【コラム】ケルビム・今野真一「自転車、真実の探求」第1回

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今野真一コラム①ケルビム

ハンドメイドバイクメーカー「ケルビム」。1965年に父・今野仁が興したブランドが「ケルビム」。その後を継ぎ、伝統のみにとらわれないフレームワークで、国内外から注目を集める今野真一の連載コラムがスタート。当コラムでは、彼の「自転車フレームビルダー」という視点から自転車にまつわる、さまざまな謎を紐解き、サイクルスポーツ読者の自転車生活を少しでも豊かな趣味へと誘う事が出来れば嬉しい。

第1回は、今野真一氏の自己紹介を兼ね、まずは彼の仕事「フレームビルダー」とは? というテーマで掘り下げていく。

 

フレームビルダーとは?

自転車乗りの方で、どのくらいの方が「フレームビルダー」という仕事をご存知であろうか。

皆さまのイメージはおそらくこうだろう。
・手作りでフレームを作ってくれる人
・体に合わせてピタリとフレームを作ってくれる工房
・自転車のプロフェッショナル!
・プロ競輪選手にフレームを作る人……

多くの方のイメージはこんな所であろう。
どれも間違いではないが、私にはどうもしっくりこない。

 

今野真一コラム①
今野真一コラム①

 

ここで誤解を恐れずに述べさせて頂ければ、我々は自転車全ての競技やあり方について精通している訳でもなく、フィッティングやデザイン全てにおいて完璧なわけではない。またフレームを作るのみで、パーツの組み付けをしないビルダーも多くいる。

特に現代では多くの仕事が細分化され、それぞれにその道のプロが存在する。
私に栄養管理の話を聞いてくる選手などは完無であるが、そんなイメージを持っている方は非常に多くいる様に思われる。
同業者の中には、全く自転車に乗らない先輩もいれば、競争の事に全く無頓着なビルダーも多くいる。しかしそれぞれ素晴らしいフレームを作っている事は言うまでもない。

私が思うにビルダーとは「貴方の注文通りの自転車を作ってくれる職人」という事になるであろう。
あまり違わないのでは?とお思いの方もいらっしゃるであろう、この「貴方の注文」。すなわち「オーダー」という言葉があるか否かで言葉の意味が大きく違ってくる。

英国では「オーダー」の事を「ビスポーク」というが、この言葉「口を出す」という事が語源であると聞いた事がある。日本でオーダーというと、注文自転車となるが、もっといい言葉がある。

「誂える」(あつらえる)。

意味は、「頼んで自分の思い通りにさせる」である。フレームビルダーという仕事の根幹には、この様なワードがある事を是非知って欲しい。

 

今野真一コラム①

 

しかしこんな事を言ってしまうと、ある程度自分でも知識を付け自転車を知らなければオーダーできないのでは? また職人に思い通りに作らせるなんて、とんでもないと特に日本人は恐縮してしまい、かえって「敷居」を上げてしまう事になりかねない。

これは私としても本末転倒であり、より気軽に多くの方にオーダーフレームを楽しんで欲しいと願い、それらを目標と掲げてもいるので、この場を借りていくつか例をあげながらこのあたりの誤解等を説明させて頂ければと思う。

 

マスプロダクション vs ハンドメイド?

我々が作るオーダーメイド自転車と対局にあるのはおそらくマスプロダクションの自転車であろう。

マスプロダクションとは製品にある規格を定め、大量に生産するという基本原理であり、マスプロダクションが我々にもたらした恩恵はあまりにも大きい。
自転車産業のみならず、車、建築、コンピュータ等、多くの工業製品がその恩恵を受けている。意外に見落としがちな所では、工業より農業の方がマスプロダクション化が進んでいる。農地、種、品種等を規格化し、多くの機械的作業が導入され、大量生産を強化している。これはどう見てみマスプロダクション化の極みではないだろうか。

話を自転車に戻そう。

現代では、スポーツ自転車の9割以上が量産製品であり主要生産国は中国や台湾という事となる。我らが誇る国産パーツメーカーのシマノ社製品でさえ、国内生産は非常に少ないと言われている。我々のようなフレームを作っている職人はきっと市場の1%にも満たない。良くも悪くも類まれな存在だ。

マスプロダクション化は均一し安定した製品が多く生まれ、多くの人々が幸せな自転車ライフを送れるようになりその貢献度は高い。
私もまたその恩恵を受けている人間の一人である事を付け加えさせて頂きたい。

今野真一コラム①

 

オーダーメイドはどうであろう

自転車の歴史は鋼(スチール)の歴史と言っても良い程に、スチールパイプと共に進化してきた。200年以上の歴史の中で現代の炭素樹脂がメインに変わったのは、ここ15年くらいの話だ。

自転車史は、まず木材等をメイン素材として自転車が作られ、その後、鉄パイプや空気入タイヤ、チェーン等が発明され自転車に飛躍的に進歩をもたらした。その後スチールをメインに100年以上の歴史を積み、アルミ、チタン、そして炭素繊維となって行くこととなる。また、炭素繊維でのフレームはモノコックスタイルが最も理想的に作れるということも付け加えておきたい。

ハンドメイドのスチールフレームとてマスプロダクション化はされており、スチール全盛の時代では、現在の炭素繊維と同じで一般向けの安価なモデルは大量生産品で、オーダー対応されたフレームだけが本国工房のオーダーライン上で作られていた。

また、ツール・ド・フランス等の競技を生業とする人間達は決して量産化されたフレームには乗らなかった事も現在と違う特徴の一つだ。
選手は各工房へ出向いたりして自分の希望をビルダーに伝え、ビルダー達が腕を奮ったフレームで競争をしていた。これはスチール時代の特徴で、炭素繊維に変わりいつしかそれは無くなり、選手達も市販モデルで競争に出るのは常となっている。
(一部選手には特別な仕様が供給されている事もあるが、全ての寸法が選手の希望を反映する事は無く、せいぜい炭素繊維素材の厚さ等で調整しているだけというのがほとんどだ)

なぜかと言えば、スチールフレームではオーダーが可能で炭素繊維のモノコックフレームでは不可能に等しいからだ。
炭素繊維フレームの場合、高価な金型が必要となり、その金型を一人ひとりのために用意するのは現実的ではない。

ある選手のために作った金型があったとしても、本当のオーダーとは言えない。
スチール時代は各ステージ毎にフレームを変える選手もいたり、かのエディ・メルクスは年間50本以上フレームを作ったりしていたと言われる。日本の競輪でも年間20台近くフレームをオーダーする選手もいる。
もはや、現時点でカーボンフレームは一人ひとりのために自転車を誂える事が不可能なのである。

今野真一コラム①

 

マスプロダクションが失ったもの

勘の鋭い方はもうお気づきだと思うが、「注文」「オーダー」というワードが自転車業界にはキレイになくなってしまっている。
マスプロダクション化が進めば進むほどに、自転車に注文が出来なくなるのである。

あたりまえだが、注文というワードを無くす事によりマスプロダクション化は強化されて行く原理となっているので当然であるが、安価で短納期しかも安くて均整の取れた製品と引き換えに失った物はあまりにも大きいのではと言わざるを得ない。

更に警鐘を鳴らすべき事は、ライダーの一人ひとりが「自分にはその感覚がなく分からない」と勘違いしてしまっている事だ。
オーダーはベテランライダーやプロ、そして評論家達だけが理解出来ると錯覚し唯々諾々となる。

本来、自転車の性能を引き出すためには貴方の感覚が最も重要な要素であり強力な材料となる。その言葉がいい自転車を作る近道なのだ。
皆さんも靴のサイズを選んだ事はあるだろう。

ちょっと大きいかな?つま先が当たるかも?
そんな感覚で構わない。
距離を走るとお尻が痛い、腰が痛むなどでも良いし、競技者であれば後半の伸びがもう少し欲しい、ダッシュが欲しい、そして可能であれば現在乗っているフレームの問題点をプラスするだけで十分である。靴のサイズの要望と全く変わらない。

それらをフレームビルダーが解決したり経験を駆使したりして、共に自転車を作り上げる。
これこそが「貴方の注文通りの自転車を作ってくれる職人」「フレームビルダー」だ。

今野真一コラム①ケルビム

 

おわりに

「オーダーフレーム」「フレームビルダー」となると何か特別な人間なのでは?という風潮がある。私の場合、自転車ショップのスタッフさんたちと何ら変わらず、ユーザーに少しでも自転車の素晴らしさを広げたいと願う自転車人に過ぎないと自負している。
自己紹介と書き出したが、ついつい熱が入ってしまった。

以前 米国でファーストフード店に入り、隣の客が店員に野菜の量や肉の焼き加減に、〇〇は入れないでくれ!とオーダーしている場面を見て驚いた事がある。
欧米人は、とにかく店の人にオーダーをする。
私の少ない海外経験でも、レストランで料理を頼み、自分好みにオーダーしない人の方が少ないのではないか?と思う程である。
ビーガンやグルテンフリー等、もともと多くの種類も用意しなければ経営も成り立たないくらいだ。

よく言えば、そもそも料理をオーダーするとは、自分の希望に作ってもらうという意味合いもあるので、ある種当然なのかも知れない。
悪く言えば、用意した物をそのまま食べないわがままな人たちなのかも知れない。
しかし、多民族かつ多宗教国家としては、多くの個性があり、それに作る側が対応するのはスマートな流れであろう。

一方我々日本人は単一傾向な文化もあり、出された食事は少々お口に合わなくても残さず全て頂くのが美徳とさえされる場合もある。
良い悪いは別として、日本人はオーダーするという事に少々消極的な部分もあるのかもしれない。何を隠そう私も誰かに注文をつける事は得意としない……。

せっかく出会ったかけがえのない自転車という趣味。もう少し自分のオーダーを通す事に慣れてもいいのかも知れない。なぜそうなのか?私なりに多角的に考察し、豊かな自転車ライフを送れるよう、お伝え出来ればと願っています。

 

今野真一コラム①