2019全日本、全ての思いを背負ったシマノ入部の勝利
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6月30日(日)、昨日と同じく富士スピードウェイにて全日本自転車競技選手権大会ロードレースが開催された。いよいよ締めくくりである男子エリートのレースが行われた。朝から激しい雨風が吹きつけたが、予定通り9時スタートで10.8kmのコースを21周する227kmで争われた。
単騎で戦うこと、チームで戦うこと
今年の全日本選手権の大きなトピックといえばやはり、ワールドチームの二人、別府史之(トレック・セガフレード)と新城幸也(バーレーン・メリダ)が揃って出場ということだ。
TTを走り終えた日に新城は、ロードの戦いについて、「一人なので何もできないので、キツい展開になるのを僕は望むだけです。人数多いチームがどうやって動くかですね」と話していた。
7~8人と枚数を揃えた有力な国内コンチネンタルチームとしては、キナンサイクリングチーム、チームブリヂストンサイクリング、宇都宮ブリッツェン、シマノレーシングが挙げられた。
レースが始まると、序盤から前に行きたがるチームが多くあり、アタック合戦が開始。1周目からさっそく別府が自ら飛び出す場面も見られた。落ち着かない展開の中で、4周目に徳田優(チームブリヂストンサイクリング)の飛び出しによって9人の逃げが生まれる。その逃げには別府、新城は乗らず、自ら脚を使って追いつこうとする姿もあった。そして、9人の逃げグループは7周目に入ると集団に吸収された。
8周目で再び徳田がアタックを仕掛け、今度は単騎での逃げが容認される形になった。メイン集団はいったん落ち着きを見せ、シマノレーシング、宇都宮ブリッツェンなど、人数を揃えたチームが牽引を行いながら先頭を位置どり、各エースを温存させた。
雨によって路面がスリッピーで、かつ細かいコーナーも多いこのコースでは、集団前方で走るのと後方でインターバルがかかりながら走るのとでは疲労度合いもストレス度合いも、その蓄積のしかたがまるで違う。アタック合戦の時間帯に比べてスピードが緩んでいるにも関わらず、集団は徐々に人数を減らしていき、レースのおよそ半分、12周目に入る頃には152人いた集団は57人まで縮小していた。
レースを突き動かす逃げは終盤に影響
徳田が15周目に吸収されると、いよいよ終盤戦にかけて単騎で参加する別府や新城を含む選手たちが動きを見せ始める。16周目には小林海(ジョッティビクトリア・パロマ)や小石祐馬(チーム右京)がアタック。小石が抜け出したタイミングで、新城、小林もつき、勢いのいい3人の逃げがレースを大きく突き動かした。力のあるメンツに集団はどうにか追いつくべく脚を使うほかなかった。
18周目の最終コーナーでなんとか集団が3人を捕らえると、残された人数はもう20人以下に絞られていた。残り3周の勝負に備えて各人が補給を取る中で、ちょうど19周目に入るホームストレートで早川朋宏(愛三工業レーシングチーム)がスルスルと抜け出すと、入部正太朗(シマノレーシング)が満をじして飛び出して行った。入部を守り続けたチームメイトの湊諒は、「集団は疲れ切ってて、脚のある選手が残ったんですけど、その後ろで入部さんも脚を溜めて、なおかつ実力があったので。あの人はもう冷静にジャンプしていきました」と入部に全てを託し、見送った。
入部をマークしていたという横塚浩平(チーム右京)は入部が自信を持って踏んでいったのを確認し、それに乗った。さらに新城も「捕まったばかりだったから動きたくなかったんですけど、集団見たらもう少なかったので」と追いつき、4人の逃げができあがった。
集団には別府やTTを制した増田成幸(宇都宮ブリッツェン)、山本元喜(キナンサイクリングチーム)、窪木一茂(チームブリヂストンサイクリング)や伊藤雅和(NIPPO・ヴィーニファンティーニ・ファイザネ)らチームを代表するエースたちが残された。窪木は集団での状況をこう振り返る。
「あの状況で脚があるのは増田さんかなと思っていたので、ブリッジも一人でしたかっただろうから、行かせといてブリッジとか、出し抜きたかったんですよね、自分も。みんな脚隠して行かないし、結局見合っちゃって」
4人の逃げからは最初に抜け出した早川がドロップし、新城、入部、横塚の3人に絞られた。タイム差はあっという間に1分開いた。集団の消耗は目に見えていた。山本は、こう話す。
「それまでも何度も割れて追いついてを繰り返していたので、消耗していて。後ろもみんな脚来てたので、詰め切れなかった感じですね」
新城と別府は各チームにとって、絶対にマークすべき二大巨頭であった。集団に残った別府の存在もやはり大きかった。一昨年の青森での全日本でも最終周回に落車しながらも驚異的な追い上げを見せたこともまだ記憶に新しい。別府は後手を踏んだが、別府がいなければ全チームが新城をマークし、抜け出すことももしかすると難しかったかもしれない。
強大な力を前に、それでも諦めたくない気持ち
逃げグループはただひたすらに残り3周を踏んだ。新城は、「もう(残り)70km地点から脚を使ってたので、最後まで出し切る、全日本チャンピオンはチャンピオンらしく脚を使って勝ちたかったので、集団スプリントのことは考えずとことん行きました」と話すとおり、入部が「8割新城選手が引いてくれたようなもので、僕と横塚選手は上りで新城選手が引いているだけでちぎれるかと思うときもあったんですけど、なんとかくらいついて」と言うほどに新城は圧倒的ともいえる実力を見せつけた。集団とのタイム差は変わらないまま最終周回に入り、3人の逃げ切りは濃厚になった。
新城や別府のアグレッシブな動きに入部はただ感服し、憧れをも抱いた。だがその一方で、それでもどうしても勝ちたいという思いが煮えたぎる。入部は、チーム一丸となって手繰り寄せたこのチャンスに没頭した。先月、入部はツアー・オブ・ジャパンの京都ステージで逃げ切ったが、ステージ勝者に付き位置で差し切られ、ステージ2位で満足した。なぜならそのとき狙っていたのは総合成績であり、タイム差を稼ぐことだったからだ。あのときやるべき仕事は完璧に果たしていた。でも今日は今日のレースを勝つためだけに、今回はチーム全体が完璧な仕事を果たしてくれたことで入部の気持ちを集中させた。
横塚は、現在所属しているチーム右京に入る前から、新城が度々走り込み調整で必ず行くタイでの合宿で一緒に走っており、新城からもその実力を認められていた。国内でも屈指のパワー値を持つ横塚のスプリントには入部も警戒をしており、上りでふるい落とそうと画策していた。
最終周回、残り6kmの上りで新城がペースアップを図ると、横塚がつけないことを確認してから入部が新城についた。優勝争いは二人に絞られた。見通しの立たぬ展開と合わせて、会場の霧もどんどん深くなっていった。
残り3kmから入部は最終スプリントに備えるべく、新城の後ろに張り付いた。残り1km、最終コーナーの上りで新城がアタック。
「かけた瞬間すぐ反応するので脚あるのはわかっていた。三味線弾いてたって言ってもわかりますからね。かけてるのに、脚なければ反応できないですからね」と、新城は入部の脚が最後まで残っていることを確認した。
ホームストレートに入ってもまだ新城が先頭。向かい風ということも考え、入部はギリギリまで待った。ラスト150m、入部が飛び出したと同時に新城もスプリントを開始。「かかりが違った」と新城が言うように、入部は210km走ってから出せる最高のパワーを出し、ゴールラインへと到達した。5月に亡くなったばかりの父に「見てるか?」と言わんばかりに入部は天を指差し、泣いた。
「全日本チャンピオンらしい走り」
単騎で、しかもケガ明けでの参戦にも関わらず、新城・別府の両名の走りは、自分で脚を使ってまさに力でねじ伏せる強さが見られた。それは観客の目にも明らかだったし、ましてや一緒に走る選手たちの「勝ちたい」とか「勝てるかもしれない」という自分の可能性を信じる気持ちをへし折るには十分すぎるほどだった。新城は全日本の難しさを語る。
「言っときますけど、みんな弱くないですからね。日本で走っている選手は。今パワーメーターがありますけど、パワーだけだと僕らと同じようなパワー出しているし、今日は現に負けたし。でもヨーロッパのレースの走り方を知っているか知らないかの違いだけであって。決して全日本は簡単なレースじゃないので。彼らをちぎるっていうのは簡単にやったわけじゃないです」
新城が会見で言った「全日本チャンピオンらしい走り」という言葉に対して苦笑いをして、「そうなんですよ、だから僕はまだまだこれからです」と少し俯いた入部だったが、シマノレーシング監督の野寺秀徳はチームでつかんだこの勝利を誇るべきだと考える。
「今回は新城選手とこの形でしたが、それは自転車レースの特性であって、それをお互い分かった上での勝負なので入部の今日の勝ちは150%誇りに思ってほしい。もちろん新城選手はものすごく強くて、僕らも尊敬してる。その新城選手に勝った自分たちを100%以上プライドを持って讃えたいなと思ってます」
支え合い、託し合う。チームメイトの勝利を本気でよろこぶことができる本当の強さ
昨年の全日本ではシマノは後手に回り、チャンスを逃した。今回はその思いをチーム全員で共有し、絶対的なエースとして入部を置いた。一昨年、3年前とこの全日本の舞台で表彰台に上がったチームのキャプテンを担う木村圭佑はこう話す。
「去年の全日本でチームで失敗したので、今年は全員気合い入っていましたし、もうミーティングでも監督も気合い入ってました。全部の責任を背負って入部さんがアタックしていって、行ってからも湊も僕もいたんですけど、しっかりチェックできて湊もすごい動けていたし、安心して最後は任せられました。本当にうれしいです」
湊もチームでつかんだ勝利だと誇示する。
「この展開になったのは(黒枝)咲哉とか中井(唯晶)とかがちゃんと前で仕事してくれたのでこういう結果が生まれた。みんなのおかげで結果が出せたと思います」
一方で全日本という大舞台だ。エースを誰にしたって、自分が勝ちたいという気持ちが生まれないはずがない。それでもチームメイトは入部を絶対的なエースとして認め、受け入れ、入部のために全身全霊をかけて走り、本当に全てを託したのだ。入部の勝利に対して湊は、「心の底からうれしいです。あの人の努力を間近で見ていて、僕らもあの人も苦労していたので。その分うれしさでいっぱいです」とまるで自身の勝利のように噛み締めた。
監督の野寺はチームとして戦うこと、あるべき姿を考える。
「普段から、誰かが勝ったときに負けたライバルはもちろんなんだけど、一番悔しいのは負けたチームメイトじゃなきゃいけないと思っているんです。常に切磋琢磨していた人間だから。今回入部をエースにするぞって言ったなかで、入部がもし勝ったら『全日本チャンピオンが隣にいて悔しい』そういう気持ちをかなぐり捨ててみんなで賭けてきた。でも本当にその思いが伝わるかどうかわからないじゃないですか。彼らがどういう意識でやっているか。今回、彼らが完璧にそれをこなしてくれた。もちろん木村も湊も入部がもし潰れたときには、自分が行かなきゃいけないっていう選手ではあったんですけど、そんななかで彼らも精一杯のことをしてくれた。中井だって今急成長中で、可能性はいくらでもあるんですよ。彼らも牽引に加わって、全てを入部のために賭けてくれた。雑にならずに慎重に入部の可能性を信じた上でやってくれたっていうのがもう本当にすばらしかったし、それで結果をつかんだ入部の走りっていうのはもう……。
最後、新城選手は本当に強くて、防戦一方の形になったんですけど、あれも雑な動きになったとしたら入部は先頭交代に加わって2位で満足していたと思うんですよ。そうじゃなくて、彼は自分より強い新城選手に勝つために、針の穴に糸を通すような作業を最後まで集中力を切らさずにやってくれた。それをやらせたのは、おそらくチームメイトが入部の周りに逃げ道を作らないように、囲い込んでいてくれたおかげ。それで逃げ道なく完全に自分の集中力を出せたのかなと思います」
託された入部にもプレッシャーは大きくあった。
「僕が走っていて、調子が悪かったらどうしようとか。常に頭にそれはあるので。それで100km地点で脚ピクピクき始めた時はどうしようって。みんなどれくらい脚きてるんだろうって不安はやっぱりあって、プレッシャーに押しつぶされそうなタイミングはありましたけど、そこは今までの経験値でなんとかカバーして。何があるかわからないから最後まで諦めないことが大事。みんなの顔を思い浮かべながら走りました」
チームで戦う意味、そして「心の底からうれしい」と言ってくれたチームメイトに対して入部はこう語る。
「悔しい思いは絶対持ってると思うんです。それを言えるっていうのは本当の強さで、チームメイトみんな本当に強い心を持っているなって尊敬します。湊もそうですけど、木村のことは特に。あれだけチームまとめられるって、僕もキャプテンしてたことありますけど、やっぱり自分に不甲斐ない部分もあったりとかして、その面で木村は本当にすごいなって。これだけチームメイトまとめられる能力とか、自分には本当にないものを持っているという部分で尊敬しています」
一昨年、キャプテンという立場を退いた入部にはさまざまな思いがあった。
「今だから言える部分もあるんですけど、キャプテンというのがちょっと自信がなくなった部分があって。投げたっていうと悪い言い方ですけど、形上はそうなったかもしれないです。自信なくなって、迷惑かけている状態にもなって、『もうやってくれないか』って伝えたら木村が、『分かりました、やります』って言ってくれたので。そこからあれだけチームまとめてくれて。本当に感謝しています」
誰がどう動いたかには理由があり、それぞれの思いがある。実力差がある中で単純に強さだけで勝負が決まるわけではない。これだからロードレースはおもしろいのだ。走った人、関わっている人の分だけドラマがあり、それを見た観客ひとりひとりにも感じるものがある。全てを知ることは難しいが、自身がそのときに感じたことは自由であり、何に共感しても決して間違いではない。
今年の全日本では、育成チームとして成長してきたシマノレーシングというチームが、チーム全員の力をつないで、託して、つかんだ勝利だったことも事実に違いない。
第88回 全日本自転車競技選手権大会ロード・レース リザルト
男子エリート(10.8kmコース×21周=227km、出走者152人、完走者25人)
1位 入部正太朗(シマノレーシング) 6時間12分27秒
2位 新城幸也(バーレーン・メリダ) +0秒
3位 横塚浩平(チーム右京) +8秒