旧街道じてんしゃ旅 旧奥州道中編 五街道の締めくくり
目次
やった! 旧奥州道中を走り切った!
サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画の第五弾「旧奥州道中編」。日光から宇都宮まで輪行で戻り、この日は宇都宮宿を出発し、終点の白河宿まで。いよいよ五街道の締めくくりとなる。
感動よりも餃子の味が大切!? いつもながらのシシャチョー節を聞かされながら出発。
旧日光街道を走り終え、宇都宮宿に投宿した我々は、日もまだ沈み切っていない時間から夕餉(ゆうげ)の場所を求めて宿を出た。もちろん宇都宮名物の餃子をいただくためである。旧日光道中での暑さと交通量の多さにへきえきしていただけにシシャチョーは餃子だけを楽しみに走っていたと言っても過言ではない。
「楽しみやわ〜! 宇都宮で餃子食べたことないんですわ!」「おいしいところいっぱいありますよ! 何度か食べたことありますがどこもおいしかったです!」と私。
ところが夕飯時だったためか、宿で聞いた有名店はどこも行列ができていた。並ぶことが苦手のシシャチョーとぐるぐると歩き回ってようやく一軒の店に入ったものの、そこで出された餃子は何とも言えない味でいかにも冷凍というシロモノだった。
「なんやこれ! これで有名店か? 宇都宮の餃子ってあんなもんなんか?」とボヤくシシャチョー。「いや、今まで何回も食べてますけど、僕が行ったところはめちゃくちゃうまかったですよ。まあ“名物にうまいものなし”と昔から言うではありませんか(笑)。今回はいい経験したということで!」となだめつつ宿に帰った。そんな出来事があったわけで、翌朝は不完全燃焼気味でヤケクソ気味の出発となったのだった。
「迫田さんおはようございます!」「あかん! 旧日光道中はツイてなかったわ〜。晩飯にまで裏切られた……」「ナンパばっかりしてたからバチが当たったんですよ!身から出た錆!!」朝からブツブツ言っているシシャチョーを横目で見ながら追分のあった交差点からペダルを踏み出した。
いよいよ五街道の締めくくりの旧奥州道中の出発だ。距離は二十一里ほど、およそ80km余りの旅である。
旧街道の名残を探しつつ北上
出発して2つ目の宿場町である氏家(うじいえ)宿に着く。鍵の手や水路、町割りなどに宿場町の風情が残されている。旧日光道中、旧奥州道中を通じて初めて落ち着いた気分になる宿場町に入った。ここは旧奥州道中以外にも原方街道、会津西街道などいくつかの街道が接続されていた要所だったそうである。故に今も雰囲気をとどめているのかもしれない。シシャチョーもすっかりご機嫌になって辺りを見ながら宿場町巡りをしている。二人して水路で回っている水車を見ていると、一人のご老人が興味深げに声をかけてきた。
「あんたたち鎌倉街道を通ってきなさったか?」「鎌倉街道? いや旧奥州道中です。」「ふうん……まあここは宿場町で昔から……」
旧奥州道中という言葉を聞き流したご老人。その姿に何となく引っ掛かりを覚え、後で調べたのだが、徳川幕府が制定した五街道になる前には、どうやらこの道は「鎌倉街道」と呼ばれていたらしい。そう、「いざ鎌倉」と言って地方の武士が馳せ参じたというあの鎌倉だ。それが時代を下って奥州道中となったようだ。為政者によって道の名前も変わるのだ。
氏家宿を出ると辺りはすっかりと田園風景に。8月の夏真っ盛りの中、稲がグングンと天に向けて伸びていた。ところどころに石仏が残されていて、ここが古より続く古道であることを示している。ずっと続く一本道や田んぼ道では、本当にここが正しい道なのか不安になる時があるが、石仏や道標があると、だいたいは正しいということになるので安心するのだ。
美しい田んぼの風景で写真を撮りながらシシャチョーが一言……
「暑い……水がない……」
そう。美しい平地だが日射を遮るものがまるでない。ついでに言うと自動販売機もなかったので水が不足してきたのだ。飲水はあるが夏場は頭から水を被りたい。その水がないのだ……。
暑い……水が欲しい……。
喉が張り付くという言葉があるが、まさにその状態。10kmぐらい水なしで走り続けると喉がカラカラになった。かぶり水どころか飲水もなくなってきた。ようやく自販機を見つけるも、水とお茶は売り切れ……。そもそも私はペットボトルの水は買わないようにしているので、あったとしても飲めない。
喜連川(きつれがわ)宿に入ると、本陣跡地に湧水を見つけた! 地獄に仏とはこのことか!? かぶりつくように水を飲み、頭から被った。レーサーパンツまで滴るぐらい水をかぶりながら二人とも急にゲラゲラと笑い出した。
「なんでワシら旅するとき、こんな真夏を選ぶんやろなあ」とシシャチョー。
道路に表示された温度計は34℃を指していた。東北方面なので幾分涼しいはずだが、それでも今日は日差しが続くためか、暑さでクラクラするぐらいだ。地球温暖化で気温上昇が続いているが、江戸時代はもう少し過ごしやすかったのだろうな。
ところで旧日光道中もそうだったが、旧奥州道中も宿場町を知らせる道標や看板などがほとんどない。そうなると経験で得た知識や視覚的なもの、もしくは地図上で道の形状を認識して判断し、そこが宿場町であるかどうかを気づく必要がある。区画整理された道路地図の中に、一本だけ曲がりくねった道があると旧街道の可能性が高い。交差点に斜めに接続された道があるとそうだったりする。集落の中に何故か直角の辻が付けられていたりすると宿場町だったかもしれない。そんな特徴を見つけながら旅をするのは旧街道じてんしゃ旅の醍醐味。
今回の旧日光道中と旧奥州道中は、暑さと時間との関係もあり、宿場町を見過ごしてしまうこともあったが、余裕があれば一つひとつの宿場町を踏査しながら行くのが最もぜいたくな旅だと思う。
五街道の旅も終わり。
さて旧街道じてんしゃ旅、五街道を踏破する旅もいよいよ締めに入る。
旧街道といえば徒歩が定番だが、我々はサイクリストだ。自転車で行くのだから爽快感も欲しいし、宿場町や食事などの見どころだけでなく、その土地の持つ雰囲気を感じながら走りたい。いや、むしろキラーコンテンツを見て回るテーマパーク型のサイクリングは、ワンデーイベントやスタンプラリーなんかで全国各地ですでに広まっている。むしろ「名前のない風景」を見つけ出すために走ることこそが旧街道じてんしゃ旅の最大の魅力なのかもしれない。誰しもが集う写真映えする景勝地やレストラン、モニュメントだけでなく、むしろひっそりと路傍にあるもの、日本らしいもの、その土地らしいものに目を向けて旅をすることは、とても大事なことだと思う。それを求めると必然的に旧街道を走っていた。そんな感じだ。
そしてそれらを楽しむことは徒歩や自転車の旅だからこそできるのだと思う。スマートフォンをギョロギョロとにらみながら、気がつけば観光地に着いていたという現代の旅行の方法では決してできないだろう。
かつて小泉八雲が著書「日本の憧憬」で書き綴った日本の魅力。それは派手な作りものではなく、身近にある庶民の生活に見られる下駄の音だったり、米つきの音だったりした。日本人にとってごく当たり前だったこと、それらが文化的にも体験的にも観光的にも実は魅力たっぷりのものだったのだ。
ところがそれらは現代において急速に忘れ去られてきている。気がつけばどの街に行っても同じような風景、同じようなカフェ、同じような商業地が立ち並び、土地の特色だったものや独特のもの、風習などはまるで無かったもののように扱われてしまっている。何かにつけてデフォルメされたキャラクターが跋扈(ばっこ)し、それが土地の特色に成り代わってしまっている。
ビルが立ち並ぶのが日本だったのだろうか? キャラクターを制定することが土地の魅力なのだろうか? 忍者の格好をすることが日本だったのだろうか? テーマパークが日本を代表する観光地なのだろうか? 星が付いたところだけが優れているのだろうか?
旧街道じてんしゃ旅を通じて、我々は日本の地方の現状をつぶさに見ることができた。読者の皆さんにもぜひこの体験をしていただき、日本の良さと守るべきものを再確認していただけるようならありがたい。
そんな思いを巡らせているうちに、夕刻近くになっていた。白坂宿から終着地の白河宿はほどない距離だ。シシャチョーも横で神妙な顔をしている。お互いを確認し合いながらクリートをはめ、ペダルを踏み出した。
白河宿に着いた。旧東海道、旧中山道、旧甲州道中、そして今回の旧日光道中と旧奥州道中。夢にまで見た五街道の制覇はいつもどおりの旅の終わりと同じだった。
二人とも走り終わった満足感に浸りながらも、目を輝かせつつ、どちらからともなく声をかけた。「次どこの街道行きます!?」
今回の距離:
宇都宮宿〜(二里二十八町・約10.8km)〜白沢宿(一里十八町・約5.8km)〜氏家宿(二里・約7.8km)〜佐久山宿(二里三十町三十六間・約11km)〜大田原宿(一里二十五町四十一間・約6.6km)〜喜連川宿(三里一町五十七間・約11.8km)〜鍋掛宿(八町四十八間・約0.8km)〜越堀宿(二里十一町四十二間半・約9km)〜芦野宿(三里四町三十五間・約12.1km)〜白坂宿(一里三十三間・約7.4km)〜白河宿
合計二十一里十八町十九間半・約83.1km
参考文献:
「新装版 今昔三道中独案内 日光・奥州・甲州」今井金吾著 JTB出版
「新装版 今昔東海道独案内 日光・奥州・甲州」今井金吾著 JTB出版
「新装版 今昔中山道独案内 日光・奥州・甲州」今井金吾著 JTB出版
「地名用語語源辞典」東京堂出版
「現代訳 旅行用心集」八隅盧菴著 桜井正信訳 八坂書房
「宿場と飯盛女」宇佐美ミサ子著 岡成社
「道路の日本史」武部健一著 中公新書
「地名は警告する」谷川健一著 冨山房
「図解気象入門」古川武彦・大木勇人著 講談社
「歩く江戸の旅人たち」谷釜尋徳著 晃洋書房
旧街道じてんしゃ旅スタイル
バイク
キャノンデール・トップストーンカーボン5
完成車価格/32万2300円
問・キャノンデールジャパン
フルカーボン製のフレームに超軽量のサスペンションシステム「キングピン」を搭載したグラベルバイク。旧街道じてんしゃ旅は基本的に車種を選ばない。強いて言うならば、乗り慣れているのが一番大切だ。しかし、五街道を走破して感じたのは、思いのほか、未舗装路に出くわすことが多かったということ。トップストーンカーボン5は、オフロードの走破性はもちろんのこと、オンロードでもロードバイクと変わらない快適な走りを演出してくれるので、旧街道じてんしゃ旅のバイクにピッタリの一台だ。さらにとても軽いギヤ比を採用しているので、驚くほど楽に坂を上ることができる。上りを苦手にしている人には、ぜひともお薦めしたい。
積載
オルトリーブ・シートパック(16.5L)
価格/2万3650円
シートポストとサドルレールに工具なしで取り付け可能。見た目以上の収納力は、日帰り〜荷物少なめの1泊2日なら、これひとつでも十分だ。シシャチョーは旅のお供にビーサンを常備するので、大変重宝したようだ。リヤライトを装着できるループとリフレクターも付いているので、夜間走行も安心。
オルトリーブ・フレームパック トップチューブ
価格/1万7600円
トップチューブに固定するループが車体に合わせてフレキシブルに位置を変えることができる。ボトルスペースにも干渉しないため、ストレスフリーだ。防水・防塵性に優れている。今回の旅では、ホテルの部屋にバイクを持ち込む際、輪行袋ではなくカバーを持参したので、非常に助かった。大きめのフレームであれば、チェアリング用のチェアもジャストサイズで収納できる。
オルトリーブ・コックピットパック
価格/8800円
ヘッドとトップチューブの2点留めで簡単に取り付けることができる。携帯電話、鍵、エナジーバーなど、素早く取り出したいものを収納するのに最適だ。シシャチョーは、コンデジを入れて活用していた。
オルトリーブ 問・PRインターナショナル
ドイター・スーパーバイク18EXP
価格/1万5950円
問 イワタニ・プリムス
サイクリストの定番バックパックブランドといえばドイツのドイター。「スーパーバイク18EXP」はドイター社の技術とアイデアが随所に投入されたバイクシリーズの代表モデルだ。エクスパンダブルジッパーを開くことで+4Lの容量を確保できる。
また、2本のウレタンパットの間から背中の熱を上方に逃してくれるので、真夏でも快適だ。
内蔵のレインカバー、ヘルメットホルダーはもちろんのこと、ウィンドベストも内蔵されているので、峠の下りなどで寒さを感じたら装着できる点がうれしい。
アクセサリー
ジロ・シンタックスミップスAF
価格/1万8480円
衝撃緩和システム「ミップス」を搭載した、日本人の頭にもしっかりとフィットするアジアンフィットモデル。シンプルなデザインと25か所のベンチレーションで頭部の涼しさをキープしてくれる。
ジロ・プライベーターレース
価格/1万8480円
ジロシューズの定番モデルである、シューレース(靴紐タイプ)を採用し、快適な履き心地とMTBやシクロクロスで必要な耐久性も兼ね備えたモデル。スタイリッシュなデザイン、且つ丈夫で破損しにくく、日常の使用にも耐えられるように設計されている。
ジロ 問・ダイアテック