【コラム】ケルビム・今野真一「自転車、真実の探求」第2回 軽さは正義か?
目次
1965年創業「ケルビム」2代目フレームビルダー「今野真一」のコラム。彼の生み出すフレームは競輪界でもその名を轟かせ、その美しいフレームは「走る芸術」とまで称され世界中のファンを魅了し続けている。
第2回のテーマは、「軽さは正義か?」カリスマビルダーの考える「自転車重量についての回答」を拝見してみよう。
数字で表す性能
様々な事柄を表す表現に「数字」があります。
地球温暖化、経済、株価、テストの点数……様々な所で、もはや多くの指標は数字抜きでは語る事はできません。無論モノ作りや自転車にとっても欠かす事のできない表現方法であり、ロードレーサーの場合、変速の数、ホイールの大きさや太さ、フレームサイズ、、、、そして重量。我々は時折この数字に苛まれます。
「本当は気持ちよく走りたいだけなのになぁ〜」そんな事を思っていても上りでライバルに抜かされれば「アイツの自転車は俺より1kg軽いからだな?!」なんて言葉が頭をよぎるのではないでしょうか。
恐らく皆さんが最も気になり、そして最も対価?を払っているであろう「重量」その数字について紐解いて行きましょう。
自転車の歴史=軽量化の歴史?
自転車軽量化の歴史は長く自転車史は軽量化と共にあると言っても過言ではありません。19世紀、ドイツのマンネスマン兄弟により確立された製法でのパイプと自転車が出会い、その後の自転車の進歩は飛躍的に向上しました。自転車フレームが圧倒的な剛性と軽さを手にするうえで非常に重要な出来事です。
時代は近代自転車に移りロードレースの歴史は更に軽量化に拍車をかけ、各メーカーの軽量化合戦はとどまるところを知らず、ついには1996年UCIが6.8㎏(15ポンド)重量制限を設け、現在は自転車に重りを付け各選手達は重量規制をクリアしている有様です。強度を保つための規制と思われるが、これでは本末転倒?せめて主要部分のフレームやホイールはしっかりとした強度の規定を設ける事が、選手の安全を守る為には必要なのではと思います……。
我々ケルビムもまた、創業以来 「重量0kgへの挑戦」と題し今も1gでも軽くというフレーム作りの探求を続けており、無茶な試みも随分としてきました。
▲ステンレス製、1-1/8用オリジナルインテグラルヘッドチューブ。CNC切削加工によりヘッドチューブに角度付きの穴を開けパイプを差し込む構造により軽量化に貢献。剛性を確保しつつ徹底的な軽量化を行った。
条件の定義
何かを調べる際、必ず必要となるのは「条件の定義付け」です。
例えば、5kgと20kgを比べるのか10.2kgと10kgを比べるかで意味合いは大きく異なります。これは軽いか?重いか?と安直な考察を進めない為に物理学では必ず必要な行為です。
また今回は、空気抵抗、ハブ等の摩擦抵抗、重量差によるタイヤの転がり抵抗、自転車が走る上で生まれる様々な抵抗は置いておき、重量変化による作用に絞り話を進めましょう。
「比べる重さ」
自転車7kg+ライダー65kg 総重量 72kg
自転車8kg+ライダー65kg 総重量 73kg
「比べる走行条件」
・平坦時
・下り坂
・上り坂
「説明」
重さは、自転車+ライダーを含めた総重量とします。
ホイールの重さかフレームの重さでかなりの違いになる事はローディーの方ならご存知でしょう。一重に重量と言っても箇所により性能や意味合いは異なります。
最もシンプルに重量についての考察であれば総重量で考えるべきでしょう。
ロードレーサーは単体で走ってくれる乗り物ではなく常に貴方と共にいます。
そして最もウェイトを占めるのは他ならぬ貴方です。それを忘れないでください。
また、総重量 72kg と 73kg その差1kgカーボンバイクと軽量スチールバイクの完成車の差はこの程度ではないでしょうか。
実際同素材同グレードの重量差もおよそこの程度でしょう。
こちらをご覧の皆さんの現実的に悩まれる重さではないでしょうか。
その差パーセンテージにして1.4%程度しかありません。
大きいと思うか小さいと思うかは人それぞれでしょう。
「走行条件」
こちらも非常にシンプルな3つの条件です。
ロードレーサーは下りだけを下る乗り物でも上りだけを走る乗り物でもありません。
レースとなれば尚更で、集団走行や独走にコーナリング走行など。
あらゆる場面に対応する乗り物です。
今回は簡単な思考実験としてお付き合いいただければと思います。
平坦時
自転車が走るには世の中の全ての物体と同じ運命を辿らなければなりません。
即ち「ニュートンの運動3法則」自転車の如何なる動きもこの法則の支配下にあります。
平坦での走行ではその一つ「慣性の法則」に従わなければなりません。
理論上一度動き出した自転車は外部から力が加えられない限り永遠に走り続けます。
この原理では、一度スピードが出てしまえば重ければ重いほどその力(慣性)が強くなります。クルマや電車が止まりにくいのはその為で、一度走り出せば僅かな力で巡航走行できるので重い電車等は非常に効率の良い乗り物なのです。
つまり質量がある程にスピード維持に使う力は少なく済むという事です。
様々な抵抗がない場合一時間ペダルを踏み続けると自転車は時速1000kmに達します!
ペダルを踏まないと止まってしまうのも速く走ると大変なのも自転車を止めようとするのも空気抵抗やタイヤやベアリングの摩擦抵抗等があるからで、質量はプラスとなる傾向に位置します。
競輪界等でも一度トップスピードに乗った大柄選手はもはや誰も止める事が出来ない迫力で逃げを決めます。一方軽い選手の逃げやスピード維持は容易ではありませんので大柄な選手のスピードアップのタイミングにはより注意が必要です。
知ってか知らずか小柄な選手ほど重量増なフレームを好み大柄な選手は軽量車を好みます。
しかし重ければ巡航速度に達するまでの加速抵抗は増えます。
スピードに乗せるまでにパワーを要するという事になります。
ロードレースに於いてスタートしたらゼロスタートは先ずあり得ませんので、巡航時からの加速性能が重要です、その場合巡航時いかに脚を使わないか?という方が課題となります。この場合1.4%の重量増しをマイナスに考える必要はなくアドバンテージと考える事の方がニュートン力学にならった考え方ではないでしょうか。
下り
重ければ重いほど速いでしょう!以上。
と言いたいところですが、およそ400年以上前のガリレオガリレイがイタリア「ピサの斜塔」で証明してくれています。「落体の法則」なる法則でどんな重量でも落下速度は変わらないという法則ですが、これは真空状態での話で空気抵抗がある場合には重い物が速く落ちる事となります。実は複雑な説明が必要な案件ですが、実際に空気中で生活している我々には重い物が速く落ちるのはあまり不思議な感じはしませんね。
よって重い自転車の方にアドバンテージがありそうですね。
上り
ここからが本題ですね。
やはり軽ければ軽いほど、坂は楽に上れる!と考えるのが定説となるでしょうが、
では一体どの位の「差」なのでしょうか。
今貴方は目の前に立ちはだかる、勾配10%(角度にしておよそ6度)の峠を時速10kmでライバル達と突入しようとしています。
その差を総重量 72kgと73kgで比べてみましょう。
空気抵抗や様々な摩擦や転がり抵抗等は無視し、勾配抵抗という概念で調べてみましょう。
「坂の傾斜」と「総重量」「速度から導き出せる簡単な方程式があります。
計算結果の数字は下記となります。
73kg時 勾配抵抗 21.20N (2.16kg)
72kg時 勾配抵抗 20.90N (2.13kg)
登坂時あなたを後ろ方向に引っ張られる力は2.16kgと2.13kg
つまり 登坂時 自転車の重量が1kg増えた場合。抵抗(力)の差は30gとなります。
30g?
身の回りのあるものだと、5mmの六角レンチ1本分くらいの重量です。
果たして貴方はこの数字を体感できるでしょうか?30gを「差」として認識して良いのでしょうか。
複雑にするいくつかの理由
クルマやオートバイのスペックを見ていると自転車のそれとは何か違うと気づく事があります。最高出力…最高速度…トルク、車重等 確実な数字が多くあります。
きっと誰が乗っても公称性能や最高速度が出る事でしょうが自転車のスペックはそうは行きません。
このフレームは登坂速度は時速何km出て、最高速度は時速80km、乗鞍を1時間で上れます!なんて事はあり得ません(そんなニュアンスで表現しているメーカーが多数ですが)
やはりエンジンが人間である事が最大の違いで、ライダーにより全く違う性能になるからでしょう。
しかし、公称できる数字があります。それが今回のお題「重量値」となるのではないでしょか?この数字は絶対の真実です。(違う場合もありますが)
過度の重量差は別として、7〜9kg位の重量差は今回の検証でもお分かりの通り性能を左右する大事な数字とは思いません。ただの数字です。私にはもっと大切にしている数字がたくさんあります。シート角やフロントセンター等、貴方のポテンシャルを最大限に引き出す魔法の数字です。
しかし私が作ったフレームでも、誰が乗るのか分からなければ確実なのは重量くらいしか口に出せません。シート角なんてライダーに合わなければ苦痛を与える自転車になりかねません。
確実な性能数値を謳えないロードレーサーにおいて、これがいつの時代も「重量値」が君臨しつづけている要因ではないでしょうか?
スペック表は「軽さ」を過度に扱い、安直な購買意欲を掻き立てメーカーは大いなるコマーシャリズムの名の下「軽さ=正義」と、今日もどこかで謳っている気がしてなりません。
軽さは正義か?
紐解くなんて言葉を使いましたが、答えはおよそ400年前にガリレオ・ガリレイ、アイザック・ニュートンの古典力学が説明してくれています。それになぞり考察したに過ぎません。
ロードレーサーの一般的なシチュエーションは平坦、上り、下り、
その中で、1kg減の確実なアドバンテージとなるのは、登坂走行時の1場面のみで、それも30g程度です。体感できるかどうかの怪しい数字です。
それでも数字は証明します”登坂時30g有利”と。
しかし、ロードバイクからぜい肉が極限まで削ぎ落とされた現代、自転車の重量を1kg削る事は走行性能に致命的なダメージを与えます。
この場合「失う性能」に目を向けるべきでしょう。
自転車は紛れもなくあなたのパワーを推進力に変換する道具であり様々なシチュエーション下において、真にあなたのパワーを引き出す事にフォーカスを当てるべきです。
端的に言えばポジションやフレームの適正剛性などです。
軽量車は適正剛性の幅に制約がある事をご存知でしょうか。
材料力学上、軽いフレームほど剛性過多(硬く)になります。
不思議な話ですが比重の軽い材料を扱うという事はそういう事なのです。(詳しくはどこかで)
ユーザーには一見夢のような自転車に映りますが、逆に言えば選べる剛性バリエーションに絶対的な制約が出てきます。現在多くのライダーにとって「硬すぎる」という意味です。
乗り心地も悪くタイヤのエアボリューム増大の流行や、ローディーが高ケイデンスできつい坂を上っている現状などが既に物語っています。
(硬いフレームはタメが効かず回し続けなければ進みません)
1kgの軽量化 その代償はあまりにも大きいのです。
本当の性能は重量差で見極めるのではなく、ポジションと自分の脚にあった適正剛性が最重要事項なのでは?となるのではないでしょうか。
1kgの重量増を覚悟し自身の適材剛性と理想的なポジションを得る事ができるのであれば、すぐにそれを実行するべきはないでしょうか?
私はここに提言します。
前途のような状況下で1kg減のリスクは大きくロードレーサーとしての有利性は1kg増しの自転車にあると……
あなたはどう思いますか?
最後に私は物理学者でもなければ数字を操る事が得意な人間でもありません。
ぜひご意見、ご指摘等ある方は気軽に私の所までお便りを頂ければ幸いです。