Fumy’s eye 別府史之が見た世界 étape15
目次
本場ヨーロッパで活躍するプロロードレーサー・別府史之選手の「今」を、本人の言葉で読者の皆さんにお伝えする連載。今回は、北のクラシック2連戦の話をお届けし、また、読者の質問に答える形で、ボトル投げ捨て、スーパータック禁止などUCIルールの変更について触れています(編集部)。
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Bonjour! こんにちは、別府史之です。
元気にやっています……と言いたいところですが、実は3月末から少し体調を崩しています。咳がずっと止まらないんですよ。
3月26日の金曜日にE3・サクソバンク・クラシックに、28日の日曜日にはヘント〜ウェヴェルヘムに出場したんです。中間の土曜日にはPCR検査を受けたんですが、その時に「あれ、ちょっと喉が痛いな」って感じを覚えました。でも普通にレースをこなして、日曜日の夜に家に帰りました。そして月曜日の朝起きた瞬間に、あぁ〜これはもうダメなやつだ……って。
最初は熱はなかったですし、喉の痛みがあるだけだったんですよね。だから市販薬を飲んで、蜂蜜やハーブ系の喉に優しいものを摂って様子を見ていたんです。一応は自転車にも乗りに行ってみたりしましたが、ふらふらして全然乗れなかった。だからその後はおとなしく安静にしてました。
でも少し良くなってはぶり返すの繰り返しで、そのうちだんだん熱っぽくなってきて。さすがに長引きすぎてるから、チームドクターに相談して、土曜日(4月3日)から抗生物質を摂ってます。抗生物質って逆に体調が悪くなってしまうこともあるので、なるべく摂らないようにしてます。ほんと、最後の手段、っていう感じです。
よく周りの人たちから「スポーツ選手は風邪薬も飲めなくて大変だね」と言われたりしますけど、基本的に薬局で処方箋なしで簡単に手に入る薬には、それほど変なものは入ってはいないんですよ。ドーピングに引っかかるような薬はほとんどないです。ああ、まあ、毛生え薬にはマスキング剤が入ってますね(笑)。あと漢方系には気をつける必要があります。例えば麻黄という、いわゆる禁止薬物に指定されているエフェドリンが少量ながら入っているものもありますから。身体を興奮させて治す療法で、効果は間違いなく高いんですけど。
もちろん今回の抗生物質はドクターに処方してもらったものですし、普段も一応はドクターに確認を取ってから使用するようにしてます。
こんなご時世なのでコロナの可能性もちょっとだけ疑いましたが、ヘント前日の土曜日のPCR検査では陰性でした。ドクターからも「症状的にはコロナではない」と言われてますし、その後に再度検査を受けて、4月7日には改めて「陰性」との結果も出ています。ただ相変わらず咳だけが止まらない状況です。
展開が早いクラシックレース
北クラシックの2連戦は、体調がどうこうではなく……普通にレースとしてきつかった! だってどっちのレースも展開がめちゃくちゃ早かったんです。E3は勝負どころが早い、ってのは以前からの常識ではあるんですけど、それにしてもラスト80kmくらいから激しい勝負が始まってましたし。ヘントなんてまるで嫌がらせのごとくずーっと踏みっぱなし。たしかに風は強かったですし、風が強いところで踏んで踏んで分裂を作りだす作戦は理解できるんですけど、そこまで頑張らなくてもいいところでも踏みまくる。おかげでまったく休むところがない。
ドアーズ・ドア・フラーンデレンもTVで見てたら、ディラン・ファンバールレが残り100km近くから仕掛けてましたから、「早すぎ!!!」ってびっくり。でもやっぱり、レースの展開の仕方が、昔とは大きく変わってきているのかな。
ファンアールトやファンデルプールの直接的な影響かどうかは分からないですけど、間違いなくズイフトとかシクロクロスのような、「ずーっと踏みっぱなし」という走り方がロードレースにも入ってきてるような気がします。もちろん以前だってレース最終盤は高出力で踏んでました。でも今は高出力で踏見続ける時間がはるかに長い。インターバル走行ではなく、高い出力のままひたすら踏み続けて、踏み続けて、踏めなくなった選手から落ちていく……みたいな。
ツール・デ・フランドルもそうでしたけど、そんな状況の中、アスグレーンが最後まですごく脚を残していましたね。フィニッシュ手前でも身体が全然揺れてなかった。あれ、今スタートしたばかりなのかな!?って思っちゃうくらいフレッシュに見えました。あんな状態でスプリントにもつれ込んだら、さすがのファンデルプールだって余裕なくなりますよ。
スタートから「ヨーイドン!」で猛スピードで走り出して、そのままフィニッシュまで突っ走る。これが本来あるべきレースの形なのかもしれないですし、たしかに戦いとしては面白いです。でも、どうなんでしょう。今はまだまだ自分と同世代の選手も活躍してますけど、この先こんな走り方をずっと続けていたら、選手生命はどんどん短くなっていくかもしれないです。ここは流す、ここは勝負を入れる、という緩急交えた走り方であれば選手の寿命も長続きするんですが、今のような走り方だったら恐ろしく体力を削っちゃいますよ。ヘントなんて残り100kmで、もう周りのほとんどの選手がふらっふらでしたから。
ただ個人的には、北のクラシックは、楽しかったですね。自分の目の前で選手が路肩とかにぶわーーーって吹っ飛んでいって、えええーーってなったり。幸いに僕自身は事故や落車には巻き込まれなかったんですけど、なんだろう、すごく目が覚めるようなレースでした。少しでも集中力を欠いたら風で持っていかれちゃうから、常に血走った気持ちで、両目を見開いてなきゃならない。生きている。そんな実感を抱ける、刺激的な2レースでした。
質問コーナー
読者の方からメッセージをいただきました。ありがとうございます。
「数年前、友人たちとブエルタ観戦に行きました。頂上ゴールのステージでは、上ってきたフミさんに、私と妻は声を合わせて大声で『BEPPU!』とサムアップしました。その後ゴールをした選手たちがぞくぞくと下ってくるとき、我らが観戦していた場所に、フミさんがTREKのドリンクボトルを投げてくれたのです。
ボトルは地元スペイン人のオジサン、オバサン、子供たちと争奪戦になりましたが、無事ゲットしました(というより、一度取られたものを「ジャパニーズ! フミフミ」とか叫びながら奪ったというか)。
で、質問なのですが、あのようなVO2MAXのような状況でも、沿道で応援している人々の顔って見えているものなのでしょうか? さらには日本人がいたことや、その場所を覚えていてくれて、ボトルを投げてくれたのでしょうか? そうだとすれば、すごい動体視力、記憶力、だけどレースへの集中力は??
いずれにせよ、異国の地のレースでボトルを投げていただけて、本当にありがとうございました。あの夜は、そのボトルにスペインワインを注いで美味しくいただきました」(藤原さん)
走っている時の声援はよく聞こえます! 基本的にはレース中は集中していますが、それでも沿道はよく見えてますし、よく聞こえてます。
だから山頂ゴールの時などで、麓に待機するチームバスに下り戻っている時なんかは、「このあたりで声かけてもらったな」と少し注意しながら下ります。山頂で受け取ったリカバリードリンクを飲み干した後に、お礼としてボトルをプレゼントするためです。レース中で日本の国旗を持って応援してくれるファンの方々は、遠くからでも確認出来るので、優しく投げ渡すことができますね。
4月1日からUCIルールが変更になりましたが、そのことについても色々考えさせられるようなメッセージでした。ツール・デ・フランドルでは衝撃的でしたよね。ボトル投げ捨てでミヒャエル・シェアーが一発退場になりましたから。たとえ環境保護のためとは言え、あれはどうなのかな……。子供たちが投げてもらったボトルを拾って、それがきっかけで自転車選手になりたい、ってなることもあるわけですし。こうして藤原さんや、ツイッターで@y_charichariさんが「レース中にファンとコミュニケーションが取れる唯一のスポーツ」と書いてくれたように、わざわざ遠くまで応援に来てくださったファンのみなさんの良い思い出にもなります。そもそもボトルってチームのスポンサーのロゴが入っているから、宣伝材料のはずなんですよ。
規定ゾーンで投げ捨てる以外は、チームカーに空のボトルをすべて持って帰る必要があるのだとしたら、そのために選手が1人働かなきゃならなくなりますね。じゃあそれって誰がやるんだろう?とも思います。もちろんルールだから従わなきゃならない。やってはいけないことなんだ、ということは理解してます。ただ物議を醸す内容であることには間違いないですね。
スーパータックや一部のエアロポジションの禁止も同じです。僕自身はスーパータックはやらないんですが、身体がぶれないようちゃんと固定できるのであれば、決して危険なポジションではないはずです。普通に考えたらナンセンス。おそらく今後は逃げが捕まりやすくなっちゃうでしょうね。2秒、3秒のアドバンテージが、下りで稼いだほんのわずかな数秒が、最終的な結果に大きく関わってきますから。
じゃあ変更されたルールの中でどう工夫してやっていくのか。これが今後の課題になっていくでしょう。エアロポジションを取るためにステムを長くしたり、ハンドルの幅を狭くしたりする選手も出てくるかもしれません。そうするとたしかにエアロなポジションにはなるけど、ハンドリングしにくくなるので、逆にそれで落車が起こる懸念もあります。
あとは「サドルの上に座っていればOKのはず」ってことで、後ろが長いサドルが出たりするかも(笑)。マテリアルに合わせてルールが変わり、ルールに合わせてマテリアルが変わっていく……ってのはずっと昔から繰り返されてきたこと。後輪だけが大きいTTバイクとか、グレッグ・レモンが使った変形ハンドルとか。フレームの形状もそうで、もはやエアロバイクなんてTTバイクとほとんど同じような感じですから。ヘルメットとかシューズカバーとか、ワンピースとかも、みんな「エアロ」だし。
ソックスだって今やエアロですから、長いほうが有利なんですよ。なにしろ膝から下って、一番風が当たる場所ですからね。ジャージの袖部分と同じような素材が使われているはずです。で、エアロソックスだと材質的にはずり落ちてくるので、粘着スプレーをかけてすねに固定させるという。
まあこの先どんな風にマテリアルが変わり、またどんな新たな縛りがでてくるのかは分からないですけど、そういう戦いは延々と続いていくんだと思います。
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とにかく今はこんな状態ですから、おとなしく体調回復に努めています。ただここまで長引いてしまうと、トップフォームに戻すのにちょっと時間がかかるな〜というのがつらいところですが……これから改めて練習を重ねて、次のレースまでにしっかり調子を上げていくしかないです。
次回は再びみなさんに元気な話題をお届けしたいと思います!
それでは、また。
別府史之
メッセージはinfo@cyclesports.jpま