佐渡島で大人のサイクリング いい酒といい宿へ
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1日サイクリングした後にはご褒美が欲しいと思うのは、いくつになっても変わらない欲望ではないだろうか。むしろ、年を重ねるごとにイイモノ、新しいモノを求めるようになる。
発売中のサイクルスポーツ9月号では「行くっちゃ佐渡!」と題して、佐渡島でのサイクリングコースを紹介している。これまでサイクルスポーツでは、佐渡ロングライドの紹介記事を初め、何度も佐渡の特集を組んできが、この特集ではイベント参加だけでは味わい尽くせない、幅広い佐渡の魅力を紹介している。
この記事では特集内の章の一つ「佐渡大人旅」のベースになった取材ツーリングのレポートをお届けする。
いざ、佐渡大人旅
そんなわけで編集長中島は、愛車を輪行袋に詰めて佐渡島へと出発した。自分にとって初めての佐渡島。この取材のことを、すでに佐渡島に行ったことがある人に相談したら、酒や海鮮のおいしさをさんざん聞かされていたので、ここはひとつしっかりと自分の目と舌で確認しに行く必要があると、気合を入れて出かけた。
想定するツーリングスケジュールもその気合を表す内容にしたかったので、3連休を取れることを前提にしている。仕事が終わった後、夜の新幹線で東京を出発し、新潟駅前に前泊。翌日(つまり3連休の初日)から佐渡を目指す。新潟港発、朝イチ7時50分のジェットフォイルで両津港へ。
佐渡汽船 https://www.sadokisen.co.jp/
酒と宿ということだが、まずは島を走らないことには酒のおいしさも、食事のおいしさも半減してしまうので、しっかりと自分の脚で酒蔵を目指していく。初日は、宿で楽しむための酒を、自らの脚で酒蔵に買いながら宿を目指すツーリングプラン83km。
7/19発売!サイクルスポーツ9月号。特集・行くっちゃ佐渡!
米の島は酒の島
まず目指すのは、島の一番南にある北雪酒造。フェリーターミナルでささっとバイクを組み立て、県道45号を南東へと走り出す。海岸線沿いを時計回りに走ってもいいのだが、佐渡は山間部を抜けるルートも面白いと聞いていたので、途中から県道319号へと交差点を曲がっていく。信号がない交差点なのでうっかりすると通り過ぎてしまう。久知川沿いに標高を上っていくと、道は途中から涼しげなせせらぎと並行するようになり、どんどんと分水嶺が近づいていることを感じる。
ほとんど車は通らない。むしろヘビや野鳥など動物と出会う方が多い。標高400mちょっとの名もない峠を超えて小佐渡の南側へと下っていく。赤玉地区の棚田が広がるエリアになると、一気に海まで視界が開ける景色は、このルートのご褒美だ。島の外周道路に出て海沿いを行く。この日は風がとても穏やかで走りやすかった。
佐渡島が世界に誇る酒「北雪酒造」
いくつかの漁村を通り北雪酒造がある赤泊へ到着。コロナ禍ではあるが、特別に酒造のなかを見学させてもらった。北雪の名を一躍有名にしたのが、俳優ロバート・デニーロが経営者に名を連ねる、ホテルや日本食レストランを世界に50店舗程展開す「NOBU」。北雪の日本酒は、そこで提供されている。
建物は古いが中は清潔で、この日は次の酒を仕込むための器具の清掃が行われていた。特に目を引いたのがステンレス製の機械で、これは遠心分離器なのだという。日本酒の製造過程で醪を搾る工程がある。一般的には圧力をかけて布で搾のだが、その布は使い回すので、別の酒の香りが残ってしまう。そこで遠心分離器で醪を搾ることで雑味が減り、香りや味が豊かになるのだとか。普段は自転車の技術革新を追いかけているが、日本酒の世界でもたゆまぬ努力がいいものを生み出すのは同じなのだ。
見学を終えると、試飲コーナーへ。とはいえツーリング途中なので、ノンアルコールの甘酒をいただいた。これがすごく飲みやすく、麹の香りとさわやかなのどごしで美味! 蔵元の酒セラーから300mlや100mlの小瓶酒も購入できる、ツーリングの途中で購入しても重さが苦にならないし、価格も手ごろなのがうれしい。悩んだ末に大吟醸「YK35」を購入した。酒米を35%まで削りに削って作る大吟醸だ。もうひとつ気になったのが、かつて北前船で運ばれた日本酒の味がまろやかになったとする話にヒントを得て、船の揺れを超音波に変えて熟成させている「超音波熟成酒」。これをサイクリングに置き換えればバックパックの揺れで酒がまろやかになると言えるではないか!
そんなことを考えながら、先に昼飯が必要であることを自分の腹が主張するので、近くの定食屋「三益屋」で昼食に刺身定食を注文。刺身はもちろん、カレイの塩焼きも付いてきた。味噌汁がこれまたおいしい。魚は脂っこくなくさっぱりとしていて、盛られている量もサイクリングの途中で食べるのにちょうど良い。しっかりエネルギーを補給したら、再び小佐渡を横断する本日二回目の山越えルート、県道65号で川茂峠を越える。先の319号よりも道幅が広いので気持ちにも余裕が持てる。
地元に愛される「逸見酒造」
一気に真野湾へ向かって下っていくとすぐに佐和田の街だ。ここには佐渡五蔵で一番小さいが、地元の祭りなどで愛される酒を造る逸見酒造がある。ここのブランドである「真稜(しんりょう)」の文字が大きく書かれた外壁が目印。
本日の宿まで残り20kmなので、真稜山廃純米大吟醸の四合瓶を購入。この先には峠もないので荷物は増えたが気持ちは軽い。真野湾沿いを走り、本日の宿「佐渡リゾートホテル吾妻」を目指す。途中、景勝地である夫婦岩に立ち寄り、数々の奇岩を眺める。ここに面する夫婦岩ドライブインの社長と立ち話。「佐渡は金山で有名だけど、それだけじゃない。他にもいろいろな鉱物が見られる。この辺りは2300万年前に溶岩が地底から上がってきて作られた地形だから」と、穏やかな口調で教えてくれた。水平線に落ちていく夕日を見ながら1日目の宿へ。
夕日の宿「ホテル吾妻」
日本海に沈む夕日を見られるのがウリのホテル吾妻。大浴場も西に面しているので、夕日を見ながら疲れを取ることもできる。夕食は海鮮づくし。カキ、マグロ、ブリのどれも佐渡で採れたものだ。聞けば、コロナ禍前は、イイモノはみんな豊洲へと送られてしまったが、今はいい地物を地元で出せるのだという。食後は部屋で夜の日本海を見ながら北雪を開ける。恐ろしいほどに研ぎ澄まされた香りが鼻に抜けるのを感じられる。続いての真稜は、これまた香りが豊かだが、北雪のピュアな感じとはまた違って、華があるし、飲み応えもしっかりしていた。
佐渡島の歴史を感じる
2日目は朝食に佐渡米を食べて8時に宿を出発。すぐ近くにある北沢浮遊選鉱場後や金山の「道遊の割戸」まで少しだけ上って見学の後、大佐渡を北上していく。金山は有名スポットではあるが、2日目のハイライトは大佐渡石名天然杉なのだ。佐渡一周線でどんどん北上していく。
細かいアップダウンがあるのは海岸沿いルートのお約束。この道はしっかりと整備されていて走りやすい。おそらくかつては、集落の中の細い道を抜けて行くしかなかったのだろうと想像される場所がいくつもあったが、それらをトンネルや橋でスムーズにつないでいる。
途中で一か所立ち寄りをお勧めしたいのが平根崎の波蝕甌穴群。普通に道を走っているだけだと見過ごしてしまうのだが、岩に上って海方向をみると岩盤が海に向かって沈み込んでいく雄大な海岸線が続いていることに気づく。さらに波打ち際まで、降りられれば波蝕甌穴という、岩と波が作り出した釜のような地形がみられる。斜面はかなり急なのでロードシューズの場合は上から見るだけにしたほうがいい。
石名天然杉には、厳しいヒルクライムが待っている。そのまえに昼食だ。大佐渡の海岸線は食事や補給ができるポイントが非常に少ないので、食事をする場所を決めておくことが重要。今回は高千にある「みなと荘」にあらかじめ電話で予約を入れておき立ち寄った。マグロがこれでもかと載った海鮮丼もさることながら、一緒についてくる海草入りの味噌汁がまたうまい。海の味が口内を満たす。佐渡に来てからというもの、海鮮づくしだが全く飽きない。
島の自然を感じる、石名天然杉
ついに海岸線に別れを告げて石名天然杉を目指す9kmの上りへ。すぐに道幅は狭くなり、この先の険しさがびんびん伝わってくる。それもそのはず、頂上の標高は870mにもなるのだ。高度が上がるにつれて、気温も下がってきて涼しいくらい。途中には、斜度のきつさ故にコンクリート舗装の区間もある。心してアタックして欲しい。
頂上には小さな駐車場とトイレがあるのみ。そこから石名天然杉までは小一時間のハイキングだ。サイクリングの途中に自転車を降りてハイキングしてまで見に行こうと思うものはそうそうないが、ここまで来たならその杉の姿を見てみたいと思った。このためにSPDシューズで来たのだ。
地図で見たときは1本の大きな杉が生えているのかと思っていたのだが、実際は樹齢300年以上の杉の巨木群が待っている。雪の重みなのか、枝がしなやかなカーブを描く偉容を見ると、上ってきた甲斐もあるというものだ。
慎重に山を下って、今日の宿「海府荘」に投宿。65kmの行程だった。ここも部屋から夕日がきれいに見えた。ホテル吾妻からは広大な日本海に沈む夕日だったが、ここからは目の前の入江に沈む素朴なものだ。夕食では加藤酒造店の天の夕鶴を飲みながら鯛の兜焼き、サザエに、イカとブリの刺身など、これでもかという品数で、さらりと飲みやすいお酒と相まってすっかり食べ過ぎてしまった。
また来るぜ佐渡島
3日目はあいにくの曇天。朝方は雨が降っていたが、走り出す頃には上がっていた。今日は大佐渡をぐるっと回って両津港まで56km。佐渡ロングライドのポスターにもなっている大野亀までは、岩肌を道が貫く荒々しい景色が続く。これまでで一番海の激しさを感じられる区間だ。島の東海岸に回るとまた細かいアップダウンの連続だ。3日連続で走ると、やはり最終日は疲れを感じてくる。そうそう、佐渡にはトンネルがいくつもあるので、宿で忘れずにライトを充電しておこう。両津港発14時30分のジェットフォイルを予約しているので、両津港周辺でお昼ご飯を食べても余裕がある。
これまで日本各地の島に行ったが、3日間佐渡を走って感じた魅力は、良い意味で観光の色気に染まっていない素朴な島であるということだ。また食べ物の季節が変わる頃に走りに来よう。