2022TOJ総括 コロナ禍収束第一歩での現在地
目次
昨年に引き続き短縮日程で開催された三菱地所プレゼンツ ツアー・オブ・ジャパン2022。今年は5月19日から22日までの全4ステージにて行われた。最終日までの選手たちのコメントを振り返るとともに今回のレースで一部明らかになった国内レース、そして国内選手たちの現在地を考える。
3年ぶりの”チームのための”総合優勝
「どれもとてもハードなステージで、簡単なステージは一つもなかった」
2022年のツアー・オブ・ジャパン(TOJ)個人総合優勝を攫ったネイサン・アール(チーム右京)はそう語ったが、第1、2ステージのワンツーフィニッシュ、そして第3ステージでも手堅く走りきったうえで、最後のスプリントステージではレイモンド・クレダーのためにアシストも行った。
結果的にチーム右京としては、個人総合でワンツー、ステージ3勝、チーム総合優勝という出来すぎとも言える成績を残した。
「僕たちにとっては大成功を収めたツアーだったと思います。期待以上の結果が出ました。個人総合で1位、2位になれたことと、チーム総合でも優勝することができて、レースでハードワークしたチーム、そしてスタッフと共に表彰台に登れたのは夢のようなことです。ただこれは偶然に起きたわけではなく、ハードワーク、トレーニングと準備の積み重ね、そして本当に家族のようにとても良いチームワークの結果なんです。だから僕たちはみんなとてもハッピーです」
アールは、昨年はUCIレースに関してはナショナル選手権のみの出場で、チームとしてレースに出場する機会はなかった。今年は4月上旬のツアー・オブ・タイランドでチームから小石祐馬を総合2位という順位に押し上げてから、自らも最終ステージで勝利を挙げ、少し間を空けてこのTOJが続いた。
「ツアー・オブ・タイランドは、僕にとって2019年以来のチームでのレースでした。前のチーム(イスラエルサイクリングアカデミー)でヨーロッパにいたとき、かなりひどく脚を骨折して以来レースはしていません。そして、2020年にチーム右京に来てからパンデミックがあってレースが無くなったりもしたんですが、チームに残してもらったんです。自分も脚に金属を入れる手術を受けて、3~4か月の長いリハビリを経て、2021年からはまたレースに出場しています。
チームは自分のことを信頼してくれて、自分もチームを信頼してトレーニングを続けていたんですが、そのトレーニングが十分かどうか、レースの感覚が戻るかどうかということは少し心配はしていました。
ツアー・オブ・タイランドに参加して、チームと再会し、結果を出してから、このTOJに参加して、これだけの成績を残せたことは、正直なところ自分にとっても、チームメイトにとっても、大きな自信につながったと思っています」
アールの次戦は週末のツール・ド・熊野が続く。今年2戦で十分な自信を蓄え、そこでも確実に勝利を狙いに来るはずだ。
ワンツーがいるチーム内での優先度
今回のレースではチームの仕事に徹した小石祐馬は、個人としては総合11位。しかしチームとして見たときには、「もうこれ以上ないくらいの出来なんじゃないですかね」と話した。
ツアー・オブ・タイランドでは、小石自身がチーム最上位の個人総合2位の座を手にしたが、TOJではタイランドのメンバーから出走人数の設定により一人減らしての構成となった。それでもベストメンバーで挑んだという今大会では、富士山ステージでの実績がある選手を中心としてチームの優先度を作ったそうだ。
「本来チームスポーツだと思ってるし、チームでワンツーして現に結果が出てるし、圧倒的にワンツーを取れる選手がいるから、やっぱりそこがプライオリティだと思うんですよ。もちろん今日のステージ(東京ステージ)はステージで、今日のプライオリティはまたそっちにあったかもしれない。
富士山に関しては、僕が何もしないで頑張って5位、6位になったとしても、ワンツーがある以上、そんなに価値がないじゃないですか。日本人1位を狙うっていうのもそれは素晴らしいことだと思うけど、逆にそこに人種云々よりも、やっぱり総合優勝というのが僕の中でもチームの中でも上に来ていて、それに沿った形で(展開した)」
富士山ステージではふじあざみラインに入ってからチーム右京が先頭を固めてペースアップを図った。
「(ベンジャミン・)ダイボールは富士山で優勝経験もあるし(2013年)、ネイサン・アールも総合2位(2017年)にもなっているので、彼ら中心に作戦を組んだ結果、最初からペースを上げていこうってなったからああいう展開になったんですよね。実際もう残り6㎞で彼ら(ダイボールとアール)2人は行っちゃって。展開もそうですし、ペースも良かったし、あれは結構良かったかなと思ってます。自分的な出来としても。ちょっとその分やっぱり自分の順位っていうのを下げちゃうんですけど、それでもトップ10引っかかったから」と小石は富士山ステージを振り返る。
結局、富士山ステージではチーム右京の出走5人中スプリンターのクレダーを除く4人がステージ&総合トップ10入りを果たしている。だが、翌日の相模原ステージでは、総合ワンツーのタイム差をキープするために集団で仕事をし切った小石と石橋学は総合では少し順位を落とした。
「それに関してはなんとも思ってないですね。総合ワンツーがあったらなかなかその次っていうのはいい順位とは言えないですし。コントロールしたり、今日もそういう仕事を考えたら妥当な順位かなと」
レース前の下馬評としても、アールとダイボールのこれまでの実績は飛び抜けていた。
圧倒的な個人の力を前に、チームとして総合を守るためには自己犠牲はやむをえない、というよりも身を呈して総合リーダーを守ることこそが仕事となる。
ダイボールもまた、富士山ステージを勝った後、「チームのみんなは、誰かの結果のために自分を犠牲にする。決して全員がチームから勝利を得るわけではないんだ」と話していた。
アールの総合勝利はもちろんだが、小石らアシスト選手からしても良いTOJとなったはずだ。個人総合でトップに立つ人間は一人だが、間違いなくチームメイトの勝利は自身を含めたチームの勝利でもあるのだから。
負けず嫌いのベテランと若手
ほぼ日本人のみでの開催となった昨年2021年大会の優勝者、増田成幸(宇都宮ブリッツェン)は今大会の総合4位という結果についてこう話した。
「望んだ結果ではないので、これで満足ということはないんですけど、自分の思うような走りができずに負けたっていうよりは、しっかり正面から勝負して1~3位の選手たちには負けたので、変な悔いというのはないです。素直に力負けしたので。負けは負けとしてしっかり受け止めて、またぜひ頑張りたいなという気持ちです」
富士山ステージでタイム差をつけられた後、相模原ステージでは、「何もやらないよりは」と総合ジャンプアップのために自ら動きを見せるシーンもあった。一方で最終日の東京ステージでは一人欠けた4人体制でチームのスプリンター小野寺玲でのステージ勝利に狙いを定めた。
「1人1人がもう少しレベルアップできたら、この4人という人数でも行けたんじゃないかなと思うんですけど、結果的に集団の中で脚を溜めてた選手たちがうまくさばいて、1位~4位に入ったので。イニシアチブを取ろうとしたチームっていうのは結局、あんまりいいところに行けなかったんですよね。
あと一歩というところで小野寺をあまり気持ちいい形でスプリントさせることができませんでした。そこは僕たちのやり方で、また挑戦したいと思います」
また、富士山ステージでの自らのパフォーマンスについては「良くなかったです、全然良くなかったですね」と漏らす。
「去年よりは悪かったですね。準備はしてきたというのはあったんですけど、今はもう本当に自分がどれぐらいのパワーで踏めているかとか、どういう体調なのかっていうのも含めて、やっぱり去年よりはちょっと良くなかったです」
富士山の上りの終盤で小林海(マトリックスパワータグ)に抜かれてからは、第1ステージで作った差をひっくり返されないようにすることを考えたという。
「上に行ってから少しでも付いていこうと思ったんですけど、マリノとのタイム差も頭に入ってましたし、ここであまり逆転されるぐらい遅れられないなっていうことで、最後までまた踏み直しましたね」
チームとしては新人賞を持ち帰るのみとなってしまったものの、その新人賞を獲得した宮崎泰史も総合では9位となり、UCIポイントも獲得している。
チームに今年加わったばかりの宮崎の走りは増田からどう写ったのだろうか。
「宮崎選手、アンダーを卒業してエリート1年目で、苦手な分野はもちろんあるんですけど、得意な部分、武器っていうのはものすごいものを持っているので、それを磨いていけばもっとスペシャルな選手になれるんじゃないかなと思います。
今年はチームのトレーニングも定期的にやっていますし、キャプテンとしてチーム全体を高めていけるように、シーズン後半に向けて準備していきたいなと思います」
当の宮崎は、今大会では新人賞ジャージを狙うような走りをしたわけでは決してなく、一貫して増田の総合のために走った。競技を始めてまだ4年目だという宮崎は、今回のTOJは初めてのステージレースであった。
試走もしておらず、初めてのふじあざみラインをステージ7位で上り切った宮崎だが、そこでもあくまで増田のサポートがメインだった。富士山をもっと早く上れそうかという問いに対して宮崎はこう答える。
「増田さんのサポートで、自分のペースで上るというよりはやっぱり自分のゾーンを超えて上らなきゃいけないので、マリノ選手みたいにマイペースでメーターを見ながら上れば、もうちょっといいタイムで上れるかなっていうのは正直思わなくはないんですけど、そこはチームプレーなので。そこで僕が勝てるような力があるかって言われればそうじゃないし、そんなわがままを言えないので。もうちょっと練習して頑張るしかないですね」
今回の結果からすると、増田に次ぐチームの第二エースとなり得る存在のようにも思えるが、本人的には「まだ期待されるような選手じゃないので」と、謙遜というより本気でそう思っている様子であった。
「毎回レースをやる度に、メモとかで今日どんな感じだったかな、どの強度が足りないかなみたいな、結構反省はいっぱい書けるんですけど、いいところってなかなか自分で見つけられなくて。でもそれでいっぱい(反省を)見つければいっぱい直せるんで。それが多少今年は、良い影響してるのかなと思います」
また、今年はチームでのトレーニングで、増田の強さと負けず嫌い具合を何度も目の当たりにしてきたそうだ。
「増田さんマジで強いですよ。今年、週に2回チームトレーニングがあるんですけど、メニューは毎回、増田さんと一緒に同じ強度でやったりとかしていて。僕あんまり表には出さないんですけど、負けるのが結構嫌なんで、メニュー中とか増田さんより踏んでやろうみたいな感じでやるんすけど、返り討ちされたり……。増田さんもめちゃくちゃ負けず嫌いだから全然譲らず、勝たせてくれないんですよね。
サラ脚で上ると増田さんと多分全然変わらない出力で、僕が上だったりとかもあるんすけど、やっぱり脚にきてからが増田さんが全然強いので。結局ロードレースはそこだと思うので、増田さんをまず練習で倒せるようにならないと全然駄目ですね」
普段からの比較対象がこれまで日本でトップの座を走り続けてきている増田なだけあって、国内で考えたならば、宮崎の目標はかなり高い位置にあるように思う。また、宮崎から増田のトレーニングでの様子などを聞くと、増田自身も大いに負けず嫌いが発揮されているようで、現状は間違いなく良い相乗効果が生まれているように思える。
そしておそらく宮崎へ期待をかけているのはチームだけでない。マトリックスパワータグの安原昌弘監督からも「宮崎、頑張れよ」と富士山ステージの前に声をかけられたと宮崎は話していた。
勝負の世界は、本気で悔しがれる人、絶対に負けたくない人が強くなっていく印象がある。負けず嫌い同士での高め合いが結果と自信につながる日となることを楽しみにしたい。
現在地の確認
山岳賞ジャージを獲得した小林海(マトリックスパワータグ)の総合順位は5位に終わった。総合優勝を目標として掲げていただけあって、「望んでいた結果ではない」と何度も繰り返す。しかし、まぐれではなく狙ってしっかりとジャージを獲得できたことに対しては素直に喜びを見せた。
「UCIレースとかじゃなくても、こういうステージレースの何か賞のジャージを着るのは今回が初めてで。毎日ステージだったり、総合順位の勝ちを狙いに行く走りをしていたんですけど、昨日(相模原ステージ)はポイントを取るための走り方で、どうすればいいか分からないところもありましたが、狙って取れたので。逃げに乗ってたまたま取れたとかじゃなく、昨日(山岳ジャージを)着ていたダイボールもちゃんと守ろうとしてたので、その中で取れたのはうれしいですね」と会見で話した。
第1ステージでは早速上位勢に差をつけられてしまった。集団の先頭に出るなどの動きを見せていた小林だったがその理由をこう話した。
「何にも考えてなかったですね。頭が悪い走り方しちゃって。後からすっごい脚を無駄遣いしてたなと思って。今年Jプロツアーを走っていて、自分が強い状況での走り方に慣れてしまっていて。ミスりました。他に強い選手がいるのもわかっていて、みんな一緒に上手く脚使うだろうと思ったんですが、後から冷静になれば普通に上りは向かい風ですし、何やってんのかなと思います。でももうそれもレースなんで、僕が弱かったってことです。全部、頭も体も含めて選手の強さなんで」
その一方で第2ステージでは、無理して上位には付き合わず、マイペースで「富士山と戦った」。自身のパフォーマンスとしては思った以上だったと話す。
「僕、TOJ3回目ですけど、毎回、集団で馬返し(あざみラインのおよそ中間地点)までも行ったことないんですよ。よく馬返しまで集団で行った方がいいって言うんですけど、全然そんなことなくて。勝つ人のペースに合わせたら明らかにオーバーペースなんですよね。もうあんまり集団にいるメリットがないんで、1回目に出たときも速攻で遅れて、もう自分のペースで行ってました。それが一番大事だと思うんです。あそこは多分、ワンツースリーぐらいで競ってゴールする人以外は、人と勝負する場所じゃないです。僕は富士山と戦ってました」
毎日何かしらの動きを見せていた小林。総合の順位的には望んだ結果はならなかったが、そこは完敗であると認めた。
「今、この1週間の僕の順位がこれだったんだなってのは思いますし、でも自分の中で反省点だったり改善点だったり、今すぐ改善できる部分、長い時間をかけて改善できる部分とか、そういうものがしっかり僕の中ではわかってるので。それを明日から、次、熊野もありますから、すぐに変えられるものは変えて、生かして、次のレースに挑んで、その先も日々の生活の中に取り入れてやっていければなと思います」
目指した総合トップの座を着実に射抜いたネイサン・アールと自身との差について小林はこう話す。
「もう全然、全然。特にネイサン・アールとはすごく差があるなと思いましたね。やっぱり一番結果出してきている人で、かなり完成された選手なんだなと思いました。やっぱりこのぐらいできなきゃ駄目なんだなっていうのは思いましたし、苦手な部分ってないんだなって。このレベルだったら苦手なんて何も見えないんだなっていうのをすごく感じますよね。
あそこより上になってようやく、自分はこれが得意、これが不得意っていう世界になってくるんだろうなとは思いますし、やっぱりああいう選手みたいになりたいですね。
でもやっぱり僕はああいう人たちに勝たなきゃいけないところに行きたいんで。それはちゃんと受け止めて、どうしたらいいのかをは考えて競技に打ち込んでいきたいですね。足りないものは全部埋めていかないと戦っていけないと思います」
さらに今大会でそういった強い選手たちと走れたことは良かったと続ける。
「この1~2年が、僕が選手としてどうなるかっていうのがすごく左右される大事な期間だと思うので、こうやってここにいる強い選手たちと一緒に時間を共有してレースをできたってことは本当に幸せだと思います」
アールがこの4日間で綻びや隙を生むことはまるでなかったように思う。再びヨーロッパを目指す小林にとっては、現状で何かに特化している場合ではなく、アールを越えられるほどにベースを、全てを上げていく必要があると再確認できる機会
となった。
まだコロナ禍が終わりきらない現状では、ほぼ国内チームのみでの開催となり、世界の選手たちが出場するレースとまではならなかった。しかし、これまでコロナの影響で日本でのレースに出ることができなかった国内チーム所属の圧倒的強者の存在により、国内レースのレベルを占うには良いレースだったように思う。当たり前のことではあるが、国内レースでいくら無双してもやはり上には上がいるということを改めて思い知らされた。しかもワンツーした彼らだってワールドチームではアシスト選手だったのだ。
今大会での総合上位勢のメンバーを見ると、Jプロツアーを走るマトリックスパワータグ、ジャパンサイクルリーグを走るチーム右京、キナンレーシングチーム、宇都宮ブリッツェンなどのメンバーが多く名前を連ねる。
今後さらに世界との差を明らかにする機会が増えることを考えると、個人やチームごとの努力に国内レースのクオリティを委ねて、リーグを分裂させている場合ではないというのは少なくとも明らかのように思う。ヨーロッパはおろか、TOJと国内レースですらコース設定は大きく異なるが、国内で違うリーグに所属する選手たちが戦う機会がUCIレース以外にないというのは、国内選手の競争力を養うという面においてはあまりにも無意味だ。
まだバブル方式が採用され、表彰台でもマスクを着用したままの登壇となったが、今大会は有観客で行われたこともあり、久しぶりに直に熱気が感じられるような4日間だった。
日本最大のUCIレースとして、海外チームが招聘され、1週間のレースがまた再開されることを願うばかりだ。
三菱地所presents ツアー・オブ・ジャパン 2022 個人総合順位
1位 ネイサン・アール(チーム右京) 10時間17分22秒
2位 ベンジャミン・ダイボール(チーム右京) +8秒
3位 トマ・ルバ(キナンレーシングチーム) +1分37秒
4位 増田成幸(宇都宮ブリッツェン) +2分42秒
5位 小林海(マトリックスパワータグ) +3分12秒
6位 フランシスコ・マンセボ(マトリックスパワータグ) +3分21秒
7位 ライアン・カバナ(ヴィクトワール広島) +4分46秒
8位 山本大喜(キナンレーシングチーム) +4分51秒
9位 宮崎泰史(宇都宮ブリッツェン) +4分58秒
10位 山本元喜(キナンレーシングチーム) +5分35秒