チームパシュート日本新記録、ブリヂストンが全日本トラックでつなぎとめた可能性
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9月14日〜16日の3日間で開催された全日本自転車競技選手権大会トラックレース。ジャパントラックカップに引き続き、日本競輪選手養成所のJKA250にて無観客状態でのレースが行われた。
東京五輪のチームパシュートという種目で4枚の日の丸のジャージを見られる可能性は極めて低い、そう思っていた。でもチームブリヂストンサイクリングは、誰も何も諦めてはいなかった。トラック全日本選手権でさまざまな思いを持った彼らが果たしたのは、一縷の望みをつなぐワンステップ。日本新記録更新はまだ序章に過ぎない。
出場するだけでは終わらせない。蓄え、纏う自信。
初日の個人パシュート(個人追い抜き)でチームブリヂストンサイクリングの窪木一茂は、昨年出した自身の日本記録をおよそ5秒更新して4分15秒889という記録を打ち出した。これがどれだけ驚くべき結果かというと、2008年北京オリンピックでブラッドリー・ウィギンスが出した4分15秒031が現在のオリンピックレコードであるといえば伝わるだろうか。
続く2日目のポイントレース、同チーム橋本英也とペアを組んだマディソンでも大差をつけての優勝。さらには最終日のチームパシュートでも日本記録をわずかながら上塗りしての勝利を挙げた。つまり窪木はトラック全日本での出場種目全制覇を成し遂げたことになる。
しかしそれで満足する気は毛頭ない。これからのプランをこう掲げる。
「短期目標は全日本選手権を全部優勝する。中期目標としては東京オリンピックに出場する。長期目標としてはオリンピックで金メダルをとる、ということかなと思います」
ブリヂストンに移籍してきてから2年、窪木は所属当初から他の選手たちとは異なったオーラを身に纏っていた。おそらくそのオーラの正体は自信。今年は昨年よりもさらに大きな自信を蓄える。
力をつけた感覚を得たのはパワーとスピードの面。今回のポイントレース中にも1500W近くものパワー値を出し、自己ベストを更新していた。短距離ナショナルチームのやり方を見習い、フィジカルトレーニングを積極的に重ねた結果だった。今回の4kmTTでも、世界で”勝負する”ために「多分みんながびっくりするくらいのギヤをかけた」結果の記録更新。
「海外のレースに行けばペースも速いので、どんどんギヤはかけるべき。そうなればより適応できるのかなと思います」と迫る世界との戦いを見据える。
同時に窪木は、リオオリンピックオムニアム種目の日本代表として準備を行ってきた4年前を反芻していた。
「一年一年、ちゃんとオリンピックに向けてフォーカスしていることを自覚しているし、結果でタイムも出ている。ここでオリンピックに向けて上げてきている自分というのもあるし、4年前もこのタイミングでいい走りができて、いい結果が残せて、オリンピックという風に進めています。そのもう一回ハイライトというか、戻ってきている感覚があるので、このまましっかりと運も掴んで、波に乗っていければと思います」
それでもただ同じことを繰り返すわけではない。4年前と今との違いは「考え方」だと窪木は話す。オリンピックに”出るだけ”で終わるつもりはない。
「メダルが取れるって前回は思えなかった。でも今は思える。気持ちの持ち方が根本的に違うかなと思います」
昨シーズン、大いなる飛躍を見せた短距離ナショナルチームのメンバーもこぞって口にする”気持ちの強さ”。勝負ができるフィジカルを持ち合わせた上で、極限のつばぜり合いの場面で最後は”気持ちの強さ”こそが勝利を引き寄せる。
その強さを持っているのは窪木だけではない。オムニアムの枠を争う橋本にもその気概が見られる。これから始まる世界での戦い。橋本のワールドカップでのオムニアム最高順位は2位。意気込みを聞くと、こう返ってきた。
「ワールドカップシーズン始まってきます。とりあえず優勝しましょうか」
マディソンで試す”スタイル”。
トラックのシーズンは主要大会でいうと、先月のジャパントラックカップと今回の全日本選手権を皮切りに、10月中旬のアジア選手権、11月から来年1月までワールドカップ6戦が立て続き、2月末にはシーズン最終盤の世界選手権が控える。このスケジュールをもって東京五輪の出場枠が決定される。
昨シーズンのワールドカップでは、中距離ナショナルチームコーチの定める指針により、マディソンに出場する機会はほとんどなかった。ゆえにポイントを稼げておらず、現在の日本のUCIオリンピックランキングは30位と非常に厳しいラインである。
今回のマディソンでは、日本の中距離でトップを走る窪木、橋本の二人がタッグを組んだ。目的は優勝することではなく、ダントツで勝つこと。チームメイトの近谷涼・今村駿介ペアも途中まで競るものの、接触によって近谷の前輪が壊れ、交換している内に溝を空けられた。
マディソンやオムニアムで活躍するような海外のトップは、エリア・ヴィヴィアーニやベンジャミン・トマなどロードレースでも名を馳せる一方、トラックレースでは自身が優勢であろうとかまわず貪欲にポイントを取りに行く。
「彼らって勝っていてもどんどん行くスタイルで、ああいうスタイルを真似していかないといけないなと思って、それを二人で試してみた」と窪木は話す。
だがマディソンは十分な練習をしていなかった。
「今回もマディソンを練習したのは、マディソン始まる前に(バンクの)下で一回やったくらいですね」と橋本は笑ってみせる。
圧倒的な差を築いていても見ている限りミスもまだある。世界のトップ争いは目まぐるしく、たった一つのミスが命取りとなる。まずはアジア選手権での戦い方にも注目していきたいところだ。
チームパシュート日本新記録の理由。
伊豆ベロドロームは改修中のため使えず、今回の会場となったJKA250もあくまで競輪選手養成所の生徒が使用するためのものであり、普段の練習場としては使用されていない。
「ほぼ一発勝負」
タイムテーブルにチームパシュートが組まれた前日、近谷はそう言っていた。ブリヂストンのトラックバイクも新しくなり、JKA250という新しい環境での初めてのチームパシュート。しかも4人での合わせもしていなかった。それでも、近谷も橋本も、もちろん窪木も「個人追い抜きでタイムが出てるから」と、個々がこの1年間で培ってきた力に自信を持った。
昨シーズンはイアン・メルビンが中距離ナショナルチームのコーチとして招かれ、チームパシュートの練習に重きを置いた。しかしメルビンが本格的に指導に入ってからタイムが更新されることはなかった。現在のチームパシュートでのUCIオリンピックランキングで日本は14位。成果が出ないままコーチは解任され、中距離ナショナルチームは空中分解な現状に至る。
ジャパントラックカップの前にスペインのホアン・リャナレスが来日し、スポットで中距離ナショナルチームに対してマディソンの指導を行い、日本の自転車競技連盟としても力を入れるのはオムニアムと、どうにかマディソンというところなのだと思っていた。チームパシュートは捨てたのだと。アジア選手権のチームパシュートで日本ナショナルチームが出走するかどうかすらも不透明だった。
そんな思考にストップをかけたのが今回のチームブリヂストンサイクリングだった。まだ何も諦めてなんかいない、そう叩きつけるかのようにーーー。
予選、昨年の2月にマレーシアで出した3分57秒801という日本記録に迫る3分57秒893というタイム。いうまでもなく、もはや全日本での戦いではなく、戦う相手は過去の自分たちだった。ここでタイムを出すこと、これしか彼らがまだ戦えること、戦う意思があることの証明にはならない。
「3月に世界選を戦って帰ってきて、ここまで半年ちょっと、みんなそれぞれにいろんな思いがあって練習してきて、スタッフや関係者にもサポートをしてもらっているので、ここで絶対タイムを出すってみんなで誓ってきた。最後まで絶対踏み切ろうっていう強い思いでペダルを踏んでいました」
近谷は表彰台でその思いを吐露した。
予選からの作戦変更、改善の余地。
予選では、今までのチームパシュートの構成と同じように1kmTTでも優勝した爆発力を持つ沢田桂太郎が第1走を担っていた。しかし、後半のタイムが少し落ちたことで作戦を変更。目標としていた3分54秒というタイムが厳しいだろうということで、決勝ではペースを維持し、まずは日本記録更新を狙うことになった。そこで変えたのはメンバーとギヤだった。
「(予選は)みんな54秒想定のギヤでいってたんですけど、後半落ちたっていうことは重いということで、54秒から日本記録更新にスイッチしたんですよね」
橋本は振り返った。54秒というところに対してまだ壁はあるのか聞くと、「まだ」と答えたもののこう続ける。
「でもできないところじゃないんじゃないですかね」
決勝では沢田と今村が交代し、1走に起用されたのは窪木だった。以前話を聞いたときにタイム短縮につなげるためには「何走でも」と答えていたが、チームに最後を託して途中で離脱する窪木の姿というのはなんだか少し違和感があった。
窪木は走り終えた後、「なんか僕、貢献できていない気がしていて」とこぼした。
「走る順番を変えたことによって僕の存在感があまりなかったような気がしていて。最後ゴールに一緒に行っている感じが欲しいなって」そう言って少しだけ笑う。
「なんか燃え尽きなかったような気がして……。だから次はまた1走で走ることがあったら、ちゃんと貢献したぞと思えるくらいもっと強く引いてみんなに貢献したいです」
今回の全日本で他の組と比べると、圧倒的に綺麗なラインに個々のエアロフォームが収まっていたように思える。しかし、3分57秒488という日本記録の中でもまだまだラインの乱れや無駄は存在する。一つ一つのタイムが縮まる要素を分解し、解決していくことで世界記録の10秒差がすっかり埋まるとまでは考えにくいが、まずは目標とする54秒というところまでは割とすぐに到達するのではないだろうか。
アジア選にナショナルチームとして出場することを断言する窪木に目標を尋ねると、「優勝ですね」とあまりに簡潔な一言。だが、明確な意志は充分すぎるほど含まれていた。東京五輪の出場枠を獲得するためには、まずはアジア選で優勝しなければ話にならない。
「僕らは前に進みたくてしょうがない」
昨シーズンを終えた段階で窪木は嘆いていた。まだ選手の意識が低い、と。だが今シーズンに入り、明らかに個々が持つ空気が変わった。
昨シーズンで到達すべきだったラインはひどく遠い。でも、だからこそ選手一人一人に意識が芽生えたのかもしれない。”遅すぎる”と言うには早過ぎたようだ。まだ可能性はゼロじゃない。
今回の全日本で見せたのはあくまでも個々の努力の成果。これから中距離ナショナルチームは、新しいコーチを迎え、どのような指針が設けられるかはまだ定かではない。だがしかし、個々の結集を見せつけたブリヂストンというチームが日の丸のジャージを纏って一つとなったとき、どんな進化を見せてくれるだろうか。
「もう僕たちの気持ちは前に進んでいるし、あとは自転車競技連盟の方が決定することだとは思います。ただ僕らは前に進みたくてしょうがない」
窪木は言う。チームブリヂストンが見ているのは未来への可能性。誰もが諦めたくなくなるようなほんのわずかな可能性に対して研鑽を続ける彼らの努力、精神力を認め、期待を込めようじゃないか。込めた期待の分だけきっと彼らは力にかえて応えてくれる。
さあ、これからが本番だ。