強いヒルクライマーになるためのすべて 実走〜インドアトレーニング編
目次
ヒルクライムは、室内トレーニングでも本番に効く練習ができるし、実走トレーニングも一人で可能だ。上りなら落車のリスクも少ないし、山なら人との接触のリスクも抑えることができる。トレーニングの結果を出すのに8〜12週間はかかるため、シーズンに向けてパフォーマンスを発揮するためには今の過ごし方にかかっているのだ。アドバイザーとプロ選手を招き、今こそ自身を本当のヒルクライマーへと変えるための術を紹介していこう。
Part1 – 1人で実走して鍛える
ロードレースでは空気抵抗や相手との駆け引きなども重要な要素になるが、ヒルクライムでは、「ライダーと自転車の重さをどれくらい高く持ち上げられるか」が一番のポイントになる。そこで、練習にVAMという概念を取り入れてみるといい。「簡単に言うと〈VAM=1時間で何m上れるか〉です。1時間で1000m上がったらVAMは1000m/vm。もちろん勾配によって多少は変わりますし、緩斜面では空気抵抗の影響も受けますが、登坂能力の目安になります。例えば、去年は近所の峠で30分間で600mアップができてVAMが1200m/vm、乗鞍は1000m/vmだったとしましょう。距離が短い峠の方がVAMは高くなりますからね。今年、近所の峠のVAMが1400m/vmまで伸びたとします。ならば乗鞍では1200m/vmくらいで上れるだろう、と目処を立てることができますし、自身の進化度合いも分かります。本格的なトレーニングにはパワーメーターが必要ですが、お持ちでない方でもVAMのような目安を活用しながらトレーニングするといいでしょう。ちなみに、ツール・ド・フランスで優勝する選手のVAMは1800m/vmくらいです」
※VAMとは「1時間あたりの獲得標高」のこと。 「平均登坂速度」のイタリア語(Velocita Ascensionale Media)の頭文字。
初級者向け – ダンシングを活用できる体作り
ヒルクライムレースは実走で行われるため、練習も実走で行うのが理想だ。「初級者の方は、いろんな峠を上って経験値を上げることが大切です。まずはポジションをしっかりと出し、長時間の高強度運動時間に慣れましょう。ヒルクライムだけに絞るより、ライディング全般に慣れることが先決ですね。ケイデンスは90回転を無理なく回せるようにしましょう。初級者の方はどうしても重いギヤを選んでしまうものですが、それでは疲れやすくなってしまいます。また、ダンシングが未熟で実力を発揮できていないケースも多いです。ある程度慣れたら、近くの峠で一回タイムを測ってみましょう。パワートレーニングやFTP測定など、専門的になるのはその後でOKです」
ペダルに体重が乗らず上半身が疲れてしまう
上半身を強化すればダンシングを活用できる
中級者向け-自分の得意分野を把握し、対応能力を上げる
練習がローラーに偏ったり、いつも同じ峠ばかり上ったりしていると、自分の好きなケイデンス・好きな勾配でしか走れなくなってしまう。「それでは本番に対応できません。現実の峠は勾配がさまざまなので、どんなケイデンスでもどんな勾配でも、安定してパワーを出せることが求められます。だから練習にバリエーションを取り入れましょう。好きなように上るのではなく、前半は抑え気味にして後半のペースを上げてみるとか、その逆をやってみるとか。そうすることで、自分がどういう走り方に向いているかが見えてきます。また、どのくらいの勾配や距離が得意なのかを意識することで、目標としているレースに向けてトレーニングを組み立てることができます」
パワーメーターを活用する
「中級者以上になると、パワーメーターを活用してFTPを上げるなど科学的なトレーニングをした方がいいと思います。パワーメーターに頼りすぎるのもいけませんが、何の基準もない状態だと第三者的な視点がなくなってしまい、トレーニングが頭打ちになってしまいます」。また、実走であればタイムを測るなどしてスピードを数値化できるが、ローラーでのトレーニングはパワーメーターがないと自分の速さを可視化できない。
バリエーションを持たせて上る
「10分程度の上りを3本上ってみるのも効果的です。たいていの人は1本目に頑張りすぎてしまい、2本目、3本目とどんどんパワーが落ちてしまうもの。それは自分のペースが自分で把握できていないからです。できるだけ速いペースで、3本とも同じぐらいのタイムで上れるように走ってみると、自分のロングクライムペースが感覚として分かってきます。また、上りの前半と後半で強度を変えたり、同じ出力で違う勾配を上ってみたりして、どんな走り方だとタイムが出やすいのかを把握することも大切。集団で上るなら、ペースの変化にも対応できるようになる必要があります」
Part2 – インドアで強くなる
「初級者は実際に峠に行って走ることをお勧めしますが、山から遠いところに住んでいる方や、こんな状況なので思うように走れないという事情もあるでしょう。そういう場合はローラー台を活用しましょう。中~上級者になってくるとトレーニングの目的が明確になるので、ピンポイントを狙い撃ちするためには、実走よりローラー台が効果的な場合もあります」。ただし、インドア(ローラー台)とアウトドア(実走)の違いには注意すべきだという。「ローラー台でトレーニングしていると、同じギヤで同じペースで……と、ずっと同じ負荷になってしまいがちです。でも実際の坂は緩急があります。勾配が一定の坂でも、コーナーでは勾配が変化します。また、レースで勝ちを狙うならライバルのアタックに反応する必要があるため、ペースの変化に耐えうる実力を付けなければいけません。それには、ローラー台でも負荷の変化をつけてトレーニングを行う必要があります。いくつかメニューを紹介しますが、時間やセット数を変えてアレンジしてもOKです」
初心者向け ベースアップトレーニング
ヒルクライムにおける初級者の目標は2つ。①さまざまな勾配・距離を経験して上りの経験値を上げる。②維持可能なペース(自分の登坂能力)を把握する。①は実走でしかできないが、②ならローラー台でも可能だ。これを行うことで、山頂までコンスタントなペースで上れるようになる。②を実現するためのメニューを2つ作ってもらった。ローラー台でも実走でもできるが、ローラー台ならパワーメーターがあった方が正確になる。
持続可能な最大負荷で3本走るトレーニング
回数を追うごとに負荷を高めていく練習
中上級者向けコントロールトレーニング
「中級者はより難しいペースコントロールに挑戦しましょう。パワーメーターを見なくてもペースをコントロールできるようになると、不測の事態があっても対応できるようになります。レベルの高いヒルクライムレースになると、ペースアップについていける能力や速いペースの中でも回復する能力が必要になるため、上級者は激しいペースの変化にも対応できる能力を鍛えましょう。ここからはパワーメーター前提のメニューになります」
中級1 – 感覚と実際の出力を合わせる練習
10分走を3本繰り返すメニューだが、3本とも前半の5分はメーターを見てパワーを把握しながら、後半の5分はメーターを隠して前半と同じパワーを維持するように走る。疲労がたまるにつれ、感覚と実際の出力は合わなくなってくるものだが、これができるようになれば、最適なペースを見極められるようになり、どんな状況でもベストな走りが可能になる。パワーメーターに頼っていると、「体調が悪い」、「標高が高い(=酸素が薄い)」というような状況でオーバーペースになってしまい、実力を発揮できない。
上級1 – レース中の集団でのペース変化に耐えるための練習
上級者用のメニュー。まずエンデュランス(FTPの56〜75%)で1時間強走り、SST(FTPの88〜94%)で20〜30分。10分のレストを挟み、次の20分はFTPの88〜92%で走りながら、2分に1回FTPの120%までペースを上げ、30秒維持する。10分のレストを挟み、FTPの88〜92%で走りながら、2分に1回10秒間の爆発的なスプリントを入れる。これを20分繰り返す。このメニューをこなすことで、スタート後のダッシュやアタックへの反応など、ヒルクライムレースのペース変化に耐える体ができあがる。
上級2 – レース中集団から鋭いアタックを重ねてかける練習
より実戦的なトレーニング。ヒルクライムレースはスタート直後にいきなりペースが上がってから沈静化する。ヒルクライムレース特有のペース変化に耐えられる能力を鍛えるためのメニュー。エンデュランスペースで20分ウォームアップしたあと、〈12秒スプリント→24秒流し〉を3回入れる。レストなしでFTPで10分走り、5〜10分のレスト。次は30秒ダッシュしたあとFTPで10分巡航、最後に再度60秒のダッシュで限界まで追い込む。5〜10分のレストを挟み、最後は10分のFTP走を入れて終了。
ポイント1 – ズイフトを取り入れる
無意識に自分の得意なケイデンスや負荷ばかりになってしまいがちなローラー台だが、ズイフトならバーチャルレースなどで、より実戦に近いトレーニングが可能になる。小石選手の所属するチーム右京も積極的にズイフトを取り入れ、トレーニングライドや公開レース走を行っている。
ポイント2 – 前輪の高さを上げて勾配を再現する
ローラー台で行う場合は、写真のように前輪を高くして勾配を再現すると、よりヒルクライムに適したトレーニングができる。専用のライザーブロックもあるが、なければ雑誌などでもOK。
ポイント3 – 美しいペダリングを意識する
上りでのペダリングは平地よりケイデンスが下がる。パワー=ケイデンス×トルクなので、平地と同じパワーを出そうとすると、トルクを上げる必要がある。上りはトルクに依存したペダリングになるとも言える。よって、ヒルクライムでは「トルクを出せるペダリングをする」ことが必要になる。「トルク重視」といっても、〈踏みつける→脱力する〉というトルク変動の大きいペダリングだとバイクが加減速してしまいロスが大きい。低ケイデンス&トルク型のペダリングであっても、きれいにムラなく回すことを意識するべき。また、上りではバイクの前側が上がるので、踏み込み角度が変わる。それに慣れるためには、実際の上りで経験を積むことも大切になる。
アドバイザー/ライダー