安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.4
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2015年、エアロロード戦争という名の集団から飛び出して一人逃げを打った先代マドン。集団も負けじとスピードを上げ、やっとこさマドンの背中が見えてきたと思ったら、集団内で牙を磨いていた新型ヴェンジが入れ替わるように飛び出した。この強烈なカウンターアタック。しばらく続くであろうこの鮮やかな単独エスケープ。それにまつわる現代エアロロード論。
空力性能はフレーム以外で決まる
さて、ここまで長々としてきたのは、あくまでフレームとフォークの話だ。しかし話はそう簡単ではない。前方からやってきた空気は、フレームより先に、タイヤやホイール、レバーやハンドルにぶち当たるからだ。
いくらカムテールの空力性能が良くても、その前方に円柱があれば意味がなくなってしまう。円柱から渦が大量発生し、それで後方のカムテールが包まれてしまうためだ(前回の図②を思い出してほしい)。フレームの前にあるモノ(ホイール、ハンドルなど)の空気抵抗が大きいと、いくらフレームの空気抵抗を少なくしても無駄なのだ。
メンテナンス性が地に落ちるのを承知で各メーカーがワイヤをハンドルやステムに内蔵したがる理由はこれである。剛性面やフィッティング面で難があるのを承知でハンドル上面を翼断面化する理由はこれである。筆者はかつて「ワイヤをhttps://www.cyclesports.jp内蔵することで得られる空力向上代なんて取るに足らない。下らん流行だ」などと物知り顔で息巻いていたことがあるが、空力をやっている技術者からするととんだ的外れなコメントだったわけだ。空力を無視できるヒルクライムバイクのワイヤ内蔵は今でも納得できませんけど。
その話はフレーム単体にも当てはまる。ヘッドチューブが単なる円柱だと、そこで渦が大量発生し、その後ろにあるシートチューブがどんな形状をしていても空力的には大差なくなってしまう。ヘッドチューブをエアロ形状にしてはじめてシートチューブをエアロにする意味が出てくるのだ。
各メーカーがヘッドチューブの形状や太さにこだわるのはこういう理由からである。TTバイクでは剛性低下を承知でコラムを1インチとし、ヘッドチューブを極限まで細くするケースもあるほどだ。
ダウンチューブは空力に関係ない
さぁ、これらの知識を携えてヴェンジに戻ろう。
フレームを見ると、圧力抵抗を削減するために細心の注意が払われていることが分かる。前作ヴェンジ・ヴァイアスはフォークやシートチューブが翼断面だったのだが、新型では全身カムテールになった。その理由を担当者に聞くと、「知見が蓄積されたこと、そしてソフトウェアなど設計プロセスが変わったこと」だという。
なお、フレーム構造はワンピースのフロントトライアングルにシートステー~チェーンステーを接着する3ピースモノコックである。
ヘッドチューブは、この中に本当にオーバーサイズのフォークコラムが入っているのか?と思ってしまうほど細いカムテール形状。トップキャップやコラムスペーサーまでカムテール形状にしている。ここまでやる理由は前記のとおり。
ワイヤをフル内蔵したハンドルは専用設計のエアロ形状、ステムと別体としてポジションの自由度を確保しながらも、できるだけ気流を乱さずにフレームまでもっていこうという気配りがされている。ハンドルクランプ部の隙間や、ステム後部の小さな凹凸までカバーで覆うという念の入れようである。ワイヤはステム下側で一瞬露出するが、ここならハンドルがワイヤの風よけとして機能するため、空気抵抗は増えないのだという。
ちなみに、スペシャライズドが公開しているヴェンジのホワイトペーパーには、なかなか衝撃的なことが書いてある(以後、“”内が引用部分。いずれも原文ママ)。
膨大な時間を風洞実験に費やした結果、“ダウンチューブはエアロ特性にほとんど影響を与えない”ことが分かったのだという(そのかわり、“重量や剛性面では非常に重要である”とフォローしている)。
一方、“フォークブレード、コックピット、シートステー、シートポストはエアロ特性に多大な影響を与えることが分かったため、これらに注目することにした”とのこと。さらに、“ヴェンジのエアロ特性の約40%は、ハンドルバー、ステム、ケーブル配置、ヘッドセットスペーサーを含むコックピットがもたらします”という一節もある。
ワイヤ類を露出させたままダウンチューブとシートチューブだけを翼断面にしても、ほとんど意味がないということだ。
最初に空気にぶち当たるホイールも当然重要になる。例えばSワークスヴェンジ完成車に使われるCLX64ディスクのリム形状は、ウィントンネルで2年間かけて80種類のリム形状を試し、リム、ハブ、タイヤ、フレームの相互作用を研究した末に決定されたものだという。もちろん、リム重量、ハンドリング、横風に対する操縦性なども考慮しつつ、である。
このバイクで空力的洗練の余地が残されているのは、クランク周辺、ブレーキキャリパー周辺、ボトル周辺のみだという印象すら受ける。