動車エンジニアである藤井徳明(ロードバイクの科学:著者)さんに教えていただいた方法である。
しかし、屋外では正確な計測ができない。気温や風向きなどの条件を統一することがほぼ不可能であるためだ。外乱の影響をできるだけゼロに近づけるため、実験は室内バンクにて行う。基本的にバンク内はトラックバイクしか走行できないのだが、今回の会場となるヤマダグリーンドーム前橋は、特別にロードバイクでの走行を許可してくれた。被験車は、トレック・マドンSLRディスク、スペシャライズド・Sワークスヴェンジ、キャノンデール・システムシックスハイモッド、サーヴェロ・S5ディスクの4台(いずれもディスクブレーキ仕様)。また、ノーマルロードとの差を見るため、キャノンデール・スーパーシックスエボでの実験も行った。
完成車の状態で計測
結果を正しく理解していただくため、計測条件を以下に記しておく。ライダーはトラック競技の経験も豊富なプロ選手、鈴木真理さん。基本的には鈴木さんに合ったフレームサイズで実験を行うが、ハンドル高さなどが統一できないものに関しては、ハンドルポジションを合わせることを優先してサイズを選んだ。結果、マドンは50、S5は51、システムシックスも51、ヴェンジは52となった。比較対象となるスーパーシックスは試乗車の関係でやや小さめだが、ステムを長いものに交換してポジションをエアロロード4車に合わせている。
乗車フォームも統一しないと正確な走行抵抗の計測はできない。鈴木さんと相談した結果、全車ともハンドルに腕を置くエアロフォーム(DHポジションに近い)にて実験を行うことにした。よって4車ともハンドル上面の高さを合わせ(当然BBハイトは考慮してある)、どの実験でも人間の前面投影面積が変わらないように留意した。難易度の高いメカ作業が発生するため、サイクルキューブの柴山大輔さんに作業をお願いした。
最新のエアロロードはハンドルまわりやホイール、タイヤなどを含めて総合的に開発・設計されていることを踏まえ、計測は各メーカーが用意している完成車の状態で行う。そのためホイールはもちろん、タイヤの銘柄とサイズ、コンポーネントなどが各車で異なる。よって、結果には空気抵抗の差というより走行抵抗の差が表れることになる。
なお、空気抵抗への影響が大きいと思われるホイールのリムハイトは、ヴェンジとシステムシックスが前後64mm、マドンが前後60mm、S5はフロント54mm&リヤ63mm。タイヤは全車クリンチャーである。
各車使用しているクランクが異なるため、パワーメーターは、ペダル内蔵型で簡単に付け替えられ、左右独立計測が可能なガーミン・ヴェクター3を使用した。
もちろん、走行性能以外の条件をできるだけ統一するため、ウエアやタイヤの空気圧などは統一。チェーンは4車とも同じケミカルを使って洗浄・注油している。ケイデンスによっても空気抵抗は変わるため、毎回アウター×トップで計測を行った(スプロケットは4車とも同じ歯数。アウターの歯数がマドンとS5は53T、ヴェンジとシステムシックスは52Tとバラけてしまったが、専用クランク採用モデルが多く統一が難しかったため、そのままの状態で計測を行った)。
また、サドルポジションを統一するため、サドルは4車とも同じモデルに付け替えている。
被験車は2019年モデルとしてデビューした有力4台
スペシャライズド・Sワークス ヴェンジ
シマノ・デュラエースDi2 R9170 完成車価格/135万円(税抜)
問:スペシャライズド・ジャパン 電話:046-297-4370
早くも三代目となったヴェンジ。リムブレーキとディスクブレーキが併売されていた前作に対し、新型はディスク専用に。高い空力性能は維持しつつ、フレームセットで400g以上の軽量化を達成。乗り味も、バンカラだった前作とは見違えるほどに進化している。実測完成車重量:7.03kg(サイズ52・ペダルなし)
キャノンデール システムシックス ハイモッド デュラエースDi2
シマノ・デュラエースDi2 R9170 完成車価格/105万円(税抜)
問:キャノンデール・ジャパン 電話:06-6330-1801
エアロロードには消極的だったキャノンデールが、ついに重い腰を上げてエアロロードをラインナップに加えた。フレームと同時にハンドルやホイールも開発している。真円度が高く転がり抵抗が低いという理由で、タイヤはヴィットリアのルビノプロ、しかも23Cを履く。実測完成車重量:7.69kg(サイズ51・ペダルなし)
サーヴェロ・S5ディスク
シマノ・デュラエースDi2R9170 完成車価格/158万円(税抜)
問:東商会 電話:048-250-5213
デビューしたばかり、出来たてホヤホヤのエアロマシン。フォークがヘッドチューブを覆うなど、ハンドル周りはまるでTT専用車だ。見た目の奇抜さではこれがダントツ1位。4車の中で唯一ホイールが専用設計ではなく、エンヴィのSES5.6を使った手組みを履く。実測完成車重量:7.32kg(サイズ51・ペダルなし)
トレック・マドンSLR7ディスクウィメンズ
シマノ・アルテグラDi2R8070 完成車価格/68万6000円(税抜)
問:トレック・ジャパン 電話:0798-74-9060
一台だけ別世界を走っていた先代マドンの空力性能はそのままに、ディスクブレーキを採用し、さらにISOスピードを刷新して快適性もアップさせた新型。プロジェクトワンによる美しい塗装も見事だ。今回取り上げる4モデルの中で唯一リムブレーキ仕様も用意している。実測完成車重量:7.99kg(サイズ50・ペダルなし)
比較用バイク
キャノンデール・スーパーシックスエボ ハイモッドアルテグラ
シマノ・アルテグラR8000 完成車価格/49万円(税抜)
結論:最新エアロロードは超速い
「ヴェンジ速すぎ(鈴木)」
まず、ノーマルロードであるスーパーシックスエボの計測を行う。結果は時速30kmで111.9W、時速40㎞で234.6Wとなった。この数字を基準とする。なお、このエボの計測は3回行い、いずれも誤差3W程度に収まることを確認している。この実験の精度はそこそこ高いのである。
では本番だ。1台目はシステムシックス。スーパーシックスエボから乗り換えた鈴木さんは、計測から帰ってくるなり「エアロロードはやっぱり速い。もう全然違う」とコメント。結果の解析を進めるうちに、取材班に驚きが広がっていった。システムシックスの結果は時速30kmで101.2W、時速40kmで206.5W。ホントかよおい、と編集スタッフの松下と顔を見合わせた。30km走行時で約10W、40km時で28Wも消費パワーが少ない。ハンドルもホイールも違うとはいえ、予想以上の差だ。低減率は1割以上。「空気抵抗の割合は人間が9割」だとすると計算が合わないが、鈴木さんはかなり細身で、さらにDHポジションのようなエアロフォームをとっていたため、正面投影面積がかなり小さくなり、結果、空気抵抗において人間が占める割合が少なかったのだろう。
次はS5。結果は時速30kmで100.8W、時速40kmで207.9W。計測誤差を考えればシステムシックスとほぼ同じ値である。なお、S5はサドル~ハンドルトップまでのリーチが他車に比べて2~3㎝長く、そのためハンドルに腕を乗せて走るとややふらついたという。その修正舵が結果に影響した可能性はある。蛇行するとパワーが吸われるからだ。また、S5が履いていたホイールはエンヴィをDTスイスのハブで手組みしたもの。他車に比べてリムハイトが低く、スポーク本数が多い。そこでも不利になった可能性が大きい。 このフレームの空力的ポテンシャルは、もっと高いかもしれない。
3台目のヴェンジは、時速30kmで96.7W、時速40kmで201.8W。システムシックスやS5と比較して4~6W低いという優秀な結果だ。前記のとおり、2種類の結果を得るために4つの走行データを取ってい るのだが、その全てでヴェンジは他車より数W低かった。要するにこれは計測誤差などではなく、本当にライバルより走行抵抗が低いのである。 鈴木さんは「速すぎて28km維持が難しい。脚を止めても進んじゃうからね」と苦笑い。自転車専用の風洞実験施設を持つ唯一のメーカー、さすがである。
最後はマドン。時速30kmで101.7W、時速40kmで209.9W。数字としては4車の中で最も大きいが、その差はわずかであり、事実上システムシックス&S5と互角だ。なお、前述のようにマドンはトップチューブ~シートチューブ上部にISOスピードという衝撃緩和機構を盛り込んでいるため、フレーム上部をエアロに特化しきれていない。数字でランキングを付ければ4位となるが、その代わりマドンは高い快適性を得ているのである。それでこの数字は立派と言っていいだろう。
あくまでバンク内での話だが、エアロロードの走行抵抗の低さが際立つ結果となった。最新のエアロロードは本当に速いのである。4車の実力は拮抗しているが、半歩リードしているのはヴェンジだ。前作ヴェンジヴァイアスと比較すると見た目がおとなしくなり、「なにこれ新型ターマック?」などと陰口をたたかれているらしいが、地味な見た目で一番速いとは、なかなかやる。
実験は2日目の21時過ぎに無事終了した。内輪ネタで申し訳ないが、 このロケにはかなりコストがかかっている。それに見合う実験ができるのか……とページ担当の松下と執筆担当の安井は、プレッシャーで寝不足になるほどだった。信頼に値する数値が取れたことに ホッとした2人、充血した目で談笑タイム。最高の達成感だ。しかしまだやるべきことが残っている。この4台をシゴき倒して乗り味領域の評価をせねばならない。次はインプレである。
ヴェンジがライバルを半歩リード!
空力への意識とユーザビリティ
油圧ディスクと、オイルライン&変速ケーブルのヘッド周りへの内装化が標準となった最新のエアロロード。バイク全体をシステムで考える必要があるので、ハンドルバーやステム、シートポストは、各バイク(フレーム)用に専用品が用意されることが多い。
たとえ乗って速くても、ライダーを選んでしまっては意味がない。選手レベルの脚力を持たなくとも、欧米人のように手脚が長くなくとも、きちんと組めて、満足なポジションが出せるかどうかは大切な問題だ。
エアロロードで気になる点は、大きく分けると二つに絞られる。
ひとつは、ケーブル類がフレームやハンドル周りに内蔵されたことで、作業性はどうなのか?ということ。もちろん、旧来の製品に比べれば最初の組み付け(各部にケーブルを通す作業)に時間は掛かることもあるが、それはメーカーやショップのメカニックが対応してくれる。
もうひとつは、ポジションのバリエーションだろう。とりわけハンドルの上下/前後の位置には、ヘッドスペーサーの抜き差しのしやすさや、専用ステムの突き出し寸法のサイズ展開が求められる。
同時にオイルライン(主にフロントブレーキ)に、どれだけたるみを持たせられるのかも大切になる。オイルラインを詰めすぎてしまうとハンドルを上げられなくなったり、長いステムへ交換できなくなってしまうケースもある。この場合はオイルラインを長いものへ交換することになるので注意したい。
「はっきり言ってユーザーがいじれる部分は少ないです。また専用品の塊であるエアロロードは、専門店以外では作業を断られてしまう場合も。しっかりと整備のできるショップを選んでからの購入が必須となるでしょう」(柴山)
第4世代エアロロードパーツの主流
ハンドル
ハンドルは幅ばかりを気にしがちだが、実はリーチとドロップの寸法も大切。それぞれ、ブラケット/下ハンを握ったときの手の位置に影響を及ぼすからだ。特にドロップ寸法は、下ハンの頻度が高い人は注目したい。
ステム
ヘッドエリアの流線型は、専用ステムとの組み合わせが前提だ。各社とも一般的なサイズは用意しているものの、極端な体型や関節の柔軟性(主に前屈方向)が著しく乏しい場合は、適正フォームを実現できないことも。
コラムスペーサー
ハンドルの高さ調整を行うためのスペーサーもまた、ステムやフレームの形状に合わせられている。その専用スペーサーにはスリットが入れられ、組み付け後の着脱も容易になっているケースが多い。
4ブランド一斉解明 ハンドルまわり&シート調整幅総ざらい!
図1:適した乗車姿勢を作り出すフィッティング作業で、最も大切なパーツがステム。突き出し寸法はもちろんのことだが、小柄かつストイックに練習している場合は、ハンドルをどこまで低くできるかはステムによるところが大きい。その点で、角度の大きなステムが用意されていると大きなメリットになる。スペシャライズドとトレックは、自社でフィティングメソッドを提供していることか影響しているかもしれない。
図2:ハンドル高の調整は、コラムスペーサーの抜き差しで行う。ただし、注意 しなくてはならないのは、フロントブレーキのオイルラインの長さ。パツパツで張ってしまうと、それ以上はハンドルを上げられなくなることもある。
図3:ハンドルは、専用品を組み合わせることがほとんどになる。このため、ドロップ(クランプ部からエンド部までの落差)と、リーチ(クランプ部から先端部までの突き出し量)は選べない。ちなみに今回比較した4車種の幅のサイズ展開は全て380、400、420、440mm(芯-芯)だった。
図4:シートポストもまた、各バイクともに専用品。セットバック量が選べると、サドルの前後固定範囲が広がる。
図5:フォークのクラウン形状や、ヘッドエリア内部を通るケーブルの影響により、ハンドルの切れ角は限定されやすい。低速でのUターンでは気をつけなくてはならない。なお、キャノンデールとサーヴェロは、内部にストッパーを設けることで、ハンドルの切れすぎに起因するフレーム/フォークの破損を防止している。
空気抵抗・ユーザビリティで高評価のヴェンジ!
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