梶原悠未が、いま思うこと
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ステージを無事に走り終えて笑顔を見せる
東京オリンピック女子オムニアム銀メダリストの梶原悠未が、今季WCC(UCI直轄ワールドサイクリングセンター)コンチネンタルチームに加入し、トラックレースと並行してスイスを拠点にヨーロッパのロードレースに参戦している。
2月下旬に渡航し、スペインでの合宿を経て、3月からロードレースのシーズンイン。そして4月はベルギー・ヘントでの「オープントラックミーティング(UCIクラス1)」、イギリス・グラスゴーでの「TISSOT UCIトラックネイションズカップ」に立て続けに参戦し、ネイションズカップでは、エリミネーション、オムニアムの二種目を制覇した。
その後、スイスに戻りWCCチームに合流して、5月3~7日まで西フランスでの5日間のステージレース「ブルターニュ・レディースツアー(UCI2.1)」に出場。初日は道幅が狭くアップダウンの厳しいコースや、3週間ぶりのロードレースということもあり、リズムを掴めず、トップから25分遅れの最下位でのフィニッシュ。しかし、そこから日に日に調子を取り戻し、難易度の高い周回コースを含む最終ステージでは、トップから18秒差の49位で完走した。
自身初となるヨーロッパ1クラスのステージレースを走り切った彼女に、現在の状況、パリに向けてのビジョンなど聞いた。
オフシーズンはどのように過ごしましたか?
「1月末に大学院の修士論文の提出、発表があったので、1月は勉強に集中しました。1月末に沖縄でナショナルチームの合宿があり、1週間だけ参加しました。でも、そのときはまったく走れなくて、他のメンバーにもついていけなかった。クレイグコーチには『このままヨーロッパに行ったら、プールに突き落とされて沈んでしまうよ、どうにか悠未には突き落とされても浮いてほしい』と言われて、自分も本当にそのとおりだと思い、そこで再び火がつきました。それまでオリンピックが終わって、どこか心ここにあらずといった状況で練習していましたが、それからは男子選手とロード練習をともにしてフットネスを回復させ、2月25日にスイスWCCに到着。それからスペインで2週間の合宿があり、そこでも良いトレーニングができました」
今季、WCCチームに加入することになった経緯は?
「ずっと東京オリンピックでメダルを取ることを目標にやってきました。オリンピックが終わったあとに、すごく、いま思うと燃え尽きてしまっていた自分がいました。次のパリオリンピックで金メダルを取りたいという思いがある反面、次に向けてどう準備をしていこうかもがき、精神的に苦しい時期を過ごし、たくさん悩みました。
きっかけとなったのは、昨年10月の世界選手権(フランス/女子オムニアム15位)でした。そこでは、今までにないくらいひどい走り、自分で自分を傷つけてしまうような悲しい走りをしてしまった。そのあと、クレイグ(・グリフィン HPCJC中距離ヘッド)コーチとゆっくり話した際に『ロードのチームにいかないか?』と提案してもらいました。そのときはグリーンエッジ(UCI女子ワールドチーム)に枠があると聞いたから、という話でした。それを聞いて自分でも行きたいと強く思い、周囲の人たちにも相談した結果、迷う理由も断る理由もなにもないと、翌朝には『行きたい』と返事をしました。そのときはあいにく枠が埋まってしまったんですが、そのグリーンエッジの監督が以前、自分がWCCにいたときのロードコーチであり、その後もずっと気にかけてもらっていたため『悠未がヨーロッパのロードレースを走りたがっている』とWCCと繋いでくれ、1月に契約に至り、今季、WCCで走ることになりました」
ロードレースを走りたいと思った理由は?
「パリオリンピックに向けて、自分の課題である持久力を向上させること。それが第一の目標です」
久しぶりのヨーロッパのロードレース、どう感じていますか?
「春先にスペインとスイスでワンデーのローカルレースを走りました。そこでは最初から表彰台に立つことができ、自信にも繋がったし、何よりもやっぱりすっごくレースが楽しい、自転車が本当に好きだ、いままでよりももっと好きになるっていうくらい、自転車レースの魅力に改めて気づくことができました。オリンピックが終わって落ち込んでいたメンタルを、スイスに来て取り戻すことができているし、より一層精神力を鍛えることができていると感じています。
オリンピック前は2年間くらいコロナの影響でレースがなく、国内でトレーニングの日々でした。トレーニングも大好きだし、その期間も楽しかったのですが、それをまたパリまで、同じ環境で同じ方法を繰り返して、強くなれるか、結果が出せるか、自分の心がもつかというと、それは100%ノーだと思います。
ここに来て、レースを走れて、競い合うことの楽しさを感じています。トラックだと世界のトップまで上り詰めることができ、勝つことが期待されているし、自分でも“勝つ”レースを心がけますが、ロードではまだまだ戦えなくて、世界にはもっともっと強い選手がたくさんいる。でも自分が戦えないフィールドで挑戦していく、トライしていくことが純粋にすごく楽しいと感じています」
4月のトラックレース連戦はどうでした?
「レースがすごく楽しかった。ベルギーでは久しぶりに自分のバイクに乗ってのトラックレースだったので、ちょっとボーッとしてしまう瞬間があり、表彰台には立てていたんですが、勝つことができず、コーチから怒られましたし、自分としても反省点が多かったです。でも最後のポイントレースではパリ~ルーベに出走していたコペツキー選手(ベルギー)が来ていて、今シーズン結果を出している強い選手と走れることが嬉しくて、いい走りができ、勝つことができました。そして良い形でグラスゴーに出発しました。
グラスゴーでは自信をもって走れました。イギリスの大会はいつも強い選手が集まり、世界選手権に次いでレベルが高いんですが、スタート前に並んだ際に、アルカンシェルのアーチボルド選手(イギリス)やパリでライバルになるコッポニ選手(フランス)がいて、そんなタレントが揃うレースを走れることがすごく嬉しくて、本当に心から楽しんで走れたことが良いレースにつながったと思っています。結果的にアーチボルド選手やコッポニ選手が落車してしまい、残念でしたが、彼女たちはパリで絶対にライバルになる選手なので、まずは彼女たちの早い回復を祈っていますし、また世界選手権で戦うのを楽しみにしています!」
ロードからトラックへの移行はスムーズでしたか?
「持久力は改善できていると感じました。でも自分の武器であるパワーとスピードが少し落ちたかな、と感じました。オムニアムの最後のポイントレースでスプリントを自分から仕掛けたとき、ポーランドの選手に刺されてしまったので。“かかっていないな”と感じ、クレイグコーチにも相談しましたが、『いまは持久力やレースの経験に絞って、それにフォーカスしてほしい。そして7月末に戻ってきたときに、そこから10月の世界選手権まで2カ月ある。その間で、ウェイトトレーニングなどして必ず改善できるから、いまは持久力が上がっていれば大丈夫』と言われました。
逆にブルターニュ・レディースツアーではトラックからロードに。大会での感触はどうですか?
「めちゃくちゃきついです。このレースで良い走りをしたいとずっと前から思っていたので、思うように走れなくて悔しい部分もあります。ただ初日最下位のリザルトを見て、順位を上にあげていくしかない状況、これがスタートラインだと思いました。とにかく1日1日集中して走って、1つでも学ぶものを学んで、覚えるものを覚えていきたいです。コースを覚えたり、レースを知ることも、1分でも長く集団の前方に位置取るテクニックを身につけるも大事。自分のなかで課題を設けて、走っていきたいです。
またトップの選手たちの強さを同じレースを走っていて感じます。彼女たちをリスペクトしますし、自分もそういう選手になりたいと強く思うので、また勝てる選手になってこのレースに戻ってくるまで、諦めずに挑戦したいと思っています」
今後もトラックとロードを両立していく予定ですか?
「トラックとの両立でロードで結果を出すのは難しく、時間がかかると考えていますが、パリオリンピックまでロードと両立したいと考えています。そして、パリオリンピックのオムニアムで金メダルが目標です。
ジュニアの頃からロードレースを走っていて、楽しいと感じています。とくにヨーロッパのロードレースはモチベーションを与えてくれる場所であり、憧れの舞台。この世界で成功し、活躍できる選手になりたいという夢もあります。トラックのライバルであるコペツキー選手やバルサモ選手(イタリア)が、ロードでも活躍して勝っているのを目の当たりにして、彼女たちの凄さを感じています。いまは彼女たちのようになりたいという思いが強く、将来はトラックでもロードでも活躍できる選手になりたいです」
梶原はブルターニュ・レディースツアーを走り終えると、慌ただしく5月12日に開幕するUCIネイションズカップ第二戦に向けてカナダ・ミルトンに移動した。パリオリンピックまで残された時間は約2年。日本人女性初の世界チャンピオンにして、オリンピック銀メダリストという素晴らしいキャリアに満足することなく、「パリオリンピックでの金メダル」を目標に、さらなる挑戦を続けていく。